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グローバル人事を考える 第1回

欧米企業の事例に学ぶグローバル人事

シニアコンサルタント 金井 恭太郎
【第1回】 欧米企業の事例に学ぶグローバル人事
【第2回】 中国人材市場の現状 人材紹介の最前線から
【第3回】 ヘッドクォーター人事として主導すべき施策は何か

1.はじめに

クロスボーダーM&Aの件数増加に見られるように、国境を越えた事業再編による、企業の競争力・合理化の動きは活発化している。その事業再編の流れを企業の競争力強化につなげる上では、グローバル人材マネジメントの仕組みをスピーディに構築する必要があるが、日系企業は欧米企業と比較して苦戦している、といわざるを得ない。本レポートでは欧米企業におけるグローバル人材マネジメントについて日本企業との比較をしつつ考察する。

2.欧米企業・日系企業のグローバル人材マネジメントの比較

欧米グローバル企業は日系グローバル企業と比較して、世界共通の人事制度の導入をはじめ、現地人材の活用において数歩先を歩んでいる。それは、欧米企業の方が日系企業より、早いタイミングでグローバル人材マネジメントの構築に着手したことが影響しているが、日系企業が現在グローバル人事導入に難航している現実を、タイミングの問題だけで説明することは難しい。ヒアリング調査を進める中で、欧米企業と日系企業の取り組みに根本的な違いがあることが見えてきた。

1つ目は、戦略的投資という観点である。欧米企業ではグローバル人事の対象を戦略的観点から限定する。すなわち欧米系企業では、グローバル経営に不可欠な次世代経営者と、若手のハイポテンシャルに絞り込んで、人材育成やモチベーションアップのための人事施策を集中投下するケースが多い。それよりも広く網をかけて管理する場合も、基本はマネージャー以上が対象になっている。これに比べ、終身雇用で全員をボトムアップで育成するというマインドセットが強いためか、日本企業では下から上まですべての社員を対象に、人材データベースや研修、人事評価を管理しようする傾向が強く、膨大な労力と投資コストのために、途中で頓挫するケースも少なくない。

2つ目の違いは、欧米企業ではシンプルな仕組みを導入していることである。例えば、欧米企業ではグローバルグレード(等級制度)を導入する場合、世界本社の役員、本社事業部のトップ、海外子会社のトップ、部門長、といったタイトルベースで等級を4ないし5段階に大まかに設定している。グレードは単に、他の人事施策を実施するときにどの層を対象にするかの基準にすぎないとの割り切りがあるようだ。一方の日本企業はどうかというと、一年近くかけて拠点の主要ポストの職務調査を行った上でグローバルグレードを設計する、といったアプローチをとっており、拠点の役割や規模が刻々と変化する中で、グレードのメンテナンスに膨大な労力が必要となっている。

評価制度についても、個々の社員をMBO(Management by Objectives:目標管理)で評価するのが基本である。他方、組織の成り立ちとしてチームで働くことが多く、個々人の責任権限範囲が曖昧(あいまい)である日本企業では、MBOで個人を評価するという手法が根付いておらず、日本本社と共通の精緻(せいち)な行動評価を導入しようとして失敗するケースが多く見られる。

人事マネジメントの仕組みは戦略に応じて構築するのが基本であり、本来は一律に論じるのは難しいものの、業種、地域、歴史の長短等の変数にかかわらず、グローバル人事のひとつのスタンダードな方向が見てとれる。

以下に、当社が多国籍企業30社にヒアリング・調査を実施した結果をご紹介する。

図表1:欧米・日系企業のグローバル人事の傾向比較
  欧米系グローバル企業の
アプローチ
日系グローバル企業の
アプローチ
権限関係 ・親会社、子会社間の権限を権限規定で明確化
・大規模投資と経営層の人事は世界本社の専権事項だが、それ以外は海外現法の裁量
・権限規定が曖昧、日本人派遣者による属人的に権限を付与
・欧米の拠点では現法に権限委譲、アジアについては人事権を含むほぼすべての重要事項を日本の事業部が決定
重要ポストの
国籍
・現法トップは現地国籍または、地域の他の海外子会社の人材を登用 ・経営トップは日本人が多い
・執行役員に内部昇進の現地国籍人材を登用するケースもある
拠点間
人材異動
・親会社⇔子会社間だけでなく、子会社間の移動が多い
・拠点間移動がしやすいよう移動時の処遇ルールの共通化
・ジョブポスティングを行って、社員自らが海外勤務を希望できるシステム
・親会社⇒子会社の移動が中心であり、地域兄弟会社間の移動は基本的にはない (本社へ資源を集中しており、子会社が育っていない)
共通の
人事制度
・グローバルグレードの設定(世界本社~現法の管理職クラスまでが多い)
・MBOで評価を統一しつつ、バリュー(共有価値)を反映した行動基準(ただし普遍性が高い)
・報酬は現地相場×個人業績×能力
・グレードと研修制度の共通化に着手
・合弁や買収現法の場合、現法の人事制度をそのまま維持
バリューによる統合 ・バリューを世界本社で策定、複数言語に翻訳し、評価、研修、登用基準を通じて浸透 ・日本人派遣者や日本人拠点長のもとに、OJTで浸透
子会社人材育成と管理 ・世界本社が管理するのは、現地経営層の直下の階層と若手ハイポテンシャルのみ。それ以外は現法が管理
・ハイポテンシャル人材の識別と管理をシステマティックに行う仕組みがある
・ハイポテンシャルには海外勤務を義務付ける。役員登用への必須条件化
・現法の人材を把握するシステムなし ・「公平」とボトムアップの精神により早期選抜育成を避ける傾向
・早期選抜制度を導入しているケースでも、駐在員から見た「できる人材」であり、人材識別基準や管理のためのシステマティックな仕組みはない
育成システム・プログラム ・研修の目的は、人材の識別(研修自体が選抜プロセスとして機能)と、バリューの浸透の2つ
・グレード別に研修を用意、世界本社・リージョン本社・現法のそれぞれが研修の役割分担を行う
・製造現場やサービスフロントラインの教育が中心であり、経営者人材教育を目的とするプログラムは少ない
・ハイポテンシャルを対象にMBAに派遣するケースもあるが、派遣終了後に離職されるケースも少なくない
グローバル
人事推進組織
・本社事業部、本社HR、リージョンHRが以上のグローバル人事のグランドデザインを描き、子会社とグローバル方針との調整や人の異動のコーディネートを行う ・本社HRまたはグローバル人事専門部署をおいて本社HR担当者が兼務する
・基本的に海外子会社の人事を扱う場合は本社事業部に権限がある
出所:2010年、NTTデータ経営研究所にて作成

次に個社事例をご紹介したい。当社が調査を行った中から、示唆の深いものを1つだけ紹介する。この事例は、ローカルへの大幅な権限委譲を可能にした、ベストプラクティスのひとつであると言えるだろう。

3.事例 米系企業A社
  世界共通の人事とバリュー(共有価値)で大幅な権限委譲を可能にしたケース

A社は、1990年代前半までは、進出先国ごとに製品を開発、国ごとに事業を管理してきた。1990年代後半からは、各国あるいは地域に密着した優れたビジネスモデルを育て、成功事例をグローバルに展開しようとしている。そのため、世界本社としては、海外拠点に大幅に権限委譲しつつ、資源の重複やグローバル方針との矛盾が生じないよう、グローバルにガバナンスを利かせることが重要であると考えている。

そのため、人事戦略としては、世界共通のバリューを浸透させることに重点を置き、それを実現するために人事制度の世界共通化を図っている。具体的な施策は下記の通りである。

■人材登用・人事権

  • 上級幹部も含め、世界本社からの人材派遣は原則行わず、ローカル人材を内部登用またはローカルマーケットから採用する。ローカルで適当な人材がいない場合は、地域兄弟会社から登用する。
  • 経営層は世界本社が、若手ハイポテンシャルはリージョン本社が採用・人事権や、育成責任を負う。それ以外については、現地法人の専権事項である。

■人材育成・人材パイプラインの管理

  • 年に1回、ローカル、リージョン本社、世界本社のボトムアップのプロセスで人材の棚卸しを行う。その過程で選抜されたハイポテンシャルについては、人事評価の結果を見ながら、キャリアディベロプメントプランを作成する。
  • グレードごとに研修体系を整備し、研修のうちいくつかは、ハイポテンシャル人材識別のための機会となっている。経営幹部層の研修は世界共通で行い、バリューの浸透、経営計画へのコミットメントの醸成に重点が置かれる。

■評価と報酬

  • 全社員にグローバル共通のグレード、評価を適応。評価は基本的にMBOで行うが、一定割合は、バリューの体現度をコンピテンシーで評価する。ただし実際の運用は、現地法人に委任している。
  • 人事評価の結果が報酬に反映される。ただし、報酬水準については、経営トップを除き、基本的に報酬水準はローカルマーケットの相場を参考にし、現法で決定。国境を越えて移動する社員に対しては、赴任手当等で対応する。

A社のケースでは、現地法人社員の本社からの体感コントロール度(親会社から強いコントロールを受けているという感覚や、それに伴うモチベーションダウン)は極めて低く、One Companyとしての社員アイデンティティが醸成されている。これは人事制度という共通言語に加え、バリューの徹底した浸透を行いながら、同時に大幅に権限を委譲している結果と捉えることができる。

4.終わりに

日本企業は高度な技術力をもっているが、チャネル開拓や現地のニーズに即した製品開発が不得手だといわれている。新興国市場で、いや、あらゆる市場で欧米企業との競争に勝ち抜くには、現地事情に精通し、かつ経営ノウハウをもったすぐれた人材を獲得し、育成し、活用するしかない。スーパー日本人駐在員が八面六臂(ろっぴ)の活躍をすればよい時代は終わった。

本レポートで調査したのは30社の事例にすぎないが、そこから読み取れることは、欧米企業のグローバル人事の戦略性である。育成すべき対象を絞り込み、シンプルな仕組みをつくって、どの国の何人にも理解可能な共通言語としてのグローバル人事制度を構築する。日本企業もこれまでの自社のやり方にこだわる前に、先例に学ぶことは少なくないのではないだろうか。

日本企業もようやくグローバル人事の取り組みに着手したところであり、果実を収穫するのはこれから5年後、10年後のことである。残念ながら日系企業の事例は、ベストプラクティスと呼べるものはまだ少ないが、今後も先進的と思われる事例を発掘し、成功と失敗をわける要因を紹介していきたい。

以上

【第1回】 欧米企業の事例に学ぶグローバル人事
【第2回】 中国人材市場の現状 人材紹介の最前線から
【第3回】 ヘッドクォーター人事として主導すべき施策は何か
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