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【特別対談】日本企業のDXロードマップ実現に向けて

2024.05.20
(語り手)コロンビア・ビジネス・スクール教授 デビッド・ロジャース
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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本書の内容を日本の事業環境に適用するにはどうすべきか?DXロードマップの5つのステップの理解を深めることを目的に、NTTデータのフレームワークとの比較も交えながら対談した。

山口

本書がほかの多くのデジタル関連書と違うのは、「どのデジタル戦略を取るべきか」ではなく、「デジタル戦略を成功させるために何をすべきか」という着眼点です。DXの70%は失敗するといわれています。「DXの失敗を避けるにはどうしたらよいか」。多くの経営者が抱くこの悩みに対し、本書ほど明確に答えてくれる本はこれまでなかったといえます。

企業を取り巻く環境変化とDXの潮流

山口

ロジャース教授の前著『DX戦略立案書』には、デジタル戦略の立て方と、その背景となる考え方が書かれていました。一方本書では、デジタル戦略の実行方法やビジネスとして成長させる方法が主題となっています。本題に入る前に、本書を出版された背景についておうかがいできますか。

ロジャース

前著を書いてから、状況は大きく変わりました。英語版が出版されたのが7年前、書き始めたのはもちろんその前ですから、ざっと10年前ですね。いくつかの大きな変化がありました。

1つ目は、DXの必要性をすべての企業が理解するようになったことです。前著を書き始めたころは、一部の業界や企業しか変革の必要性を理解していませんでした。しかしいまでは、すべての企業が認識しています。もちろん新型コロナウィルスは、要因のひとつとして、あらゆる企業に影響を与えました。たとえば顧客への商品の届け方にしても、以前は小売店経由だったものが、いまでは誰もがオンラインデリバリーを選択肢として考えざるをえなくなりました。ソフトウェア企業であっても、社員の働き方や組織の運用の仕方を変えなくてはなりません。いまではすべての企業が、変革の必要性を認識しているのです。

そして2つ目は、起きているのは単一の大きな変革だけではないということです。かつて私は、企業のCEOの方々からこう尋ねられました。「DXの完了まで何年かかりますか?」「予算はいかほどでしょう?」。私は答えたものです、「完了日などありません。このプロセスに終わりはないのです」と。DXは終わりのないジャーニーです。古くはインターネットやeコマースにはじまり、5Gや機械学習、そしていまでは生成AIなど、新しい変化が起こり続けています。ですから、ひとつの大きな変化への対応ではなく、次々に起こる波に適応できる組織になることが重要なのです。

私が本書を書くことになった本当の理由をお伝えしましょう。前著では、「デジタル時代にどのように戦略やビジネスを再構築するか」「ビジネススクールで長年教えられてきた戦略ツールからいかに脱却するか」に焦点を当てていました。でも、そのあとでわかったのは、それらを実行できる企業でさえ、伝統的企業の変革は非常に難しいと考えていることでした。どの企業も私のところに来ては、「CEOの私が会社を変えようといっているのに、うちの組織では、みな動きが遅いのです。何が問題なのでしょう?」と繰り返すのです。

そこで私は、DXにおける最大の障壁をつかむための調査を開始しました。なぜDXの70%は失敗し、30%は成功するのでしょう?そこから導かれたのが、本書で述べたDXロードマップや5つのステップなのです。

山口

70%が失敗するといわれるなか、DXを成功させるにはどうすればよいか。その要旨を、本書の5つのステップに分けて掘り下げていきましょう。

ステップ 1:共有ビジョンを定義する

山口

まずステップ 1「ビジョン」について、要点をご説明いただけますか。

ロジャース

DXロードマップの最初のステップとして、組織内の全員が理解できるような共有ビジョンが必要です。真の変革を推進するためには、組織のすべての部署が同じ方向を向いて進むことが非常に重要です。「これから何をするのか」「何を変えるのか」について話す前に、「なぜ変わろうとしているのか」を全員が理解していなければならないのです。ビジョンの実現に向け、全社員とステークホルダーをひとつにまとめるには、不可欠な要素が4つあることがわかりました。

1つ目の要素は「未来の風景」です。あなたを取り巻く業界や競合他社、顧客、テクノロジーなど、事業環境が将来的にどのように変化していくのかについて、共通の理解が必要ということです。

2つ目の要素は「成功する権利」。これは他社に対するあなたの会社の独自性を説明するものです。これは、「予測する未来においてどんな役割を果たしたいのか」「なぜあなたの組織がその役割を果たせるのか」を理解するために不可欠なものです。

残りの2つはまさにモチベーションに関わることで、3つ目の要素は「北極星インパクト」です。「DXによって何を目指すのか」「顧客や世界のためにどんな価値を生み出せるのか」を示すものです。あなたの会社の従業員がモチベーションを大きく高める力になるでしょう。心理学者はこれを「内発的動機づけ」と呼んでいます。自分のやっている仕事の価値を信じることであり、「パーパス」と呼ばれることもあります。

4つ目の要素、「ビジネス理論」もきわめて重要です。これは心理学者が「外発的動機づけ」と呼ぶもので、金銭報酬のようなものです。企業としては、DXにリソースを投入することでどのような経済的見返りがあるかを知る必要があります。すぐには無理で、時間がかかるかもしれない。しかし、将来的に企業として価値を回収できない取組みに、多くのリソースを投入することはできません。企業が価値を高めるための要素としては、顧客体験、オペレーショナルエクセレンス、新たなビジネスモデルが選択肢となるでしょう。

以上が、共通ビジョンに必要な4つの要素です。

山口

ここで、関連するNTTデータのフレームワーク「フォーサイト・デザイン・メソッド」を紹介させていただきたいと思います。将来の環境変化だけでなく、企業のパーパス・ミッション・バリューや、現在の顧客から評価されているその企業の強みまで考慮に入れている点が特徴です。デジタル技術がいかに私たちのビジネスを変えるかを探るための「デジタル・バイ・デフォルト」理論も、独自の特徴といえるでしょう。

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ロジャース教授が説明された先ほどの4つの要素と比較すると、「未来の風景」はステップ 2Aの「環境・テクノロジーの変化の洞察」に、「勝つ権利」はステップ 1の「現状のビジネスの紐解き」に、そして「北極星インパクト」はステップ 5の「パーパス・ミッション・バリューからの顧客価値再確認」に相当します。私はこれら3つの点に、とくに共感を覚えました。

「ビジネス理論」については、価値を高める要素に着目することが利益につながるという因果関係を捉えていると理解しました。この視点は、私たちのフレームワークには含まれておらず、深く感銘を受けました。とても大事な要素だと思います。

ステップ 2:最も重要な問題を選択する

山口

それでは、ステップ 2「優先順位」に移りましょう。まずこのステップの要旨をご説明いただけますか。

ロジャース

このステップのポイントは、企業がひとたび未来像を描き始めると、デジタル技術やサービスについての数多くのアイデアが急速に生まれ始めることです。ここでの最大の課題は、焦点を絞ること。つまり「新しいデジタル戦略を用いて革新したい、最も重要な分野はどこか」を決めることです。私は、イノベーションと戦略についての多くの理論から、解決策を探す前に解決すべき問題を定義することの重要性を学びました。その結果、解決しようとする「問題」と、成長のために追求できる「機会」の両方に目を向けることが有益だとわかりました。

ここでのポイントは、真に重要な問題を探すこと、自社のビジネス上の強みに密接に関係した問題を探すことです。もうひとつ重要なこととして、どんな事業においても、企業のレベルだけでなく事業すべてのレベルにおいて、優先順位を決める必要があることです。企業全体の優先事項を決め、各事業部門の優先順位を決め、さらに社内のチーム単位でも優先事項を決めなければなりません。

問題/機会マトリクス

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本書では、「問題/機会マトリクス」という、解決できる可能性のある問題が何かを考えるために役立つツールを紹介しています。このツールを活用する際には、「顧客の問題」(顧客が困っていること)だけでなく、「事業の問題」も含める必要があります。「自社の運営で足かせになっているもの、成長を妨げているものは何か」「解決できる問題は何か」ということです。そして機会、「どんな機会なら顧客の期待を上回るような経験を提供できるか」「どんな機会なら企業が新しい方向に成長できるか」。これらの4つの象眼に目を向けることで、組織内のどの部門であっても、デジタル投資すべき最も重要な問題と機会を特定し、成長につなげることができるのです。

山口

ステップ 2に関連する私たちのフレームワークをご紹介したいと思います。「フォーサイト・デザイン・メソッド」の一部として、私たちは「アウトカム・ベース・サービス」という方法論を策定しました。これは企業が提供すべき新たなサービスを特定するための方法論であり、トップダウンとボトムアップ両方のアプローチで真の顧客課題を解決するためのものです。

道しるべとなる北極星がなければ、さまざまなサービスも、誤った戦略につながりかねません。本書で述べられている「北極星インパクト」は私たちのトップダウンのアプローチに近いコンセプトだと捉えており、非常に共感しています。

本書では、機会の特定には4つの点が重要であることも説明しています。「顧客体験」「成功する権利のある市場」「ビジネスへの応用が明確な能力」「ストレッチ目標」です。とくに、顧客体験がビジネス機会を生むという関係性には、共感を覚えました。

ステップ 3:新規事業を検証する

山口

次のステップ 3「実験」では、進行中のDXの評価方法と、失敗を防ぐためにどこで軌道修正すべきかがまとめられています。私はこのステップこそが、本書をほかのDX関連書とは一線を画したものにしていると思います。

ロジャース

DXに実験は欠かせません。デジタル時代には、途方もない不確実性が伴うからです。世界は変化し、私たちは未曽有の技術を使い、新しい体験を生み出そうとしています。それなのに多くの企業は、こうした新しいことであっても、非常に計画的なアプローチを実施しようとしています。長年経営してきた事業領域で何十年にもわたるデータがあればうまくいくかもしれませんが、不確実性が高すぎる場合には意味をなさないのではないでしょうか。

そして多くの企業は、次の2つのどちらかに陥ります。自信過剰になって、「しっかり計画すれば大丈夫だ。大量のリソースを投入して開始しよう」。このようにして伝統的企業はデジタルサービスで多額の失敗をしています。あるいは、反対のやり方を選ぶ。「これは非常に不確実性が高い。市場のニーズも、技術がうまくいくかもわからないので、容易には成功できない」「ほかの誰かがイノベーションを起こすのを待って、それを手本にしよう」と。どちらも成功しません。本当に成功するためには、不確実性のなかで改革を行わなければなりません。だからこそ、実験というプロセスが必要なのです。

なぜイノベーションに実験が重要なのかを説明する理論がこの20年間に数多く登場しています。しかし、こうした発想をスタートアップ企業以外に広げるためのモデルは存在しませんでした。迅速なテストや学習というプロセスを、大きな組織でも再現するにはどうしたらよいのでしょうか?私が本書のロードマップの中でとくに追究したいのは、あらゆる企業で、あらゆるイノベーションに使えるプロセスです。どんな新しいイノベーションであっても、仮説に対する検証が必要です。検証のプロセスは4段階に分けられ、それぞれの段階で異なる質問に答えなければなりません。

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第一段階の「問題検証」で答えるべき問いは、「実際の顧客の真の問題に焦点を当てているか?」です。多くの改革は、この疑問をないがしろにしたために失敗しています。そんなことは当然だと考え、とにかく着手する。多くの労力を注ぎながら、その技術や商品で何の問題を解決すべきかがわかっていない。あるいは問題が把握できても、本当に問題を抱えている顧客が見つけられない。その結果、必要とされていないものを開発する羽目になるのです。

第二段階は「解決策の検証」です。顧客と話を重ね、本当の問題が特定できたら、実現可能な解決策を考え始めます。ただし、きちんと動作する商品を作り始める前に、「この解決策に顧客は価値を感じるのか?」を検証する必要があります。そしてそのために、まず非常に簡易なMVPを作るのです。そうすると顧客から質問が出始めます。それによって、何が役に立つのか、顧客が好きなものや嫌いなもの、本当に関心があるのは何なのかがわかるようになります。

そこから第三段階の「商品検証」に入ります。ここでは、「実際に機能するソリューションを提供できるのか?」が答えるべき問いになります。多くの場合、企業はプロダクト・マーケット・フィットを達成します。思いついた商品のアイデアに対し、顧客は購入や契約の意向を示すのです。それなのに、何がうまくいかないのでしょう?複数のケースが考えられます。たとえば、納品できないとか、思ったほど技術がうまくいかないとか、規制当局の承認が得られないこともあるでしょう。ソリューションを提供できたとしても、顧客は1、2回使っただけで使わなくなるかもしれません。ソリューションがどのくらい顧客の問題の解決になっているか、この段階に来るまでわからないのです。この段階こそ、実際に機能するMVPを活用すべきタイミングなのです。

第四段階の「ビジネス検証」も欠かせません。企業は、このイノベーションから十分な価値を得なければなりません。「顧客に代価を請求すべきか」「いくら払ってもらうか」「どの顧客がより多く払うのか」「市場全体の規模は」「これを実現させた場合、どれだけの価値を回収できるのか」。実験というプロセスを用いることで、これらの問いに関して非常にすばやく、安価に学ぶことができるのです。22年もの時間と多額の予算をかけて新商品を開発し、失敗する企業があります。私ならそのかわりに、「小さいチームと少しの予算で6ヵ月の猶予をください」といいます。そうすれば、おそらく4つの問いのすべてに答えられるでしょう。そしてすべてがイエスとなった時点で初めて、本当に大きな投資を始めるべきです。

重要なのは、この4つの段階が重なり合っていることで、ひとつやって終わりではありません。顧客とその課題について、学び続けなければならないのです。顧客が解決策にどんな機能を求めているのか、どんな形式で提供すべきかを学んでから、最初の大まかな商品の開発に取り掛かります。そのあとも、顧客がどのように使うかを見て、顧客が次に求めるものを学び、それが実際にどのように使われるかを評価し続けるのです。商品を進化させるにつれて、ビジネス検証も変化していきます。4つの質問は互いに重なり合っているので、すべてについて同時進行的にテストし、学習し続けることが重要です。

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山口

私たちのアウトカム・ベース・サービスの方法論では、カスタマージャーニーを洗練させるプロセスも含まれています。具体的なサービス仮説にもとづいて顧客と議論し、仮説検証を繰り返すことで、実現可能なサービスを磨き上げるだけでなく、具体的なジョブに焦点を当てて顧客のフィードバックを取り入れることができます。本書では、仮説検証の反復と、検証における顧客からのフィードバックの重要性が強調されており、私たちのフレームワークと共通します。ただし、4つの段階に分ける検証は私たちにとって新しい考え方でした。

日本の読者により明確にポイントを伝えるため、以下のことをおうかがいします。1つ目の質問です。私には、多くの企業がよい商品を作ることに注力する一方で、顧客の問題をないがしろにしているように見えます。ロジャースさんはどうお考えですか?

ロジャース

非常によくあることだと思います。「どんな問題を解決するか」を考えずに、ただ商品開発を急ぐ企業が多いのです。最もありがちな間違いであり、それを防ぐために、私は4つの段階をこの順番で考えることにしたのです。イノベーションが得意で成功している企業は、問題把握から始めています。最初にどんな問題を解決するのかを明確にすること、ほかのことはすべてそのあとでなければなりません。

山口

顧客の問題を見つけることがDXの出発点ですね。顧客が抱える問題の特定を誤れば、DXはけっして成功しません。では2つ目の質問として、顧客の問題を把握するにはどうしたらよいでしょうか?

ロジャース

唯一の方法は、顧客と話すことです。問題検証においては、顧客と密接に時間をかけて話しをすることが大事です。対象が消費者なら、彼らと一緒の時間を過ごして観察することや、日常生活のなかで話をすることから始めます。もし企業やビジネス顧客が相手なら、工場や営業現場、職場などで、時間をかけて実情を把握します。そして「何が難しいのか」「何が改善できるのか」「なぜあることを特定のやり方で行っているのか」「変えたいと思うことは何か」などと尋ねるのです。

顧客自身の言葉で話してもらわなければなりません。それができるのは顧客だけです。よい顧客の問題は、感情の動きを伴います。話し始めると、気持ちが昂ったり、興奮したりするかもしれません。そうしたときに、本当に困っているのだなとわかるのです。

ステップ 4:規模拡大を管理する

山口

それでは、ステップ 4「ガバナンス」に移りましょう。

私たちは、デジタル技術を活用することで、顧客情報の収集や内部プロセス、実験といったコストを削減でき、結果として、デジタルビジネスに適した、顧客中心でフラットな経営アプローチが実現できると考えています。そのためには、伝統的な事業とは異なるスタイルの経営が必要です。

DXを成功に導くために、経営者は既存組織をアジャイルな組織にうまくつなげる必要があります。本書でも、DXの成功のために、さまざまな不確実性と中核事業との間の距離を前提としてイノベーションを推進する必要があると述べられています。この概念は、不確実性の低い中核事業と、不確実性の高い新規事業の両方をどうマネジメントするかという「両利きの経営」としてしばしば語られています。そのなかでもとくに、本書でも指摘されている「不確実性は高いが中核事業から離れすぎていない、中核事業の強みを活かした新規事業をどのように管理するか」が重要です。この点について詳しく解説していただけないでしょうか。

ロジャース

まったく同感です。伝統的企業にとって、従来と異なる機会や成長、イノベーションを実現するためには、「ガバナンスにおける柔軟性」が欠かせません。つまり、異なる経営モデルや仕組みを持つことです。私の経験や調査でわかったのは、「両効きモデル」は伝統的なモデルに改良を加えたものだということです。伝統的なモデルとは、旧来型の階層的なモデルということです。「両効きモデル」では、「中核事業とは異なる、不確実性も高い新しいことをやったらどうなるのだろう」と考えます。そうした場合、独立した部署にして、規則も別にしなければなりません。おっしゃるとおり、よりフラットな組織で、よりアジャイルなやり方です。

不確実性、近似性、3つの成長経路

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しかし、これでは両極の中間に位置するものが欠けてしまいます。「3つの成長経路」を用いて説明しましょう。第1経路(P1)は伝統的な中核事業としての成長機会であり、不確実性は低いため、伝統的な経営アプローチが適用できます。第3経路(P3)は中核事業から遠いイノベーションで、大きな不確実性がありますが、分離可能であり、別のやり方で運営することができます。アマゾンが南アフリカでアマゾンウェブサービス(AWS)を始めたときのように、部署を別にして、どこかほかの場所に配置できるのです。

しかし今日、頻繁に目にするのは、デジタル時代の企業はP1、P3のどちらでもない方法で成長機会を追求する必要があることです。それが、第2経路(P2)です。いま中核事業の内部に成長機会があるとします。中核事業なので、分離はできませんし、地球の反対側で開始するわけにもいきません。でも不確実性は高いというものです。この種の変化には不確定要素が多く、「顧客は何を求めているのか」「適切な体験とは何か」「どの技術を使うべきか」「事業性はどうか」など、たくさんの疑問が出てきます。P2では、機敏なマネジメントと実験のプロセスが必要です。しかし中核事業の内部である以上、中核事業と分けることはできません。チームに対して「どこか離れたところで技術革新を行って、終わったら持ってきなさい」とはいえない。そのかわりとして、P2を選び、中核事業の組織と密に連携して管理する必要があるのです。

3つの経路のそれぞれに、適したガバナンスモデルが必要です。適したモデルで運営してこそ、成功の可能性があります。ここでよく当てはまる原則がいくつかあるので、追加で触れておきましょう。1つ目は、「意思決定は下の人にさせるべき」です。デジタル時代にイノベーションを成功させている企業を見ると、必要な意思決定は組織の下位の人間にさせようとしています。多くの伝統的企業の考え方とは逆ですね。上の人間は、常に「この決定は本当に自分がすべきだろうか」「もっと顧客や市場に近く、事業の知見があり、よりよい意思決定ができる人間がいないだろうか」と自問すべきなのです。

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2つ目の原則は、「チームに自律的な権限を与えるべき」です。成長への道には、それぞれ独立性を持たせた機動的なチームを組まなければなりません。こうしたチームは小規模で、多様なスキルを持ちつつ、全員が同一部門の出身者ばかりで固めてはいけません。メンバー全員が同じ顧客の問題やビジネスの問題に集中する必要があり、そして自律していなければなりません。マイルストーンごとにチームの管理はしたとしても、マイルストーンの合間には、チームに大きな裁量を持たせなければならないのです。

3つ目の原則として、「チームには説明責任を持たせるべき」です。それが、チームに裁量を与える前提となります。自律性とは、達成すべき結果とどのように評価するのかについて、前もって合意することです。そうすることではじめて、何に対して責任を持てばよいかがわかるのです。

最後の原則は、「成長事業のポートフォリオをいかに管理するか」です。各チームは、新しい発想やイノベーションが価値を生むかを検証します。それらに対し、「よし、これは進める価値のあるアイデアだ」とゴーサインを出したあと、仕事を評価し、数値を見て、「さらに進めるべきか、やめるべきか」を決めるのです。こうした新規プロジェクトの中止は、迅速に行う必要があります。多くの企業が事業の中止に苦労していますが、試みるアイデアのほとんどはうまくいきません。中止の判断が難しいのなら、スピードダウンしましょう。うまくいきそうなものは加速させ、予算や人員を追加するのです。そうすると、本当にうまくいきそうな数少ないアイデアに対して、迅速に十分なリソースを与えられます。既存企業がその規模を活かして、新しいアイデアをスケールアップすることもできるのです。

これらの原則が、効果的なイノベーション・ガバナンスとして最も重要な要素といえるでしょう。

山口

私は、不確実性が高く中核事業と遠い事業はベンチャー企業とうまく連携し、必要なときに取りこむのでよいと思います。それよりも重要で難しいのは、中核事業とシナジーを発揮するような不確実性の高い事業をいかに運営するかです。不確実性が高く中核事業から遠い事業はベンチャー企業に任せ、必要なときに自社に取り入れるのが最良かもしれませんね。とくに重要なのは、中核事業とシナジーを発揮するような不確実性の高い事業をいかに運営するかです。

本書では、イノベーションの種類により評価基準を変える必要性が示されています。新規事業の性質を理解しないまま、既存事業のやり方を踏襲するだけでは、結果は得られません。事業の性質に応じたKPIを設定し、既存事業についてもデータにもとづき評価する必要があると思います。環境の変化が急速に進むなか、過去の経験にとらわれず、データドリブンのマネジメントの必要性が高まっていると考えます。

ステップ 5:テクノロジー、人材、企業文化を育てる

山口

ステップ 5「能力」に移りましょう。

私たちは、DXの成功に向けては、事業と技術の両方を理解し、顧客が抱える潜在的な問題を特定し、解決策を価値に変え、事業を成功に導く「リ・インベンション・リーダー」が必要だと考えています。本書では、DX推進において評価すべき従業員のスキルとして、技術的なスキルと非技術的なスキルの両方を強調しておられますが、私もまったく同感です。

DXに求められる新しいマネジメント手法 HYPER

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山口 作成

さらに将来の構想を設計し実現するには、「HYPER」サイクルと呼んでいる仮説検証アプローチが大事だと考えています。これは仮説(Hypothesis)、計画(Plan)、試行(Experiment)、見直し(Review)から構成されるサイクルで、データから学ぶことで強化され、加速されるものです。本書では、DXにおける企業文化変革の例として、「計画がすべて」という考え方から実験を重視する考え方への移行、経験を重視する考え方から「データドリブン」への移行などを挙げています。この点にも共感します。

DXを推進する際に求められる人材と企業文化について、お考えを聞かせていただけますか?

ロジャース

ロードマップの最後のステップでは、長期にわたって変革を続けるために必要となる3つの能力をまとめています。1つ目はもちろん「技術」です。とくに、モノリシック型からモジュラー型のテクノロジーアーキテクチャーへの変革が求められます。モジュラー型のアーキテクチャーのおかげで、すばやく実験や仮説検証を行い、データを収集することができるのです。

2つ目の、より重要で難しい要素は「人材」です。さまざまな経歴の人材が必要です。「最新の技術スキルを持つ人材をどうやって雇用したらよいか」、そればかり話している企業がいます。「AIに詳しい人材が必要だ」「機械学習の専門家が必要だ」と。こうした人材は確かに必要かもしれませんが、技術と事業両方の知識を兼ね備えたリーダーが必要なのです。大企業以外での経験を持った人として、違う業界で働いたことがある人や、小さい企業で働いた経歴がある人、自分で起業した人もよいかもしれません。こうしたさまざまな経歴の人が集まることで、アジャイル開発やデザイン思考、リーンスタートアップなどの方法論に詳しい人が集まるかもしれません。大企業であれば、人材雇用だけでなく、より小さい事業の買収も選択肢となるでしょう。

一方で、多額の投資をして、たとえばGAFAから非常に有能な人材を雇用しても、長く居続けてくれないという企業もよく見かけます。人材を維持するためには、誰が、いつ、なぜ辞めるのかを理解する必要があり、これらはすべて関連しあっています。もちろん、必要な人材すべてを社内に置いておくことはできないので、他社と提携する必要もあるでしょう。ですから本書で述べた「人材ライフサイクル」のすべてが重要なのです。

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最後に、最も大事な要素は「企業文化」です。従業員がデータにもとづいて意思決定できる文化が必要です。しかし、多くの企業はいまだにデータによる意思決定よりも、経験豊富な人々や専門家による意思決定に慣れているとことが多いのです。サイロ内だけではなく、異なる部門の異なる経歴の人たちとも協力しやすい企業文化が必要です。これまでどおり、何でも慎重に計画して進めようとするのではなく、「よい考えがある、確実性は低いが実験してみよう」という文化です。何でもトップダウンでリーダーが決めるのではなく、組織内のどのレベルの人にも、アイデアがあれば提起できる手段を与えたい。既存事業や企業の歴史よりも、「顧客のニーズは何か」「顧客はどのように変化しているのか」「私たちはいかにその変化をフォローすべきか」と、顧客を重視する文化です。こうした文化的変革が、絶対に必要なのです。

今日最も成功している企業は、指導者が文化の重要性を理解している企業であり、組織内の正しい文化を醸成するために時間をさいている企業です。そしてリーダーが、文化の変革の担い手となる必要があるのです。

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山口

ありがとうございます。最後に、日本の読者のみなさんへアドバイスやメッセージをお願いできますか。

ロジャース

デジタル時代に起きている変化は、すべて非常に楽しみなチャンスだと、日本の読者のみなさんには考えていただきたいと思います。どの業界でも、どんな規模の企業でも同じです。

私は何年も前から、「小さい企業やスタートアップ企業だったら新しいことが試せたのに。大企業では本格的なイノベーションは無理だよ」という声を聞いています。そして、それが正しくないことを学びました。確かに、大企業は複雑で歴史も長いので、変わるのは難しいでしょう。でも私は、真剣に変革を推進し、迅速に動き、素晴らしいデジタルサービスやビジネスモデルを導入している多くの企業の幹部と、直接会って仕事をしています。これらの企業は、アジア、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカなどさまざまな地域にあり、業種も規模も文化もそれぞれ異なっています。

これこそが、世界のあらゆる地域で、あらゆる業界で、ほかの企業の成功例から学べるロードマップです。これらの教訓を心に刻み、自社に適用し、実現させられれば、真のDXを通じてビジネスに変化をもたらし、大きな価値創造をもたらすことができます。このことをぜひ知っていただきたいのです。

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長
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David L. Rogers
デビッド・ロジャース
コロンビア・ビジネス・スクール教授

ブランドおよびデジタル戦略の分野におけるグローバルリーダーの一人。顧客ネットワークとデジタル変革の先駆的モデルを開発。

コロンビア・ビジネス・スクールでは、エクゼキュティブ向けの教育プログラムのファカルティ・ディレクターとして、主にデジタル・ビジネスおよびデジタル・マーケティングを担当。

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