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Insight

経営研レポート

顧客実態を解き明かすアンケート調査のポイント

~カードローンの消費者行動を例に~
2019.05.29
金融経済事業本部
金融政策コンサルティングユニット
シニアマネージャー 菊重 琢

1.カードローン市場はシュリンクしているのか?

2010年の改正貸金業法の完全施行以降、銀行カードローンは着実にその残高を伸ばしてきた。しかしながら、2017年にはその伸び率が急速に低下し、2018年には残高は減少に転じた(図1)。この背景には、銀行のカードローン事業推進方針に対する社会的批判の高まりがある。銀行が収益性の高いカードローン事業を推進する中で、実質的に総量規制である年収の3分の1を超える貸し付けを実施するケースが散見されたことや、借入の際に収入証明書が不要であることを過剰にアピールする広告が目立っていたこと、2015年から増加に転じた自己破産件数と銀行カードローンの関係性が取りざたされるようになったことなど、様々な要因によって銀行業界は自主規制へと追い込まれ、銀行のカードローン熱は急速に減退した。

一方で、貸金業者の消費者向貸付残高は2014年度を底に直近まで増加傾向にあり、その伸び率も年々上昇している(図表1)。また、一部信金においては最近になってカードローン事業を強化する動きも出始めており、カードローン市場(資金需要)自体は必ずしもシュリンクしているわけではないことがわかるだろう。

銀行業界としては、金融庁による銀行カードローン検査や自主規制、警察庁の反社データベース照会の義務化等、カードローンの推進が難しい状況であることは事実であるが、どの銀行も手をこまねいている今だからこそ、適切なマーケティングによって健全にシェアを拡大させるチャンスであるともいえる。

図表1:カードローン等の貸付残高前年(度)比伸び率

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注:銀行カードローン残高は各年末時点、貸金業者による消費者向け貸付残高は各年度末時点の数値

2.アンケート結果と実態の乖離

カードローンに限らず、金融商品の販促戦略・施策を策定する際には、顧客の行動や心理を如何に把握するかが重要となるが、これが意外に難しい。

例として、金利設定に関する誤解が挙げられよう。カードローンを含め、融資商品の商品性を検討する際にはどうしても金利設定が焦点となりがちだ。実際、平成30年に全国銀行協会が銀行カードローンの利用者に対して実施した調査では、「借入先金融機関を選択する際に重視するポイント(最も重視するポイント)」として、「借入金利が低いこと」が最も回答率が高い結果となっている(図表2)。

図表2:借入先金融機関を選択する際に最も重視するポイント(単一回答、上位5項目抜粋、銀行カードローン利用者:2000名)

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出典:平成30年1月 全国銀行協会「銀行カードローンに関する消費者意識調査に関する報告」掲載グラフから、上位5項目を抜粋し加工

一方で、古いデータとなるが、95 年にプロミス(現SMBC コンシューマーファイナンス)が他の大手消費者金融会社(武富士、アコム、アイフル)に先駆けて貸付上限金利を29.2%から25.55%に大幅に引き下げた際には、同社の残高は増加しているものの、その増加はあくまで市場の拡大に伴うものであり、当時の消費者金融業大手4社に占めるプロミスの残高シェアはむしろ若干低下している(図表3)。これらアンケートで得られた結果と、カードローン残高との関係性はどのように理解すべきなのか。

図表3:プロミス貸付上限金利引き下げ前後での残高推移と大手4社に占めるシェア

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出典:金融庁「多重債務者対策本部有識者会議」平成19年1月19日開催分資料、各社IR資料等より作成

3.行動プロセスに基づく設問設計

アンケートで顧客実態を把握するためには、設問を読んだ際に回答者に解釈に幅を持たせないことが重要なポイントとなる。例えば、「カードローンの借入先金融機関を選択する際に重視する点は何か?」という設問自体は一見すると特段の不都合はないように思われる。しかしながら、過去の借入時に一番借入金利が低いと思われる借入先を選んだのか、もしくは借入金利が低そうな借入先をピックアップした中から知名度の高いところを選んだのか、はたまた今後借入先を選ぶ際には借入金利が低い先を選びたいという意思や願望が表れているのか、よくよく考えると解釈にかなりの幅があることがわかるだろう。また、回答者に対して曖昧な状況しか提示していない設問の場合、どうしても万人が当たり前に“良いだろう”と考える選択肢(例えば「金利が低いこと」など)に回答が集中してしまうことも考えられる。

アンケート結果をどのように分析・活用するかの事前の計画が曖昧なまま設問を設計した場合には、往々にしてこのような解釈の余地が発生してしまい、マーケティング活動時に大きなミスリードを招きかねない。それでは、どのようなアンケートであれば回答者の解釈に幅を持たせず、実態に近い顧客行動や意向を把握することができるのだろうか。そのポイントは、顧客の行動プロセスに沿った設問の設計にある。

4.事例:カードローン消費者行動分析調査

ここで、参考までに弊社が2018年3月に公表した「カードローン借入にいたる消費者行動調査」についてご紹介しよう。本調査では、カードローン借入経験者を【新規契約者】、【追加借入者】、【借換者】の3つのセグメント※1に分けて調査を実施している。本調査では、【新規契約者】と【追加借入者】の2つのセグメントについては、カードローン借入までに「①カードローン借入の想起」「②複数借入先の比較・検討」「③カードローン借入申込」の大きく3つのプロセスを経ることを前提とし、各プロセスで起きた事象や自身の行動を回答できるような設問設計とした(図表4)。ちなみに、「①カードローン借入の想起」後に、「②複数借入先の比較・検討」を実施せずに、直接「③カードローン借入申込」を実施したカードローン借入経験者も多数存在するため、行動プロセスとしては①→②→③、と①→③の2パターンを想定した設問設計となっている。

図表4:カードローン借入申込みまでのプロセス

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出所: NTTデータ経営研究所にて作成

例えば①→②→③すべてのプロセスを経てカードローン借入に至った【新規契約者】が、「②複数借入先の比較・検討」時に比較検討先の金融機関を選定した理由としては、「インターネット広告を見たから」が最も高く38.3%、「いつも使っている金融機関だから」が26.6%、「信頼できる・安全だと思える金融機関だから」が24.5%と続いている※2。また、比較検討の結果、「③カードローン借入申込」時に借り入れを申し込んだ金融機関の選定理由としては、「他の金融機関よりも金利が低かったから」との理由は25.5%と高い結果になってはいるが、最も回答率が高かったのは「信頼できる・安全だと思える金融機関だから」との理由で32.4%だった(図表5)。このように、借入プロセスごとの顧客行動を見てみると、確かに金利は重要な検討要素ではあるが、必ずしも借入先選択に決定的な影響を及ぼしているとは言えない実態が浮かび上がってくる。また、本調査からは、【追加借入者】は利便性や秘匿性を重視する傾向、【借換者】は金利などの経済合理性を重視する傾向があるといった興味深い結果も確認できた。

図表5:【新規契約者(比較検討あり)(n=188)】における金融機関選定理由

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出典: 株式会社NTTデータ経営研究所 「カードローン借入にいたる消費者行動調査」

このように、事前に顧客の行動プロセスをモデル化し、そのプロセスに沿った設問を設計することによって、設問が対象としている場面を限定し、解釈の余地が少なくより実態に近い調査を実施することができる。さらに本調査では、各金融機関が顧客から何を評価されて比較検討先・借入申込先として選択されているかについても調査している。このような調査によって、マーケティング時にどのセグメントをターゲットとして何を訴求していくべきかについての重要な示唆を得ることができる。(本調査結果については当該レポート※3を参照のこと。)

5.最後に

近年では、web上の行動ログや位置情報等、消費者の行動情報を利用したマーケティングが志向されつつある。これらのデータはアンケートと比較して顧客の行動実態をより正確に表していることからも、戦略・施策策定に際して非常に有用な示唆を得ることができる。一方で、アンケートには通常把握しきれない顧客行動や、心理・価値観といったサイコグラフィックなデータも比較的自由度高く収集・分析することができるといった利点がある。近年では、デモグラフィックなデータやアンケートで得られたサイコグラフィックなデータ、行動情報等、様々なデータを組み合わせたマーケティング施策への期待が高まっていることもあり、有用なアンケートデータを確保することはマーケティングの成否を左右する重要なファクターとなる。アンケートを適切に設計・実施・分析するのは簡単ではないが、外部有識者の協力も得ながら有用に活用して行く必要があろう。

※1 【新規契約者】:過去に契約したカードローンの件数を「1件」、または、カードローンを契約した理由を「以前に契約したカードローンの契約が切れていた(契約更新がされなかった)ため」と回答された方。
【追加借入者】:カードローンを契約した理由を「既に契約しているカードローンに追加して借入枠が必要だったため」と回答された方。
【借 換 者】:カードローンを契約した理由を「既に契約しているカードローンの借換(おまとめローン含む)を行うため」と回答された方。

※2 本調査はウェブアンケートであり、特にウェブ関連の選択肢回答結果にはある程度のバイアスがかかっていることが想定されることに留意

※3 2018年3月27日「カードローン借入にいたる消費者行動調査」

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