はじめに
わが国の企業は、CO2排出量の削減や再生可能エネルギー(以下、再生エネ)の活用に取り組んでいる。自社で削減できない排出分については、カーボン・オフセット対策として植林を掲げる先が多くみられる。実際に植林活動を行うケースもあれば、内外の森林保全プロジェクトに資金を拠出したり、他の事業者が実現したCO2吸収量(クレジット)を購入するケースもある。
脱炭素に向けた個々の企業の取り組みが合理的だとしても、日本全体で見た場合に、不整合が生じないように政策を推進する必要がある。本稿では、「森が多く平地が少ない」国土の特徴を踏まえ、脱炭素の観点から植林の意義と太陽光発電の拡充策について考えてみたい。
1.森林によるCO2吸収~植林の意義~
日本は世界有数の森林国
日本の森林面積は約25万km2と、国土の3分の2を占める。国土に占める森林の面積比(森林率)をOECD加盟国で比較すると、日本(66.0%)は、フィンランド(66.2%)に次いで第2位である(図1)。
このように、日本は森林というCO2吸収源に恵まれている。日本のCO2吸収量の9割強は森林によるもので、政府の2030年度脱炭素目標でも、森林等で約4,800万トン相当のCO2吸収を想定している(図2)。しかし、この吸収量の実現は容易ではない。
日本の森林面積はこの30年間ほとんど横ばいである(1990年24.95万km2→2020年24.94万km2)。それにも拘わらず、森林等による年間CO2吸収量は大幅に減少している(図3)。これは、森林の老齢化が主因とされる*(図4)。
従って、森林のCO2吸収力を維持・向上させるためには、適齢樹を伐採・活用して成長の速い若木に植え替えることなどにより、適切な森林資源の循環を確保する必要がある。林業の担い手不足が深刻化するなか、企業が脱炭素対策として行う「植林」は、「植える、育てる、使う」という森林資源の循環を実効的に支援するものであってほしい。
森林イノベーション~花粉症対策も~
林業界では、成長の速いスギやヒノキ、いわゆる「エリートツリー」の開発が進んでいる。花粉症に悩む方々は気になるかもしれないが、既に「従来種の1.5倍の速さで成長し、CO2吸収力が高く、花粉量が少ない」スギ品種が登場している。本年1月、日本製紙はエリートツリーの苗木生産を本格化し、全国の社有林に展開していくと公表した。こうした「森林イノベーション」の実用化と広がりには大いに期待したい。
2.太陽光発電の拡充策~3Dのススメ~
平地の希少性
次に、国土面積当たりのGDPが概ね同等の日本、ドイツ、英国で、平地(=可住地面積)の国土に占める比率を比べてみよう(図5)。日本は27%、ドイツ67%、英国85%。脱炭素の観点でみれば、日本は太陽光パネルの設置に適した平地が元々限られている。
日本は太陽光発電の先進国
それでも、日本の太陽光発電導入実績は世界トップクラスである。例えば、①2020年末までの累積太陽光発電容量でみると、日本(71千ギガワット)は、中国(253)、米国(93)に次ぎ世界第3位。②また、総電力需要に占める太陽光発電容量の比率をみると、日本は8.3%で世界第9位。G7では首位のドイツ(9.3%)に次ぐ*。
さらに、③国土面積当たりの太陽光発電容量で比較すると、日本は主要国でトップ。平地面積当たりの発電容量はドイツの2倍以上に及ぶ(図6)。
このように、日本は既に現時点でも、国土面積対比で太陽光発電の導入が世界一進んでいる。これまでは、ゴルフ場跡地などを転用したメガソーラー発電所が新規導入を牽引してきたが、今後は適地の減少や固定価格買取制度の見直しに伴い、その導入ペースは鈍化していくだろう。もちろん、むやみに森林伐採や盛り土をして太陽光発電を行うことは、CO2吸収や国土保全等の観点からみて適切ではない。
3D太陽光発電へ
今後太陽光発電を一段と拡充するためには、どうしたらよいだろうか?ビルや工場、住宅等の建造物で、自家消費を主目的とする太陽光発電を促す必要がある。私は、建造物の立体的な活用を推奨したい。
新ダイビルの大庇
そもそも、弊社を含めオフィスビルのテナントはブラインドで太陽光を遮断し、昼間でも照明と空調をつけている。ここに大きな無駄がある。私が関係するダイビルは、2015年に大阪市内に地上31階建の「新ダイビル」を竣工した。同ビルは、各階で南北1.8m、東西3.2mの庇(ひさし)をせり出すことにより室内日照を抑え、外壁に接する室内周辺部の遮熱効果でみて、通常設計に比べ約30%の省エネ(光熱費の削減)に成功した。他にも様々な省エネ対策を講じており、昨年12月には導入電力がCO2フリー電力に切り替えられた(後述)。BCP(業務継続)対応力も高く、外部から見たフォルムも美しい(下の写真)。
シースルー型太陽光パネル
窓の遮光・遮熱をするなら太陽光パネルで覆えば効率はよいが、窓のない倉庫のようなオフィスビルは人気がなさそうだ…。これを解決するデバイスとして「シースルー型」太陽光パネルが普及してきた。ある程度可視光を通しつつ、紫外線をカットし、発電もできる。私の身近な所では、JR四谷駅の屋根に使われている(下の写真)。
これを壁面で本格的に使っているオフィスビルはないだろうか。岡山市の旭電業*は、2018年竣工の第二本社ビル(地上5階建て)で、東・南の全面に690枚のシースルー型パネルを設置し、太陽光発電を行っている(下の写真)。私はこのビルの室内環境やBCP機能、壁面パネルの耐久性などに強い関心を持ったので、3月8日に同社を訪問し、本ビルの内外部を見学させて頂いた。
外部からは、黒い窓ガラスの機能的なビルに見え、パネルの電極線はわからない。室内にはパネルを通して光が入り込み、外の景色がかなり透けて見える(下の写真)。閉塞感は全くない。本ビル屋上には平置き型の太陽光パネルが102枚設置されており、屋上と壁面の太陽光発電で、本ビル消費電力の相当部分を賄っているそうだ。
また、本ビル2階には、非常時に備えて蓄電池を設置し、太陽光発電から蓄電している。災害時には地域の避難拠点としての役割を果たすそうで、非常用食料なども保管されていた。
なお、一般の太陽光パネルの耐用年数は20年強とされるが、シースルー型パネルは2枚の積層ガラスの間に格納されている。外気に直接触れないので、耐用年数はビルの建替え年数と同程度まで長くなると考えられる。
壁面太陽光発電の留意点
壁面太陽光発電には留意すべき点もある。
第一に、建築後に近隣に高いビルが建ち、その陰になると発電量が減少する。壁面太陽光発電は、ビルが密集しない地方の方が適していると思うが、大都市においても、大規模な公園、道路・鉄道、河川などの周縁に建つビルでは、十分に可能であろう。
第二に、シースルー型パネルは、一般の平置き型パネルに比べて発電効率が半分程度に落ちる。また、垂直設置では光が当たる角度も理想的にはならない。ただ、この点は、ビル設計上の工夫とイノベーションで解決できるのではないか。
太陽光パネルの進化
例えば、2019年12月に大成建設とカネカが共同開発した太陽光パネルは、外壁材と一体化させ光を通さないソリッドタイプ(発電効率17~20%)と、シースルータイプ(同7~10%)を揃えている。窓以外の壁面に前者を、窓に後者を使うことにより、発電効率の低下を抑えられる。
また、日本の複数企業が開発を進める「ペロブスカイト太陽電池」は、厚さがシリコン系パネルの約100分の1と薄型・軽量で、曲げることができる。現時点で15%前後の発電効率を実現しており、各社は2025年頃の商品化をめざしている。この「薄くて曲がる」特性は、パネルの設置場所や角度に新たな自由度をもたらすだろう。
ネット・ゼロ・エネルギー・ビル
これからのオフィスビルは、脱炭素に貢献するZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)を目指すことが求められる。特に、延床面積1万m2以上の大型ビルは、エネルギー消費ベースで新築建物全体の3分の1を占めている。このため政府は、ビルのZEB化を強く推奨している。「ZEB」化を実現するためには、様々な省エネ対策に加え、再生エネ発電による創エネを組み合わせることが必要である(図7)。
ZEB認証制度
ZEB化に取り組むビルは、段階に応じて公的認証を受けることができる。
緩い順から、①省エネ手段により、一定の基準から50%以上エネルギー消費量を削減すれば「ZEB Ready」、②それに創エネを合わせて基準からエネルギー消費量を75%以上削減すれば「Nearly ZEB」、③創エネを合わせて基準からエネルギー消費量を100%以上削減すれば「ZEB」となる*(図8)。「ZEB」認証を受けたビルは、従来型ビルに比べ実質的にエネルギー消費ゼロ%以下を達成することになる。
「ZEB」の実例
国内で上記③の「ZEB」認証を受けたオフィスビルはあるだろうか?建物用途が「事務所等」の「ZEB」認証案件は、全国で少なくとも51件ある*。現時点では、ほとんどが2階建て以下で、地方所在、自社所有のZEB化実証施設であり、創エネ手段は太陽光発電である。その中で、壁面または庇上に太陽光パネルを設置し、ZEB化のみならず快適さや業務継続性も高度に追及している2つの事例を紹介する。
1. ダイダン株式会社(北海道支店)「エネフィス北海道」(札幌市、2021年竣工、2階建て)
- コンセプト=①寒冷地の「ZEB」達成、②ウエルネス~快適な室内環境~、③レジリエンス~想定外の事態にも速やかに柔軟に対応できる強靭さ・回復力~
- 光熱費の嵩む寒冷地でのZEB化を実現。様々な省エネ面の工夫に加え、屋上と壁面に太陽光パネルを設置。一次エネルギー削減率(設計値)は102%(うち省エネ63%)。蓄電池も設置。
2. 三菱電機株式会社「ZEB関連技術実証棟・SUSTIE」(鎌倉市、2020年竣工、4階建て)
- コンセプト「ZEB+(プラス)」=ZEBに加え、生産性や快適性、利便性、事業継続性などの価値をビルのライフサイクルにわたって維持するサービスも含めてビルを高度化する
- 都市部中規模オフィスのZEB化を実証する目的で建設。様々な省エネ面の工夫に加え、屋上と各階の庇上に太陽光パネルを設置。一次エネルギー削減率(設計値)は106%(うち省エネ62%)。蓄電池も設置。
大型オフィスビルのZEB Ready事例
テナントが入る大型オフィスビルで「ZEB」認証を取得した事例はまだないが、省エネ条件を達成し「ZEB Ready」認証を受けた案件は複数登場している。下表に、私がエポック的だと思う3事例を挙げる(図9)。
高層ビル「ZEB」認証取得の困難性と展望
このように、超高層ビルでも「ZEB Ready」認証事例が登場しており、今後の新築ビルはZEB性能を競うようになるだろう。しかし、高層ビルの「ZEB」達成は難易度が極めて高い。創エネ手段が再生エネに限定されているため、実際には太陽光発電しか使えない。ビルが高層になるほど全体容積に占める屋上面積の割合が小さくなるので、屋上での太陽光発電のみでは十分な創エネは難しいからだ。
高層ビルが「ZEB」条件を完全達成するためには、壁面での太陽光発電が不可欠と考えられる。上述したように、太陽光発電デバイスの選択肢が増え、性能が向上しているほか、新たな建築工法や省エネ技術との合わせ技の実証研究も進んでいる。近い将来、「ZEB」認証を取得する高層ビルが登場するものと期待したい。
ZEBの建設コストとブランド
ZEB化したビルは建設コストが高くなるが、入居後の光熱費は安くなると考えられる。また、「ZEB」を達成するビルはエネルギー自給率が高く、蓄電池を備えることが多いため、優れたBCP機能を発揮する。建設コストを賃料に上乗せしたとしても、脱炭素や業務継続を重視するテナントに訴求できるブランド価値を持つだろう。
例えば、ZEBの「創エネ」とは異なるが、近年は、ビルオーナーが電力事業者から導入する電力を、公的認証に基づく「CO2フリー電力」に切り替える事例が増えている。ダイビルは、国内に保有するすべてのビル(大阪9棟、東京11棟)で、 本年4月にCO2フリー電力*への切り替えが完了すると発表した。同社は「テナント様は、そのオフィスや店舗等で使用する電力のCO2排出量 がゼロになるため、環境面で企業評価の向上につながります」とアピールしている。
3.ビルと植物の融合
発電する透明ガラス
私は、太陽光パネルと植物栽培は相性が良くないと思っていた。農地に直接太陽光パネルを設置すると耕作面積が減少する。一方で、温室に設置すると光を遮り、重くなるからだ。上記のシースルー型パネルやペロスカイト太陽電池は、これらの課題を解決するかもしれない。さらに、完全に光を通す発電技術も実用段階にある。
昨年9月、NTTアドバンステクノロジ社は、SQPV技術*を活用した「無色透明発電ガラス」の販売を開始した。開発者はinQs社、販売先は海城学園で、新築されたサイエンスセンターの屋上温室に設置される(下の写真)。
この発電ガラスは、通常のガラス並みに可視光を通すので、農業施設の屋根や壁での使用が期待される。ビルの屋上緑化と太陽光発電の両立も可能となる。また、複層ガラスの2倍の遮熱性能を発揮しつつ発電でき、窓の内側にも設置できるので、既存ビルのZEB化にも有効と期待されている*。
山のようなビル
次に、ビルと森林がまさに融合したユニークな事例を紹介したい。福岡市の「アクロス福岡・スカイガーデン」(下の写真)である。建設時に階段状の外部屋根(2~14階、計5,400m2)に3万7千本の樹木を植えたところ、竣工(1995年)から四半世紀を経てビルが山のようになった。私は3月下旬の福岡出張の際、屋上まで外部階段を登り、「アクロス山」のスケールの大きさを体感してきた。今やアクロス山の樹木は5万本に増えたそうだ。CO2も相当量吸収・蓄積していることだろう。
「ビル+植物」の新しいカタチ=木造高層ビル
最近は、木造の高層ビルが注目されている。三菱地所等が昨年10月に開業したホテル「ザ ロイヤルパーク キャンバス札幌大通公園」は、RCと木造のハイブリッド建築(地上11階建て)で、9~11階が純木造である。オフィスビルでは、大林組が横浜市に「高層純木造耐火建築物」(地上11階建て)を建築中である。また、三井不動産と竹中工務店は、東京日本橋に、「国内最大最高層の木造賃貸オフィスビル」(地上17階建て)を建設する計画に着手したと発表した(2023年着工、2025年竣工の計画)。
木造高層ビルは、建材に大量の木材を用いるため、ビル自体がCO2を長期間にわたって固定する。冒頭に述べた「適切な森林資源の循環」にも資する取り組みとして、大いに期待されるところである。
おわりに
以上、日本の国土制約を踏まえ、森林によるCO2吸収量を維持しつつ、太陽光発電を一段と拡充する方策について考察してきた。
一方、国土の外側に目を向けると、日本は四方を海に囲まれている。このため、日本の海岸線総延長は3.5万kmに及び、世界第6位の長さを誇る。この長い海岸線は、日本の脱炭素政策においても大きな資源になり得る。発電面では洋上風力発電に大きなポテンシャルがあり、CO2吸収面では、沿岸水域での藻場の形成による「ブルーカーボン」が注目されている。
日本が脱炭素目標を達成するためには、官民が知恵と技術を結集して国土の優位性をフルに活かし、劣位性を克服することが不可欠である。また発電量が不安定な再生エネの比重が増すにつれ、デジタル技術によるリアルタイムで精緻な電力需給管理が必要となる。弊社としても、「グリーン×DX」を中心に、実践的なコンサルティングで日本の脱炭素化に貢献していきたい。
以 上