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デジタル時代のグローバル戦略

~デジタルな多国籍環境でグローバル戦略をどのように再定義するのか~
2023.10.27
(語り手)サティッシュ・ナンビサン
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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私たちNTTデータグループは、多国籍のデジタル環境におけるグローバル戦略の重要性を認識しています。Thomas Friedmanの書籍『The World is Flat』の世界とは異なり、デジタル技術の進歩が地政学的、地理的障壁の中で、グローバリゼーションとローカリゼーションの両方の力によってビジネスが推進される世界に変わってきました。

この新しい考えを提唱しているのが、米国ケースウェスタンリザーブ大学のSatish Nambisan教授の著書『The Digital Multinational』です。彼は、デジタル技術を活用してマルチナショナル企業がどのように競争するかを説明し、この複雑なデジタル世界におけるグローバル戦略の実践的な推進に非常に役立つと考えています。

このたび、Satish教授との対談を通じて、「The Digital Multinational」の概念、デジタル技術の進歩がグローバル戦略に及ぼすインパクトについて深く議論することができました。

グローバルビジネスにおけるデジタルインパクト

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山口

AI、IoT、クラウド、バーチャルリアリティーなどの技術は、これまでにない速さで進歩し、私たちの社会経済の様相を作り変えています。私はこうした技術を「アルゴリズム」「コネクト」「コンバート」「コグナイズ」の4つに分類しています。これらの技術が相乗効果を発揮し、結びつけば、社会や経済全体に必然的に大きな影響を与えることになります。デジタル技術の進歩は、従来型の大企業に経営、業務プロセス、テクノロジー、人材などの面で大きな影響を与えます。

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山口

この影響を理解し活用することが、大企業のリーダーや経営者に求められています。

グローバル化の現状をご説明するために、ここで興味深いデータをお見せしましょう。

黄色は、日本企業による海外企業買収の総額を表しています。複雑なグローバル環境にもかかわらず、日本企業は過去20年間、海外企業買収を積極的に行ってきました。

今、私たちは重要な転機に立たされています。経済の分断が進む中で、デジタル技術の力を駆使して世界戦略を再検討することが急務となっているのです。

デジタル・マルチナショナル企業に影響を与えるビジネス・コンテキスト

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山口

Satishさんの書籍では、非常に説得力のある議論を展開しています。特に、「グローバル化を新たに急拡大させている要因は何でしょう?端的にいうと、それはデジタル化です。」「デジタル技術の進歩により、世界の異なる部分を結びつける新しい道が形成され、新しい情報の経路が生まれ、デジタルグローバル化という新しい時代が始まりました。」という主張に感銘を受けました。貴殿の書籍の背景にある動機を理解することに非常に興味があります。なぜこのテーマを探求することを選択されたのですか?

Satish

ご回答にあたり、まず、このデジタルで接続された状態にあること、そしてこれがどのように貢献しているのかについてからご説明しましょう。

1960年代には、世界の多国籍企業の数はおよそ7000社でした。 その後2000年までの30年ほどで、38,000社にまで増えました。しかし、デジタル技術が爆発的に普及したその後の15年間には3倍に増え、100,000社を超える数になったのです。

ですから、私たちが本著で書いた、デジタル技術による「ステロイドで強化されたグローバライゼーション」は、我々のビジネスモデル、工程、製品の安定性を向上するのに役立っているのです。地政学的な境界線、国境、政治的な境界線、地理的な境界線はあまり関係ありません。デジタルによるビジネスモデル拡張は非常に簡単です。こうした要因全てが、グローバライゼーションが著しく加速しているところに貢献していると思います。

その一方で、興味深いことに、人類は多くの地政学的問題がある世界で生きています。最大の問題は米中関係ですが、それだけではありません。アメリカとEUの問題もあります。たとえば、ほんの数日前にフェイスブックが国境を越えたデータ移転に対してEUから厳しい制裁を受けました。

安全保障上の懸念、国家安全保障上の懸念、こうしたあらゆる懸念が現れることによって、様々な国が異なる方向に動き、グローバル化に影響を与えています。脱グローバル化とまではいかなくてもその中間、グローバルビジネスに対する新たな摩擦に直面しているのです。このことは、非常に興味深い状況だと思います。つまりデジタルがすべての摩擦を排除する一方で、地政学的問題が新しい摩擦を生み出しているのです。マルチナショナル企業はこの状況の中でかじ取りをして行かなければなりません。それがこの本が生まれた実際の背景です。

山口

企業はもはや事業戦略を外国市場に単にコピー&ペーストすればよいのではなく、各国特有の環境に合わせた水平方向のローカライゼーションを導入しなければならない、その考え方には私も賛成です。

複雑なグローバル事業を勝ち抜くための戦略立案

山口

先ほど触れたグローバル戦略について、私は国の文脈に応じて、私たちの戦略を変える必要があると思います。しかし、ローカライゼーションを過度に行うと、戦略が孤立するリスクがあります。

これについて、私は2つの質問があります。

ひとつめの質問は

各市場におけるローカライゼーションの必要性をどのように評価するのか、ご教示いただけますか?

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Satish

現実問題を的確に指摘されました。まさに文脈が重要であるということです。

私がかなり前に働いていたユニリーバという会社は、190か国以上に展開していました。それがロンドンであろうとムンバイであろうと、1か所にじっとしている人間が、はるか遠くの市場で起きている問題について考えるのは難しいことなのですが、事業がどんな世界環境の中で行われているのか把握することは絶対に必要です。そこで、世界の様々な地域におけるグローバル化とローカル化の度合いを判断するために経営陣が使用できる、上記のような非常に簡単なツールを提供しています。

「政策(Policies)」、「インフラ(Infrastructure)」、「文化(Culture)」の3つの部分に分かれています。たとえば、政策について見ると、政府の政策や規制が新しい市場への参入や競争をどの程度支援、あるいは妨害しているか? 国境を越えたデータの流れをどのように規制しているか?

たとえば、先ほどEUの話が出ました。国境を越えたデータの流れに関しては、EUには米国よりもずっと厳しい規制があります。ですから、こうしたことが地域によってどの程度違うかを考えなくてはならないのです。IP関連政策、これはほとんどの、特にテクノロジー関連の多国籍企業にとっては非常に重要です。地元市場における企業との協力に関する政策。そうしたことが「政策」の項目です。

次に大事なのが「インフラ」です。ビジネスインフラやイノベーションインフラだけでなく、デジタル通信へのアクセスやデータインフラも含みます。国によっては、かなり広範囲に規制されているので、こうした異なるアクセスポリシーを考慮しなければなりません。また、デジタルインフラの基準にもよります。具体的には、その国が国際基準に準じているのか、それとも独自の基準があるのか等。

最後の「文化」は、非常に重要な要素です。合弁事業や提携事業の場合、地元企業の文化、地元の従業員の文化は消費者の文化(消費文化)と同じくらい大事です。どの程度までがグローバルな消費文化なのか? 地元に根差した消費文化なのか? ここに挙げた12項目は、全体像を非常によく表すものです。特定の市場におけるグローバライゼーションとローカライゼーションの度合いがひと目でわかります。

山口

各市場でのローカライゼーションの必要性の評価についてのご説明ありがとうございます。

2つめの質問は、我々のグローバル戦略においてグローバライゼーションとローカライゼーションのバランスをどのように取るのでしょうか?

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Satish

上に示されている図をご覧いただければ、2つめの質問に答えることができます。

伝統的にマルチナショナル企業は本社を持ち、グローバル戦略を策定し、その後、子会社にこれとあれを行うよう指示します。それが異なる市場毎の行動に翻訳されます。ここにはコマンド&コントロールの概念が存在します。

一部のケースでは、現地の市場が本社が元々考えていたものとは異なるため、それが機能しないことがあります。この「ルーズカップリング」のアイディアは実はコンピュータソフトウェアから来ています。

マルチナショナル企業を、エコシステムの中でパートナーがいて、サプライヤーがいて、世界の様々な場所に子会社がある組織として考えてみましょう。世界の一部でグローバル化が進むと、効率化や最適化が進み、より最適な経営ができるようになります。それが、組織のさまざまな部分が緊密に結合している「タイトカップリング」のケースです。いわば世界レベルでの経営のテンプレートがあるようなものです。仕事の仕方が決まっていて、それが全ての場所で実行されるのです。実際、効率性、生産性、コスト削減など、すべてを向上させることができます。

一方で、もしある市場でローカル化の度合いがより高ければ、これではうまく行きません。その場合は、「ルーズカップリング」を適用して、地元子会社により大きな権限を与え、この世界規模のテンプレートをその市場に合うように変更させます。これが原則的な考え方であり、適用できるコンセプトだと思います。

今、新しいのは、先ほどおっしゃったようなIoT、AI、クラウドコンピューティングといった技術の進歩によって、10年前、15年前では不可能だったような「ルーズカップリング」が実現できるようになったことです。3D技術により、市場のグローバル化とローカル化の度合いに応じて、「タイトカップリング」と「ルーズカップリング」の両方を実現することができるのです。もし世界のある地域でグローバル化が進んでいるなら、そこでは「タイトカップリング」を適用します。ローカル化の度合いが高ければ、「ルーズカップリング」になります。

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Satish

また、私たちは、マルチナショナル企業の接続形態について4つの側面を検証しました。各市場におけるグローバルな「顧客」との接続。各子会社の「業務」との接続、子会社との接続。知識、イノベーション、パートナーといった「資源」との接続。そして外部の、エコシステム「パートナー」との接続です。

1つの例は、フィリップスやおそらくユニリーバもですが、たくさんの工場で使用しているデジタルツインです。工場の操業をデジタルツインにすることで、実際にローカライズされたデータをリアルタイムで送り込み、シミュレーションを行い、最適な運転計画を確認するというものです。

ここで大事なのは、どこでインテリジェンスを推進するかということです。意思決定インテリジェンスを、現場側で行いたいのか、それとも中枢(ハブ)で行いたいのか。グローバル化すればするほど、この意思決定を一元化し、それを地域のハブに持っていくことができます。ローカルな力が働けば働くほど、意思決定をネットワークの先端部分、つまり現場側へと移動させなければなりません。そして、デジタル技術はその両方を可能にするのです。

このようにテクノロジーは、世界のグローバル化した部分におけるグローバル化した業務も、そしてよりローカル化した地域での業務も、両方を可能にします。私たちがそれぞれの側面を検討し、テクノロジーがどのような方法で役に立つのかを話し合うことが大事だと私は思います。

マルチナショナル企業にとっての新たなリスク

山口

ローカライゼーションとグローバリゼーションのバランスを効果的に取る系統的なグローバル戦略の創出を導くフレームワークとその潜在能力についてのご説明、ありがとうございます。

ここまでデジタル・マルチナショナル環境の可能性と能力について見てきましたが、それに伴う問題点を認識することも不可欠です。私のグローバルビジネスの経験では、情報保護に関するGDPRなどの規制リスク、サイバー攻撃のリスク、パンデミックによるサプライチェーンのリスクなどに対処してまいりました。グローバル企業は具体的にどんなリスクを考慮すべきでしょうか?

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Satish

デジタル技術は新しいリスクをもたらすということだと思います。同時に、伝染効果も増加させました。サイバー攻撃の脅威であれ何であれ、世界のどこかで何かが起これば、その会社の他のあらゆるところに非常に早く伝わり、影響を与えます。悪い出来事が会社の事業に影響を与える速度は、テクノロジーのおかげで著しく加速しました。

こうした新しいリスクについてお話ししましょう。1つ目は「国境を越えた相互依存リスク」です。世界各地に子会社がある場合、あるいは世界各地にパートナーがいる場合、世界のある場所から取り出したデータを、他の地域での健全な経営を支援するために移転しなければなりません。

2つ目は、セキュリティリスクです。今ではプライバシーやサイバー脅威など、新しいセキュリティリスクが数多く存在します。これらについても政策が取り上げられています。次の2つの部分に分けられます。

1つには、新しい法律や政策が作られています。

もう1つのリスクは、制度的なインフラリスクです。

最後に、新しいグローバルライバルです。こうしたプラットフォームを利用して、非常に機敏かつ柔軟な方法で競争する、いわゆる「中小の多国籍企業(マイクロ・マルチナショナル)」です。これも大規模多国籍企業にとっては重大なリスクです。なぜならプラットフォームは様々なプレイヤーに対して条件を平等にし、小規模プレイヤーにとってはオペレーションコストが安くなり、外国市場へのアクセスが非常に容易になるからです。

多国籍企業のリーダーシップ

山口

グローバルビジネスリスクの評価の重要性を認識し、重要なリスクを適切に管理することを共有いただきありがとうございます。組織がマルチナショナル企業としての道を進む中で、グローバリゼーションとローカライゼーションの間のバランスをとることは実際に非常に重要です。

次に、マルチナショナル企業のためのリーダーシップという最後のトピックに進みましょう。

NTTのデータの場合、海外売上高比率が60%を超えていることもあり、多国籍化を積極的に進めています。実地での経験から、知識、研究開発、事務管理部門を世界的規模で統合する一方で、顧客対応や販売には地域に根ざしたリーダーシップが必要であると認識しています。また組織を世界レベルで率いていくためには、共通のビジョンやガバナンスのルールが重要であると考えています。

グローバルビジネスに必要なリーダーシップについて、アドバイスをいただけますか?

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Satish

エコシステムという捉え方は、第一に重要な部分だと思います。彼らは多数の企業と提携していて、そこへの対処が必要であり、互いにデジタルで繋がっているのですから。そしてこれらすべてのテクノロジーや、グローバル化とローカル化の力が、全員にどのような影響を及ぼすのかを考えなくてはなりません。これは子会社に、パートナーにどのくらいの意思決定権限を与えるか、パートナーと実際どの程度の協力や共同意思決定を行うかを理解することに関わってきて極めて重要なのです。これが1つめのポイントになります。

2つめは、価値創造について非常にインクルーシブなビジョンを持っているということです。つまり、マルチナショナル企業のCEOあるいは上級幹部なら、素晴らしいグローバル戦略を立てることは可能です。しかしそれは他者にとっては広い枠組みであり変更の可能性があります。パートナーや子会社がそれを変更し、実行する場所に適合させることができるよう、十分な余裕を持たせる必要があります。

山口

素晴らしいご説明ありがとうございます。

今日のデジタル・マルチナショナル世界におけるリーダーたちの課題が、グローバル化とローカル化の両方に対応し、その時のニーズや状況に応じてどちらにも移行できるようになることだと気づきました。また国際的環境における価値創造のためのインクルーシブなビジョンを構築し伝えることで、多くの利害関係者をリードすることが企業幹部の役割だということもわかりました。

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山口

ご説明のように、デジタル・マルチナショナル企業のリーダーは、グローバル化とローカル化のバランスを取りながら会社の将来を見据えて、リードします。さらに、デジタル時代に順調に会社を成長させるには、リーダーが従来型とデジタルの両方のビジネス組織を効果的に連携させる必要があります。本来、グローバルとローカル、従来型とデジタルという4つの次元のマインドセットを組み合わせることが、効果的なリーダーシップにつながるのです。こうしたマネジメント方法を促進するには、ビジョンの共有と継続的な学習を促す組織文化が最も重要です。

私はこのようなマネジメントにとって、共通のビジョンと、学び続けるという組織文化を持つことが必要だと考えています。『デジタル・マルチナショナル』の書籍に基づいた素晴らしい知見を共有いただきありがとうございました。

最後に、経営者やリーダーに向けてメッセージをいただけますでしょうか?

最後に、経営者やリーダーへのメッセージ

Satish

まず状況を理解する、そこがスタート地点です。そこからさまざまな緊張に適応するためのグローバルな戦略を立てる必要があります。テクノロジーは、こうした戦略を実施するのに役立ちます。

もう1つは、「デジタル技術の二面性」と呼んでいるものです。デジタル技術は、お話ししたとおり、事業の効率を上げ、最適化するために利用できます。同時に、戦略や事業の柔軟性を高めるために利用することもできます。これは1枚のコインの裏表のようなものです。1つの面は柔軟性、より大きな適応性です。もう1つの面はより大きな効率性と最適化です。テクノロジーはいずれの方向にも使用できます。どこに適用する必要があるかを理解することが大切です。そこに知識といったものが関わってきます。多国籍企業にとって、事業展開する状況を把握することこそが、本当の課題だと思います。

対談動画はこちらからご覧いただけます。

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長
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Satish Nambisan
サティッシュ・ナンビサン
米国ケースウェスタンリザーブ大学 教授

米国ケースウェスタンリザーブ大学Weatherhead School of Managementの教授。イノベーション経営、DX戦略、技術経営等の幅広い経営管理領域を研究対象としている。2022年に発刊された「The Digital Multinational」はAxiom2023ビジネス書賞(国際ビジネス部門)を獲得している。

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