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Insight
情報未来

グリーン推進に貢献するデジタルの力

No.68 (2021年11月号)
NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 柳 圭一郎
NTTデータ経営研究所 執行役員 村岡 元司
NTTデータ経営研究所 執行役員 加藤 賢哉
NTTデータ経営研究所 執行役員 野中 淳
NTTデータ経営研究所 執行役員 三谷 慶一郎
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YANAGI KEIICHIRO
柳 圭一郎
NTTデータ経営研究所
代表取締役社長

1960年 福岡県生まれ

1984年 東京大学法学部卒業、同年日本電信電話公社入社。

2006年10月 株式会社NTTデータ 金融ビジネス事業本部 資金証券ビジネスユニット長。

2009年 NTTデータ・ジェトロニクス株式会社 代表取締役社長就任。

2013年 株式会社NTTデータ 執行役員 第二金融事業本部長。

2016年 同取締役常務執行役員 総務部長 兼 人事部長。

2018年 同代表取締役副社長執行役員。

2020年6月 同顧問およびNTTデータ経営研究所 代表取締役社長に就任。

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MURAOKA MOTOSHI
村岡 元司
NTTデータ経営研究所
執行役員/パートナー

社会基盤事業本部 本部長 兼 社会・環境戦略コンサルティングユニット ユニット長 兼 社会システムデザインユニット ユニット長 兼 エコビジネス・サポートセンター センター長/パートナー

大手商社、シンクタンクを経て、2001年6月より現職。環境エネルギー分野を中心に、地球温暖化対策、事業戦略策定、スマートコミュニティ構想策定、環境インフラ輸出支援、エネルギーを起点としたまちづくりなど、幅広い実績を持つ。寄稿、講演多数。著書に『PFI ビジネス参入の戦略』(B&Tブックス)、『図解 企業のための環境問題』(東洋経済新報社)、『環境倒産』(B&Tブックス)、『実践 PFI適用事業』(ぎょうせい)、『成功する! 地域発ビジネスの進め方』(かんき出版)、『詳解 排出権信託 制度設計と活用事例』(中央経済社)、『環境ビジネスのいま』(NTT出版)(いずれも共著)等

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KATO KENYA
加藤 賢哉
NTTデータ経営研究所
執行役員/パートナー

企業戦略事業本部 本部長 兼 企業戦略事業本部 ビジネスストラテジーコンサルティングユニット ユニット長 情報未来イノベーション本部 本部長 兼ニューロイノベーションユニット ユニット長/先端技術戦略ユニット ユニット長/デジタルコグニティブサイエンスセンター センター長

大手システムインテグレータを経て、1994年NTTデータ経営研究所入社。主に民間企業における事業戦略立案、ビジネスモデル変革、業務プロセス改革、ITグランドデザインなど、企業経営に関わる改革構想立案・計画策定から実行・定着支援までをトータルに支援するコンサルティングに携わる。特に、消費財流通ビジネスの製配販横断型構造改革、デマンド・サプライチェーン戦略、顧客接点改革などに多く取り組む。また、経営戦略立案、グループ事業再編、経営管理・管理会計などの経営管理手法の高度化などの経営管理分野でも実績をもつ。

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NONAKA JUN
野中 淳
NTTデータ経営研究所
執行役員/パートナー

情報戦略事業本部 本部長

立教大学 ビジネスデザイン研究科 客員教授

大手外資系コンサルティングファームを経て、NTTデータ経営研究所に参画。

製造業、サービス業、金融機関に対して、事業戦略、業務・組織変革に関わるコンサルティングサービスを数多く提供。また、大規模システムの企画・構想・導入、プロジェクト管理・監査、IT組織の改革等、情報システムに関わる幅広いコンサルティング実績をもつ。

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MITANI KEIICHIRO
三谷 慶一郎
NTTデータ経営研究所
執行役員/エグゼクティブコンサルタント

企業や行政機関におけるデジタル戦略やサービスデザインに関するコンサルティングを実施。博士(経営学)。武蔵野大学国際総合研究所客員教授、情報社会学会理事、経営情報学会監事、日本システム監査人協会副会長。経済産業省産業構造審議会委員、総務省情報通信審議会構成員等を歴任。

主な共著書に、「ITエンジニアのための 体感してわかるデザイン思考」「トップ企業が明かすデジタル時代の経営戦略」「攻めのIT戦略」「CIOのITマネジメント」等、監訳書として「デジタルトランスフォーメーション経営戦略」がある。

三谷

本日は、「グリーン×デジタル」をテーマにディスカッションをしていきたいと思います。

2020年10月の菅・前首相の所信表明演説の中に「2050年カーボンニュートラル」、つまり温室効果ガスの排出を日本国内全体で2050年にはゼロにすることを目指すという宣言がなされました。これをきっかけに「グリーン」、すなわち環境への配慮というテーマがクローズアップされています。この演説の中では、温暖化への対応は経済成長への制約ではなく、積極的にそれを推進すること自体が産業構造や経済社会に変革をもたらす成長につながるという発想の転換が必要だということも述べられています。同時に、グリーンを効率的かつ効果的に促進・推進するためには「デジタル」の力が不可欠だということも語られています。

また、経団連もこの発言を高く評価し、経済界も政府とともに不退転の決意で取り組む、という提言を12月に採択しています。

まずは環境問題の専門家の立場から、村岡さんにこのグリーンが社会的に注目を集めている背景についてお話しいただけますでしょうか。

村岡

菅首相の宣言がある種のきっかけにはなったことは事実ですが、それ以前からこの脱炭素の動きはあり、実際には2015年のパリ協定が大きな転換点であったと思います。1997年の京都議定書ではCO2の排出削減義務を負ったのはごく一部の先進国でしたが、パリ協定では全世界参加型になったというところがかなり大きかったと思います。そこから世界的に色々な動きが起きた中、最後の一押しが菅首相の宣言によってなされたという印象ですね。経団連も、先ほどの提言以前から「チャレンジ・ゼロ」というイニシアティブを行っています。加入企業は当初の100社から現在は190社まで増えており、それらに加入しているすべての日本企業がカーボンニュートラル※1を宣言しています。このように、過去から色々あった動きが、今急に収束し始めている状態です。

三谷

生活者の視点から見ると、「今まではあり得なかったような大型台風が来ている」とか「夏が以前より暑すぎる。冬が以前より寒くなくなっている」など、いわゆる異常気象が身近に迫っているという実感があります。そういった状況もグリーンへの注目を後押ししているのではないかと感じていますが、いかがでしょう?

村岡

それはもう間違いないですね。実は一部の日本人科学者の中でも、「IPCC(気候変動に係る政府間パネル)のレポートは捏造である」ということを言っている人や、地球温暖化について意図的な過去データなどを引用し「実際には温暖化はしていない」という説を言う人もいます。しかし、生活者の立場から見ると、どう考えても昨今の気温上昇は顕著ですし、温暖化に伴う天候不順が起きていることは確かなので、世論の動きも後押ししていると思います。

三谷

次に、柳さんより経営者の視点からのご意見を伺えますでしょうか?

振り返ると、50年ぐらい前には、日本国内のあちらこちらで公害が起きていたんですよね。高度経済成長に伴い大気汚染や水質汚染の問題があり、そこから色々な法律が出来て公害を抑え込んでいこうという流れになりました。しかし当時の被害者というのは、その地域の人々が中心でした。例えば、川崎や四日市の大気汚染による喘息や水質汚染による水俣病などは代表的なものです。

しかし、今問題になっているCO2の排出による地球温暖化は特定の地域にはとどまらず、全世界に加害者と被害者がいます。そのため、CO2の削減に対して後ろ向きでいることは、いわば全世界を敵に回すことになるのです。例えば50年前に公害を出した会社の経営者が「公害対策にはお金がかかるので対処できません」とか単純に「すみませんでした」といった回答をしたらその地域の方たちはどう感じるでしょう?同じ様な問題がCO2でも起こりつつありますし、この流れを止める手段はもはやないというのが私の実感でもあります。

最近グリーンの方向性が変わってきたのは、カーボンニュートラルが議題に上がってきたところにあるかと思っています。今までは、既に多くのCO2を排出している国と、これから経済発展のためにCO2が増加するであろう国の合意が難しかったと思います。しかしながら、ニュートラルという目標だと、達成タイミングはともかくターゲットが明確で、途上国だろうと、先進国だろうと条件は同じですよね。

もう一つ経営的な観点から言うと、グリーンの問題だけではなく全体的にサプライチェーンの問題が大きくなってきているということです。

三谷

それは具体的にどのようなことでしょうか?

例えば部品を作っている外国企業がコロナでロックダウンをしたため、商品が作れなくなったという会社もありましたし、日本の会社が火災を起こしたから半導体が不足したといったものもあります。それ以外にも人権問題・政治が絡んだ安全保障問題も含めてサプライチェーン上のリスクはいたるところに潜んでいます。もちろん、リスクの全てに対応するのはかなりハードルが高いですが、少なくともサプライチェーンにおいて管理はキチンとしないといけないという風潮に世の中変わってきつつあり、これはグリーンについても同じことが言えるのだと思います。

日本や中国は割と「建前」の国なので、昔は「いやいや、我々はそんな悪いことやっていません」「我々は搾取していません」といったポーズで許されていたかと思いますが、サプライチェーンの中でちゃんと管理していかないと、世界標準では認められなくなってきています。ですからヨーロッパやアメリカなどは、実質的にちゃんとCO2の削減に対して貢献しているかどうかを求めるようになってくるでしょう(温室効果ガスプロトコルのScope 3)。サプライチェーンということで言えば、電力がどれだけグリーンか、また流通がどれだけグリーンであるかというものまで求められるようになれば、一社の中だけでは対応しきれない課題が沢山あるのです。

それに加えて国境炭素税の導入などの動きが出てくると、企業にとっては大変な影響になってくるのではと私は思っています。製造業やサービス業ではよくQCD(Quality Cost Delivery)が言われますよね。クオリティーとコスト、それからデリバリーの要求をちゃんと遵守して製品やサービスができるかどうか。これと同じぐらいのレベルで、CO2がニュートラルになっているかどうか、QCDE(QCD + Environment)といったインパクトのある概念がこれから出てくるのではないでしょうか。そして逆に、これは企業にとって新しいリスクです。CO2を多く排出する電力や流通しか利用できない地域や国ではモノを作ることができなくなってしまいます。当然雇用の流出も起きるでしょう。

一方、QCDのQ(品質)の改善により日本の製造業のステータスは向上しました。新しい要素が増えるということは、それだけチャンスもあるのではないかと思います。

※1 カーボンニュートラル:二酸化炭素(CO₂)の放出と吸収を相殺し、同量とすること。

物流における課題

三谷

ありがとうございます。それでは次に、企業向けのコンサルティングを行っている立場から、加藤さんからのご意見を伺えますか?

加藤

今のお話は、実際に企業向けコンサルティングをしていて共感するところが大いにあります。SDGsやグリーンの話は、今や企業経営と切り離せないところまで来ています。こういったテーマは企業経営の重要な課題と認識されていながらも、かつてはどちらかというと受身というか、「コスト」という捉えられ方でした。しかし、柳さんご指摘のとおり、取り組むことが結果的に企業経営や事業活動にプラスになると思います。

SDGsやグリーンの考え方が企業の将来的な成長や競争優位の源泉、ビジネスチャンスになるということに多くの企業が気づき始めているのではないでしょうか。ビジネスの最前線に立つ事業責任者の方々をご支援していると、今までの建前的対応から、まさに潮目が変わってきたというのが実感としてあります。

三谷

確かに経営者の意識はずいぶん変わってきているように思いますね。

加藤

具体的なお話をしたほうがわかりやすいと思います。日本の産業の大半を占めるのは製造業と流通業ですが、それらが扱う財が「モノ」である限り、必ず「物流」が必要です。環境への対応については製造業の生産分野では比較的早いタイミングから注目され、取り組みは結構進んでいますが、一方で物流分野においては立ち遅れています。ただ、何もしてこなかったということではなく、構造的な問題もあって抜本的な解決には至っていません。

しかし、先のカーボンニュートラル宣言も相まって、ここにきて待ったなしの状況です。「物流は構造的問題もあるから」という言い訳が通用しなくなり、本格的にグリーン化に向けたメスを入れていく時期が来たのだと思います。

行政レベルでは、国交省が2021年から5カ年の「物流大綱」を発表しました。当然そこでもグリーン物流の方針がありますが、「物流構造の改革に向け、デジタルを使ってオペレーションを効率化していきましょう」といった、より具体的にDXを推進する路線になっていると個人的には感じています。

物流業界は市場規模約25兆円でGDPの5%を占める日本の一大産業である一方、内包する課題が多い業界ともいわれています。例えば、輸送モードではトラック系が最もCO2を排出していますが、積載率は年々低下しています。現在の積載率は約4割程度といわれ、6割は空気を運んでいるようなものです。一方で、物流費は高騰していてコスト負担は大きくなっています。例えば食品業界でいえば、だいたい売上高物流費率は8〜10%でないかと思います。「ホワイト物流推進運動」という、ブラックな物流業界をホワイトにしようということで規制強化の動きがありますが、荷主企業はこれにより物流費高騰に拍車がかかるのではないか懸念しています。

それに対して、何とか物流を効率化しようと、倉庫システムの高度化、データ分析による在庫や配送の最適化、RPA等による自動化など、物流DXという括りではいろいろ取り組みは進んでいますが、個別課題への対応という色合いが強く、抜本的解決とまでは見受けられないですよね。

SDGsを背景としたメーカー物流における主な課題(例)

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三谷

個別の取り組みばかりでなく、総合的な対応が必要になります。

加藤

CO2排出量削減の観点からすれば尚のこと抜本的な改革は必須だと思います。2019年度における日本のCO2排出量約12億トンのうち、運輸部門からの排出量は18.6%を占めています。いわゆるトラック輸送、貨物自動車が運輸部門の36.8%を占め、これは日本全体の6.8%を排出していることになります。

モーダルシフトということで、船舶や列車などへ輸送モードを変えていこうと言われていますが、実はそれとは相反して現在どんどんトラック輸送への依存率が高まっています。

トラック輸送も、運ぶ財によって輸送の頻度や走行距離が異なります。その中でも食品流通に絡む物流は環境負荷が大きいと言われます。特に最近では、首都圏で多く出店されている小型食料品店舗、ミニスーパーと言われる業態において顕著です。バックヤードスペースが小さいので在庫はほとんど持てない、にもかかわらず欠品はできないので多頻度・少量配送に拍車がかかる。

また、同じ食品でも特に環境負荷が高いのが、いわゆるコールドチェーンといわれる「冷蔵冷凍食品」の配送です。コンビニやスーパーのデザートコーナーや冷食コーナーの素晴らしい商品ラインナップを見てもお分かりのとおり、国内では冷蔵冷凍食品の需要が伸びています。しかしこれらの商品は緻密な温度管理が必要であったり、冷蔵食品は日持ちが短かいので配送頻度でカバーするなど、おのずとCO2の排出量は増えています。

また、グリーン化の視点でみれば忘れていけないのが食品ロス問題、すなわち食べられるのに最終的に廃棄するという「もったいない」問題です。国内の食品ロスは年間600万トン強です。そのうち、食品メーカーや卸や小売、さらに外食といった、家庭ではない事業系の占める割合が半分強という現状があり、これはもったいないでは済まされないレベルです。当然そのほとんどは焼却されるのでCO2を排出することになります。そもそも廃棄されるような無駄な生産や物流をしている現状は看過できません。

最近では売れ残りを安く販売しますというアプリやフードバンクの活用などがありますが、この膨大なロスに対してフードバンクにいく量は1%に満たない。食品ロスは物流よりも需給コントロールの問題なので、ここでは深く言及しませんが…。

ちなみに物流のグリーン化に向けて、抜本的かつ構造的なアプローチとして最近注目されているのが「フィジカルインターネット」という考えです。

三谷

それは具体的にはどのようなものでしょうか?

加藤

インターネットの通信プロトコルは、送る側でデータをパケット毎に分割し、最適・最速なルートで飛ばして、受ける側で結合します。それをリアルの世界、物流の世界に持ち込むのがフィジカルインターネットです。そのために現在主流である、ハブ&スポーク(大量の荷物を常に自社の倉庫に集めてから自社の車両で配送する)ではなく、最も効率的なルート上にある車両や施設を利用して荷物を運ぼうという考え方です。ある意味、個々の物流事業者では既に共同配送などで行われていることですが、最大かつ本質的なポイントは、フィジカルインターネットで利用する施設や車両は、必ずしも自社所有のものとは限らない。

提携を結んだ他社の施設や車両なども利用しながら、最適なルートで運んでいくという考え方が革新的なのです。

三谷

フィジカルインターネットの世界を実現させるためには、社会全体としてのプロセスやインターフェイスの標準化が必要になりますね。

加藤

そうですね。その際には電力の上下分離と同じように、物流の世界でも倉庫やトラックといったファシリティと、そのファシリティを使ってモノを運ぶという役務とを分離する必要があると思います。その上で、施設・車両を共有・連携したりモニタリングする仕組み、物流ネットワークを最適に設計し実行する仕組み、荷姿に関する規格標準化(インターネットでいうプロトコル)など、実現に向けた課題はたくさんあります。

ただ、最も重要なのは戦略的な協業の枠組みです。物流事業者だけでなく、その荷主や受託者(卸など)が個社の枠を超えた共有や連携ができるかが鍵です。個人的には、これさえできれば、あとはテクノロジー的には十分実現可能と考えています。

こういった話をすると、絵空事といわれます。流通や物流の最前線でビジネスをされている方は、「1円でも安いタリフ(料金表)を引き出すためには」「1円でも他社よりコスト競争力をつけるには」と競争しているので当然の反応です。

でも、私がここで一番言いたいのは、競争する市場についてです。日本は人口減や少子高齢化で明らかに今後市場がシュリンクしていく。その中で生き残りをかけて消耗戦を繰り広げているわけですが、それだったら皆で成長市場に目を向けませんか、ということです。日本という縮小市場では企業が戦略的に協調し、フィジカルインターネットのような考えで効率的な物流の仕組みを皆で作りあげ、それを武器として、アジア新興国などの今後成長が見込まれる市場に打って出る、そういう抜本的な発想の転換が必要なのです。

私が知る限り、日本のコールドチェーンの仕組みはたぶん世界一です。なので、アジア新興国におけるコールドチェーン改革やこの分野での貢献を通して、国内だけではなくグローバルでのグリーン化に貢献する、それくらいの視座が必要です。

環境問題から一旦離れ、サプライチェーンのDXやデジタル化という一般的観点から考えると、データの活用とサービス業の分業が大きいのだと思います。

製造業では製品を作るのに他社の部品・パーツを使うのは当たり前でしょうが、これからはサービスの部分も含めて他社より強ければ他社分も請け負い、弱ければ他社に任せていく、それを有機的に社会全体で結びつけていくということになっていくでしょう。そういった考え方がやはりデジタル化の本質だと思うのです。最初は2社連合くらいのレベルでいいのですが、色々なパーツがいっぱいできていて、それを組み合わせて企業が成り立つという形に将来なると良いのではないかと思います。

加藤

はい、電気自動車のようにモジュール化が進み、部品さえ揃えば、高度なすり合わせ技術がなくても車が組み立てられるようになってきました。だからそのサービスやビジネスをモジュール化し、最適なものを組み合わせようという考え方は重要ですね。

村岡

実は今のお話しを阻害している例が、例えば、船舶業界でいうところの商圏の考え方をベースにしたビジネス慣行ではないかと思います。資源等を海外から輸入した場合、国内に入ってからは「内航海運」という形で物が運ばれます。この内航海運業界では、例えば、取り扱う会社が違うだけでほぼ同じ性状のものをわざわざ輸送コストをかけて運搬するといったような、非効率な事がまだ起きているのですよね。

加藤

同感です。例えば、ある冷蔵食品メーカーが国内で販売する商品を関東一カ所で生産しているとしたら、それを全国津々浦々まで運ぶことになります。冷蔵食品は日持ちしないため特にきめ細やかな管理が必要なのですが、北は北海道、南は九州・沖縄まで運んでいく。でも帰り便ほとんど「空」だったりすることもあります。

そこで、例えば九州の工場で冷蔵食品を製造しているメーカーと組んで帰り便を満載にすればいいのではと考えられるのですが、いざ実現するとなるとテクノロジーや仕組みではなく、企業間の協調の枠組みが壁になったりする。

村岡

競争と協調の範囲を変えたほうがいいですね。薬や肥料のように「これらは同等の品質である」という成分比較ができ、同じクオリティーであれば、バイヤーはどちらでもいいとなるのですが、そうするには、ルールが必要です。共通化・共有化が出来れば良いというルール決めができないのがネックだと思っています。

グリーンを推進する上でデジタルの活用とは

三谷

ありがとうございます。次に、デジタル技術の活用が専門の野中さんからもご意見をいただけますでしょうか。

野中

まずデジタルの話をする前に、脱炭素化の取り組みが中々進まないのはどうしてなのかということをもっと真剣に考えないといけないでしょうね。

企業がこの取り組みをコストやブランド的な施策として見ている限り、限界があるなと思っています。ビジネスの成長を止めてはいけない中で、こういったゲームチェンジが必要な際、日本の会社はすごく弱い。例えば、J-SOX導入の際もそうでしたが、日本企業は義務としてとらえがちです。しかし、本来は前向きに取り組んだり、それをチャンスとして自社を良い方向に変革していくんだという意識が重要なのだと思います。今回のように、現場を巻き込んだ改革が必要な場合、ブランドや義務感のためだけでは絶対に浸透しない。

大きな変革を掲げて実現させていこうとするとき、なぜやるのかの理由、納得性が重要となってくる。「地球にやさしい」「レギュレーションで決められているから」では現場を巻き込んだ改革は実現できない。そのため、これをやることが自社のP/Lに影響する有効な施策であるということを計画に織り込めないと上手くいかないでしょう。当然、地球のためということもあるのですが、自社のため、現場のため、従業員のためなど具体的な目標達成レベルまで計画を昇華させないと結局は定着しないと思います。

また、デジタルとの関係という話でいうと、脱炭素の取り組みには、製造現場や、電力ネットワークなどのインフラでの様々な制御、高度な需要予測、業務効率化のための取り組みが必要となります。それに加えて地球レベルでの気象データや、様々な経済物流データを収集分析して、地球の温暖化と結び付けた考察と戦略の立案が必要です。これらの実現にはデジタルが必須であり、ここ数年の急速なデジタル化の進歩があったからこそグリーンの動きが大きな形になったのだと痛感しています。これは、今年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏の「地球気候を物理的にモデル化」する研究からも明らかですよね。

三谷

サプライチェーンの観点でのデジタル化はいかがでしょう?

野中

サプライチェーンの話が出たのでいうと、物流だけでなく、金流についても考えねばならないですね。複雑なサプライチェーンとそれに伴う金流ネットワークの中で、取引の正当性を証明していなくてはならないし、お金がどこに流れてどう使われているのかを確認するには、膨大なデータの収集と処理が必要です。

そういう意味では、あらためてデジタルとグリーンは切り離せないなと思います。コロナ禍で経済が落ち込んでいき、それまでどんどん繋がってきた物や人が次々に切り離されていく中、新たにデジタルを使って社会全体を盛り上げていかないといけない状況であったかと思います。そんな中、デジタル化の先に目指す社会の姿にグリーンがピッタリ当て嵌まるのだと思います。つまり、デジタルはやはり手段なのです。デジタルで何をするのか、どんな社会を作り上げるかを考えた時、グリーンが分かりやすいビジョンとなるのです。グリーンがビジョンで、デジタルは手段となるという意味では、コロナはそのトリガーになっているのかもしれないですね。大きな流れの中で、世界中の利益や利害や目線が一致して、このグリーンという一連のムーブメントとなっている。なので、この動きはそう簡単には終わらないのではと思っています。

三谷

確かに、日本企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が思うように進まない理由の一つとして、「企業として向かうべきゴールやビジョンが不明確」だということがあげられます。デジタル技術を使ってどこを目指すのか、何を実現したいか、という肝心なところが曖昧になっているので、うまく進まないということです。日本企業においてよく言われる、「既存ビジネスの効率化にしかデジタルの力を使わない」という理由もここにあるように感じます。グリーン推進は、誰もがその必要性について納得するトピックですから、これをDXの中心テーマのひとつとして捉えることは十分可能です。グリーンを目指すという明確な旗印を立てることをきっかけに日本のDXが加速するかもしれません。

ちなみに、今多くの企業などでは、CO2の削減のみに注力しがちですが、本当にやらなくてはいけないのは「カーボンニュートラル」であり、それはもう一歩進んだ発想がないと、実現できません。

そのためには流通業界だけではなく、例えば運送用車両を作っている業界やそれを維持するネットワーク、水素ステーションに係る業界、そういった様々な所との連携がないと、実現できない。本気でカーボンニュートラルを目指すのであれば、そのあるべき姿はこうだというのを基軸に、各業界なり、地方自治体なり政府なりと連携して動いていかないと、あるべき世界にはならないですよね。

村岡

そうですね。経済合理性を無視すれば、実は物流を脱炭素化するのは簡単で、バイオ燃料など、全てをカーボンニュートラル燃料にすることで可能になります。製造業でもそれは言われていて、実は「使う電気を全部再生可能エネルギーにすれば省エネしなくてもいいだろう」という乱暴な議論さえあるのです。しかしそれではコストが高くついてしまい、コストメリットがない。そのため、省エネをしながらできる限り使用量を減らし、かつゼロエミッションの方向に変えていくことが必要なのです。ちなみに物流では送るところ、実際モノを運ぶところ、そして車両そのものの脱炭素化が必要です。

加藤

それについては、トラックを全て電動化することと、物流を構造的に変えてしまうということの実現性やグリーン化の効果の兼ね合いだと思います。私は後者の方が圧倒的に得られる成果が大きいと考えます。

大手物流企業は環境負荷の低い車両に投資しており、最終的には水素トラックへの移行という流れになっていくのかと思いますが、そうなるとトラックを作るところから始まって、水素を供給するインフラまでをも変えていく必要があります。

こういうことはグリーン化のシンボリックな取り組みとして注目されます。例えば、トラックを複数台繋げた隊列車両走行の実証実験で、CO2が台数分の1になったという話がありました。これはこれで素晴らしいですが、一方でその隊列のトラックの積載率が台数分の1だったらどうなのでしょう。隊列組まなくても1台で済むでしょう?となります。

環境の整備やそれに向かう努力をすることはとても重要ですが、そこばかりを狙っていくのはあまり建設的でないし、本質を見失ってしまうのではないかと感じています。

三谷

皆さんのお話をお聞きして、「グリーンを推進するためにデジタル技術は役立つ」ということについて、もう少し深堀りをしたくなってきました。デジタルのどのような効用が、グリーン推進に貢献しているのか、あるいはする可能性があるのか。このあたりについてはどうでしょうか。

デジタルを活用したCO2の見える化

村岡

顕著なところでは、まず「マイクロ化」という話があると思います。これは、デジタルの力によって微細なレベルで見える化することができるということです。企業は今後「CO2ダイエット」を行わなければいけません。ちなみに、ダイエットする際にはまずは皆さん体重計に乗りますよね。それと同じで、今自分たちがどれだけCO2を出しているのかを知らないといけないのですが、実は案外みんな知らないのです。

加藤

同感です。実は私、最近内臓脂肪の数値が微妙でジムに通い始めました。最初に自分の身体を棚卸しし、筋肉量や代謝など測定したのですが、私の場合、お腹についた内臓脂肪を減らすのには筋力の比率が高い下半身の筋力をつけ、基礎代謝を上げることが最も効率的だと言われました。私は素人なので、お腹の脂肪を減らすにはひたすら腹筋をやればいいやと思っていたのですが、そうではないのだと。まずは自分自身の「見える化」をし、目的を達成するのに最もインパクトがある「手法」を知ったことは大きかったと思います。

村岡

加藤さんのダイエットと同じで、自社のCO2の流れを精緻に見ていこうとすると、特にメーカーは大変なのではと思います。ちなみに、ある工場が一体どれだけのCO2を出しているかは、工場が1ヶ月の間に使った天然ガスの量と、油を使っていれば油の量と、買ってきた電気量がわかれば、それに原単位をかけることで把握できます。

ところが今後、製品1個1個に「カーボンフットプリント」つけて表示する方式が実現される可能性があります。実際にこれを実現しようとすると、製造ラインのとあるラインでこの製品作った際、どれだけ電気とガスを使ったかを製品ごとに全て把握し、一品ごとに表示しないといけなくなる可能性があります。これは昔であればかなり難しかったのですが、今はデジタル技術があるから、大変ではありますが、モニタリング自体は可能です。

そして、実際にマイクロ化によって自分が何で一番CO2を出しているかがわかるようになると、CO2ダイエットというのはしやすいものなのです。一番出しているものから減らしていこうというのは当たり前の話なので、これがわかれば、「うちで一番CO2を出すのはこれだから、これから減らすか!」という風に打てる手はある。

これは原価計算と同じような理論ですね。

村岡

そうです。考え方はABC(活動基準原価計算)に近いですね。

野中

実際には、ABCの導入も遅れていて製品別の原価がわかってない企業に対しては、さらにCO2も載せて把握しろということですよね。

三谷

なるほど。デジタル化の効用のひとつめは、「マイクロな見える化」ですね。CO2がビジネスのどの部分でどの程度発生していることを微細な単位で見える化する。これは、IoT等のデジタル技術が提供する典型的なメリットですね。そして、自社のビジネスをマイクロに見える化するための仕組みを整備することは、実はグリーンだけでなく、企業のDXそのものを抜本的に推進させる可能性を秘めていると思います。

村岡

はい。もうひとつ、「複雑化」という話もあります。太陽光発電を取り入れる際、太陽光発電に依存しすぎると、電力系統が不安定化し停電を起こす危険があります。そうすると太陽光のような変動電源は迷惑な代物になってしまう。そうしないようにするには、例えばこれから10分間にどれだけ電気が生まれるか、また、自分たちの系統が停電を起こさないようにこっちを減らしてくれとか、電気が減りすぎるなら使ってくれとか、今日は天気が悪いから電気の使用量を減らしてくれといったような形で、系統の品質の安定化のためのマネジメントが必要になります。これもデジタル技術がないとできないことです。

野中

これについては、高度な数理技術を使い、複数工場間の電源の安定供給に取り組んでいるところもあると聞いています。

村岡

そうですね。そのため、今は非常に微細化しています。太陽光発電により次の10分でどれだけ電気を作るかの予測技術と組み合わせて電線のクオリティーの安定化をしないと駄目な時代になる一方で、再生エネルギー電源への依存度が増えてくる。そのため、再生エネルギーを導入する際には、デジタルが必要不可欠になってきているというのが現在の動きです。

グリーン推進に貢献するデジタルの力

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野中

再生燃料の分野でも同様のケースがあるようですね。従来にくらべてどうしても品質がばらつくことから、製造工程自体をコントロールする方向を変えていかないといけない。そのためにも多くのデータを分析して分析することで新しい方式を模索しているようです。

加藤

再生エネルギーだと不安定というのもありますが、再生エネルギー以前に普通の電力でも、新興国、特にアジアにおける電力は不安定ですよね。もちろん季節による変動もあるかと思いますが。食品流通の世界では、温度管理が必要な食材を扱っているときに1回でも電気が止まってしまうと致命的です。

村岡

最近は東南アジアとかの国では、「リープフロッグ現象※2」と言われるよう、いきなり再生エネルギーを入れるケースが増えているので、もっと不安定化が進んでいます。だからこそ、最先端の技術がいるのです。

バーチャルパワープラント(VPP※3)についても、先進国で開発され導入が進みつつありますが、今後は電力系統が必ずしも十分ではない新興国において変動型の再生エネルギー電源の導入が増えていくと、先進国以上に必要性が高まる可能性があるかも知れません。まさに、新興国で固定電話よりも先に携帯が普及するのと似たような現象が生じる可能性があります。

三谷

グリーン推進のためのデジタルの2つめの効用は「複雑系をマネジメントする力」とでも名付けましょうか。分散する様々な需要と供給を、ネットワークを通じてダイナミックにマネジメントしていくためには、近い将来の状況を予測しリアルタイムで全体最適を図ることが必要になります。これもAI等を含めたデジタルの力が有効だと思います。「ツー・サイド・プラットフォーム」と最近は呼ばれたりしますが、ニーズとシーズという二つを瞬時に細かなレベルで最適にマッチングさせることで価値を提供するデジタルビジネスはたくさんあります。

村岡

むしろデジタル技術がないと実現しないような分野に既になっていると思います。

※2 リープフロッグ現象:既存の社会インフラが整備されていない新興国において新しいサービスなどが、先進国が歩んできた技術進展を飛び越えて一気に広まること

※3 VPP:電力系統に直接接続されている発電設備

コロナがグリーンに与えた影響

三谷

ちなみに、今回のコロナ禍がグリーンに与えた影響というのはどのようなものなのでしょうか?

村岡

コロナについていえば、リモートワークにより人の移動が減ったというのは、まずは社会的要請が先にあって、それをデジタルで解決したら、実はグリーンにも貢献したという話かなと思っています。グリーン化をするためにデジタルが必要になってきたのとは流れが違うのですよね。

一方で、グリーンリカバリーという考え方があります。これはコロナで傷んでしまった経済の復興をグリーン産業で実現しようという考え方です。むしろ、コロナの影響についてはグリーン産業による経済復興という点に注目すべきかと思います。

加藤

その通りだと思います。コロナが結果的にグリーンにどう役立ったかと言われる際、直接的な因果関係としては「モノや人の移動がなくなった」「リモートワーク中心でお金を使わなくなった」というのがありますが、これは本質的ではないと思っています。真の意味では、企業に改革意識がより強まり、その機運が高まったことなのだと思います。グリーンや環境に関していえば、従前の企業の本音はやはり「ポーズ」だったと思います。しかし、グリーンもSDGsもそうですが、より本質的な改革への後押しをしたことが、コロナ禍が貢献したことの中で一番大きいのではないかと思います。

実際のところ、経営者はかなり焦ったのではないでしょうか。今までにないことが起きて、それによってどんなことが起きてもちゃんと対応できるようにしていかなくてはいけないという改革の意欲と改革の機運、そしてそれが結果的にSDGsに掲げられていることに繋がっていくことが、自分たちの将来を作ることになるのだということが実感として湧いたのだと思います。

村岡

これは10年以上前にグリーンIT推進協議会であった話ですが、ITとかデジタルを入れていくと、色々なところが変わりますと。そのときにも、テレワークが導入されれば人の移動が減ると言われていましたが、実際にはあの頃は、鉄道各社は電車の本数を減らさなかった。しかし今回のコロナ禍では電車の間引き運転や飛行機の運行減などが行われ、結果CO2の消費量は実際ものすごく減ったのです。

三谷

今回のコロナ禍によるグリーン推進への影響を算出できたら面白いですね。

ルール化と戦略的な協調

加藤

話は変わりますが、全ての商品にCO2排出量の表示義務や精緻化が課されたら、企業の行動ってどうなるでしょう。多分なるべくシンプルに作ろうとしますね。

三谷

確かにそうですね。

加藤

ちなみに今皆さんのお手元にあるペットボトルのキャップ、緑のキャップのものと白の物がありますよね。実はこれらを作るのに、別のラインと別の原料が必要なのです。でも全部同じ色にして、みんな同じものを作れば色々な意味でシンプル化できますよね。実際に東日本大震災の直後に「なぜこれは緑なんだ?緑じゃなければ他のアイテムと一緒に作れるんじゃないか」という話があったそうです。でも結局、商品によってキャップの色は様々なままです。誰がキャップの色にこだわっているのかわかりませんが、精緻化を義務付けたらキャップも同一色、同一原材料にして、CO2の排出量についても同一基準で登録するようになるかもしれないですね。

村岡

飲料も、味で勝負しようとするならばもうキャップの色くらいはどうでもいいじゃないか、ということですね。

野中

一つの会社では対応しきれない位ルールが煩雑になってしまえば、もう標準化をやらざるを得ないですよね。だからそういった状況にしない限り、なかなか標準化の方向には向かないんです。

三谷

このあたりは対談の最初の方でお話のあった、企業とか既存の組織の境界を超えたような社会全体の最適化が必要ということにつながってきますね。そして、そのためには何とかして協調領域における標準化を進め、あらゆるプレイヤーがつながりやすい状況に持っていかないといけませんね。ちょうどドイツの「インダストリー4.0」のように。

「境界を越えたつなぐ化」が3つめのデジタルの持つ効用のキーワードになりそうです。

加藤

その際、特に消費材の分野というのは規制業界ではないので、誰がイニシアティブをとり、それにプレイヤーがどこまで協力するのかという話が出てきます。

行政も様々な取り組みをたくさん推進しているけれど、なかなか足並みが揃わなかったり、単発・局所的になってしまうことが多い。だからこそ「こんな小さい島国で、キャップの色が緑とか白とかって言っている場合じゃなくて、戦略的な協調の枠組みで最適化のモデルを作って、それを強みに成長市場に打ってでようよ」というふうに、目指す方向を大きく振り向けないと進まないと思います。企業の経営者からすれば、デジタル化やグリーン化も重要ですが、本質的にはやはりビジネスインパクトですから。

女性活躍推進の施策は参考になるのではないでしょうか?1985年に男女雇用機会均等法が成立し、いろいろと女性活躍推進施策は実施されたのですが2015年位までは実質的にはあまり進まなかったと思います。

それが、「なでしこ銘柄」を作ったところ、その選定銘柄の中に自分たちが入るか入らないかということを気にして、女性活躍推進が進みました。なので、もしも「基準に満たないとプライム市場から落ちますよ」といった制度になれば企業の意識も変わってくると思いますし、グリーンの分野についてもやっぱり同じようなことが出来るのではないでしょうか。

村岡

はい。国主導でカーボンニュートラルにおけるトップリーグを作ろうとしていますね。

私はNTTデータの副社長時代にIRをやっていたのですが、ヨーロッパでIRをやると2018年と2019年では投資家の意識が全く違いました。2019年になった途端にSDGsや環境とかに対する意識がものすごく高くなったんですね。これは機関投資家自体の意識が変わったということもあるでしょうが、その先にいるスポンサー(年金などの運用委託者)が機関投資家に対するプレッシャーをかけているという背景がありそうですね。

野中

ちなみに、キャピタルマーケットからの圧力はどれぐらい効くものなのでしょうか?

社長とかトップの方には確実には効きますね。なぜかというと、株価に影響するからですが、株価というのは経営トップにとっては自分の通信簿のようなものだからです。

加藤

特にグローバルで資金調達をするとなると、日本での理論とグローバルでの理論とはちゃんと分けて考える必要がありますね。

NTTデータ経営研究所としてのグリーン×デジタル

三谷

本日のテーマである「グリーン」と「デジタル」は当社のビジネスにおける2本柱といってもいいと思います。この二つのテーマに対して、当社はこれからどのようなことをやっていくべきでしょうか、そして社会に対してどのような貢献をすべきでしょうか。柳さんいかがですか。

環境問題を大きく捉えた場合、まずはスタートとして、国なり企業なり地域なりのグリーン度合というのがちゃんと可視化されることが重要だと思います。それがまず出来ていないと、何が目標になって、何をすればいいのかさっぱりわからないし、それなくして「ゼロ」を実現できるはずもない。

そのため、当社として貢献できる分野はたくさんあると思っています。ある企業に出資するか、融資するか決める際には当然コストについて分析するように、グリーン度合いがこの企業はどうなっているか?それよってどのぐらいリスクがあるか?ということを金融機関はまず把握するようになるでしょうから、それらを可視化していくためのお手伝いなどは十分出来るかと思っています。また、産業界については、サプライチェーンの中身をデジタルできちっと管理をしていくというのが我々のファーストミッションかなと思います。

野中

我々が貢献すべき領域で言えば、可視化や、開示というのも大事な仕事ではあるのですが、それよりも、当たり前のことではありますが、二酸化炭素を本質的に減らすことに貢献していかなければ駄目だなと思います。

また、DXの話をしていくと、D(デジタル)ではなく結局X(トランスフォーメーション)の方が大事だよねとなる。何十年も前から企業では変革の必要性が叫ばれてきましたが、どれだけの企業が真面目に取り組んできたのでしょうか。真面目に変革してきた企業はちゃんと業務を可視化・標準化しており、先ほどの製品別の原価なども把握できている。CO2の可視化・削減の対応は大変ではありますが、これまで変革を続けてきた企業からすれば、「次の変革の切り口はカーボンか」という話であり、これを好機と捉えて自らの改革の方向を合わせていくだけです。しかし今まで変革に取り組んでこなかった企業からしてみると、自分たちの業務も見えていない、デジタル化も出来ていない、そこにさらにグリーンの対応をしなければならないという話になってしまい、どこから手をつけていいのかわからないということになってしまいます。

つまり、グリーンやデジタルの話に付焼刃的に対応するようなコンサルティングは我々の本来やるべき事ではないと思います。グリーンやデジタルは一つのきっかけにすぎず、我々は、企業の本質的な変革を促していかないといけないし、常に変革に取り組んでいく体質にしなければならないといと考えています。それが私たちの役割ではないかと思います。

加藤

我々にとってのグリーン&デジタルの推進とは、我々自身のコンサルティング活動のグリーン&デジタルという話と、もう一つ、クライアントを通して、社会のグリーン&デジタルに貢献するという二つの面があると思います。主軸を置くべきは、私たちはクライアントの本質的な改革に貢献して、結果的にグリーンとデジタルの推進に貢献するということ。その時、必ずDXという話になってきます。よく言われることですが、DXはデジタル技術を活用した企業変革です。すなわちデジタル化だけでは駄目で、トランスフォーメーションとのミックスがあって初めてDXと言える。ただ2年前に当社で実施したDX調査の結果でも多くの企業はデジタライゼーションのみに留まっていることが明らかになりました。それから2年経ってもその状況はあまり変わってないと思います。ここに我々は、いわゆるトランスフォーメーションという変革の軸を入れて、企業が真のDXを推進できるようになる。それが、我々が結果的にグリーン&デジタルの分野で社会に貢献することになるんじゃないかなと思っています。

政府などは例えば脱炭素に向けて新しい投資をしていきますが、いつもメリットのあるよい話ばかりが出てきます。しかし、企業にとって、実はグリーンにはものすごいリスクが潜んでいて、例えばA社はとある製品を作るのにCO2をこれだけ使っています、B社はこれだけ使っていますと開示した際、CO2が多い方はシェアを失ってしまったり、そもそも取引してもらえなくなる可能性があるわけですよね。ましてや「いや私のとこはどれだけCO2使っているかわかりません」なんていうのはもう問題外となる。

そのリスクのことは誰も言わないのですが、大小に関わらず、日本の全ての企業にそうやってパージされていくリスクがあるということやはりちゃんと言っていかなきゃいけないですね。

加藤

ちなみに、脱プラスチックの方も色々いわれていましたが、レジ袋の有料化が始まったらトーンダウンしましたよね。しかし、レジ袋を減らす代わりに、エコバッグを普及させようということで色々な企業が景品やプレゼントでエコバッグを大量に作り、過剰供給気味です。このエコバッグを作るのにレジ袋換算で相当な量のCO2を排出するとういう試算をテレビでみました。レジ袋の利用は減りましたが、その効果が出るのはまだまだ先だと。本末転倒とまでは言いませんが、何が本質的に貢献する取り組みなのか見極めないで、なんとなくポーズだけでやっているということも多いですよね。

三谷

そこはまさに可視化しないとわからないですね。

加藤

ストローなどは確かに海洋汚染とかの問題もあるかもしれませんが、CO2排出という観点からはあまりインパクトがないと聞いたことがあります。

村岡

はい。実は環境問題というのはビジネスの要素がすごく強いのです。ヨーロッパなどはこの点、とてもしたたかです。例えば一番典型的なのが、飛行機の国際航空の燃料で、CO2を出さない燃料、すなわち持続可能な航空燃料(サスティナブル・アビエーション・フュール、以下SAF)を一定量以上入れた飛行機でないとEUの空港に着陸させないという規制を入れようとしている件があります。

前に税金をかけるという話があって、中国とかアメリカの航空会社は反対して大騒ぎになったことがありましたよね。

村岡

そうです。そちらは既にルール化されてしまっているのですが、今何が起こっているかというと、例えば日本の航空会社はSAFを一定量入れないとEU各国の空港に着陸できなくなるのです。そこで問題なのが、SAFの認定が非常に複雑であることに加え、SAFの認定を取るのが非常に大変になっていること。そしてSAF燃料を作れるのが現状ではアメリカとヨーロッパの一部の企業であることなのです。結局、彼らはジェット燃料のビジネスを作っているのではないか、と。気がつくと海外にルールを作られてしまい、かつそのルールは非常に精密なルールなので、なかなか日本は太刀打ちできない…という構図ができつつあるような気がしています。先ほどのレジ袋やストローの話も、どちらかというとヨーロッパが仕掛けた脱プラ戦略の一環で動いており、日本はそれに踊らされているという面があります。

三谷

「グリーン推進」という大義名分を、巧妙に国際ルールを作るための道具に使っているということですね。

村岡

ヨーロッパはルール・メイキングが上手なので、気がつくと彼らのビジネスの手の上だったというのが起きがちで、これは相当注意していかなくてはいけない。先ほどの「我々は何をやるべきか」というところでいくと、当社は官民両方へのコンサルを行っているので、官についてはそういったリスクをアラートで出し、そのルール・メイキングのところで負けないようにするということが重要なミッションではないかと思います。

三谷

ありがとうございました。グリーン&デジタルに関して、それをどのように理解すべきか、どのような方向に進むべきか等、有意義な意見交換ができたと思います。それでは最後に、柳さんの方から、総括して一言お願いします。

やはり今はものすごい変革期にあるということを改めて実感しました。DXに関してはこの数年だと思いますが、グリーンに関しても日本も少なくともこの1年でものすごいスピードの変革期に突入しています。しかし、企業の経営者も含めて「何かやらなくてはいけない」あるいは「乗り遅れてはいけない」といった意識はあっても、何をどこからどういうふうに手をつけていけばいいのかがわからない状態ですよね。

様々な業界すべてが変わっていかないと、日本でカーボンニュートラルは実現できないので、極端なことを言うと全ての業界で、やはりこの「グリーン&デジタル」で変革を促すことが重要だということは間違いありません。そのため、我々としては民間だけでなく、政府や地方自治体も含めてそこに少しでもお手伝いをしていきたいと思っています。

三谷

本日はありがとうございました。とても興味深く重要なテーマですので、また引き続き議論させてください。

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YANAGI KEIICHIRO
柳 圭一郎
NTTデータ経営研究所
代表取締役社長

1960年 福岡県生まれ

1984年 東京大学法学部卒業、同年日本電信電話公社入社。

2006年10月 株式会社NTTデータ 金融ビジネス事業本部 資金証券ビジネスユニット長。

2009年 NTTデータ・ジェトロニクス株式会社 代表取締役社長就任。

2013年 株式会社NTTデータ 執行役員 第二金融事業本部長。

2016年 同取締役常務執行役員 総務部長 兼 人事部長。

2018年 同代表取締役副社長執行役員。

2020年6月 同顧問およびNTTデータ経営研究所 代表取締役社長に就任。

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