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グリーン水素の活用による新たなビジネスの創造

No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会・環境戦略コンサルティングユニット マネージャー 井貝 敏幸
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IKAI TOSHIYUKI
井貝 敏幸
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会・環境戦略コンサルティングユニット
マネージャー

大手メーカー、シンクタンクを経て、2020年4月より現職。水素・再生可能エネルギー分野を中心に、国内での実証事業の組成に向けた調査業務から実証事業の立上げ、プロジェクトの実施まで幅広い案件に取り組む。

1 はじめに

近年、水素に関する記事や報道がメディアやインターネット上に溢れている。中でも水素は、環境・エネルギー分野においては温室効果ガスを一切排出しない「究極のクリーンエネルギー」と目され多くの注目を集めている。しかし、実はこの水素は様々な「色」によって分類が行われており、環境への影響が異なることをご存じだろうか。

本稿では、まず色分けされた各水素の定義と期待される役割を示す。

その後、地球温暖化対策において最も大きな役割を果たすとされている「グリーン水素」について、現状の国内外の最新動向を整理するとともに、将来的なビジネス創造の可能性を探っていきたい。

2 色分けが進む水素

表1に示す通り、現在、水素は7つの色分けが行われている。従前よりグレー、ブルー、グリーンについては各国において認知、使用されてきたが、2020年6月にドイツ政府が公表した「水素国家戦略」で新たに「ターコイズ水素」が定義された。その後、表1に整理したとおり7つの分類が行われている。(表1)

以上7つの水素分類について、もう少し詳細な説明を加えながら、今後の動向について分析を行っていきたい。

表1|水素の分類

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出所| JOGMEC、ドイツ連邦「水素国家戦略」などをもとにNTTデータ経営研究所が作成

(1)グレー水素/ブラウン水素

現在、世界の年間の水素使用量はおよそ7000万トンであるが、その99%は天然ガスまたは石炭を原料として製造されたグレー水素(グレー水素/ブラウン水素)である。このグレー水素は現時点において最も安価な水素を製造出来る手法であり、それ故に多くの産業において使用されている。しかし、その製造によって年間8億3000万トンもの二酸化炭素が排出されており、世界の二酸化炭素排出量のおよそ2.5%を占める排出源となっている。日本をはじめ各国で建設が進められている水素ステーションにもこのグレー水素が供給されているケースが殆どである。

燃料電池車の走行時に二酸化炭素が排出されなくとも、燃料の製造時に二酸化炭素が排出されていることから、現時点においては真の意味でのクリーンな車とは言えない状況である。産業競争力の維持や水素の新たな需要喚起の点で安価なグレー水素を使用することに一定の意義があると言えるが、今後の脱炭素化の流れの中で徐々にグレー水素のシェアが低下していくものと考えられる。やや乱暴な試算ではあるが、仮に1㎏の水素を200円とした場合、世界のグレー水素市場はおよそ15兆円となり、これが将来的にグリーン水素またはブルー水素に置き換わるポテンシャルを秘めていると言える。

(2)ブルー水素

ブルー水素の製造にはCCS(Carbon Capture & Storage:二酸化炭素回収・貯留)が必須となる。現在、日本では北海道の苫小牧で累積30万トンの貯留実証が行われており、世界に目を向けるとノルウェーやオーストラリアなどの国でも、ブルー水素の製造に向けたCCSプロジェクトの組成が官民共同で推進されている。ブルー水素はグレー水素を低炭素化するうえで有望な技術であるが、二酸化炭素の貯留適地は限られており、永久にCCS/ブルー水素製造を行えるわけではないことから、「ブリッジテクノロジー」の位置付けになるものと考えられる。

現在のグレー水素の市場をまずこのブルー水素が代替し、また新規需要として発電やモビリティ燃料の需要を賄いながら、将来的にグリーン水素に繋いでいく流れになるものと考えられる。今後の課題としてはCCS実施に掛かるコストの低減と、貯留適地の効率的な選定、貯留した二酸化炭素の「漏れ」を監視するモニタリングの実施方法などが挙げられる。今後はこれらの課題の克服と、早期のブルー水素市場の立ち上がりを期待したい。

(3)グリーン水素

グリーン水素は表1に記載のとおり、再生可能エネルギー由来の電力によって水の電気分解を行い製造された水素である。製造時・使用時に二酸化炭素を排出しない究極のクリーンエネルギーとなるが、現時点においては製造コストが高く、世界の水素需要の1%を賄うに留まっている。製造コストが高い要因としては主に①水素製造効率が低いこと、②水素製造装置の設備費が高額であること、が挙げられる。水素製造効率が低いと、水素製造時に多くの電力を使用することになり、それにより電力費がかさむことになる。また、水素製造装置の設備費が高額であると、そもそもの初期投資が膨大になる。さらに、再生可能エネルギーの余剰電力を活用した水素製造のように、設備利用率の低い条件での運転時に減価償却が進まないため、水素製造コストに占める設備費の割合が高くなり、結果として製造された水素が高コストとなってしまう。現在①、②の課題解決に向けて各国で鋭意研究が行われている。例えば、水素製造装置の低コスト化や、固体酸化物型水電解装置など、水素製造装置の高効率化が進められており、近い将来グリーン水素の低コスト化は進んでいくものと考えられる。

グリーン水素については、「再生可能エネルギー由来の電力によって製造された水素」という定義から、もう一歩踏み込んだ議論が欧州のCertifHyと呼ばれるプロジェクトにおいて進んでいる。同プロジェクトでは、世界の最先端の天然ガス改質装置による水素製造時の二酸化炭素排出量(91.6g-CO2/MJ)をベンチマークとして、60%以上排出量が低いものを「Premium Hydrogen」として認証し、その製造源が再生可能エネルギーの場合は「Green H2(グリーン水素)」、再生可能エネルギー由来ではないものを「Low Carbon H2(低炭素水素)」と分類している。

現時点においてはグリーン水素として認定された水素に特別なインセンティブが付与されるようなスキームは構築されていないが、近い将来インセンティブが付与され、その環境価値が電力同様市場取引される可能性があるものと考える。

グリーン水素そのものの価値に加え、環境価値を取引するスキーム(システム)の構築は水素社会において重要な枠割を果たすものと考えられ、新たなビジネスチャンスになり得る可能性を秘めている。(図1)

図1|CertifHyにおけるグリーン水素の定義

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出所| 資源エネルギー庁「第9回CO2フリー水素WG事務局資料」

(4)ターコイズ水素

ターコイズ水素はドイツが2020年に公表した国家水素戦略において提唱した定義であり、ブルー水素とグリーン水素の中間の意味で「ターコイズ水素」と名付けられた。ターコイズ水素は、水素と共に生成される炭素が酸素と反応せず、二酸化炭素が排出されないという特徴がある。水素と共に生成された炭素はカーボンブラックと呼ばれる工業用原料として流用可能であり、電子・電気機器の導電性材料や塗料、印刷インキなどの有価物として使用可能である。ブルー水素やグリーン水素と比べ製造コストが安く、カーボンブラックなどの副生有価物が生成するという点でコスト競争力を持つ。一方で、メタンの熱分解により生成される水素であることから、ドイツや米国でも恒久的なソリューションとして位置づけられておらず、ブルー水素と同じくブリッジテクノロジーと見られている。

(5)イエロー水素

原子力発電によって得られた電力により、水の電気分解を行う手法である。将来イエロー水素の使用を見込むにあたり、今後の原子力の再稼働動向を注視する必要がある。

(6)ホワイト水素

ホワイト水素は、他の製品製造プロセスの中で副産物として生成された水素である。副生水素は苛性ソーダの製造や石油精製プラントにおいて発生しているが、その多くはすでに利用用途が決められており、外販可能量は限定的になるものと考えられる。苛性ソーダ製造時の副生水素は純度も高く、高品質な水素が得られることから、定置用燃料電池や燃料電池車など高品質な水素を必要とするアプリケーションにも適用が可能であり、利用用途は広い。

以上が水素の分類と現状分析、将来動向予測となる。まだまだコスト高なグリーン水素ではあるが、今後の再生可能エネルギーの導入増加に伴い、製造量増加とコスト低減が進むことが期待され、他の色を持つ水素の市場を代替していくものと考えられる。

3 グリーン水素によるビジネス創造の可能性

今後注目すべきはグリーン水素である。環境省の「令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」によると、太陽光発電の導入可能量は住宅用、公共系併せて5041億kWh、風力発電の導入可能量は、陸上風力と洋上風力を合わせて1兆5584億kWh、太陽光と風力の合計で2兆5164億kWhとの試算結果が示されている。ここで示された導入可能量は想定する各種条件により数値が異なる点に注意が必要であるが、日本の電力需要のおよそ2.5倍と非常に大きなポテンシャルが示されている。

グリーン水素の大きな利点の1つは、この電力セクターの余剰となる電力および環境価値を他のセクターに振り分けることが可能になる点にある。図2に示すとおり、日本の最終エネルギー消費の73%は熱エネルギーであるが、この熱エネルギーをグリーン水素によって賄うことで、運輸部門、民生部門、産業部門において熱の脱炭素化を図ることが可能となり、グリーン水素の新たな需要喚起を図ることが可能になる。

図2|日本のエネルギー需給の姿

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出所| 国際環境経済研究所

例えば産業部門では、大規模排出源の1つである鉄鋼部門においてこれまで石炭コークスによって行われてきた鉄の還元を水素還元に切り替えることで大幅な二酸化炭素排出削減に寄与することが可能となり、グリーン水素の大きな市場を形成することが可能になる。また、運輸部門ではバッテリー車と比べ1回充填あたりの走行距離が長いという特徴を活かし、長距離輸送車における水素燃料電池車の活用が広がっていく可能性があるほか、バスやタクシーなど比較的長距離を走る車両にも市場が広がる可能性がある。最後に民生部門では、水素による都市ガスの代替が考えられるが、そのブリッジテクノロジーとして、弊社が代表事業者を務める環境省「地域連携・低炭素水素技術実証事業(再エネ電解水素の製造及び水素混合ガスの供給利用実証事業)」において社会実装に向けた取り組みを進めている「水素混合ガス」の利活用が考えられる。水素混合ガスとは、天然ガスなどにグリーン水素を混合して製造するガスと定義しており、既存のガスインフラやガス機器を利用して低炭素ガスを利用し、民生部門における低炭素化に寄与できるというメリットがある。

このように、グリーン水素の活用により、我が国に豊富に存在する再生可能エネルギーポテンシャルを電力のみならず他のセクターに分配することが可能となる。また、これまでLNGをはじめとした化石燃料を海外からの輸入に頼ってきた我が国のエネルギーセキュリティ面での課題を解決することも可能となる。近い将来、多様な可能性を持つグリーン水素が我が国の新たなビジネスの柱となり、弊社の進める取り組みがその一端となることを期待したい。

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NTTデータ経営研究所

社会基盤事業本部

社会・環境戦略コンサルティングユニット

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井貝 敏幸

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Tel:03-5213-4150

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