「オンライン・ファースト社会」提言の背景となる私たちの認識

新型コロナウイルス感染症の拡大という未曽有の状況の中、弊社では、この新しい社会課題に立ち向かうための議論を行うため、「ウィズコロナ・プロジェクト」を立ち上げた。プロジェクトでは、「テレワーク」「デジタル技術活用」「BCP」「医療体制」「行動変容」「産業構造変革」などのテーマごとに、当該領域を専門とするコンサルタントを組織化している。今回の「情報未来」は、このプロジェクトの現時点での成果を取りまとめたものである。

まず本稿では、今年7月にこのプロジェクトの総合的提言として示した「オンライン・ファースト社会という新しい日常」について、その背景や検討の元になった我々の認識について述べていきたい。まずは、提言の全文を次ページに示す。

提 言

「オンライン・ファースト社会」という新しい⽇常
~ オンラインとリアルが融合する社会へ ~

「オンライン・ファースト社会」。それは、⼈間のあらゆる社会的活動において、オンラインがあたりまえの存在として溶け込んでいる社会である。もちろん、リアルな⼈間の活動は重要であり、その価値はこれからも変わらない。しかし、全ての活動をリアルに行うことは、いまだ終わりの⾒えないウィズコロナの時代においては現実的ではない。だからこそ、オンラインをリアルな⼈間の活動と全く同じ価値を持つ、「新しいリアル」へと進化させていかねばならない。

「⽣⾝の⼈間の活動としてのリアル」と「オンラインという新しいリアル」、この二つの特性を⼗分に理解した上で、目的に応じて自在に使いこなすことのできる社会=「オンライン・ファースト社会」の早期実現を、NTTデータ経営研究所はここに提⾔する。

これまでのグローバル化というビジネスモデルは、広範囲かつ⾼速、⾼頻度での⼈間の移動を⽣み出しつづけ、都市へのリソースの⼀極集中は、⾼密度で効率的な社会を実現させた。これらのことがそのまま新型コロナウイルス感染症の急激な拡⼤を後押ししてしまったことは事実だろう。そして、感染対策としての社会活動の⾃粛が、市場の縮⼩や景気の後退に直結してしまうことは言うまでもない。

しかし、私たちに課せられた使命は、新型コロナウイルス感染症という厄災を耐え忍び、それと折り合いをつけるだけの社会をつくることではない。BBB(Build Back Better)の考え方のもと、現代のさまざまな社会課題の解決すら同時にかなえられる、よりよい社会を構築することである。

歴史を振り返れば、14世紀のヨーロッパにおいて、ペスト⼤流⾏の後に、ルネサンスという大きな社会変⾰が生まれた。いまこそ、画期的な社会の創造へ踏み出すべき時なのである。

すでに、⾮対⾯、⾮接触で社会活動を継続するために、多くの場面でデジタル技術が導⼊され始めている。この流れをさらに加速させ、「会議をする」といえばオンラインミーティングを、「治療を受ける」といえばオンライン診療を、「⾏政⼿続を行う」といえばオンライン申請を、まず最初にイメージできる社会の実現を進めたい。

「オンライン・ファースト社会」において、企業におけるビジネスモデルは、デジタル技術の⼒で急速に変⾰されていくだろう。B2B、B2Cを問わずあらゆる業種における顧客接点がオンラインを考慮して再設計され、⼯場等においてもロボティクスやテレイグジスタンス※1技術が活⽤されるようになる。対⾯が前提であるエンターテイメント等の産業においても、xR技術の活⽤により新たなサービスが創られていくに違いない。

さらには、育児や介護で在宅を余儀なくされている⼈、パートナーの転勤によって遠⽅で暮らすことになった⼈、そして⾝体的なハンディキャップのために外出が困難な⼈などが、仕事を継続し、教育を受け、診療を受けることも可能となるだろう。いつもの日常をどんな状況でも継続できる、あらゆる人々にとってQOL(Quality of Life)の向上につながる社会、それこそが「オンライン・ファースト社会」のありたき姿なのである。

災害はその時々の社会のウイークポイントを浮き彫りにする。今般の経験を通して、現代社会はデジタル技術の⼒を⼗分に活かしきれない状況にあることも、改めてわかってきた。

デジタル技術を活⽤するための環境が、そもそも社会の隅々まで行き渡っていないこと。社会制度や企業・行政機関の業務プロセスの多くが、紙や対⾯を前提としていること。SNSによるデマやフェイクニュースの拡散、⽣活必需品のネット上での⾼額転売等、社会としてのデジタル・リテラシーがまだまだ⼗分ではないこと。国全体の感染状況等をモニタリングすることや、国から生活者や企業へのダイレクトアクセスに、かなりの時間と労⼒がかかってしまうこと。共有することが社会的に有効な情報であっても、プライバシー確保との板挟みになってしまうことなど。

単に技術の実装を進めるだけでなく、制度・ルール、社会慣習も含めた、デジタル技術の力を妨げる諸課題に対して、抜本的な変革を行うことが「オンライン・ファースト社会」の実現に向けて必要不可⽋だと考える。

新しい社会構築に向けては、これらの課題が生まれた背景を理解した上で、今までとは異なるアプローチを取り入れていくべきだろう。ひとつは、個々の組織にとっての個別最適を追求するだけではなく、社会全体最適を意識すること。もうひとつは、供給側からの⾒⽅ではなく、ひとりひとりの生活者側の視点を大切にしていくことである。

このアプローチを通じ、⾃らの想いとともに、今はまだ⾒えない社会をデザインしていく⼒と、それを確実に創り上げる⼒の双⽅を⾝につけた⼈材を「アーキテクト」と呼びたい。今、社会のあらゆるところでシステムの企画や開発、デジタル技術の活⽤に携わっている方々、ぜひ「アーキテクト」として、ともに力を合わせていこう。

ペスト禍を乗り越えて、偉⼤な功績を残したレオナルド・ダ・ヴィンチのように、これからの新しい社会の実現を担うトップ・アーキテクトとして、「オンライン・ファースト社会」の礎を、私たちの力で築こうではないか。

「オンライン・ファースト社会」の背景

新型コロナウイルスによる感染は、世界中で増加し続けており、事態の収拾はおろか、拡大もくいとめられていない。不顕性も多いとはいえ、有効な対処策は未だ確定しておらず、有効なワクチンの開発と普及にはまだ時間を要する模様である。そのため、目下取られている「フィジカル・ディスタンス」「マスク」「手洗い」といった策は、これまでの感染症(スペイン風邪など)への対応と大きく異なるものではない。新型コロナウイルス自体に直接対処できない以上、ウィズコロナと言われる対応は、私たちの社会的な活動の仕方を変えることとして取り組まれることになる。

しかし、これまでのパンデミックの時と比べると、大きな相違がある。デジタル技術やそれを利活用可能にするインフラの普及という点である。これらをもとにウィズコロナの対応として、社会的な行動・活動がどのように変わっていくか、あるいは変えていくかという観点から、今回の提言を考えてみた。

この度のコロナ禍は第一に、今まで社会的な慣習などによって露わにされなかった実態を炙り出した。例えばデジタル化がこれだけ謳われてきたにもかかわらず、社会的な情報連携が欠けていたり、感染情報・必需品のサプライ情報などのネットワーク対応やオンライン教育への対応の実現に時間を要したりしている。報道される諸外国の取り組みとの差を感じた方も多かったのではないだろうか。

また第二として、これまでは様々な要因で進みにくかった社会的な変化が、必要に迫られたこともあって、大きく進展を見せている面がある。代表的な例はリモートワークである。少なくとも日本では、業務上の必要からではなく、従来からの慣習として会社(リアルなオフィス)起点を変えることは非常に難しかった。筆者の経験でも、組織の生産性の観点から営業担当者の直行直帰を提起しても、それを積極的に取り入れる企業は少なかった。テレワーク導入が可能な職種で「やむを得ず」導入したところ十分に機能することがわかり、今や継続的に取り組む意向に転じる先も増えているように見受けられる。

少なくとも日本では、デジタルの利活用はリアルの補完のように扱われてきた。しかし私たちはこのコロナ禍を奇貨として、オンラインなどデジタルで事が足り、且つその特性を活かせるものについて、デジタルを優先して取り組むことが社会的に意義深いという認識を持つに至った。例えば、働く場として優先されるのが、物理的な場からオンラインという遍在的な場へ移行していくことは、怪我や病気などで物理的な場に行くことが難しい方々への支えになっていくのではないか。

オンラインがそのような遍在的な場となりうるということは、換言すればデジタルの要素もリアルの社会にあることが前提となる。日常生活でコミュニケーションしたり、買い物をしたり、働く中での選択の一つとして、デジタルを自然に使える状況を支えようと考え、私たちは「オンライン・ファースト社会」を提言した。ここではオンラインのサービスやモノは、リアルの代替で信頼性の低いものとして扱われるのではなく、リアルと同等のものとして扱われる。例えば国民の日常の移動手段の確保を権利として認めた「移動権」のように、法的にもオンラインでの参加を対面での参加と同様に扱う、というようなことも考えられる。

このように考えるならば、オンライン社会に取り組むことは、コロナ禍においても、社会をレジリエントにしていくのに有効といえるであろう。

オンライン・ファースト社会における「オンライン」とは

ここでいうオンラインとは、卑近な言い方で「線がつながっている」レベルのことを指しているのではなく、あるいは単にネットワークレベルでコミュニケーションが繋がっていくことを指しているのでもない。もっと大きな変革を指している。

デジタルとしてのITの進展は、デジタイゼーション(Digiti-zation)、デジタライゼーション(Digitalization)、DX(Digital Transformation)というレベルで考える説がある。もっとも初期的なレベルである、デジタイゼーションは、情報を電子化してコンピューターが読み込める形式に変換することであった。紙の書類を電子的なドキュメントに、印刷された写真をイメージファイルに変えるような例である。デジタライゼーションはそれを進め、既存の業務オペレーションありきではなく、既存の業務オペレーション自体を見直し、効率を追求するためにITを適用するという段階である。さらに進んだ段階であるDXは、デジタルの特性をベースに、そもそもの業務や顧客体験のあるべき姿を考え、デジタルの特性を踏まえた新しい付加価値のあるものに進化させるものということができる。提起している「オンライン・ファースト社会」において実現されることは、社会レベルでDXが起こることを指している。

「オンライン・ファースト社会」において、社会レベルでDXが起こるということは、生活やビジネスの在り方が再構成されていくということである。デジタルをはじめとするテクノロジーの適用を考える際に、既存の業務の在り方や体験の在り方の前提を疑うことなく、プロセスのみをデジタルに係る設計の範囲として捉えるということではない。むしろビジネスや生活の在り方について、テクノロジーによって可能になる「あるべき姿」を想定し、そこを起点にどのようにテクノロジーを用いていくのかを考えていくことが求められるのだ。

これは、従前に定義されたものに沿ってその実現を図るのではなく、そもそもの在り方から(ゼロベースで)再構築するために、新しい働き方、ライフスタイル、文化について社会に対し提案することである。何らかの形で技術に携わる人は、テクノロジーが広く日常に取り込まれていく社会に向けて、このように考え行動していく必要が生じてきている。このことは、社会や生活者の立場から課題を捉え、全体像を視野にいれたうえで、自分なりの視座を持って構図を作り上げていく、いわばアーキテクトのような振る舞いが求められていることを意味している。

オンライン・ファースト社会

「オンライン・ファースト社会」はデジタル礼賛ではない

オンライン・ファーストは、コロナ禍での新しい生活様式を送る上で大きな武器になるだろう。感染のリスクや、逆に非接触であるゆえの社会的な孤立を感じることなく人々が日常生活を送り、社会を動かしていく助けになる可能性がある。

しかし「オンライン・ファースト社会」として提起するのは、技術によって可能なことを実現できればバラ色の社会が到来するといったように描かれてきたこととは異なる。また、デジタルでできるようになることばかりを強調する万能論に与するつもりもない。例えばリモートで会議や業務などを経験してみると、相当のことができると実感する一方で、違和感を覚えることも少なくない。顔を知った組織内メンバーとの情報交換の会議であれば問題は少ない。しかしリアルであれば可能なはずのノンバーバルなコミュニケ―ションや、様々なやり取りから生じる創発性などについては、オンラインでは未だ難しい面があると感じている人が多いだろう。少なくも現在普及している仕組みでは、そのような違和感が強く、今後それらを克服するような技術の出現・普及を期待したいところである。

また、そもそもオンライン型の社会に適応するためには、デバイスを所有しアクセスできるかという経済力の差の問題や、知識を持って操作できるかといったデジタル・ディバイド同様の問題がある。実際に児童や学生が通学せずにリモートで学習しなければならなくなった際、家庭や学校による教育格差が生じていることが問題になった。あるいは企業でリモートワークの導入が進むなかで、勤務と成果評価の仕方、採用者の育成など組織運営上の問題が突き付けられている。従来型の、顔を見ながらリアルで行える組織運営との差が大きいことは否めない。しかし、オンラインだからといって一律にデジタル(数値結果)な成果評価に傾倒してしまうのであれば、経営としては単純に過ぎる。つまりこれまでの活動を見直していく必要があり、未だ解決の途上にいるということなのである。

こうしたオンラインに残る課題に対処しつつ、オンライン社会のメリットを活かしていくことが、”ウィズコロナ“における「オンライン・ファースト社会」が実際的に取り組むべきことである。オンラインでできることは積極的にデジタル化に取り組むべきである一方、デジタル化の進展によって、逆にリアルの希少性が増したり、価値や意義が向上したりする面もあると考えられる。そうであるからこそ、「オンライン・ファースト社会」では、オンライン(デジタル)とリアルを最適な融合にすることが求められるであろう。そのような社会の活動の仕方について、私たちも引き続き検討を重ねていきたいと思っている。

「オンライン・ファースト社会」の可能性

「オンライン・ファースト社会」を進めることで広がる可能性を考えるために、現在社会に起きていると見られるトレンドを二つ紹介しておきたい。

一つ目は、オフラインからオンラインへの移行の流れである。これはO2O(Online to Offline)の逆とでもいうべき、オフラインがオンラインへマージされる現象といえる。これまでO2Oでは、オンラインからリアル店舗へ導く流れがみられたが、現在生じている現象では逆に、オフラインの要素がオンラインに移行する流れがみられる。ここで起こっているのは、単なるEC化(電子商取引化)を超えて、人間同士のリッチなコミュニケーション自体もオンラインに取り込んでゆく流れである。例えば化粧品や服飾業界はコロナ対応として、販売員を使ったオンライン接客を導入している。これはInstagramのライブやライブコマースなどを組み合わせ、販売員に相談しながら購入する体験をウェブ上で展開するといったものである。

また、これまで対面で商売を行っていた展示会や販売会にも、オンラインでの体験が広がっている。例えば各地で開催される陶器市では期間限定のECやクラウドファンディングを使った開催がみられた。また、オンライン上での新しいコミュニケーションの形は、「ズーム飲み」や「あつまれ どうぶつの森」の流行にもみられる。このように、オンラインにオフラインの要素を加味して進化させた、よりリッチな形の価値提供の模索が続いている。

もう一つの流れは、リアルの環境情報のオンラインでの可視化である。リアルの情報をオンラインに記録することで、オンラインからオフラインを見えるようにする。それによって生活者が外出のタイミングを事前にコントロールし、外出時の接触状況を選ぶことができるようになる。その結果、混雑による接触リスクを減らすことも可能になる。

例えば、役所や観光施設などでは、建物の混雑状況を可視化することで、顧客に密を避ける手立てを提供している。また飲食店や小売でも、混雑を避けるためにスマートフォンを利用して、来店時間を割り振るサービスの導入が進んでいる。Code for Japanの進める「OPEN EATS JAPAN」プロジェクトでは飲食店情報のテイクアウト・デリバリーの対応状況などのオープンデータ化を進めている。これもオフラインからオンラインでの行動の選択を行う助けを提供する一例である。

これらは環境の情報をオンラインで可視化することで、生活者にオフラインでの行動を検討、選択する手段を与え、外出にリスクが伴う状況下においても生活の自由度を増やすことに貢献している。こうしたトレンドをさらに展開していくことで、密を避け、感染のリスクを抑えつつ他者との接触を楽しむ日常を送れるだろう。

ここに挙げた事例は、実際の取り組みが進みつつあるものである。私たちが「オンライン・ファースト社会」を企図し、その実現に向けて取り組むことは、社会的なアーキテクトが最適となる設計を行い、デジタルとリアルの境を意識せずにその実現を可能にしていくことにつながる。そのための技術やインフラは現在整いつつあり、コロナ禍を変化点として、個人がより良い生活を営み、それを支えられる社会が成り立つ姿を具現化することができると信じている。

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所 情報戦略事業本部
ビジネストランスフォーメーションユニット
シニアスペシャリスト
四條 亨
E-mail :
シニアコンサルタント
伊藤 藍子
E-mail :
Tel :03-5213-4256

Page Top