1 押し寄せる脱炭素・循環経済の大きなうねり
2020年は我が国において「脱炭素・循環経済」の実現に向けて大きく舵を切る年となった。
(1) 脱炭素
脱炭素に関しては、2020年10月、菅内閣総理大臣が臨時国会所信表明演説にて「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。2050年に温室効果ガス(以下、GHG)排出を全体としてゼロにし、脱炭素社会の実現を目指すことを明言したのだ。2020年12月には経済産業省が「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略(以下、グリーン成長戦略)」を公表。その後2021年4月には、2030年度に2013年度比でGHG26% 削減だった目標を46% 削減に引き上げることを表明した。
この動きとEU・中国の動向を切り離すことはできない。EUは我が国に先行して2019年12月に「欧州グリーンディール」を発表した。2050年に気候中立(EUからのGHG排出実質ゼロ)の実現を目指すものとし、具現化するためのプランとして2020年3月に「EU新循環経済行動計画(以下、行動計画)」が発表された。さらには、気候変動目標に法的拘束力を持たせる「欧州気候法」の制定を進めている(2021年4月時点)。中国では2020年9月の国連総会にて、習近平国家主席が2060年までのカーボンニュートラル化などを表明している。
(2) 循環経済
循環経済に関しては、2020年5月に経済産業省が「循環経済ビジョン」を公表した。循環経済とは、「あらゆる段階で資源の効率的・循環的な利用を図りつつ、付加価値の最大化を図る経済」と定めているが(図1)、ビジョンでは、循環性の高いビジネスモデルへの転換を掲げている。
同ビジョンは循環経済への転換に向けた対応の方向性の一つとして、静脈産業※1に関しては、「リサイクル産業からリソーシング産業へ」というコンセプトを掲げているそのもとで、素材や利用用途に応じた再生材の品質規格や製品側での使用基準の整備、広域でのリサイクルの円滑化や事業効率化、技術開発を実現する環境整備を謳っている。
なお、循環経済の取り組みも欧州が先行している。2010年に公表された「Europe 2020」において資源効率(RE:Resource Efficiency)が位置付けられ、2015年には「CEパッケージ(CE:Circular Economy)」を公表し、循環経済への方向性を示した。上述した2020年の行動計画では、気候変動対策という観点からの資源循環について議論されており、更なる循環経済の促進が謳われている。
脱炭素・循環経済政策に関して、我が国は先行するEUの様々な政策を後追いするような状況になっているものの、ようやく同じ土俵に上がったと言えるのではないか。我が国がここからどれだけ主導的な立場を構築し、自国の産業競争力強化につなげていくことができるのか、まさに正念場と言えるであろう。
2 脱炭素・循環経済にてデジタル化が果たす役割
脱炭素・循環経済を目指すうえでデジタル化が果たす役割は極めて大きい。言い換えれば、デジタル化が進まなければ脱炭素・循環経済の実現は困難だ。脱炭素については、政府のグリーン成長戦略にて「カーボンニュートラルは、製造・サービス・輸送・インフラなど、あらゆる分野でデジタル化が進んだ社会によって実現される」ことや、「グリーンとデジタルを両立させ、成長していく必要性」が言及されている。
循環経済については、循環経済ビジョンにて「新たな循環経済への移行の鍵となるのがデジタル技術の発展」と明記されており、具体的には以下のように記載されている(循環経済ビジョンより抜粋)。
デジタルテクノロジーがもたらす恩恵は多岐にわたる。AIやIoTによりサービス・ソリューションを生み出す知識集約型の経済社会構造(Society5.0※2)への転換が進む中、製造業を含めた産業も、モノの生産・消費に依存しないサービスモデルへの転換が始まっている。また、従来の3Rの観点からも、精緻な需要予測とオンデマンドの生産活動による生産ロスの削減(リデュース)、遊休資産の価値と需要を可視化してマッチングするシェアリング(リユース)、デジタル技術を活用した質の高いリサイクルなど、更なる高度化が期待される。
このように、脱炭素・循環経済に移行するためにはデジタル化が必要不可欠である。脱炭素と循環経済は切り離すことができない関係にあり、「脱炭素」「循環経済」「デジタル化」のトライアングルで物事を考えていかなければならない。
以下では、脱炭素・循環経済における動脈産業とのパイプ役を担う静脈産業のデジタル化にフォーカスして述べていくこととしたい。
3 周回遅れの静脈産業のデジタル化
脱炭素・循環経済を実現するうえで、使用済み製品の回収、再使用、再生利用、適正処分、再生品の販売等を行う産業である静脈産業(ゴミ、産業廃棄物などの回収と再利用をはかる産業)が担う役割は大きい。しかし、静脈産業のデジタル化は、動脈産業(天然資源を採取・加工し、製品を製造・流通・販売する産業)と比較して周回遅れと言わざるを得ない状況にある。
動脈産業では、原料調達から素材・部品加工、製品組立、販売に至る一連の流れにおいて、大手企業を中心にスマートファクトリーやデジタルマーケティングなどの取り組みが進められており、デジタル化が一定レベルまで進んでいる状況だ。今後、Society5.0の実現に向けた素地が構築されているともいえる。
一方で静脈産業では、使用済み製品の回収から再生品の販売に至る一連の流れにおいて、一部の業界内大手企業や先進的な取り組み企業がデジタル化を進めている事例は見受けられる。しかし、業界全体で見た場合には、リアル情報のデジタル化やデータ流通、データの集積・処理という情報化が未だ十分に進んでいない状況となっている(図2)。
主たる要因としては、業界構造(中小・零細企業が大部分を占める)に加えて、デジタル化について知見を有し、ビジネス\ソリューションを提供可能な人材が各企業にて十分に育成・確保されていないという実態がある。上述した業界構造ゆえに人材確保が難しい、という面もあるかとは思うが、根源的には、デジタル化の重要性に対する認識が不足しているとも言えるのではないか。一部の先進企業では、循環経済実現のためにAIやIoTなどの新技術の普及拡大が重要課題であると位置づけ、産官学連携によるオープンイノベーション事業とインキュベーション事業を手掛けるシンクタンクを設立するといった動きがある。また、産官学連携を前提にした廃棄物処理・リサイクル分野におけるIoT導入方策の検討および推進を目指した協議会が設立されている。そのような動きを業界全体で加速させる必要がある。
デジタル化を進めるためのプラットフォームの整備も国が現在検討を進めている最中だ。環境省は近年のAI、IoT、ブロックチェーンなどのデジタル技術の急速な進展に着目し、2020年7月に資源循環に関する情報プラットフォームの可能性について取りまとめた「資源循環×デジタル」プロジェクトの報告書を公表した。報告書では、2021 年度以降に具体的なフィールドを定め、資源循環の促進に関するデジタル技術の適用可能性について実証を実施するとしている。同時に、国として講じうる方策について検討を深め、革新的なビジネスの創生に向けた取り組を進めるとした。また、国際的に循環経済、サーキュラーエコノミー(Circular Economy:CE)の考え方について活発な議論がなされていることを踏まえ、我が国発の取り組みとして、国際的な発信を進めていくとしている。
4 静脈産業のデジタル化に向けて
このように、脱炭素・循環経済の実現に向けて産業界全体でビジネスモデルの変革が求められている。デジタル技術などを活用したビジネスモデルの転換を検討するうえで、前述のとおり動脈産業側はデジタル化が一定レベルまで進んでいる状況にある。一方、静脈産業側は、リアル情報のデジタル化やデータ流通、データの集積・処理という基礎的な部分での情報化を進めていかなければ、「脱炭素・循環経済」実現のための検討もままならない状況にある。
静脈産業側にはデジタル化について知見を有し、ビジネスソリューションを提供可能な人材が各企業にて十分に育成・確保されていないという実態がある。このため、静脈産業側の人材不足への方策としては、基礎的な部分での情報化からデジタル化による新たなビジネスモデルの検討まで、動脈産業側でデジタル化を支援しているITベンダーなどとの協業が有効だ。動脈側で培われたデジタル化の知見・ノウハウを活用することにより、静脈産業側のデジタル化のスピードを加速することが可能となる。
ただし、ITベンダーにとっては、静脈産業のデジタル化支援がビジネス(収益モデル)として成立するのか懐疑的な部分があると推察される。静脈産業側からのデジタル化の引き合いも昨年度時点ではそれほど多くないと聞いている。また、ITベンダーが静脈産業のビジネス構造等を十分に理解しなければ効果的なデジタル支援は困難である。そういう意味では、ITベンダーがしっかりと腰を据えて静脈産業側と連携してデジタル化を進めていくとともに、ITベンダーが静脈産業企業のビジネスモデル変革の可能性を検討するための財政的支援が必要だ。カーボンニュートラルに関しては政府が2020年度にグリーンイノベーション基金として2兆円を計上しており、静脈産業のデジタル化への更なる費用拠出を期待したい。
静脈産業側にとっても、ITベンダーとの協業によるデジタル化はビジネスモデル転換を検討するきっかけの一つになるとともに、企業自身が動脈産業側とデジタル分野できちんと議論できる知見を蓄積することが可能となる。これらが進むことにより、動脈側と静脈側の連携による脱炭素・循環経済の議論がはじめて成立するといえるのではないか。最終的には「動脈」「静脈」の境界がなくなることにより、脱炭素・循環経済が実現するであろう。