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Insight

経営研レポート

DX推進の第一歩

~バックキャスティングによるデジタルビジネスビジョン・デジタル戦略策定~
2019.03.28
情報戦略事業本部
デジタルイノベーションコンサルティングユニット
マネージャー 吉田 和平、コンサルタント 後藤 裕貴
デジタルビジネスデザインセンター
シニアコンサルタント 木田 和海
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はじめに

近年DX(デジタルトランスフォーメーション)というワードが普及するにつれて、先進的なIT企業だけではなく、一般企業においてもデジタル技術活用の関心は高まっている。2017年度末の時点では約8割の企業がデジタル戦略の実行や策定に着手しているとの調査結果もある※1。また、2018年9月に経済産業省がDXレポート※2を発表し、「2025年の崖」と称してDXの必要性を周知したことで、今後各企業の取り組みがより一層加速していくことが予想される。

一方で、DXに取り組んでみたものの、うまくいっていないケースも散見される。例えば、PoC(Proof of Concept:概念実証)を繰り返したがどれも具体化にはつながらなかった、既存ベンダーの提案を詳細な検討をせずにそのまま受け入れてしまったが自社に合わなかった、情報システム部門で検討した施策を実行しようとしたが事業部門の反発で進まなかった、などのケースを経験されている企業も多いのではないだろうか。

上記のような失敗を避け、デジタル技術を活用していくためには、どのように進めることが有効であろうか。本稿では、デジタルビジネスビジョンをバックキャスティングのアプローチで定める取り組みを紹介する。

デジタルビジネスビジョンの策定

デジタルビジネスビジョンとは、10年後といった長期的な時間軸で、組織のデジタルビジネス推進における将来的なありたい姿を描いたものである。デジタル技術を活用することでどのような価値を社会に提供していくのかを示したものであり、例えば、「社内外のデータを活用した新たな情報サービスを通じ、人々の生活の質の向上を実現する」といったような形で示すものである。

デジタルビジネスビジョンを策定することがDX推進において有効である理由は、将来のありたい姿が明確でないことが、DX推進がうまくいかない要因の一つになっているからである。先ほど紹介した3つの失敗ケースも、将来のありたい姿が明確でなく、組織間の共通目標が無いこと、施策策定・実行の判断基準が曖昧であることが要因の一つとなっている。

デジタルビジネスビジョンを定め、将来のありたい姿を明確化することによって、組織におけるDX推進の共通の方向性を定めることができ、失敗する要因を低減することができるのである。

図1 DXの現状とデジタルビジネスビジョン策定の効果

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出所: 経済産業省DXレポートをもとにNTTデータ経営研究所にて作成

バックキャスティングによるデジタルビジネスビジョン策定

それでは、デジタルビジネスビジョンをどのように策定していくとよいのか。DXにおいては、策定のアプローチとしてバックキャスティングのアプローチを採用することをおすすめしたい。

「バックキャスティング」とは、未来を考える際に、長期的な時間軸において目標となるありたい姿を構想し、そこから逆算することで、中期的、短期的に実行が必要なことを定めていく方法である。過去や現在からの流れをもとに、その延長上で将来の方向性を定めていく「フォアキャスティング」とは反対のアプローチである。バックキャスティングのアプローチは、例えば環境問題など、変化の時間軸が長期にわたり、変化の予測が難しい領域で長期計画を考える際に利用されている。日本でも内閣府の「2030年展望と改革タスクフォース」など長期的な姿を描く場面で幅広く活用されている。

フォアキャスティングではなく、バックキャスティングによるアプローチがデジタルビジネスビジョンを策定する際に有効であるのは、現状に縛られることなく、将来の理想的な姿を考えることができるからである。フォアキャスティングのアプローチでは、過去や現在を基点に1年後、3年後といった形で近い将来から順に考えていく。この場合、どうしても自身や自部署の責任範囲を気にしてしまったり、現在の業務の延長で考えてしまったりして、考える幅が狭まってしまう。また、デジタル技術は既存技術の延長上の連続的な変化のみでなく、全く新しい技術の誕生など、非連続的な変化が起こりえるため、既存技術の延長で遠い将来を構想することは難しい。

バックキャスティングにより、長期的な未来の姿を最初に考えることで、現在の責任範囲や業務に及ぼす影響、既存システムへの影響といった現時点の制約要素を一旦脇に置き、本来的にありたい将来の姿を描くことができる。これにより、組織にとっていっそう有効なデジタルビジネスビジョンを策定できるのである。

図2 デジタル戦略策定におけるバックキャスティングの全体像

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出所: NTTデータ経営研究所にて作成

中期デジタル戦略策定

デジタルビジネスビジョンを策定した次は、デジタルビジネスビジョンを実現するための中期デジタル戦略を策定する。

中期デジタル戦略はデジタルビジネスビジョンを実現するために、ビジョンから逆算することにより今後3年間で取り組むべきテーマを定めたもので、デジタルビジネス戦略と、IT戦略の2つの要素から成り立つ。

中期デジタル戦略策定におけるポイントは2つある。

1つ目はデジタルビジネスビジョンの実現につながる要素を、重点テーマとして網羅的に策定することである。策定された戦略テーマを全て実行すればデジタルビジネスビジョンを実現できるという確信を持つことが、組織の戦略実行の推進要因となる。

2つ目はビジネスとITの戦略に整合性を持つことである。同じデジタルビジネスビジョンを目指していたとしても、ビジネスとITがバラバラに中期戦略を策定してしまったら、優先順位の違いなどでコンフリクトが起こり、最終的に施策実行のタイミングでうまく進まなくなる可能性がある。ビジネスとITの施策がしっかりと連動して進むことで、初めてデジタルビジネスビジョンの実現につながるのである。

図3 バックキャスティングでの中期デジタル戦略・年度計画策定イメージ

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出所: NTTデータ経営研究所にて作成

ワークショップ形式での策定

最後に、バックキャスティングのアプローチによってデジタルビジネスビジョンを策定するための具体的な進め方として、多様なメンバーで構成されるワークショップ形式で行うことを紹介したい。

デジタルビジネスビジョン策定において重要な点は、いかにして多様な社員の意志を反映し、定めたビジョンを自分ごととして認識してもらうかという点である。もしも自身の意志がビジョンに反映されていないと感じられてしまえば、ビジョンを実現させる内的モチベーションが落ち、実効性が低くなってしまう。

そのための有効なアプローチが、デジタルビジネスビジョンの策定するための、内的動機づけの要素を盛り込んだワークショップを開催して検討を進めることである(図4)。

ワークショップ形式で検討することが有効なのは、検討に加わるメンバーのやりたいこと、成し遂げたいことといった意志を表出させ、その意志をデジタルビジネスビジョンに反映できる点にある。デジタルビジネスビジョン策定のワークショップの流れとして、まず、デジタルビジネスの一般的な動向に関してメンバー同士で知見を深め合う。次に、検討メンバーの各個人が、これまで取り組んできたことを棚卸し、自身の持つ価値観や、これから成し遂げたいことを再認識する。さらに、自社が置かれている事業環境を理解することで、個人が成し遂げたいことと、組織でのデジタルビジネス推進の方向性との接点を探っていく。以上のステップを踏むことで、最終的にひとつにまとめ上げたデジタルビジネスビジョンが、検討メンバーそれぞれの価値観や成し遂げたいことを反映したものとなり、結果的に「自分たちの」ビジョンとして認識できるようになる。

ワークショップのメンバーは、できる限り多くの部門から、若手、中堅、ベテランと様々な階層の社員を集めて構成することが望ましい。そうすることで、各部門に所属する個人が有する多様な意思をデジタルビジネスビジョンに反映できることに加え、10年後など、長期のビジョンが実際に実現する頃に組織の中核を担うであろう若手、中堅メンバーが関わることで、定めたビジョンを実現させるのは自分たちであるという当事者意識が芽生え、主体性が高まっていく。

図4 ワークショップ形式でのデジタルビジネスビジョンの策定の流れ

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出所: NTTデータ経営研究所にて作成

また、中期デジタル戦略策定のフェーズにおいても、デジタルビジネスビジョン策定と同じ体制で、ワークショップ形式で検討を進めることが有効である。

中期デジタル戦略策定においてワークショップ形式が有効である理由は大きく3点ある。

まず、具体的な施策をボトムアップで考えることで、中期デジタル戦略の実効性を高めることができる点である。デジタルビジネスビジョン策定に引き続きワークショップ形式で行うことで、ビジョンに込めたメンバーの意志を、より具体的な中期デジタル戦略に反映させることができる。結果として、デジタルビジネスビジョンと同じように中期デジタル戦略にも当事者意識を持たせることができ、戦略の実効性を高めることができる。

次に、デジタルビジネス戦略とIT戦略の整合性を確保できるという点がある。先ほど述べたように、中期デジタル戦略において重要なのはビジネスとITの戦略に整合性を持つことである。中期戦略策定においては、ビジネス戦略は事業部門が、IT戦略は情報システム部門が策定するケースが多いが、この場合、ビジネス側、IT側の整合性を取る活動が必要になる。中期デジタル戦略を事業部門と情報システム部門の双方が一堂に会する場で議論し策定することで、おのずと双方の意志が反映され、整合性の取れた戦略とすることができる。

最後に、デジタルビジネスや技術に対する知見を深めることができるという点が挙げられる。一般的にデジタルビジネスに関する知見は事業部門が、デジタル技術に関する知見は情報システム部門が持つ場合が多い。より具体的なテーマを検討する中で、両部門がデジタルビジネス、技術の観点で意見を交換することで、お互いの知見を共有できるのである。

おわりに

本稿では、DXにおけるデジタルビジネスビジョン策定と、バックキャスティングのアプローチによるビジョン策定およびデジタル戦略策定の有効性について述べてきた。

今回紹介したアプローチは、デジタルビジネスビジョンやデジタル戦略を有しておらず、これから策定しようとする企業には特に有効である。デジタルビジネスビジョンの策定をバックキャスティングのアプローチで定める「デジタルビジネスビジョン策定ワークショップ」を開催することで、既存の制約にとらわれない形で組織全体のDX推進のありたい姿をまとめ上げ、社員の納得感を醸成しながら、より実効性の高い戦略を策定することができる。

これからデジタル技術を導入していこうという企業や、現在デジタル関連施策を実行していてうまくいかないと感じている企業は、今回紹介したアプローチを用いながら、改めて将来自分たちが実現したいことは何なのか、必要なものは何なのかについて、原点に立ち戻って考えてみてはいかがだろうか。

※1 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS) 「デジタル化の取り組みに関する調査」

※2 経済産業省 DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html