株式会社NTTデータ経営研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:柳 圭一郎、以下 当社)は、NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社(本社:東京都品川区、代表取締役社長:塚本良江)が提供する「NTTコム リサーチ」登録モニターを対象に「働く人のメンタルヘルスとサービス・ギャップの実態調査」(以下、本調査)を実施しました。
【エグゼクティブサマリ】
- 働いている人の約2人に1人において精神的健康度が低く、うつ病や不安障がいなどの精神疾患を発症するリスクが高いことが判明。そのうち、コロナのまん延以降、ストレスや悩みが増加したと回答した人は6割であった。
- 特に新型コロナウイルス(以下、コロナ)のまん延以降にストレスや悩みが増加した人は、長く企業に勤め、テレワークを定期的に行える環境におり、同居者もいる40-50代であった。生活が安定しており社会的に成功しているように見える人々において特にストレスや悩みが増加していることが明らかとなった。
- 一方、このような人々の相談窓口の利用率は3割程度と低く、サービス・ギャップ(注1)が生じている。相談内容が周囲に漏れるのではないかという不安や相談窓口に携わる専門家やそこで実施される内容が分からないことによる抵抗感、そして相談窓口に対する認知率の低さなどの心理的要因が影響している。
- 健康経営の一環で多くの企業がメンタルケアサービスを提供しているにも関わらず、利用されない要因として損失回避や認知不協和、限定注意などの認知バイアスが関わっている可能性があるため、ナッジの活用を含め行動科学に基づく行動デザインによりサービス利用を促すアプローチが必要だと考えられる。
【調査の背景】
現代の日本では、生涯を通じて心の病気にかかる割合が5人に1人と言われており、特に働き盛りの世代にメンタル不調が多くみられている傾向があることから、働く人のメンタルヘルス対策は重要な課題と認識されつつある。特にコロナのまん延以降「コロナうつ」と呼ばれるように、メンタル不調をきたす人が増えている。
企業ではストレスチェックテストの実施や相談窓口の設置など、メンタルヘルス対策を行っているが、実際には従業員は自身のメンタル不調やストレスを打ち明けることのデメリットを懸念し、正直に回答したり、利用したりすることに抵抗を感じている可能性が高い。
このようにケアが必要な状況にもかかわらず、サービスを適切に利用できない状況を「サービス・ギャップ」という。「サービス・ギャップ」が生じる心理的な理由として「メンタルヘルスケアサービスを利用してもメリットや効果が得られるとは思えない」という期待感のなさと「メンタルヘルスケアサービスを利用すること自体にリスクや不安、懸念を感じる」という抵抗感が大きいと考えられる。
そこで本調査では、メンタル不調者のうちコロナまん延以降にストレスや悩みが増加した人の実態を明らかにするとともに、メンタルヘルス領域におけるサービスのうち、多くの企業において実施されているストレスチェックテストと社内外の相談窓口へ着目し、サービス・ギャップの実態を明らかにする。
特に心理的に影響力の大きいと考えられる「期待」と「抵抗」、また、周辺領域として関連すると考えられる、認知度と利用状況についても明らかにするため調査を実施した(図表1参照)。
【調査結果のハイライト】
働く人のメンタル不調の実態(特にコロナまん延以降のストレス増加について)
本調査では、WHO-5精神的健康状態表を用いて調査参加者の精神的健康状態(メンタル不調の程度)を測定し、合計点数が13点未満の参加者については「精神的健康度が低い」とみなした。集計の結果、463名(45.3%)において精神的健康度が低い状態にあることが分かった。
さらに「コロナまん延以降にストレスや悩みが増加しましたか」という質問を行ったところ、精神的健康度が低い人のうち、6割にあたる277名においてコロナまん延以降にストレスや悩みが増加していることが分かった。特に年齢や就労状況、同居人の有無によってストレスなどの増加有無が異なっていた(図表2参照)。
ストレスチェックテストや社内外の相談窓口におけるサービス・ギャップの実態
次に精神的健康度が低く、コロナまん延以降にストレスや悩みが増加している人々における、メンタルヘルスケアへのサービス・ギャップの実態を明らかにした。まず前提としてサービスの提供状況に関する過去の調査(注2)によると、50名以上の企業では、91.5%がストレスチェックテストを実施しており、73.3%が事業場外資源も含めて労働者に相談先を提供していることが分かった。
次に精神的健康度が低い人々のうち、コロナまん延以降にストレスが増加した群(以下、ストレス増加群)とストレスの増加はみられない群(以下、ストレス増加なし群)とで比較分析を行った。その結果、ストレス増加群はストレスチェックテストや社内外の相談窓口を認知しているものの、回答したり利用したりすることへ抵抗を感じていることが分かった。
さらにストレスの増加有無にかかわらず、6-7割が社内外の相談窓口を利用したことがないことが明らかとなった(図表3参照)。抵抗を感じる理由として、社内の相談窓口に関しては「面談の内容が周囲に漏れるのが不安だから(24.4%)」「面談でどのようなことをするのか分からないから(23.1%)」という回答が多く、社外の相談窓口に関しては「そもそも社外のカウンセラー等の専門家が何かよく分からないから(24.4%)」「相談窓口でどのようなことをするのか分からないから(15.6%)」という回答が多かった。
【全体考察】
本調査の結果から、コロナ以降のメンタル不調者とサービス・ギャップの特徴について掴むことができた。
コロナまん延以降にストレスなどが増加した人々の特徴として、40-50代で雇用が安定しており、テレワークができて同居者もいるという状況は、安定した生活を送っているように考えられる。しかしながら、昨今の社会情勢の大きな変化に伴い、これまで安定した環境に長くいた分、かえって環境変化に対するストレスや悩みを感じやすくなっていることが推察できる。過去の調査では、失業者や配偶者がいない中年男性の自殺率の高さ(注34)、また、コロナのまん延以降は若者の自殺数の増加が指摘されている(注5)が、本調査を通して、過去の調査とは異なる層においてもコロナまん延以降のメンタル不調のリスクが見受けられ、ケアが必要であることが示唆される。
さらに、コロナまん延以降にストレスなどが増加したメンタル不調者におけるサービス・ギャップの実態を明らかにした調査は、本調査が初めてである。結果として、ストレス増加群の相談窓口の利用率は3割程度と低く、背景には主に三つの課題があると考えられる。
一つ目は、社内の相談窓口の場合、面談した内容が周囲に漏れてしまうのではないかという不安、二つ目は、社内外関係なく相談窓口に携わる専門家や面談での実施内容が分からないという不安、三つ目は、社外の相談窓口への認知率は3-4割程度であるように認知の低さである。
サービス・ギャップを解決する一つの手がかりとして、近年、行動経済学で注目されている「ナッジ(注6)」の活用が考えられる。明らかとなった三つの課題においては、背景の一つに認知バイアスが想定される。各認知バイアスをふまえて「ナッジ」を活用すると、図表4に示されるメンタルヘルス対策が考えられる。
本調査では企業のメンタルヘルス対策として社内外の相談窓口に対象を絞ったが、実際には相談窓口だけではなく、呼吸法などのセルフストレスケアや上司や同僚といった身近な人への相談など、状況に応じたさまざまなケアがある。しかしながら、従業員が自身に合うメンタルケアを選択することは難しいことが想定される。どのような場合にどのケアを選ぶとよいのか、従業員の意思決定をサポートするガイドを作成することも有効だろう。
さらに40-50代の”社会的成功”者は、これまでメンタルヘルスを相談することが当たり前ではない上に、今まで上手くやってきた自分が不調になるという状況に置かれて、認知的なギャップ(認知不協和)が発生していることが考えられる。安心して気軽に相談することができるという「心理的安全性」を担保することが重要である。
【今後について】
当社では「ナッジ」の活用を含め行動科学に基づく行動デザインを課題解決の一つの手法として推進していくとともに、職場におけるメンタルヘルスの改善・従業員のパフォーマンス向上について、今後も調査や実践に取り組んでいきます。
〈調査概要〉
- 調査エリア:全国
- 調査対象者:「NTTコム リサーチ」登録モニターのうち50名以上の企業に勤めている人
- 分析サンプルサイズ:1,022名(男性515名、女性507名)
- 調査期間:2021/6/28-2021/7/5