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情報未来

脱炭素ハイボール

~CO2排出削減と回収~
No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 取締役会長 宮野谷 篤
Profile
MIYANOYA ATSUSHI
宮野谷 篤
NTTデータ経営研究所 取締役会長

コロナ禍で家飲みが増えた。ハイボール用に炭酸水のペットボトルを箱買いしていたが、週1回のリサイクルごみの量が増えたので、炭酸水メーカーを買った(写真)。装置背面に小型のガスボンベを装着し、容器に水を入れて上の部分を手で押すと炭酸水ができる。電気は使わず、一定量以上飲めば炭酸水を買うより安く済むうえ、ごみも出ない。エコな飲み方だと満足していた。

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しかし最近、ある疑問を感じた。日本は2050年までのカーボンニュートラル実現を目指しているが、炭酸水はCO2が解けた水である。私はハイボールを作るたびに、CO2を空気中に排出しているのだろうか?調べてみると、炭酸水用の炭酸ガスは、化学工場等で排出されるCO2が原料である。「工場で大気中に排出されるはずのCO2を回収して炭酸水製造に利用しているので、CO2総量は増えていない」という解説を読み、少し安心した。

ただ、さらに疑問がわく。第一に、優秀な日本の製造業は、今後脱炭素対応を加速するに違いない。そうなると、やがて炭酸水やビール製造用のCO2が不足するのではないか。工場の排出炭素に依存しないハイボールやビールは飲めないものか。

調べてみると、海外にソリューション事例があった。

英国では、ビール業界が化学工場の停止によるCO2不足に悩んでいたところ、英国の大手電力企業Drax社が、バイオマス発電から回収したCO2をビール製造用に提供するプロジェクトを開始した。2018年の同社資料によれば、一日約1トンのCO2回収に成功しており、3万2千パイントのビールを製造可能な量だという。これは、日本の中ジョッキ(435ml)換算で4万杯以上になる。バイオマス発電と地ビールのコラボは、日本の森林地域でも地産地消型で実現可能と考えられる。

さらにワクワクする事例もある。今から2年以上も前に、スイスのコカコーラHBC社が、大気中からCO2を抽出して炭酸水を作ることに成功しているのだ。そこでは、ダイレクト・エアー・キャプチャー(DAC)という技術が使われている。日本でも、IHIが2020年に空気中から100%濃度のCO2を回収することに成功したほか、複数の大学や企業がDAC技術の開発を進めている。現在は回収効率が課題とされているが、ムーンショット型研究開発など官民を挙げた取り組みにより、解決されていくものと期待している。

そして、ハイボールの元になるウイスキー蒸留所においても、燃料や電源の脱炭素化が着実に進んでいる。例えばサントリー知多蒸留所は、1997年からバイオマスボイラーを使用している。今後は、多くの酒類製造企業がCO2フリーな製造や流通を実現していくだろう。クリーンなウイスキーと炭酸で作る「脱炭素ハイボール」が家庭で飲める日は、それほど遠くないのかもしれない。

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