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高齢化対策で得た経験を、こどもへの投資へ

No.70 (2022年12月号)
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュークリエイションユニット アソシエイトパートナー 米澤 麻子
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YONEZAWA ASAKO
米澤 麻子
NTTデータ経営研究所 ライフ・バリュークリエイションユニット
アソシエイトパートナー

大手保険会社においてヘルスケア領域の事業開発に携わる。NTTデータ経営研究所に入社後は、医療・保健・福祉分野のコンサルティング・調査に取り組む。 専門は、ヘルスケアビジネス、社会保障。「持続可能な社会づくり」に向けて政策と現場をつなぐことを目指し、健康医療・介護分野の政策全般に精通している。

健康経営アドバイザー、産業カウンセラー

1 人口と社会の将来予測

いまから30年後―2050年には日本の人口は1億人をわずかに上回る程度となり、65歳以上の高齢者人口の割合(高齢化率)は約38%、15歳未満のこどもの割合は約11%、そして生産年齢人口の15歳~65歳の人口は約51%となる(図表1)。1人の働き手が、ほぼ1人分の高齢者またはこどもを支えることになる。

では、30年前はどうか。1990年頃はバブル時代といわれる好景気の時代であり、高齢化率は約12%、15歳未満のこどもの割合は約18%であった。働き手2人で1人分の高齢者またはこどもを支えていた。当時はスマートフォンで多くの生活をまかなう社会は夢物語であったし、コロナ禍や低賃金・低成長の時代を誰が予想していたであろうか。景気や科学技術の正確な将来予測は難しい。

図1| 将来の人口推計と高齢者・こどもの割合

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

2 高齢化対策の経験

しかし、将来の人口は予測しうる未来であり、人口から生じる課題には、一定の対処ができるはずである。実際、高齢化対策は、課題への対処を試みた好事例といえよう。

高齢化を見据え、介護保険制度は2000年に開始されたが、その検討は1980年代から本格的に始まった。人生50年を前提とした既存制度を人生80年にふさわしい制度へと見直し、1986年に介護施設等の数値目標を記した「ゴールドプラン」が策定された。制度創設から20年余り経過し、いまだ制度の改善の余地はあるものの、いくつかの成果があったと考える。

まず、介護保険制度の創設により、高齢者の尊厳の保持と介護の社会化が一定程度実現されたことである。それまでは主に家族(とりわけ女性)が介護を担っており、介護はあくまでも家の中の出来事であった。時には高齢者への虐待も生じていた。しかし、同制度において高齢者の「尊厳の保持」が打ち出され、介護は社会が支えるものであるとの認識が広まり、高齢者は契約に基づいて介護サービスを受けられるようになった。もし介護保険制度がなかったら、今のように介護をオープンに語ることができる社会は来なかったかもしれない。

次に、介護を地域で支える仕組みとして、可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続ける「地域包括ケア」の構築が2025年(団塊の世代が75歳以上になる時期)に向けて進められてきた。ケアマネジメントはその要として、高齢者本人や家族に伴走しながら、生活課題を適切に社会資源に結び付けるという大きな役割を果たしている。制度当初は専門職間の縦割りも指摘されていたが、昨今では高齢者の心身の状態や環境に応じて、介護・医療・リハビリなど、様々な専門的な職種によるケアを受けられる体制が整備されてきている。

さらには、介護保険制度創設により新たに巨大な介護産業が生まれた。介護給付費は10兆円を超えるが、裏を返せば10兆円を超える介護サービス産業が生まれ、従事者数も200万人以上という一大産業となっている。介護給付費の増大は財政上の問題にはなっているものの、介護に係る社会保障費は介護サービス産業への投資になっているともいえるのでないだろうか。

3 高齢化対策の経験をこどもへの投資へ

令和になり「人生100年時代」といわれる新たな段階に入った。今後の予測できる未来に対し、私たちは何ができるだろうか。私は、高齢化対策で培った経験を、次世代であるこどもへの投資に活かすことではないかと考える。重要なポイントとして以下の3つを挙げたい。

1つ目は、こどもの尊厳の保持である。日本ではこれまでこどもは親の配下にあるとの意識が根強く、海外に比べこどもの自己肯定感が極めて低いといわれる。まずは、こどもをひとりの人格として尊重することが重要である。こどもとの対話により、その意見が政策や事業に反映されれば、よりよい社会づくりにつながる※1。こどもの尊厳が大切にされることにより、自己肯定感がはぐくまれることも期待される。そのため、高齢化対策と同様に、こどもの尊厳の保持の重要性についてのメッセ―ジを社会全体に浸透させることが必要である。

2つ目は、子育ての社会化と地域包括ケアである。核家族化が進むなかでは、親にかかる子育てへの不安や負担が大きくなりやすく、児童虐待件数も増加の一途である。こどもを尊重するという観点でも、子育てを家族のみで抱え込むのではなく、地域で支える仕組みが不可欠である。これまでも地域による子育て政策は実施されてきているが、福祉部門と母子保健部門の間や専門職間の連携がとれていないのが実情である。この状況は介護保険制度当初の地域の状況によく似ている。こども版の地域包括ケアとして、こどもやその親に伴走し、必要な時に必要な専門的なケアを受けられる仕組みづくりが急務である。

3つ目はこどもへの社会保障を投資と捉えた持続可能な制度設計である。社会保障は再分配機能やセーフティネットとして支出の側面のみが強調されがちである。しかし、こどもに対する社会保障予算は、課題を抱えるこどもやその家族の支援になると同時に、こども関連支援サービスにおける売上や雇用を生むことになる。

さらにICTやロボットといった様々な技術が、課題を抱える人の行動範囲を広げたり、支える人の負担を軽減したりすることにも寄与することにより、情報や製造等の他産業へのすそ野の広がりも期待できる。介護も保育も労働集約的な小粒な事業の集まりである。少子化・人口減少による市場の限界はあるものの、様々な技術も用いながら保育産業の付加価値を増やすことは、地域経済にも寄与すると考える。

社会保障の“投資効果”を高めるためには、シンプルな制度設計が必要であることも付記しておきたい。介護保険制度は改正を積み重ねるにつれて非常に複雑化しており、事務も煩雑である。たとえDX(デジタルトランスフォーメーション)を試みても、パッチワーク的なものにならざるをえず、結果的に事務が非効率になっている。来年4月にこども家庭庁が設立されるが、これは新たな社会システムをつくる好機である。この機に、高齢化対策の経験を踏まえ、わかりやすい制度設計が求められる。

図2| 高齢化対策の経験をこどもへの投資へ

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

※1 政策としてもこどもの意見の政策反映が始まりつつある。内閣官房「こども政策決定過程におけるこどもの意見反映プロセスの在り方に関する検討委員会」

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ikenhanei_process/index.html(2022年10月取得)参照

4 こどもチームの立ち上げ

すべての人々が自律的に生きる力をもち、かつ安心して暮らすことのできる社会であるためには、「こどもが希望をもって活躍できる社会」が不可欠である。そしてその社会の実現には、これまでの高齢化対策における経験から学ぶことが多いはずである。このような思いから、先日メンバーとともに「こどもチーム」を立ち上げた※2。誰もが、今後よりよい社会にしていくための働きかけを、社内外を問わず進めていきたい。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所

ライフ・バリュークリエイションユニット

パートナー 米澤 麻子

E-mail:yonezawaa@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4110

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