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コラム・オピニオン

見た目と実際~新型コロナウイルス感染データの見方

2020.05.21
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1.はじめに

新型コロナ対応でテレワークが増えている。先日自宅で日野正平さんの旅番組を見た。

滋賀県を巡る旅の冒頭に日野さん曰く。「琵琶湖は日本一大きいが、滋賀県の面積の5分の1しかない」。調べてみると、琵琶湖670㎡、滋賀県4017㎡。約17%で確かに約5分の1だが、見た目ではもっと大きく感じる(下図)。

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(出所)筆者作成。

琵琶湖はなぜ大きく見えるのか。円の内側に、中心が同じで半径が半分の小円を描く。小円は大円の半分程度に見えるが、小円の面積はπ×(1/2r)2=1/4πr2。大円(πr2)の4分の1だ。琵琶湖は県の真ん中寄りにあるので、この小円のような錯覚をもたらすのだろう。

小円を大円の外縁に寄せて描くと、相応に小さく見える(下の右図)。このように、実態を把握するうえでは、見せ方も重要になる。

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2.新型コロナウイルス感染データの見方

(東京都の新規感染者数)

見た目と実際の違いは、新型コロナウイルス感染状況にも通じる。感染者数が最大の東京都では、新規感染者数は4月17日にピーク(204人)を記録して以降、減少傾向にある(図1)。よく報道される単純な時系列グラフは日々の振れが大きい。

都は振れを均すため、直近7日移動平均を公表している。5月17日の直近7日移動平均は16名と、ピーク以降で最低となった。感染のピークは4月半ば過ぎだったのか、またこの数字だけで感染落ち着きと評価してよいだろうか。

<図1>東京都・新規感染者数(人)

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(出所)東京都「新型コロナウイルス感染症対策サイト」のデータから当社作成。新規感染者数は、保健所から発生届が提出された日を基準とするもの。直近は5月17日。

(検査件数の振れ)

統計上の新規感染者数は、検査数と感染率(陽性率)に依存する。

新規感染者数(検査陽性者数)=検査数×感染率(陽性率)新規感染者数の日次変動は、検査数の振れが主因と考えられる。都の曜日別検査件数をみると、日曜日は明らかに少ない(図2)。また、祝日の検査件数も少ない(4月29日、5月4~6日の平均値は649件)。

統計的には、①曜日要因を排除するため週間データを見ること、②感染者数と検査件数との関連も見ることが望ましい。

<図2>東京都・1日平均検査件数(件)

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(出所)図1と同じ。検査件数が増えた3月30日(月)から5月17日(日)のデータを使用。

(検査件数の振れ)

そこで、週間の新規感染者数と検査件数(月~日曜日の1日平均)の推移をみる(図3)。4月央以降、1日千件以上の検査件数が確保される中で、週間新規感染者数は、4月上旬をピークに一貫して減少している(折れ線)。検査数を勘案しても、東京都の新規感染者数は減少トレンドにあるとみてよい。

<図3>東京都・週間新規感染者数と検査件数の推移

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(出所)図1と同じ。日付は週初の月曜日、数値は当該週間合計の1日平均。新規感染者数は保健所からの発生届提出日基準。検査件数は検体採取日を基準とするが、一部に結果判明日を基準とするものが含まれる。従って、検査件数と新規感染者数の時期は合致しない。

(陽性率)

「新規感染者の陽性率」=「新規の陽性判明者数」/「新規の全検査人数」

東京都は5月8日から日々の陽性率を公表している(図4)。この計数は「陽性判明数/陽性判明数+陰性判明数」(分母・分子とも7日移動平均)で算出される。5月6日までは件数の多い医療機関検査分を含まないため参考にならないが、5月7日以降の陽性率は振れが小さく、減少傾向にある。その水準は感染落着きの目安とされる7%を下回っている(5月15日は3.3%)。

<図4>東京都・検査実施人数(陰性確認を除く)と陽性率の推移

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(出所)東京都「新型コロナウイルス感染症対策サイト」。直近は5月15日。検査結果判明日基準。都の解説では、既往感染者に対する陰性確認検査(療養終了のために2回連続で検査陰性を確認するもの)は除かれている。

(検査・報告ラグを修正した見せ方)

「現在の新規感染者数は約2週間前の状況を示す」と言われるが、本当だろうか。東京都の新規感染者数は、「保健所からの発生届提出日」を基準とするため、診断日や検査日(検体採取日)に遅行する。検査件数が拡大するほど診断~検査~結果報告のラグは長くなり、届出日基準の感染者数の動きは真の感染動向から一段と遅れることになる。

都は、「患者発生の動向をより正確に分析する」目的から、5月上旬以降、確定日(=医師がPCR検査で陽性を確認した日)基準による新規感染者数の公表を開始した。両基準のデータをみると確定日基準が先行しており、新規感染ピークは4月9日(266人)となる(図4)。これは、3月の3連休(20~22日)の緩みから2週間強を経過したタイミングで実感とも合う。ただし、確定日基準は、最新の届出日基準データを過去の診断確定日に振り分けて作成されるため、直近から数日前まで計数が毎日修正される可能性があることに注意が必要である。

<図5>東京都・確定日基準と届出日基準の新規感染者数(人)

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(出所)図1と同じ。直近は確定日基準が5月16日、届出日基準が5月17日。

3.自粛緩和に向けた出口基準

(緊急事態宣言の解除)

政府は5月14日、東京都など8都道府県を除く39県を対象に、緊急事態宣言を解除した。解除に当たっては、「感染の状況」、「医療提供体制」、「検査体制の構築」の3項目から総合判断が行われた。政府の基本方針を踏まえ、自粛要請の緩和や再要請を行う権限は都道府県知事にある。

* 「感染の状況」に関しては、①週間新規感染者数が前週比減少、②人口10万人当たりの週間新規感染者数が0.5人未満程度、との数値基準が示された。②が1.0人未満程度の場合には、クラスター発生状況や感染経路不明者の比率も考慮して総合的に判断するとされた。

(東京都の自粛緩和基準)

緊急事態宣言が解除されるためには、東京都の新規感染者数は、週間70人(1日平均10人)まで減少する必要がある。5月17日時点では、都の新規感染者数は7日移動平均で15人前後と、政府基準を若干上回っているが、上記のとおり減少トレンドにあるものと評価できる。また、一時70%前後まで上昇していた新規感染者数に占める感染経路不明者の比率は、このところ40%程度にとどまっている。

こうしたなか、東京都は5月15日、政府による宣言解除に備えて、6月以降の自粛緩和と再要請の判断基準を公表した(図6)。

<図6>東京都の自粛緩和・再要請基準案

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(出所)東京都「新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ」をもとに当社作成。

東京都の自粛緩和・再要請基準は、感染状況に関しては3つの数値基準が示され、その意図も明確にされているが、医療提供体制に関しては数値が示されていない。以下では、医療提供体制に関する基準について、公表データから統計的に考察する。

(当面の感染対策の目標)

ワクチンが普及するまでは、感染者の発生をなくすことはできない。従って、当面の感染対策の目的は感染撲滅ではなく、感染による死亡者数の抑制であると考える。わが国の人口対比の死亡者数は、これまでのところ国際的にみて抑制されている(図7)。

<図7>新型コロナウイルスによる死亡者数の国際比較

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(出所)死亡者数は米ジョンズ・ホプキンス大学。5月17日時点。人口は2019年の国連データを使用。

今後とも死亡者数が抑制されるためには、新規感染者数が減少することに加え、医療崩壊が懸念されない状況になることが必要である。データで表せば、少なくとも①療養中の患者数が減少し、かつ確保済みの病床数を有意に下回ること、②重症者数が減少し、かつ重症者用の病床数を有意に下回ること、が条件となろう。

(当面の感染対策の目標)

コロナ感染者数と、医療機関等で療養中の患者数の関係は、以下のように整理できる。

<図8>感染者数と療養中患者数の関係

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(注)東京都および大阪府「新型コロナウイルス感染対策サイト」資料をもとに当社作成。

従って、医療機関や宿泊施設等で療養中の患者数(以下「療養者数」)は、以下の式で求められる。

「療養者数」=「累積感染者数」―「累積退院者数」―「累積死亡者数」

すなわち、感染者の増加は療養者数の増加要因、退院者(と死亡者)の増加は療養者数の減少要因である。上式により、図9に都内の療養者数の推移を示した。療養者数(オレンジ部分)は4月央にかけて増加傾向をたどり、3,000人前後の高水準で横ばい状況が続いた。しかしGW明け以降は、退院者数の大幅な増加を主因に明確な減少傾向を示している。5月17日の療養者数は約1,300人と、ピーク時に比べ5割以上減少している。

<図9>東京都・新型コロナ療養者数の推移(人)

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(出所)東京都。3月18日~5月17日のデータをもとに当社作成。ただし、都によれば、退院者数の把握には一定の期間を要しているため、数値が遡及訂正される可能性がある。

(療養者数が減少するための条件)

療養者数が減少するためには、新規感染者数が、日々の退院者数を下回る必要がある。両者の推移を図10に示した。最近は、新規感染者が減少する一方で、既往療養者の退院が増加していることから、療養者数は継続的に減少している。

<図10>東京都・新規感染者数と退院者数

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(出所)東京都のデータから当社作成。月曜日~日曜日の合計値の1日平均。

(入院者数と病床使用率)

「療養者数」=「入院者数」+「宿泊療養者数」+「自宅療養者数」

感染者の療養場所は、①医療機関(入院者)、②ホテル等の宿泊施設(宿泊療養者)、③自宅(自宅療養者)に分かれる。これらの内訳は、厚生労働省が旬毎に行う全国調査で把握できる。さらに、東京都は5月12日から日次データの公表を開始した(図11)。

<図11>東京都・療養者数の療養場所別内訳

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(出所)4月28日、5月7日は厚生労働省、5月12日以降は東京都のデータから当社作成。入院者病床使用率は、5月10日までは病床数2,000、11日以降は3,300として計算。

東京都の入院者数(図11の青棒)は、4月28日時点で1,832人と、コロナ用病床数(2,000床)の92%に達し、医療状況は非常に逼迫していた。しかし5月GW明け頃から、新規感染者数の減少と退院者数の増加により入院者数の減少が続いている。5月17日の入院者数は1,024人に減少する一方、都の確保済み病床数は5月11日に3,300床まで増加した。この結果、病床使用率は約30%まで低下している

* 東京都は、全体病床数が2,000床であった時点の内訳について、軽・中等症患者用が1,600床、ICU等の重症患者用が400床と公表している。厳密に考えると、病床使用率は、「軽・中等症患者」と「重症患者」とに分けて算出することが望ましい。

5月17日の宿泊療養者数は60人と、ホテル等に確保済みのベッド数(約2,800)を大幅に下回っている。また、同日の自宅療養者数は222人と、4月28日時点(635人)対比でかなり減少している。ただし、自宅療養者には医療従事者の目が届かないため、病状急変時の重症化リスクが相対的に大きい。

(重症患者数の動向)

最後に、重症者数の状況をみる。東京都の重症者数は、4月28~29日に105人とピークを記録した後、明確に減少している(図12)。5月17日時点で54人となっており、都が重症者用に確保した病床数(400床)を大きく下回っている(病床使用率14%)。ただし、重症者は一般患者対比で多数の医療従事者と特別な医療機器を必要とするため、病床使用率だけで医療逼迫度をみるのは不十分であろう。自粛緩和・再要請を判断するためには、医療機器の配備台数や操作可能者数などを勘案したモニタリングが望まれる。

* 全体病床数が2,000床であったときの重症者用病床数。全体病床数が3,300床に増加した後の重症者用病床数は5月18日時点では公表されていない。

<図12>東京都・重症者数の推移(人)

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(出所)東京都。直近は5月17日。

(出口基準としての病床使用率)

自粛緩和・再要請の判断基準としては、医療逼迫度を表す病床使用率を指標とすることが考えられる。米国NY州は、外出規制解除基準のひとつとして「一般病床使用率、重症患者用病床使用率がそれぞれ70%未満」との指標を掲げた。大阪府は、自粛緩和・再要請基準(大阪モデル)の1項目として「重症患者用の病床使用率(60%)」を採用した。

仮に、東京都において病床使用率60%を自粛緩和の数値基準に採用した場合、現在は、全体の入院者数、重症者数とも、この水準を大きく下回っている。

4.おわりに

本稿では、統計の見方、見せ方という観点から、東京都の新型コロナウイルス感染関連データを分析した。上述のとおり、都の新規感染者数は減少トレンドにあるほか、一時逼迫していた病床使用率もかなり改善してきている。

また、本稿執筆の過程でも、都のコロナ関連統計は日を追って充実してきており、多角的な観点からデータ分析やモニタリングが可能となりつつある。自粛緩和に向けた条件は整いつつあると考えられる。

現在の改善状況が定着すれば、今後は東京都を含め、感染抑制と経済社会活動維持のバランスをとるフェーズに移行していく。しかし、ウイルスが根絶されるわけではないので、二次、三次の感染拡大も起こりえる。コロナ対応は長期戦が不可避であり、自粛緩和と再要請が繰り返されることを想定しておく必要がある。自粛緩和や再要請について、住民や企業等が予見可能性を持てるようにし、コロナとの長期戦に適した合理的な行動変容を促すためにも、客観的でわかりやすい自粛要請・緩和基準の設定と事前周知が望まれる。

わが国の感染対策は、欧米のように自粛に強制力を伴うものではないが、私は、わが国の一般的な医療・衛生水準も、国民の理解力やモラルも高いと思う。政府や地方自治体等による適切な情報開示と説明は、感染対策と経済活動維持の両面で、「国民の自発的行動に基づく日本モデル」を成功に導く鍵となる。当社としても、ウイズ・コロナ、ポスト・コロナ対応を含む様々な面で、有益な情報発信に努めていきたい。

以 上

Profile
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Miyanoya Atsushi
宮野谷 篤
取締役会長
株式会社NTTデータ経営研究所
岩手県出身。1982年東北大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融市場局金融調節課長、金融機構局金融高度化センター長、金融機構局長、名古屋支店長などを経て2014年5月理事(大阪支店長)。2017年3月理事(金融機構局、発券局、情報サービス局担当)。2018年6月から現職。
専門分野は、金融機関・金融システム、決済・キャッシュレス化、金融政策・金融市場調節。
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