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コラム・オピニオン

新年を迎えて

2023.01.05
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はじめに

皆さま、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、今年も色の話から。今年の干支にちなみ、兎の目の色である「ピンク」を取り上げます。

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ピンクは暖色で、ハートの色の定番です。「愛」、「優しい」、「癒し」といった印象を与えます。

ピンク・スリップ

ところで、「ピンク・スリップ」をご存じでしょうか。ピンク色の優しいイメージとは真逆の怖いもの…これは米国の「解雇通知」のことです。米国では、景気が悪化してレイオフなどの解雇が増加すると、従業員にピンク色の解雇通知が届くケースが増え、消費者心理が悪化します。この状態は「ピンク・ショック」と呼ばれます。私がNYで勤務していた1990年頃は、米国金融機関の破綻が相次いで深刻な不況に陥っており、ピンク・ショックという言葉がよく聞かれました。

米国の金融引き締めと経済の行方

昨年来の急速なインフレ進行に対応するため、米国の中央銀行(FRB)は金融引き締め政策を続けています。それでも、米国の労働需給は逼迫した状況が続いており、インフレ率(消費者物価の前年比)はなかなか低下しません。FRBは、現状+7%台のインフレ率が+2%程度に落ち着く確証が得られるまで、引き締め政策を維持する方針です。米国の失業率は昨年11月時点で3.7%と歴史的に低い水準にありますが、失業率が5%程度まで上昇しないと、インフレ率は2%まで下がらないとみられています(図1)。

<図1>米国のインフレ率と失業率(%)

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(出所)弊社作成。

従って、今年は米国でピンク・ショックのような状況が起きる可能性があります。金融引き締め政策が成功して、経済へのショックが比較的軽度なもので済むのか、引き締めが行き過ぎてハード・ランディングに陥るのか。今年の世界経済を占ううえで、最大の注目点のひとつです。

日本の展望

翻って、今年の日本経済はどうでしょう。

日本でも消費者物価指数が前年比+4%近く(昨年11月+3.8%)まで上昇しています。しかし日銀は、輸入インフレ主導の物価上昇は持続しにくいとみており、金融緩和政策を維持する方針です*。企業がコスト増を適正に価格転嫁しつつ賃上げも積極化して、「良い物価上昇」に近付いていくのか、あるいは価格転嫁・賃上げとも進まず、企業収益や個人消費が悪化して景気が腰折れしてしまうのか。今年はそれが試される年になると思います。

*日銀は、昨年12月に長期金利の誘導上限を0.25%から0.5%へと若干引き上げたが、前年比+2%の物価目標と、短期金利のマイナス0.1%への誘導を含む金融緩和政策は維持された。

日本企業が生み出す付加価値と賃上げ

そもそも、賃上げの原資は企業が生み出す付加価値(≒粗利益)です。

法人企業統計(金融・保険を除く全産業)で、2010年度と21年度のデータを比較してみましょう。この11年間で、従業員一人当たりの付加価値額*(=労働生産性)は7.6%増加し、従業員一人当たりの賃金は4.6%増加しました。いずれも11年間の変化としては非常に低い伸びにとどまっています。

*法人企業統計では、付加価値=人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業純益。なお、営業純益=営業利益―支払利息等。

次に、経常利益は24%増加しました。付加価値から賃金への分配が控えめだったことや、動産・不動産賃借料の抑制、金融緩和による支払利息の減少などが主因です。また、当期純利益は、株式売却益などの特別利益の寄与もあって、2010年度の3.8倍に拡大しています。そして利益から株主に分配された配当金は2.9倍、企業に残った内部留保は4.0倍と著増しているのです。

持続的な賃上げの実現に向けて

図2は、人件費と配当金それぞれの、付加価値額に対する比率の推移です。人件費の約75%を従業員給与・賞与が占めており、他に役員給与・賞与や福利厚生費が含まれます。人件費の対付加価値比率(=労働分配率)は70%弱前後で上下しています。これは、人件費がやや硬直的で、付加価値が増えてもそれほど上がらず、付加価値が減ってもそれほど下がらないためです。一方、配当金の対付加価値比率は右肩上がりで上昇しています。

<図2>人件費と配当金の対付加価値比率

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(出所)弊社作成。

こうしたデータからは、人的資本への配分が配当ほどには重視されてこなかった姿が浮かびます。持続的で十分な賃上げを実現するためには、①企業の稼ぐ力を伸ばし、賃上げの源泉となる付加価値額を増大させることが不可欠です。加えて、②企業が労働分配にかかる目標を明確化し、配当や内部留保への配分目標とのバランスをとることが望ましいと考えます。

世界的にみても、最近は、行き過ぎた株主資本主義を見直し、人材への投資を重視する経営が注目されています。日本でも、企業経営上、労働分配率や能力開発投資面で目標を定めてコミットする上場企業が登場してきました。投資家の間では、ESG投資手法が定着してきましたが、今後は、Sの要素でもある人材投資指標も重視して投資する流れになっていくと思います。

おわりに

兎はジャンプするのが特徴。弊社は、クライアントの皆様が課題を克服して新たなステージへと飛躍できますよう、実践的で質の高いコンサルティング゚を通じて貢献していく所存です。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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(出所)筆者画。「太陰を超える兎」

Profile
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Miyanoya Atsushi
宮野谷 篤
取締役会長
株式会社NTTデータ経営研究所
岩手県出身。1982年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融市場局金融調節課長、金融機構局金融高度化センター長、金融機構局長、名古屋支店長などを経て2014年5月理事(大阪支店長)。2017年3月理事(金融機構局、発券局、情報サービス局担当)。2018年6月から現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、決済・キャッシュレス化、金融政策・金融市場調節。
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