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デジタル変革に向けた企業マネジメントとリーダーシップとは

2023.01.24
(語り手)スタンフォード大学経営大学院 講師 ロバート・シーゲル(Robert Siegel) 氏
(聞き手)NTTデータ経営研究所 代表取締役社長 山口 重樹
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私たちNTTデータ経営研究所では、既存企業がデジタル変革を成功するためには、既存の強みを最大限活用して新たな顧客価値を提供する「顧客価値リ・インベンション戦略」が必要だと考え、多くのDXプロジェクトを推進してきています。

その中で、「デジタルトランスフォーメーションが声高に叫ばれている中で、伝統的な能力は簡単に見過ごされ、過小評価されている、また今日の真の競争上の優位性は、デジタルとフィジカルの優れた力がどのように相互に強化できるかを理解することである」と書いた書籍、「Brains and Brawn※ Company」に出会いました。

著者のロバート・シーゲル(Robert Siegel)氏は、米国におけるDX成功企業の経営者への直接のインタビューに基づき「既存企業が既存の強みを活かし、デジタル化を成功させるためにどのような能力が必要なのか、どのようなリーダーが必要なのか」について書かれています。この度、当社の考えとシーゲル氏の考えについて意見交換を行いました。

※ Brains and Brawn: 日本語では文武両道もしくは知力と腕力の意

デジタルとフィジカルの両方を組み合わせられる企業が継続的に顧客価値を提供できる

山口

私たちは多くのデジタル変革プロジェクトを経験する中から、デジタル変革を成功させるためのフレームワークを構築しています。このフレームワークには、既存企業がデジタル変革を成功するためには、既存の強みを最大限活用して新たな顧客価値を提供することが大事であるとの考えが根幹にあります。

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山口

シーゲルさんは、最近の著書『Brains and Brawn Company』の中で、「デジタルトランスフォーメーションが声高に叫ばれている中で、伝統的な能力は簡単に見過ごされ、過小評価されている。また、今日の真の競争上の優位性は、デジタルとフィジカルの優れた力がどのように相互に強化できるかを理解することである」と述べています。どうしてこのような考えに至ったのか、最初にお聞かせください。

Siegel

既存の強みを最大限活用することがデジタル変革の成功要因のひとつであるという着目点には、まさに共感します。いまシリコンバレーでは、デジタルがすべてを変えるという議論が起きています。しかし、そのような論を主張する人たちは、私たちが物理的な世界に住んでいることを忘れています。既存の大企業が持つ多くの能力は強みであり、複製するのが難しいことが見過ごされがちなのです。私の著書の中では、80 社を超えるさまざまな企業を調査しています。その中には既存企業もあれば、いわゆるディスラプター(ベンチャー企業)もありました。調査では、それら企業において最も特徴的な属性が何であるかを真に理解しようとしました。その結果、それら企業には、特定の重要なデジタル属性と物理的属性があり、最も優れた企業は両方を組み合わせていることがわかったのです。

既存の大企業は継続を運命づけられているわけではなく、同様に、新興のデジタル企業が勝つ運命にあるわけでもない―――これが調査結果から言える重要なメッセージのひとつです。デジタルとフィジカルの両方の機能を組み合わせられれば、継続的に顧客により良いサービスを提供できる最高の企業となるでしょう。

山口

著書では、企業に求められる10の能力を「Brains(脳)」と「Brawn(筋肉)」に分類したフレームワークを提示していますね。それぞれデジタルとフィジカル5つずつに分けていると思いますが、このフレームワークの考え方と10の能力の概要についてご説明いただけますか。

Siegel

それでは、下の図に沿って説明しましょう。

まず「Brains(脳)」ですが、これは5つのデジタル属性を脳に例えて説明しています。「左脳」は、データ分析とデータ処理能力に使用されます。一方、「右脳」は、技術とビジネスの問題に創造性を適用する能力です。「扁桃体」は共感を与える脳の部分であり、リスクの管理を可能にするのは「前頭前皮質」。最後に、所有(内製)とパートナーシップ(外部調達)のバランスをとることを可能にする「内耳」です。

次に「Brawn(筋肉)」すなわちフィジカル面についてです。これも5つの属性があり、ロジスティクスの「背骨」、ものづくりを行う技術を持つ「手」、規模のスケールをもたらす「筋肉」。そして「手と目の協調」ですが、これは物事を成功させるためにエコシステムを推進・形成する能力のことです。最後に「スタミナ」は、長期間にわたってどのように生き残る身体能力を指しています。

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山口

この10の能力の間には、能力間の関係の濃淡や優先順位などはあるのでしょうか。

Siegel

筋力が起点の企業、例えばものづくりや物流が得意な企業は、脳すなわちデジタルの機能のどれかに投資する必要があるでしょう。一方、デジタル起点のスタートアップ企業では、物理的な世界の能力を習得する必要があります。既存の強みが自社のどこにあるのか、顧客により良いサービスを提供できるようにするために必要な新しい機能をどこに求めるか、企業のリーダーはそれを把握し優先順位を付けることになります。

デジタル変革に必要なリーダーとは

山口

デジタル変革にはどのようなリーダーが必要になるでしょうか。

私たちは、デジタルトランスフォーメーションを成功させるには、ビジネスとテクノロジーを理解し、潜在的な顧客の問題を特定し、ソリューションを価値に変え、ビジネスを完成させる 「リ・インベンションリーダー」 が必要と考えています。リ・インベンションリーダーは、ビジネスとテクノロジーの両方を理解することに加えて、不確実性が高い中でメンバーを率いていく上での総合的な強み、高いEQ(emotional intelligence quotient、心の知能指数)が必要だと考えています。

著書では、Brains(脳)とBrawn(筋肉)を牽引するリーダーとしてシステムリーダー(Systems Leader)という人財像を示されています。これは、デジタルとフィジカルを理解する人財として、私たちの提示するリ・インベンションリーダーとよく似ていると感じました。

システムリーダーは既存のリーダーとどのように違うのでしょうか。

Siegel

リ・インベンションリーダーの概念は興味深いですね。リーダーに必要な能力という点では、リ・インベンションリーダーの考え方は、システムリーダーと非常によく似ています。私は、システムリーダーを、組織内だけでなく、組織とそのエコシステムとの間の相互作用を理解する能力を持つリーダーと表現しています。また、システムリーダーは、二面性を持っています。つまり、短期的と長期的な事柄を同時に管理する能力が必要になりますし、IQ(知性)とEQ(感情)を融合させる必要もあります。また、社内と社外それぞれで何が起きているかを理解する必要があります。

以前は、これらの機能を組織の中の別の部分が備えていることがよくありました。つまり、組織のオペレーショナルを担う側と、イノベーションの側とがありました。しかし、すべてがつながっている今の世界では、リーダーがこの二面性を持っていることが非常に重要であるため、リーダーがその両面を担うことができることが今後重要になってくると思います。

システムリーダーは、従来と異なり、ハードウェアとソフトウェアの両方を理解し、それぞれを伸ばしていかなければなりません。彼らは市場シェアの拡大を目指す必要がありますし、労働力を管理する方法を理解する必要もあります。若い世代は、私たちが望むかどうかにかかわらず、同時に複数のことを実際に行うようになるでしょう。米国では事実そうですし、日本でもヨーロッパでも、世界中でそのようになっています。そのため、システムリーダーは、これらすべてが相互にどのように相互作用するかをしっかり理解する必要があるのです。

山口

著書の中で「システムリーダーは、あらゆる分野の専門家と有意義な会話をするために十分な学習が必要である。システムリーダーは、正しい質問をするのに十分な知識を持っている必要があり、必ずしもそれに答える必要はない」という記述がありました。大変示唆に富んでいますね。正しい質問をするためには学ぶことが必要だと私は理解しました。これについては私もまったく同じことを考えていました。

ちなみに、学ぶということに関してですが、どのようなトレーニングや経験を積めばシステムリーダーになれるのでしょうか。

Siegel

いい質問ですね。優れたシステムリーダーは、まず自分の強みと必要な能力開発を理解することから始める必要があると思います。山口さんご指摘のように、私は良い質問をすることについて述べました。これはつまり、「すべてを知っていなくても実際には問題はありません」ということです。それよりも、大企業の上級職は多くのことを指揮することを期待されているのですから。

とはいえ、「分かった、AIであれ、自動化であれ、アナリティクスであれ、新しいスキルや新しい能力を学んでみよう」と言えること、また、それらがビジネスにどのように適用されるかを検討できる能力は必要です。優れたシステムリーダーになるには「プロダクトマネージャーのマインドセットを持ってください」と私はよく言っています。プロダクトマネージャーは、顧客が何を必要としているのか、顧客のニーズを満たす製品をどのように構築するのか、その製品を市場に出すための商品化戦略とは何かを理解しています。

優れたシステムリーダーは、そのような自然な好奇心を持っています。彼らは自分が得意なことだけでなく、どこを改善する必要があるかを理解しており、常に自分自身を再訓練し、新しいことを学びたいと思っています。世界が変化し続けることを知っており、新しいことを学ぶ喜びを知っています。テクノロジーが進歩し続ける速度は遅くはなりません。優れたシステムリーダーは、ディスラプションに向かっていき、製品やサービスが望ましい形で提供される世界を従業員や顧客にもたらすことが必要となるのです。

日本企業がシステムリーダーを育成するには

山口

Siegelさんは日本の企業と何度も一緒に仕事をした経験があると伺っていますが、ご自身の目から見て、日本の企業がシステムリーダーを育成していくには何に留意すべきだと考えますか。

Siegel

私は幸運にも人生で50回近く日本を訪れる経験をしました。その中で、日本企業が改善し続ける必要があることが2点あると思っています。

ひとつは、顧客の視点に立ったコネクテッドエクスペリエンスを正しく理解することです。製品がつながるとはどういう意味か。ハードウェアとソフトウェアの間がどの程度決定性があるか、接続されている顧客の体験はどのようなものか。そのコミュニケーションはどのくらいの頻度で発生するか。これらを問うていく必要があります。

ふたつ目は、世界中の企業が対応しなければならないスピードが想定以上に加速するということです。中国、南アメリカ、さらにはヨーロッパでも信じられないほどの動きが見られました。もちろん、ここアメリカのシリコンバレーやその他の地域でも起こっています。ですから、細部に注意が払われ高度に作りこまれた製品を作り出す日本企業のリーダーが、コネクテッドなマインドセットを理解し、製品が消費者とつながることに目を向けていること、そして顧客により良いサービス提供を行うだけでなく、組織変化や改革の実行を迅速に行うためにスピードを高める必要があることを確認してほしいと思います。

システムリーダーと社会とのかかわり

山口

以前お会いした際、システムリーダーは企業に関わらず社会にも必要との話がありました。なぜ社会にも必要とお考えなのでしょうか。企業に求められるリーダーとは異なるのか教えていただきたい。

Siegel

世界中のビジネスリーダーは、さまざまな理由で社会にますます影響を与えるようになると思います。すべてがつながっている世界では、大規模な多国籍組織だけでなく、小規模な組織も国境を越えていきます。そして、コネクティビティ、企業同士の協力の仕方や企業の内外での協業の仕方など、これらの課題と機会は、政府にとっても、また医療をめぐる問題への対処や、平和または戦争の問題への対処にも影響を与えるでしょう。

ですから、実際には、ビジネスリーダーは、自社のみならず、地域やグローバルの機会と課題の中心にいると思うのです。この意味で、システムリーダーは社会にも必要というわけです。

山口

デジタルトランスフォーメーションは企業を超えて社会にまで広がっており、システムリーダーは社会の視点から多くのことに関わり考える立場なのであると理解しました。 この度は、良い対話をありがとうございました。

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Yamaguchi Shigeki
山口 重樹
株式会社NTTデータ経営研究所 代表取締役社長
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Robert Siegel
ロバート・シーゲル
スタンフォード大学経営大学院 講師

起業家のためのフィナンシャル・マネジメント、実業家のジレンマから効率的なプロジェクトマネジメントのための戦略まで、幅広い分野で講義を行っている。

著書に「The Brains and Brawn Company: How Leading Organizations Blend the Best of Digital and Physical」など。

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