サブスクリプションサービスとは、利用者が製品やサービスを買い取る方式ではなく、製品やサービスを利用する権利を利用者が期間限定で借りて、借りた期間に応じた料金を支払う方式をとったサービスであり、日本語で「定額利用※1」などと呼ばれている。
新聞や雑誌の定期購読に代表されるように、サブスクリプション型のビジネスモデル自体は古くからあるものの、近年はデジタルコンテンツやソフトウェア、外食、ファッション、自動車などの分野においても、従来の買い切り型のビジネスモデルからサブスクリプション型ビジネスモデルへの移行が進んでいる。
本稿では、各分野におけるサブスクリプションサービスへの移行事例を紹介した上で、サブスクリプションサービスが台頭した背景や今後の展望について述べたい。
近年サブスクリプションサービスへの移行が見られる分野
【デジタルコンテンツ】
動画配信や音楽配信といったデジタルコンテンツ産業において、消費者向けのコンテンツ配信サービスのビジネスモデルは、一般に「広告収入型モデル」(主として無料)と「課金型モデル」(有料)に大別される※2が、特に後者の「課金型モデル」においては、従来のダウンロード型課金サービスからサブスクリプションサービスへの移行が他分野を先行している。
世界の動画配信サービス市場において、2017年にはサブスクリプション型の動画配信売上高が全動画配信売上高の82%を占めている※3。音楽配信サービスにおいても、2016年にサブスクリプション型の売上高がダウンロード課金型の売上高を超え、2017年には全音楽配信売上高の66%を占める※4など、サブスクリプション型のビジネスモデルが市場をリードしている。国内の音楽配信サービスにおいても、2017年10~12月に初めてサブスクリプション型(ストリーミング)の売上高がダウンロード課金型の売上高を上回った※5。
デジタルコンテンツ分野では既にサブスクリプションサービスが市場を牽引している背景としては、サービスを提供するための限界費用が限りなくゼロに近い※6ことが挙げられる。元来よりデジタルデータのコピーの限界費用はゼロであったが、ネットワーク化が進むことにより再配布や修正の限界費用もゼロに近づいた。
また、音楽や映像などコンテンツをダウンロードしながら逐次再生するストリーミング形式でのサービス提供に耐えうる通信環境が整備されていることもデジタルコンテンツ分野においてサブスクリプションサービスが台頭した背景の一つとして挙げられる。
ストリーミング形式での音楽配信サービスの利用には3G通信以上の環境が推奨されている※7ことに対して、国内では2010年時点で移動系インフラ分野の3G比率が97.2%と世界各国と比較しても先行※8している。近年も、複数の通信事業者がデータ通信速度の最大速度を引き上げるなど、動画配信サービスの普及に対応した環境整備が進んでいる※9。
第5世代移動通信システム(5G)への期待も高まっている。株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントは、CDの約6.5倍ものの情報量を持つと言われる※10ハイレゾ音源を取り扱う定額制ストリーミング音楽配信サービス「mora qualitas」を2019年初春に提供開始される予定である。当初はPCユーザ向けの提供であるが、5Gの実用化を目処にスマートフォン向けのサービス展開も予定していると発表されている※11。
サービス提供事業者側の技術開発も進んでいる。GoogleやMicrosoft、Amazon、Facebook、Cisco、Netflixといったテクノロジ大手企業で構成される非営利団体「Alliance for Open Media(AOMedia)」は、オープンでロイアリティフリーな動画圧縮技術「AV1」の仕様を公開した。「AV1」は従来技術よりも30%優れた圧縮率を実現している※12と発表されている。
【ソフトウェア】
アドビシステムズは2013年5月にデザインに関するアプリケーションソフトウェアの統合パッケージである「Adobe Creative Suite」からサブスクリプション形式をとった「Adobe Creative Cloud」に完全移行すると発表した。
同社におけるサブスクリプション型ビジネスの収益は2013年度から2017年度にかけてCAGR(年平均成長率)52.3%で増加しており、2017年度にはアドビシステム全体の総収益の84%を占めるまでに至っている※13。
マイクロソフトは2018年10月にハードウェア(Surface)とソフトウェア(Office365)を組み合わせたサブスクリプション型の新商品「Surface All Access」を発表した※14。ソフトウェアだけではなくハードウェアもサブスクリプションの対象となっている点が大きな特徴である。
他方で、同社におけるソフトウェア戦略において、日本と海外とでは乖離が生じている。ビジネス用アプリケーション「Microsoft Office」において海外ではサブスクリプション型である「Office 365」が主流であることに対して、日本国内では未だプリインストール型やパッケージ型での販売が主流となっている。
【自動車・家電】
近年は、限界費用がゼロに近いデジタルデータ以外を商材とする分野においても、サブスクリプションサービスの提供が始まっている。今回は自動車、家電分野における事例を紹介する。
海外の自動車メーカーは次々にサブスクリプションサービスの開始を発表している。BMWは2018年4月に米国でサブスクリプションサービスを試験的に提供開始すると発表した※15。Mercedes-Benzも2018年6月に米国でサブスクリプションサービス「Mercedes-Benz Collection」を試験的に提供開始すると発表した※16。
国内自動車メーカーもサブスクリプションサービスの着手に踏み切っている。トヨタ自動車株式会社は、税金や保険の支払い、車両のメンテナンス等の手続きがパッケージ化され、月額定額で利用可能なサブスクリプションサービス「KINTO」を2019年1月を目処に開始すると発表したことで、注目を集めている※17。
ダイソン株式会社は2018年1月にサブスクリプション型サービス「Dyson Technology +」を開始しました※18。掃除機やドライヤー等家電製品を月額1000円から利用できることに加え、一定期間を超えると新しいモデルに交換することもできる。2019年1月現在、「Dyson Technology +」申し込みの受付数を制限していることもあり、今後の動向が注目される。
移行が進む背景
デジタルデータに留まらない分野でサブスクリプションサービスへの移行が進む背景には、大きく3つの要因があると考えられる。
【企業戦略の変化】
近年はICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる「デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)※19」が進展しつつあるため、企業は外部(顧客や市場)の破壊的な変化に対応しつつも内部(組織・人や企業文化)の変革を牽引し、新たな製品・サービス・ビジネスモデルといった既存のビジネスから脱却した価値を創出することが求められている。顧客接点を多く持つことで顧客ロイアリティの向上を目指すサブスクリプションサービスは、デジタルトランスフォーメーションの施策としても位置づけることができる。
安定した収益を得られることがメリットであるサブスクリプション型ビジネスモデルは買い切り型ビジネスモデルと比較すると、従業員の労働時間が平均化されるため「働き方改革」にも繋がることが期待される。今後、「働き方改革」の施策としてもサブスクリプションサービスへの移行がより注目を集めることになるだろう。
【社会基盤の整備】
主な提供基盤であるクラウドサービス自体の普及が進み、多くの企業がクラウドサービスの効果を実感するようになった※20。また、スマートフォンの普及が更に進んでいる※21ことからも、スマートフォンアプリを通じたサブスクリプションサービスの提供が今後さらに増加すると予想される。
サブスクリプションサービスを通じて良好な顧客関係を構築するためには、顧客からの要望や意見を取り込むこと以外に、顧客のサービスの利用動向を適切に把握することが重要となる。近年、IoTデバイス等の普及により、顧客のサービス利用動向データを収集することが実用化されるようになった。収集したデータを適切に分析することで顧客動向をより精密に追うことが可能となったこともサブスクリプションサービスへの移行が進む要因の一つになる。
【消費者の意識の変化】
消費者の生活に対する価値観は1980年以降、「物の豊かさ」よりも「心の豊かさ」に重きが置かれている。消費者意識調査においても、モノを所有するより、得られる体験(コト)にお金をかけたいという人が全体の約7割にのぼる結果※22が出ている。
認知度が高まり※23かつ市場規模も拡大傾向※24にあるシェアリングサービスに代表されるように、近年は特に消費者の意識が「所有から使用へ」と変化し続ける潮流にある※25。若年層は他の世代と比較すると「モノをシェアすること」に対する抵抗感は低い傾向※26にあることも大きな特徴でである。
それら潮流を踏まえると、製品・コンテンツ等サービスを「モノ」としてだけではなく「体験」として提供するサブスクリプションサービスに対する消費者からの需要はますます高まるのではないかと推察される。
今後の展望
デジタルコンテンツ、特に音楽配信や映像配信を中心にサブスクリプションサービスの市場規模は今後も拡大すると展望される。特に近年普及が進むスマートスピーカーやスマートディスプレイと連携したサービス提供が加速するだろう※27。
また、自動車メーカーが相次いでサブスクリプションサービスの提供を開始したように、デジタル空間上に限らず、物理空間上の様々な分野でもサブスクリプションサービスへの移行が進むと予想される。