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情報未来

災害対応にデジタル技術の活用

~人口減少社会の救世主となるか~
No.67 (2021年6月号)
NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 産業戦略ユニット マネージャー 山田 真司
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YAMADA MASASHI
山田 真司
NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 産業戦略ユニット
マネージャー

リスクマネジメントを専門とするコンサルティングファームを経て、2019年にNTTデータ経営研究所に入所。中央省庁や地方自治体の防災・危機管理、テロ対策・国民保護を専門とする。

1 人口減少社会における災害対応

 国立社会保障・人口問題研究所によれば、2053年には日本の人口は1億人を下回る可能性がある※1。特に、山間部や島嶼部などの過疎地域においては、若年者の減少による消防力(災害対応力)の低下が懸念されている。実際、ほぼ全ての都道府県において消防団員数が減少するなど、災害対応力の低下は地方自治体にとって大きな課題である※2

 このような人口減少社会における災害対応の在り方として、デジタル技術の活用が期待される。リモート会議やSNS、ドローンなどのデジタル技術の活用により、ヒトやモノを被災地に集中投入する従来の「集中型の災害対応」から、ヒトとヒトとが空間を超えてつながる「分散型の災害対応」へと変貌する可能性がある。本稿では、災害対応に係るデジタル技術の将来像を示すと共に、デジタル技術を生かすためのルールと基盤について記したい。

2 災害対応に係るデジタル技術の将来像

 情報は、災害対応の中核的な要素であると同時に、情報の取り扱いはプロセス・サイクルである(図1)。デジタル技術により、このプロセス・サイクルを省力化し、人命救助などの他の災害対応に人的資源を投入することが可能になる。

図1| 災害対応における情報の位置付け

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出典| いずれもISO22320※3 を基にNTTデータ経営研究所作成

(1) 情報の収集

 デジタル技術は情報収集の在り方を大きく変えるだろう。例えば、空から状況を確認することができるドローンの活用により、一人当たりの情報収集範囲(地理的な範囲)が大幅に拡大し、被災地の全容を把握するのに必要な人的資源の節約になる。

 また、LINE株式会社の「防災チャットボット」は、情報収集の在り方そのものを変える可能性を秘めている。「防災チャットボット」により、チャットボット内のAIによる誘導(案内)に従い、被災者が自身の周囲の被災状況について情報提供を行うことができる。更に、提供された情報は自動で地図上にマッピングされるため、被災地全体の状況把握も容易に行うことができる※4。住民から提供される情報を活用するができれば、情報収集に要する人的資源の投入を抑えることができるかもしれない。

(2)情報の共有

 収集した情報は、速やかに多くの関係者に共有されなければならない。防災科学技術研究所などによる「基盤的防災情報流通ネットワーク(SIP4D)」は、行政機関のみならず、民間企業も利用できる双方向の情報共有プラットフォームである。SIP4Dでは、各機関が収集した情報を地図上に「重ね合わせる」ことにより、迅速かつ正確な情報共有がなされ、今起きていることについて関係者の間で統一的な状況認識を持つことができる※5。また、共通のデータベースを活用するため、従来の手書きによる地図作成とは異なり関係者を一同に集める必要が無く、「分散型の災害対応」の一翼を担うものとして期待される。

(3)情報の評価

 情報の正誤や有益性に関する評価は、これまでは極めて属人的な経験・知見に依るものであった。例えば、従来は河川沿いの水位計や監視カメラから得られる情報を基に個人が評価していたため、避難勧告などの発出に遅れが生じることもあった。しかしながら、AIの発展により、従来の属人的なアプローチに代わり、普遍的・共通的な評価を行うことができるようになるであろう。

 内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」では、AIを活用した避難促進に関する実証実験が令和2年より開始された※6。今後、災害対応に経験・知見を持たない要員が、AIの支援を受け、情報の評価を行うことができるようになるであろう。AIによる ”知的労働の代替(支援)“は、デジタル技術が示す、災害対応の将来像である。

3 災害対応のデジタル化の原則となる3つのマネジメント

 デジタル技術の普及により、災害対応の省力化がなされていく。一方で、デジタル技術を生かすためには、組織としてのルールの構築が重要となる。本節では、これまでの行政機関などに対する支援(訓練)の経験を踏まえ、デジタル技術を生かす3つのマネジメントについて記したい。

(1)インフォメーション・マネジメント

 デジタル技術の活用により、情報をめぐる様々な災害対応を省力化することができる。しかしながら、個々の活動を繋げ、プロセスとしてサイクルを回す必要がある。災害時には様々な情報(デマを含む)が溢れる。デジタル技術によって素早く大量の情報を収集することが可能になるが、その一方で、収集した膨大な量の情報を処理しなければならない。収集の段階から、「今、どのような情報が必要か」を検討し、優先度の高い情報に絞って収集を行うことが望ましい。そのため、災害対応の実施状況について常に評価し、情報の優先度を定めるマネジメントが必要となる。

 情報は生ものであり、収集した情報を如何に早く処理するかが重要となる。「収集」→「集約・整理」→「共有・評価」→「利用(効果測定)」といったプロセス・サイクルを回すためのマネジメント体制やルールの整備は、得られるデジタル情報が膨大であるからこそ、より一層求められるものである。

(2)リソース・マネジメント

 デジタル技術は、ヒトとヒトが空間を超えてつながる「分散型の災害対応」での有用性が高い。被災地での活動による危険性を考慮すれば、「分散型の災害対応」のメリットは大きい。一方で、人的資源そのもののマネジメントが困難になる可能性を認識し、対応を検討しなければならない。

 デジタル技術により災害対応が共通化・平準化される一方、特にその技術が導入された初期段階には、技術を使いこなすために高度な知識と技量が求められる。その結果として、特定の要員への負担が増える可能性があるが、これでは本末転倒である。

 特に長期的な災害対応を行う場合、災害対策本部要員の「配置」→「交代・引継ぎ」→「休憩」→「(再)配置」といったローテーションを回すことが極めて重要である。しかし、実際に多くの災害対応の現場では、担当者は食事や睡眠に十分な時間を取る余裕がないのが実情である。デジタル技術を活用して災害対応を実行・継続するためには、特に「休憩」をマネジメントできる体制やルールの整備が必要となる。そのためには、次に示す「タイム・マネジメント」の仕組みを導入することが有効である。

(3)タイム・マネジメント

 災害対応におけるタイム・マネジメントとして、図2に示すような指揮・統制のフレームワークがある。これは、災害対策本部の運営から、情報収集・共有、対応方針の決定・実行といった個々の活動をプロセスとして統合し、サイクルとして運用するものである。このサイクルにより「いつまでに、誰が、何をするのか」が明確になり、個人にとって、また組織全体としても災害対応の全体像や先行きの見通しがイメージし易くなる。

図2| 指揮・統制のフレームワーク

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出典| ISO22320※7を基にNTTデータ経営研究所作成

 上述した「休憩」についても、各人にとって比較的業務量の少ない時間帯を予見し、ローテーションを構築することができる。必要であれば、他部署からの応援体制を構築することもできる。災害時には臨機応変な対応が求められるが、一方で決まったプロセス・サイクルを回すことで負担の軽減を行うことができる。

 デジタル技術が導入され、災害対応全体としての省力化が図られたとしても、少なくとも当面の間は、デジタル技術を使う側であるヒトが、災害対応の主役である。ヒトは、デジタル機器とは異なり疲労から逃れることはできない。だからこそ、特に技術に関する高度な知識と技量を持つ要員(=負担が集中しやすい要員)に対しても、組織的な支援体制が必要である。これまで示した3つのマネジメントを通じて、デジタル技術を導入するだけではなく、デジタル技術を活用できる組織としてのルール(マネジメント体制)を構築することが重要なのである。

4 基盤の構築=ヒトの育成

 デジタル技術は使う側の熟練度により、期待する効果が発揮できるか否か決まる。そのため、デジタル技術は導入するだけではなく、使う側の教育・訓練が必要不可欠である。加えて、デジタル技術を生かす上で重要な基盤がある。それは、災害時に用いるデジタル技術を平時から使用することである。平時と災害時の区別なく、平時の延長線として災害時をとらえ、デジタル技術を使用することが望ましい。

 今後も、様々なデジタル技術が開発され、災害対応の在り方も大きく変わるであろう。しかしながら、デジタル技術を生かすためルールと基盤の重要性を忘れてはならない(図3)。

図3| デジタル技術を生かすルールと基盤

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出典| NTTデータ経営研究所作成

※1 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」

※2 総務省消防庁「消防団の組織概要等に関する調査(令和元年度)の結果」(令和元年12月)

※3 林春男・危機対応標準化研究会編『世界に通じる危機対応―ISO22320:2011(JIS Q22320:2013)社会セキュリティ‐緊急事態管理‐危機対応に関する要求事項解説』(日本規格協会、2014年5月)

※4 LINE株式会社「防災チャットボットの社会実装に向けて」内閣府(防災担当)「デジタル・防災技術ワーキンググループ」第1回会議(令和3年1月18日)資料

※5 臼田裕一郎(国立研究開発法人防災科学技術研究所)「協働型災害対応を支える「SIP4D」の概要と社会実装における課題」内閣府(防災担当)「デジタル・防災技術ワーキンググループ」第1回会議(令和3年1月18日)資料

※6 内閣府プレスリリース「AIを活用して適時・的確な避難の促進を目指します~実証実験を行うモデル自治体を新たに募集~」

※7 林春男ほか、前掲注(3)

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情報未来イノベーション本部

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山田 真司

E-mail:yamadam@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4171

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