logo
Insight
コラム・オピニオン

財布<スマホ<電気

2020.06.10
heading-banner2-image

はじめに

新型コロナウイルスへの対応として、「非接触」がテーマとなっている。キャッシュレス決済は、従来の決済効率化やデータ利活用の観点に加え、衛生的な決済方法としても注目されるようになった。現金決済とキャッシュレス決済はそれぞれにメリット・デメリットがあるが、私は利便性を重視してキャッシュレス決済を多用している。本稿では、キャッシュレス決済の愛好者が直面する悩み(=財布忘れ等)について、解決法を考える。

<現金決済とキャッシュレス決済の比較>

content-image

(出所)筆者作成。

1.財布忘れの恐怖

私は徹底したキャッシュレス派である。小銭の出し入れが煩わしいことと、キャッシュレス決済によりポイントが得られることが理由だ。クレジットカードと電子マネー(スイカ)が使える限り、少額でも現金は使わない。スイカはスマホに登録し、クレジットカードと連携してあるので、スマホ操作でいつでもどこでもチャージできる*。通勤定期もスマホに登録し、新幹線や飛行機もスマホで乗れる。スマホがあれば出勤から帰宅、出張を含めて通常は困ることがない。

* このほか、QRコード決済アプリもスマホに登録し、遠隔チャージ可能な状態にしている。電子マネーにはカードに現金でチャージするものもあるが、チャージ残高不足が生じやすいので私は殆ど使わない。

<スマホからの電子マネーへの遠隔チャージ>

content-image

(出所)モバイルスイカの画面を参考に筆者作成。

  • モバイルスイカの場合、入力からチャージ完了まで10~20秒程度。
  • チャージした金額は、連携したクレジットカードの利用額に加算され、月に1度他のカード利用と合わせて請求される。

そのため、財布を忘れて出勤することが多い。スマホを忘れて家を出るとバス・電車に乗る際に必ず気づくが、財布を忘れてもスマホでバスや電車に乗れる。出勤前に立ち寄るコンビニもキャッシュレス対応だ。オフィスでも財布忘れに気づかず、昼休みに現金のみの店で食事するときなどに漸く気づくことも。注文後に気づいたら一大事。同僚に電話して現金を借りるしかない。

<私の失敗パターン>

content-image

キャッシュレス愛好者にとって、常に身近に置くものは財布からスマホに変わっている。しかし社会はまだキャッシュレスへの移行途上であり、財布忘れは恐怖である。

2.財布忘れへの対処法

(1)直ちにできる対応

そこで、財布忘れへの対処法として、すぐにできることを考えてみた。①就寝前のスマホ充電時、財布をスマホの上に置く。これは有効だが、起床後の身支度前にスマホをいじると失敗する。②スマホケースにお札かキャッシュカードを入れる。これはスマホ紛失時の追加的なリスクを負う。③オフィスに予備のキャッシュカードを置く。これは直行外出や出張時には役に立たない。

(2)財布一体型スマホケース

では、スマホと財布を合体してはどうか。調べてみると、ネットで様々な「財布一体型スマホケース」が販売されているが、通常のケースより大きい。私の場合、クールビズの時期はスマホをYシャツの胸ポケットに入れる。また、財布には、現金、各種カード類、運転免許証などと、重要なものを入れている(それ自体リスクだが)。これらをすべてスマホケースに収納できれば財布は不要だが、スマホ紛失時にID(免許証等)とセットで悪用されかねない。私としては、スマホケースにスマホ以外の重要なものを極力入れずに、財布忘れ問題を「スマートに」解決したい

現在は、キャッシュカードにせよ、写真付ID類にせよ、物理的なカードが別個に存在しているが、デジタル化が進めば、すべて電子的なデバイスに集約されていくだろう。

<財布一体型スマホケース~イメージ>

content-image

(出所)筆者作成。

(3)通信デバイスの活用

そこで、新たな技術や機器の活用による解決法を考えた。

第一は、入口の解決法。財布を置き忘れないためには、財布に薄型発信機を入れ、スマホとの距離が開くとスマホのアラームが鳴るようにすればよい。BluetoothやGPSなど、既存技術の組み合わせでできそうである。このようなデバイスがあれば、一般的な財布の紛失・盗難対策としても有効だ。

<財布とスマホの通信リンク>

content-image

(出所)筆者作成。

調べてみると、カード型の紛失防止デバイスがネットで販売されている(海外製、価格は6000円程度)。これを財布に入れBluetoothでスマホと接続し、財布とスマホが一定以上離れると、Bluetooth接続が切れてスマホのアラームが鳴る仕組み。私のニーズにピッタリだ。本稿執筆にあたり購入を考えたが、購入者コメントをみると誤作動も少なくないようだ。

(4)高機能ATM

第二に、出口の解決法として、財布を忘れても現金を自力入手できる方法を考える。最新認証技術を備えた金融機関ATMの活用である。キャッシュカードがなくとも、生体認証またはスマホを使って、ATMから現金を引き出せればよいのだ。

(生体認証ATM)

このうち、キャッシュカードを使わず、生体認証+暗証番号のみで現金引出が可能なATMは、2012年に大垣共立銀行が手のひら静脈方式で、2017年に山口FGの3行(山口銀行、もみじ銀行、北九州銀行)が指静脈認証方式で、それぞれ導入済みである。災害時などを想定して顧客の利便性向上を図るのが狙いとされるが、キャシュレス時代のニーズにも合致しており、先見の明と先行投資の英断に感服する。東海圏や山口県周辺の人達が羨ましい。

さて東京在住の私はどうすればよいか。2017年11月、イオン銀行は、指静脈認証のみでカードも暗唱番号も不要なATMを導入した。現時点では、当該ATMは全国で9か所に限られ、都内のATMは私の勤務地から遠いが、順次増やしていくそうだ。また、セブン銀行は、本年夏から顔認証機能を備えた最新ATMを導入予定と公表した。顔認証と運転免許証との照合で現金を引き出せるようだ。

各行バラバラの対応で相互互換性(inter-operability)がないのは気になるが、これらの認証技術を活用したATMが普及すれば、いずれ財布忘れの恐怖から解放されるのは間違いない。そもそもキャッシュカードは紛失・悪用のリスクを伴うものであり、将来は、生体認証など高度な本人確認技術による「手ぶら引き出し」に変えていくことが望ましい

しかし私は待てない。

(スマホ対応ATM)

そこで、スマホ対応ATMについて調べてみると、イオン銀行が提供している。このATMは、イオン銀行、イオンおよび提携スーパーなど全国2900か所にある。都心3区(中央、千代田、港)でも52か所ある。早速口座を開設し、同行のATMアプリをスマホにダウンロードした(無料)。近所のスーパー(マルエツ・プチ)に設置された当該ATMで使ってみたところ、ごく簡単な操作で現金を引き出せる。これで財布忘れの恐怖からほぼ解放だ! 「ほぼ」というのは、「現金のみの飲食店で注文後・・・」の恐怖が残るからだが、これはスマホケースに少額の現金を入れておくことで凌ごう。

* スマホのアプリ起動→②「お引き出し」選択→③スマホに金額入力→④ATMの「スマホ取引き」選択→⑤スマホをATMのWAON読取機にかざす→⑥ATMに暗証番号入力、の6ステップで出金。

3.それでも残る恐怖

(充電切れと対策)

それでも残る恐怖は・・・スマホの充電切れだ!特に出張時に充電器を忘れると動揺する。携帯ショップに充電に駆け込みたいがスマホで地図を見られない。訪問先の住所はメールにある。スマホで新幹線に乗った後、移動中に充電が切れたらどうやって駅から出るのか・・・次々に不安が襲ってくる。

私は何度かの恐怖体験を経て、次のことを励行している。①携帯用バッテリーをカバンに常備する。これは停電対策にもなるが、充電のため家のPCに差したまま忘れることがある。②充電器を2つ持ち、1つはカバンに入れておく。2千円ほどの無駄な出費になったが仕方がない。①②とも出張時にカバンを変えないことが大事だ。③スマホ充電器を貸与してくれるホテルを選ぶ。

スマホの利便性が増せば増すほど、私にとっての重要性は、財布<スマホ<電気となる。私はウォーキングが趣味なので、歩けば蓄電されるデバイスが欲しいものだ。

(摩擦式発電)

調べてみると、関西大学理工学部の谷教授のグループが、靴に入れる摩擦式発電機の研究を進めている。4月13日に研究室を訪問し、お話を伺う予定だったが、4月7日の緊急事態宣言を受け、出張を取りやめた。谷教授にメールで質問させていただいたところ、丁寧なご回答をいただいた。既に靴に入るサイズへの小型化に成功し、発電量は2年前で1歩ごとにLEDを10個点灯させるレベルに到達、現在その2倍程度まで拡大しているそうだ。まだスマホのフル充電には54万歩ほどを要するそうで、まずはスマホのGPSを動かせる程度の発電量実現を目指して研究を続けるとのことであった。将来が楽しみである。

<靴に入れる摩擦式発電機>

content-image

(出所)関西大学プレスリリース「KU EXPRESS」、2018 年2 月26 日/No.64。

4.おわりに

5月25日、政府は緊急事態宣言を解除した。コロナ対応は長期戦となるため、人々の行動は完全に元通りにはならないとしても、通勤や出張、消費、観光、レジャーなどの活動が徐々に回復に向かい、決済の機会も再び増えていくだろう。

日本にキャッシュレス決済を浸透させるためには、加盟店の大幅な拡充など供給サイドの取り組みが必要なことは論を待たない。しかし消費者サイドにも、たとえキャッシュレス決済の愛好者であっても様々なストレスが存在する。消費者のストレス解消は、キャッシュレス化推進の十分条件であると同時に、企業や金融機関にとってはビジネスチャンスなのだと思う。

以 上

Profile
author
author
Miyanoya Atsushi
宮野谷 篤
取締役会長
株式会社NTTデータ経営研究所
岩手県出身。1982年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融市場局金融調節課長、金融機構局金融高度化センター長、金融機構局長、名古屋支店長などを経て2014年5月理事(大阪支店長)。2017年3月理事(金融機構局、発券局、情報サービス局担当)。2018年6月から現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、決済・キャッシュレス化、金融政策・金融市場調節。
TOPInsights財布<スマホ<電気