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Insight
経営研レポート

DX人材獲得競争におけるアライアンス活用の要諦

2020.08.21
情報戦略事業本部 ビジネストランスフォーメーションユニット
マネージャー 渋谷 友彦
シニアコンサルタント 上野 彬恵
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■第一章:変化に対する自律的かつ柔軟な対応が求められる時代

 テクノロジーの進化がめまぐるしい昨今、新たなサービスが次々と生まれており、「とにかく変化が激しい」「何が消費者に“ウケる”のか分からない」「課題解決のための検討要素が多すぎる」「事業の見通しが立たない」-多くの企業が悩んでいることではないだろうか。例え現時点で他社よりも優位に立てる技術やサービスを所有していたとしても、1年後、あるいは半年後、もしかしたら1か月後には、他の“新しい優位性”に負けている可能性が十分にある。このような時代を象徴するように、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)、それぞれの頭文字をとった「VUCA」という言葉を、ビジネスシーンでよく耳にするようになって久しい。

 あらゆる企業では、激しく変化する事業環境への対応が最優先事項となっている。常に変化する環境に合わせて、企業にはビジネスプロセスの最適化を柔軟に行える組織機能や、必要な情報や経営資源を迅速に獲得できる組織体制を備えていなければ、すぐさま競争に敗れてしまう可能性が高い。

■第二章:DX人材の獲得競争

 VUCA時代の主役のひとつは、急速に進むテクノロジーの革新だ。AIやIoTといった先進的な技術の取り込みは、革新的な製品、サービス、顧客体験といった新たな価値を生み出すことができ、加えてビジネスモデルや業務プロセスそのものを変革し、飛躍的な効率化を実現することができると考えられている。業界に関わらず様々な企業がいわゆる「DX」に取り組む背景である。DXの潮流は、当然ながらDX推進に関する専門性や技術力を有する人材―「DX人材」ーをめぐる競争を引き起こしている。

 ここで、DXの定義を確認したうえで、DX人材を定義しておきたい。「DX(デジタルトランスフォーメーション)」は、各専門化・専門機関により様々に定義付けられている。富士キメラ総研は「AI やIoT、クラウドコンピューティングといった最先端のICT 技術を活用し、ビジネスモデルの変革や新規ビジネスの創出を目指す取り組み」であるとしており※1 、IDC Japanは「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の破壊的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」と定義している ※2

 従って、DX人材とは以下のような人材となる。まず、DX推進を技術面でリードできる人材である。次に、ビジネスモデルの変革や創造をリードできる人材である。最後に、顧客中心の価値観を有する人材である。これらの“強み”を備えた人材だからこそ、VUCA時代でも顧客提供価値を突き詰めて自律的にゴールを設定し、新しい技術を用いて前例のないビジネスを創出したり、既存のビジネスを変革したりすることができる。しかし、このようなDX人材の獲得は容易ではない。例えば経済産業省による試算では、AI技術をリードできる人材は2030年時点で約12~14万人が不足すると見込まれている※3 。獲得競争が激しい状況で、DX人材を獲得するにはどうすればいいのだろうか。

■第三章:DX人材の獲得手段

 まず、人材の獲得手段にはどのようなものがあるか考える。大きくは社内で調達する方法と社外から調達する方法の2つに分かれる。そこから更に、社内で調達する方法については「新卒採用+育成」「既存社員の育成(リスキル)」「(グループ会社等から)異動」の3つ、社外からの調達については「中途採用」「企業買収」「アライアンス」の3つの方法に分けることができる(図1)。

図1.人材調達の手段

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 次に、DX人材をとりまく環境と、それぞれの調達手段の適合度を検討する。

 社内で調達する手段のうち「新卒採用+育成」と「既存社員の育成(リスキル)」については、調達コストは少なく済むものの、長い時間を要する場合が多い。また、育成する側の人材不足という点も忘れてはならない。「異動」については、異動を決定することさえできれば時間もかからず育成の心配も少ないものの、異動元の部署が貴重なDX人材を手放す可能性は低いだろう。以上の理由から、社内で調達することは難しい企業がほとんどであることが想定される。

 社外から調達する手段のうち、まず頭に浮かぶのは「中途採用」ではないだろうか。しかし昨今、DX人材に対し高額な給与体系を提示する大手企業の動きが目立つ。中途採用の土俵で戦うにはかなり高額な調達コストを要するだろう。また、多くの企業が狙うDX人材であるため、採用後に引き抜かれるリスクもある。次に、「企業買収」について考える。買収する企業の規模にもよるが、買収が確定すれば一気に複数人の人材獲得が可能となる。しかし、企業買収にあたっては企業の選定から交渉、デューデリジェンス、契約締結といった多くのステップを踏む必要があり、多くの時間と人員の稼働を要する。また、当然多額の調達コストも必要になる。では、最後に残った「アライアンス」はどうだろう。出資を伴うか否かによって締結までにかかる手間やコストは異なるものの、「企業買収」ほど多くのステップや人員の稼働は必要としない。また「中途採用」よりも一度に多くの人材を集めることができる。そして、個々のスキルだけでなく、アライアンス先の有する知見やノウハウも活用できる可能性が高い。

 以上のような状況から、DX人材をめぐる競争環境においては、「アライアンス」手段の有効性を考える価値がある。次章では、上手くアライアンスを活用している各業界の事例を参考にしつつ、アライアンス体制を構築するにあたって必要となる考え方と進め方について述べていく。

■第四章:DX人材獲得に資する「アライアンス」手段の有効性

 従来、アライアンスの目的は大きく分けて2つある。1つ目は、自社が手掛けている事業の更なる効率化や、製品・サービスのグレードアップ等、既存事業の“深みを増す”ことを目指す「深耕型」である。2つ目は、自社がこれまで蓄積した知見やノウハウを活かし、既存事業とのシナジーを創造できるような他の事業領域への参入、つまり“ひろがり”を目指す「拡充型」である。

 DX人材の獲得を目的としたアライアンスは、この2つの型のハイブリッドと言えると考える。なぜならば、DX領域の技術を適用する先はアライアンスを持ち掛ける側の企業(提携元)の既存事業であることが多い。しかし、DXによる全く新しいビジネスモデルの創出や、“次世代型〇〇”の開発といったようなイノベーション創出の面も持ち合わせる。DXにより、従来業務の運用方法がガラリと変わる、正確に言えば変わることが不可欠になることもあるだろう。また、提携元はDX領域の技術に乏しいことが多く、アライアンスパートナー(提携元)は提携先の業界知識に乏しい場合が多い。従って、提携元の事業領域と提携先のDX領域のシナジーを探る行為とも言えるのである。

 いくつかの業界における昨今のアライアンス事例を図2に取り上げる。※4 ※5 ※6 ※7 ※8 ※9 ※10 ※11

図2.DX領域におけるアライアンス事例

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 これらの事例は、DX推進に関連するアライアンスの更なる特徴を示している。提携元と提携先のソリューション同士を組み合わせる場合や、提携先の所有する先端的な技術を提携元のソリューションに取り入れる場合など、最先端技術に知見を有する人材を“共有”する構図を明確にした上でアライアンスが結ばれているのである。しかし、それはなぜなのか。

 繰り返しになるがDX人材は大変希少な人材となっている。それは提携元、提携先にとっても同じ状況だ。したがって、人材の“獲得”というゼロサムの発想では、プレイヤー間に必ず利害関係を生じてしまうのである。そこでまず“獲得”から“共有”という価値観に転換することが必要である。プレイヤー間で希少なDX人材を“共有”することでそれぞれのメリットを享受できるひとつの方法が、「アライアンス」なのである。このような新たな価値観のパラダイムを図3に示す。

図3.アライアンスパートナーの人材“共有”を目的とした場合に創出できるアライアンス体制

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■第五章:「アライアンス」構築の手順

 では、DX人材の“共有”はどのように進めていくのか。

 まずは提携元と提携先が、それぞれがDX推進(および関連ビジネス)に関して達成したい姿や成長戦略を設定する必要がある。次に、双方の目的を達成するための活動に必要なリソースを補い合う。では、DX人材を“共有してもらう側”は何をすべきなのか。ここで、提携元が自社の思惑を達成することだけではなく、提携先側の意向も反映した、いわば「Win-Win」の体制を提示することが必要になる。具体的には、「提携元だからこそ取得可能な案件」の中から、提携先の強みを発揮し技術力の向上が期待できるような「魅力的なテーマ」を抽出し、両社が協業する体制を示すのである。そのようなテーマの場合、提携先の成長戦略にとっても価値ある取り組みであるため、結果として双方がメリットを享受できるアライアンス体制の構築が実現し、希少な人材を「共有」できる状況を創出することができるようになる。

■最終章:競争を勝ち抜くための要諦

 DX領域におけるアライアンスを実現するにあたっては、希少な人材を“共有”できるよう、提携元、提携先双方がメリットを享受できるテーマに取り組む体制を構築する必要があることを述べた。このようなアライアンス体制を構築する際の要諦は、大きく分けて3つあると考える。

 1つ目の要諦はDXに関する点である。つまり、「自社に必要なDXとは何か」を見極めることである。先の事例が示しているように、DX領域におけるアライアンスで成功している企業は、そのアライアンスによって強化する領域を明確にしている。自社が目指す姿を定め、現状を俯瞰して、不足部分を補うためにアライアンス先の先端技術や知見・ノウハウを取り込んでいく。テクノロジーの活用自体を目的としないことが重要である。ここで注意が必要なのは、自社の者だけで社内の状況を分析したり外部の情報を調査したりするだけでは、「目指すべき姿」が描けない、「不足部分」にそもそも気付くことができないことが多いということである。外部の視点の取り込みや、他社との交流をうまく活用することで、自社の中では思いもよらなかった部分で気付きを得ることもある。もちろん自社の状況把握も大切な要素であるため、両輪を回しながら冒頭に述べた「必要なDXの見極め」を行うことが理想である。

 2つ目の要諦はDX人材に関する点である。つまり、アライアンス先に自社の求めるDX人材が本当にいるかどうかを見極めることである。そのため、アライアンスパートナーの選定にあたっては2次情報だけに留まらず、1次情報を交え、具体的なスキル保有者の人数や、プロジェクト実績も確認しておきたい。他方で、アライアンスパートナー側としては、DX領域で自社がどう成長していきたいかといったビジョンや、戦略実行のロードマップを明確にする必要がある。そのうえで、現在抱えているDX人材のキャリアについても十分に検討していく。なぜなら、自社とアライアンスパートナーとの協業がDX人材のモチベーションを引き出してコミットメントを高める方向に作用する必要があるからである。どのようにすればDX人材から最高のパフォーマンスを引き出せるかを疎かにせず検討を進めていくことを推奨したい。

 3つ目の要諦はアライアンスに関する点である。つまり、経営者自身がスピード感を持って積極的に動くことである。まず経営者自身が動く必要がある理由は、これまで述べた通りDX領域をめぐるアライアンス構築にあたっては、重点テーマの決定や成長戦略の明確化など、両社の経営戦略、事業戦略に大きく影響を及ぼすからである。そのような話を進める場合、経営者の意志や判断が必ず必要になる。従って、早い段階からまずは経営者同士でコミュニケーションをとり、関係を構築することが望ましい。その上で、両社がDX領域でアライアンスを結ぶことによって「実現したい姿」の方向性を示すことが大切である。ただし、この点は企業買収にも同じことが言える。重要なのは「スピード感を持って」という部分である。本レポートの第一章で述べた通り、昨今のビジネス市場で競争優位を獲得するためには、激しく変化する環境に迅速に対応することが必要である。魅力的なDX人材を保有する企業は、アライアンスの交渉を持ち掛けられることが決して少なくない。即ち、ある企業がアライアンス候補としている企業は、競合他社にとってもアライアンス候補である可能性が十分にある。アライアンスは、企業買収よりも手間やコストをかけずに必要な経営資源を獲得できることにメリットがあることは既に述べた。このメリットを存分に生かし、ライバルよりも早く有望な企業とのアライアンスを締結するために、経営者自身が迅速に動くことが肝要なのである。

 以上、DX人材獲得競争におけるアライアンス活用の要諦について論じた。当社は今後もDX推進に不可欠な技術革新の動向や競争環境の変化に注視しつつ、企業が目指す姿の実現を引き続き支援していきたいと考える。

※1
富士キメラ総研「2018デジタルトランスフォーメンション市場の将来展望」

※2
IDC Japan プレスリリース(2017年12月14日)

※3
経済産業省「IT人材需給に関する調査」(2019年3月)

※4
ユニアデックス (株) ニュースリリース(2018年3月29日)
https://www.uniadex.co.jp/news/2018/20180329_grid-ai.html

※5
清水建設(株) ニュースリリース(2019年8月29日)
https://www.shimz.co.jp/company/about/news-release/2019/2019015.html

※6
PR Times プレスリリース(2019年10月3日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000049573.html

※7
東京パワーグリッド (株) ニュースリリース(2020年4月20日)
https://www.tepco.co.jp/pg/company/press-information/press/2020/1539425_8615.html

※8
(株)NTTデータ ニュースリリース(2020年4月27日)
https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2020/042701/

※9
トランスコム(株) ニュースリリース(2020年5月25日)
http://www.trancom.co.jp/files/topics/878_ext_02_0.pdf

※10
イオン(株) ニュースリリース(2019年11月29日)
https://www.aeon.info/news/release_19078/

※11
SMBC日興証券(株) ニュースリリース(2019年12月6日)
https://www.smbcnikko.co.jp/news/release/2019/pdf/191206_04.pdf

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