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米国と中国の脱炭素の取り組み

No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター 主任研究員 岡野 寿彦
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット/グローバルビジネス推進センター(兼務) シニアスペシャリスト 新開 伊知郎
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OKANO TOSHIHIKO
岡野 寿彦
NTTデータ経営研究所 グローバルビジネス推進センター
主任研究員

上智大学法学部卒業後、NTTデータにてSE、法務を経験した後、中国郵便貯金システム構築プロジェクトマネジャー、北京現地法人経営、インド、東南アジアでの日系企業ITサポート事業開発責任者などを歴任。2011年より上海にて、人民銀行(中央銀行)直系企業グループとの資本提携に取組み、合弁会社に経営陣No.2としてで経営参画。2016年からNTTデータ経営研究所にて、中国における現地化、合弁経営やデジタルビジネスをテーマに、企業人視点での分析・発信に取り組む。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター「日中ビジネス推進フォーラム」研究員を兼務

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SHINKAI ICHIRO
新開 伊知郎
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット グローバルビジネス推進センター(兼務)
シニアスペシャリスト

慶応義塾大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了後、NTTデータ通信株式会社(現 株式会社NTTデータ)に入社。社内シンクタンクにて、価値観に基づくライフスタイル分析、IT時代の政治・行政への市民参加「eデモクラシー」、技術革新への対応手段としての純粋持株会社、社会マクロトレンド分析等の調査・研究活動に従事。2018年4月にNTTデータ経営研究所に入社、アジア諸国の経済・社会情勢調査、諸外国のIT政策調査、ITSに関する国際周波数標準化活動などに従事。1993年~1995年 スタンフォード大学経済政策研究センター(CEPR 現SIEPR)客員研究員、2016年~2018年 戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員

はじめに

2021年春、バイデン政権下でパリ協定に復帰した米国が新たな温室効果ガス(greenhouse gas、以下 GHG)排出量削減目標を発表した。世界に占めるGHG排出割合の高い新興国である中国は、「2060年カーボンニュートラル、2030年までに温室効果ガス排出量ピークアウト」という目標を打ち出し、脱炭素に関する動きが加速している。本稿では、脱炭素に大きな影響力を持つ米国と中国の取り組みについて、それぞれの政策を中心に概説したい。

米国

米国のGHG排出量のトップ2である運輸部門と発電部門におけるバイデン政権の脱炭素の取り組みを紹介する。

1 気候問題を最優先課題に位置付けるバイデン政権

ジョー・バイデン大統領は2021年1月20日、就任後直ちにトランプ政権時に離脱したパリ協定への復帰を決定し、2月19日に正式に復帰した。気候問題担当大統領特使や気候問題担当大統領補佐官※1のポストを新設し、4月には環境サミットを主催するなど、バイデン政権は気候問題を政府の最優先課題の一つに位置付け※2、意欲的に取り組んでいる。

米国政府は、2030年の新車販売の50%をゼロエミッションカーにすること、2035年までに発電部門の炭素排出量をゼロにすることといった目標を掲げ、2050年までにエミッション・ニュートラルな社会を実現することを目指している。これらの目標の実現に向けて、様々な政策が実施されている。

2 運輸部門での取り組み

米国では、運輸部門がエネルギー消費量の約3割を占めており、また、温室効果ガスの排出量も全米の排出量の29%(2019年)を占め、国内で最も多く排出している※3。したがって、ゼロエミッション社会の実現のために、ゼロエミッションカーの利用拡大は極めて重要な意味を持つ。米国エネルギー省は、2021年4月15日に中・大型トラックの電動化に向けたプロジェクトに対し4年間で1億ドル※4、6月14日には、エネルギー省傘下の国立研究機関における電気自動車、バッテリー、コネクテッドカーに関するプロジェクトや、電気自動車関連のイノベーションを推進する官民連携活動に対し5年間に2億ドルの資金を投入することを発表している※5。また、7月28日にはゼロエミッションカーのための24のR&Dプログラムに対し6000万ドルを投資することを発表した。そのうち12のプログラムは、電気自動車用バッテリーと電気駆動システムのイノベーションをテーマにしたもので、主に次世代リチウム電池の開発に注力。これに計2810万ドルが投資される。また、6プログラムは新しいモビリティーシステムの実用化をテーマにしたものである。具体的には、自動電気シャトルやコネクテッドカーおよびそのインフラといったCASE(Connected(コネクテッド)、 Autonomous/Automated(自動化)、 Sharing(シェアリングサービス)、Electric(電動化))技術に関するもので、これに計2020万ドルが投資される。以上が2本柱で、その他、軽量素材の開発や大型トラック等の排ガス削減技術等をテーマにしたプログラムにも資金が投じられる※6

自動車メーカーからは、2030年の新車販売の半数をゼロエミッションカーにするためには政府が充電ステーションなどのインフラ投資を拡大することが不可欠であるという指摘がなされていた※7。8月10日に上院で超党派によって可決されたインフラ法案では、750憶ドルが電気自動車の充電ステーションの整備に投資されることが盛り込まれた。なお、本インフラ法案には、スクールバスや公共交通機関のバスの電動化に50億ドルが計上されている※8

3 発電部門における取り組み

米国において、運輸部門に次いで温室効果ガス排出が多いのが電力部門であり、全米の排出量の25%(2019年)を占める※9。バイデン政権はこの電力部門の脱炭素化を2035年までに実現するという目標を掲げ、洋上風力発電の推進など再生可能エネルギーの利用に力を入れている。

先に述べた上院のインフラ法案には、電力系統インフラの近代化に730憶ドルの投資が盛り込まれている。電力系統インフラの近代化とは、再生可能エネルギーの増大およびマイクログリッド※10や蓄電池の接続などに対応するもので、電力需要の変動と再生可能エネルギーの発電量の変動に追随し、安定した電力供給を実現するために必要な電力系統の機能向上を意味する。絶えず変動する電力需要と供給をモニタリングしてマッチングさせるため、ITの果たす役割は従来以上に大きくなり、それゆえにサイバーセキュリティなどの対応も重要になる。

現在、電力系統の安定運転には、発電機の系統電圧を維持する能力に負うところが大きいが、変換器を通じて系統に連結される再生可能エネルギーが増加するにつれ、変換器に系統の安定運転を制御する機能が求められる。このような変換器を「系統形成変換器」という※11。エネルギー省は、この系統形成変換器の研究を推進する官民コンソーシアムの結成に2500万ドル、系統の安定性を高めるため、電力事業者に住宅や商業施設による太陽光発電量に関する情報を提供するセンサーやシステムを開発するプロジェクトに600万ドル、アメリカ製の太陽光発電に関連するイノベーション技術の商業化に1400万ドルを投資することを本年8月に発表した※12

また、2035年に向けた電力部門の脱炭素化に向けて、エネルギー省が力を入れているのは、長時間エネルギー貯蔵の技術である。エネルギー省は2020年代末までに、10時間以上電力供給できるグリッド(系統)スケールのエネルギー貯蔵システムの価格を2020年比で90%減にするという目標を掲げている※13。この目標の実現に向けた取り組みの一例として、エネルギー省は7500万ドルをかけてグリッドエネルギー貯蔵研究施設をパシフィックノースウェスト国立研究所に建設することを2021年3月に発表している※14

4 脱炭素を契機にした重要技術の国内確保 〜バッテリーのサプライチェーンの国内構築〜

今まで述べてきたことからもわかるように、運輸部門、発電部門の双方でゼロエミッション社会の実現に向けて重要視されているのが、電気自動車や系統用蓄電などに必要なリチウム電池である。米国は現在、最新のバッテリーコンポーネントの多くを輸入品に依存している。輸入品依存から生じるサプライチェーンの脆弱性の克服や海外に流出している雇用を呼び戻すため、エネルギー省はバッテリーに関して原料の採掘から精製、製造、リサイクルに至る全サプライチェーンを国内に整備することを構想し※15、2030年までに米国国内の需要を満たすエネルギーストレージ技術の開発と国内生産という目標を掲げている※16 ※17

※1 気候問題担当大統領特使にはオバマ政権で国務長官を務めたジョン・ケリー氏、気候問題担当大統領補佐官には同じくオバマ政権で環境保護庁長官を務めたジーナ・マッカシー氏が任命された。気候問題担当大統領補佐官は大統領のサポートの他、ホワイトハウス内に新設された国内気候問題政策室を率いる。

※2 THE BIDEN-HARRIS ADMINISTRATION IMMIDIATE PRIORITIES, https://www.whitehouse.gov/priorities/

※3 Environmental Protection Agency, https://www.epa.gov/ghgemissions/sources-greenhouse-gas-emissions

※4 Department of Energy, https://www.energy.gov/articles/doe-announces-162-million-decarbonize-cars-and-trucks

※5 Department of Energy, https://www.energy.gov/eere/articles/us-department-energy-announces-new-vehicle-technologies-funding-and-future

※6 Department of Energy, https://www.energy.gov/articles/doe-awards-60-million-accelerate-advancements-zero-emissions-vehicles

※7 Bloomberg, https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-08-05/QXDTKNDWX2PZ01

※8 THE WHITE HOUSE, https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/08/02/updated-fact-sheet-bipartisan-infrastructure-investment-and-jobs-act/

※9 Environmental Protection Agency, https://www.epa.gov/ghgemissions/sources-greenhouse-gas-emissions

※10 分散型電源で一定地域内の電力需給を運用する小規模電力系統

※11 電気新聞、2020年6月24日https://criepi.denken.or.jp/press/journal/denkizemi/2020/200624.html

※12 Department of Energy, https://www.energy.gov/articles/doe-awards-45-million-advance-solar-manufacturing-and-grid-technologies

※13 Department of Energy, https://www.energy.gov/eere/long-duration-storage-shot

※14 Department of Energy, https://www.energy.gov/articles/doe-launches-design-construction-75-million-grid-energy-storage-research-facility

※15 Department of Energy, https://www.energy.gov/eere/articles/us-department-energy-announces-new-vehicle-technologies-funding-and-future

※16 Department of Energy, https://www.energy.gov/energy-storage-grand-challenge/energy-storage-grand-challenge

※17 Department of Energy, https://www.energy.gov/energy-storage-grand-challenge/articles/energy-storage-grand-challenge-roadmap

中国

次に、中国における脱炭素の取り組みを、成長モデルの転換、対外政策、産業政策の3つの観点から概観したい。

1 グリーンを新たな発展理念の柱に 〜成長モデルの転換〜

中国共産党政権は「五大発展理念※18」で「緑色(グリーン)」を「創新(イノベーション)」と共に柱に位置付けている。「緑色」は「人と自然の調和」により国民が「美好(すばらしい)生活」を過ごせることが目標であり、経済成長至上主義から転換し、発展の不均衡を是正して、安全や持続可能性を実現しようとする中国政府の危機感が反映されている。第14次五カ年計画(2021~25年)では「グリーン発展を推進し、人と自然の調和と共生を進める」(第11篇)を設け、「生態システムの質と安定性を高める」(第37章)、「環境の質と量を持続的に改善する」(第38章)、「成長モデルのグリーンへの転換を加速する」(第39章)の3章で、多角的に方針と目標設定を行っている。

2 対外政策 〜グローバル環境ガバナンスへの参画と対米外交〜

2020年9月の国連総会で習近平国家主席は、2060年カーボンニュートラル(中国語:炭中和)目標を表明し、2030年までに温室効果ガス排出量をピークアウトさせるという現行目標を維持した。中国は温室効果ガス排出量が世界最多であり、その電力供給は長らく石炭火力発電が主力である。中国は自らを「経済成長を推進しながら、同時にグリーン・低炭素を実現する困難さ」に直面する発展途上国の代表と位置づけて、グローバル環境ガバナンスで存在感を高めようとしている。これは、気候問題を重視する米国バイデン政権と共通利益を持つテーマとして、中国政府にとって外交の観点でも有効なカードとなっている。

3 産業政策 〜環境対応を機会として新たな産業構造/エコシステムを構築〜

中国政府は、長期的経済発展と脱炭素を両立させるべく、電気自動車(EV)や再生可能エネルギーなどの普及を進めている。産業政策の観点では、先進国が脱炭素を進めれば、中国製のEV、バッテリー、太陽光パネル、風車などのビジネス機会が拡大する。太陽光パネルはジンコソーラーなど中国企業が、コスト競争力を武器に世界上位を独占する。

自動車のEVシフトを進めることで石油依存からの脱却や環境対策に取り組むと共に、中国自動車メーカーに有利な競争環境を整備するという目的もあわせて実現しようとしている。中国自動車メーカーは、「摺り合わせ」能力が必要なガソリン車では日本、欧米自動車メーカーをキャッチアップできなかった。中国政府は2035年に新車販売の全てを環境対応車にする方針を示している。うち50%についてはEVを柱とする新エネルギー車とし、残りのガソリン車はすべてハイブリッド車(HV)にする。新エネルギー車へのシフトに伴い、高度な製造技術が必要な部品が大幅に減少し、中国が優位性を持つIT技術と電動技術が融合する領域に主戦場がシフトする。

また、バッテリーなどの関連部品企業が集積することで、中国をEVの世界への輸出拠点とする動きも出てきた。テスラ、BMW、さらに重慶長安汽車、浙江吉利控股集団など中国メーカーが中国で生産したEVの欧州への輸出を2020年から開始。すでに中国はリチウム電池の生産で約7割のシェアを占めており、新エネ車シフトを通じて、中国に蓄電池のエコシステムを形成することで、課題とされる部材(正極材料、負極材料、セパレーター、電解液等)関連でも企業を育成し、基幹部品の国産化も容易になる。日本の自動車産業は裾野が広い部品や素材企業が支えてきたが、環境対応を機会として同様の産業構造をEVで中国が世界に先駆けて構築している。

以上のように、中国の脱炭素の取り組みを理解するためには、①持続可能性を重視したグリーン経済への転換(成長モデルの転換)、②対外的には米国との競争が激化する中で共有利益を持てるテーマとしての活用とグローバルガバナンスにおけるプレゼンス向上、③産業政策では新たな産業構造/エコシステムの構築を通じた中国企業の事業機会や競争優位の環境づくりという、3つの観点で総合的に分析することが重要である。

以上、見てきたように、米国、中国共に、人類共通の課題である環境問題への貢献を掲げながら、脱炭素を実現するための技術開発やルール変更を自国の産業競争力強化に活かす取り組みを戦略的に進めている。わが国にも、こうした戦略的な取り組みが求められる。

※18 創新(イノベーション)、協調、緑色(グリーン)、開放、共享の5項目からなる。2015年に打ち出され、「第十四次五か年計画」(2021年3月)でも堅持することが確認されている。

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岡野 寿彦

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