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情報未来

10年後、20年後を見据え、デジタル・ガバメントがここから数年で実現すべきこと

~電子申請を題材に~
No.67 (2021年6月号)
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット シニアマネージャー 小島 卓弥
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KOJIMA TAKUYA
小島 卓弥
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 社会システムデザインユニット
シニアマネージャー

SI系コンサルティング会社、総務省行政評価局、外資系コンサルティングファームを経て現職。

行財政改革を専門とし、特に政府・自治体の業務改善と行政評価を専門としている。

1 はじめに

菅内閣発足以降、政府においてICT改革の機運が急速に高まった。特に、デジタル庁の発足、自治体システムの標準化、デジタル・ガバメントや規制改革分野への発信力のある大臣の就任など、様々な動きが見られている。

一方で、筆者はこの動きを既視感をもって見ている。2000年前後のIT革命と言われた時代から、電子政府、昨今のデジタル・ガバメント改革など、何度かの波を経てきた。その結果としての現在はどうだろうか。諸外国政府と比べ、明らかにICT化が遅れた我が国は、大臣自らが「デジタル敗戦」を主張する※1 ような状況である。

現政権におけるデジタル・ガバメント改革が進んでいくことが期待される一方で、今回の取り組みを、過去のそれと同様「大山鳴動して鼠一匹」とすることなきよう、着実に前に進めていく端緒としていく必要がある。そのためには10年後20年後の絵姿を描くだけではなく、そこに向けて直近数年で何を実現するのか、足元を固めていく取り組みもまた必要であると思っている。

そこで、本稿ではデジタル・ガバメント改革の大きな柱の一つである行政への申請手続きの電子化、すなわち電子申請に関する取り組みについてフォーカスし、この問題について考察してみたい。

2 電子申請にみるこれまでの取り組みと現状

政府における電子申請の取り組みについて紐解いていくと、2000年にその構想が示されたe-Japanにその源流を見ることができる。2001年3月に策定されたe-Japan重点計画では、「5.行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進」において、「行政の情報化については(中略)、自宅や職場からインターネットを経由し、原則として、行政手続が24時間受付可能となり、国民や企業の利便性が飛躍的に向上する」旨が謳われた。また、「国民等と行政(筆者注釈:これには地方公共団体も含まれる)との間の実質的にすべての申請・届出等手続を、2003年度までのできる限り早期にインターネット等で行えるようにする※2。」という目標も設定された。

近年では、2018年1月にデジタル・ガバメント実行計画が策定され、さらにデジタル手続法が2019年12月に施行された。この中では国の行政手続について、オンライン化実施を原則化とし、地方公共団体などは努力義務とする旨が謳われている※3。また、行政のあらゆるサービスを最初から最後までデジタルで完結させるために不可欠なデジタル3原則(①デジタルファースト、②ワンスオンリー※4、③コネクテッド・ワンストップ)が示されている。

これらを比べると、20年を経て、結局同じことを言っているのが分かる。とはいえ電子申請が実施できる対象申請は増えており、政府全体の申請ベースで見ると79%を網羅し、電子申請率自体も61%まで増加している(図1)。また、地方公共団体においても全申請の52.4%で電子申請が行われている、という結果が出ており一定の成果は上がってきているように見える(図2)。

図1|政府におけるオンライン実施状況(概要)

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出所| 内閣官房IT総合戦略室・総務省「行政手続等の棚卸結果等の概要」

図2|地方公共団体が扱うオンライン利用促進対象手続の利用状況の推移

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出所| 総務省令和元年版 情報通信白書

3 現状の課題

2.で整理したように、確かに電子申請の申請件数は増加傾向にある。しかし、本当にそれはあるべき姿となっているのだろうか。そこで、質・量の観点から検証してみたい。

(1)質の問題

電子申請についてはデジタル手続法の整理の通り、デジタル3原則(①デジタルファースト※5、②ワンスオンリー、③コネクテッド・ワンストップ※6)があるべき姿として示されている。申請ベースで79%を網羅したという政府における電子申請は果たしてそれを満たしているのだろうか。

例えば、政府の入札は基本的に電子申請が可能となっている。総務省や経済産業省など多くの府省では、電子入札システムから入札の際に必要な入札説明書や仕様書を入手することができるようになり、大変便利になった。他方で、現在でもいくつかの省においてはこれらの書類を直接窓口に足を運び、受領する必要がある。これはデジタルファーストで示される「個々の手続・サービスが一貫してデジタルで完結する」とは言えないだろう。そしてこの問題は、我々企業が入札説明書などを受領しに足を運ぶ必要があるということだけではない。該当する省においても入札者が取りに来るか来ないか分からないが、ひとまず資料一式を印刷して準備し、余った書類は破棄するという無駄が生じている。

またある省では、入札の際に財務諸表の提出を求められるケースがある。これは政府における入札の際に必要となる全省庁統一入札参加資格の申請の際に提出・審査済の書類であり、ワンスオンリーで示される「一度提出した情報は、二度提出することを不要とする」から逸脱しているのではないだろうか※7。行政サイドでも、既に入札参加資格審査の際に確認済の財務諸表を各発注案件単位で再度確認するという無駄が生じているといえる。

このように、電子申請自体は確かに実施できるようになったものの、内実は府省によってその中身は微妙に異なり、せっかく電子申請を実施できるようにしたにもかかわらず、業務の非効率を残したままになっているケースもある。

この電子申請の質の問題は、新型コロナ感染症における「特別定額給付金」の申請の際にも問題になった。すなわち申請者が電子申請をしていても、自治体内ではその申請データを印刷し、職員が手入力しているケースも多くみられた※8。これと同じような例を政府の他の申請業務でも見聞きしたことがある。行政サイドにおける電子申請の大きなメリットは、申請データを入力する必要がないことなのだが、申請データを紙に打ち出して改めて入力するのでは、せっかくの電子申請のメリットを無にしてしまっているに等しい。筆者はこの事象を「なんちゃって電子申請」と名付けているのだが、政府・地方公共団体における電子申請の多くでこの「なんちゃって電子申請」がまだまだ存在していると考えられる。

このように、ひとまず電子申請ができるものは増えた訳だが、その質についてはまだまだ改善の余地が大きいと言わざるを得ない。

(2) 量の問題

もう一つの課題は、量の問題である。既述の通り電子申請で受け付けられるようになった申請でも、電子申請化率はなかなか100%に至らないという問題がある。内閣府 規制改革推進室の整理※9では政府における10万件/年以上の手続(300強)のうち、50%以上電子申請されているものは60手続程度に留まっている。輸出入など関連、知財関連、国税、電子証明などで8割程度を占める手続きもみられるが、300強の大半は20%以下又は電子化未実施となっている。このように、一部の申請については電子申請率が高まっているものの、十分に電子申請化が果たされていないものも多く残ってしまっているという、二極化の状況にあることが分かる。

電子申請をできるように間口を広げても、それが活用されないと紙申請と電子申請が併用される形となってしまう。そのため2種類の業務処理をしなければならない現場では「なんちゃって電子申請」の温床となるなど、業務の非効率の要因となっているケースも多い。従って、電子申請の比率を十分に高めていく必要がある。

4 ここから数年でどうするのか~20年後にもう一度同じ議論をしないために

ここまで整理してきたように、約20年前のe-Japan重点計画から、最新のデジタル手続法やデジタル・ガバメント実行計画に至るまで同じような計画を立てていることが分かる。もちろんこの間、電子申請ができる手続きの種類は大幅に増加し、利用率も増加傾向にある。しかし、既述の通りまだまだで問題があることも事実であり、下手をすると10年、20年後に同じ計画を作ることになりかねない。それを防ぐため、ここから数年でどうすべきかを考えていきたい。

(1) 電子申請における「北風と太陽」

電子申請について、対象申請が増えているのみならず、システム面での使い勝手も向上してきているように思う。筆者は毎年確定申告を行うが、e-TAXは年々使い勝手が良くなってきているように感じる。また、以前は3MB以上の添付ファイルを受け付けないような電子申請システムも多くみられ、電子申請がしたくともできないケースなどもあったが、現在はその多くが10MB以上添付できるようになるなど、細かい改善も進んでいる。一方で、どれだけ電子申請システムの使い勝手を向上させても、申請率は50~60%くらいで頭打ちになってしまうという話もよく耳にする。

筆者は電子申請の利用率を向上させるためには「北風と太陽」が必要ではないかと考えている。すなわち、使い勝手を向上させる「太陽」的な対応だけでは限界があり、強制的に電子申請でなければ受け付けないような「北風」的な対応を併用していかないと電子申請率は一定以上向上しないと考えている。

将来的には一定の申請数のある全ての申請を電子化していくことを考えるとしても、例えば高齢者にまで電子申請を強制することは難しいだろう。一方で、企業向けの申請を電子申請のみとしていくことはむしろ進めていくべきではないだろうか。以前、ある省からの依頼で電子申請を利用しない企業に話を聞いたことがあるが、「窓口で提出すると安心する」「現地で受領印を押してもらいたい」など、あまり合理的ではない理由が聞かれた。これらは企業規模の大小に関わらず生じている問題であり、どこかのタイミングで全面電子化に踏み込まなければいつまで経っても紙・電子併用のままになってしまい、業務の効率化も限定的になってしまう。

政府でも通関手続のように電子手続を原則化し※10、システムが利用できない企業であっても税関官署の窓口に設置されている窓口電子申告端末(いわゆるキオスク端末)を設置し電子申請ができるようにする※11などの工夫により、ほぼ全面的に電子申請に移行した例もある。

筆者は、企業向けの申請を中心に思い切って電子申請に一本化するような取り組みをここ数年の内に積極的に実施していく必要があると考えている。その意思決定を早期にしなければ、やはり20年後も同じ議論をすることになるのではないだろうか。

(2) 電子申請に伴うBPRの実施

3.(1)で記したように電子申請の質的な向上を図るためには、ただ電子申請化しただけでは不十分で、それに伴い業務を最大限効率化するように見直しを図ることが必要である。例で示したように、入札の際に審査済の財務諸表を提出させる事務フローでは、発注者側はその書類を審査する必要が生じ、応札者側もその準備に時間を掛けることとなり、双方に無駄が生じることになる。

電子申請化はそれ自体が目的ではなく、申請する国民や企業にとっても、それを受け付ける行政機関にとっても業務が効率化するようにすることが重要である。電子申請化はその大きなチャンスであり、前向きにBPR(業務改革)を行うことが望まれる。

(3) 職員の意識改革

申請された書類を審査する府省職員からは、「審査は紙で実施する方がやりやすい」との話を聞くケースが多く、実際、電子申請をした者に対しても別途紙の申請書類を提出させるケースも少なくない。他方で、完全電子申請化を実現した部署からは、「最初は抵抗があったが慣れた」「入力作業が軽減され、また入力漏れなどのミスも減るため電子申請の方が良い」という話も耳にした。

このように職員が積極的に電子申請を利用する方向に意識を変えていかなければ、運用方法も変わらず、そのメリットも享受することはできない。他方で、それにより審査精度が落ちないよう、大画面のモニターを配置したり、審査システム上に付箋などで申し送りができるような機能を付けるなどのフォローも必要になるかもしれない。

(4) 電子申請ができない人をフォローしつつ、どこで完全に移行させるのか

将来的には電子申請が有効な一定の件数のある申請行為については全て電子化を図っていくということが期待される。一方で(1)で記したように、現時点で完全に電子申請に踏み切ってしまえば、高齢者など、対応できない国民がいるのも事実であり、紙による申請も残さざるを得ない諸手続きは今後も残ってしまう。

これらは受容せざるを得ない部分であるが、それでも効率化は可能である。例えば、AI-OCR(AIを搭載し精度を向上させた自動読取機)やRPA(PC上で定型的な動きができるロボット)を活用することで、紙申請であってもある程度電子的に処理し、電子申請とも併用できるようにする動きが、自治体を中心に広がりつつある。

その一方で、いつになったら、一部のICT先進国のように申請の完全電子化を実現できるのだろうか。実は高齢者のインターネット普及率は年々大きく向上している。令和2年度の情報通信白書によれば70歳台の74.2%、60歳台の90.5%、50歳代の97.7%がインターネットを利用しているという。これを考えれば10~20年以内には完全に電子申請化を図っても問題ない状況が到来することになる。

とはいえ「明日から全ての申請を電子化します」という訳にはいかず、TVの地デジ化のように数年前から周知し、準備を進めていくことが必要になる。その意思決定をここ数年の内に行い、それに向けて準備をしていくことが必要になるのではないだろうか。

ICT技術は今後もどんどん進歩する。それをどん欲に取り込んでいくことで社会全体を効率化していく国は今後も増えていくだろう。そのような状況下で、我が国が20年後も同じ議論をしなくても済むよう、向こう数年内に上記のような取り組みを周到に準備し、着実に実行していくことが必要ではないだろうか。

※1 「平井デジタル改革相が語り尽くす、新型コロナで「敗戦」喫した日本のデジタル復興」日経クロステック 2020年10月27日

※2 e-Japan重点計画 5.行政の情報化及び公共分野における情報通信技術の活用の推進 (2)施策の意義より

※3 デジタル手続法の概要

官邸HPhttps://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/hourei/pdf/digital_gaiyo.pdf(2021年4月20日現在)

※4 ワンスオンリー:一度提出した書類は再度提出を求めない

※5 デジタルファースト:個々の手続きをデジタルで完結できるようにする(原則としてデジタル化する)

※6 コネクテッド・ワンストップ:民間サービスを含め、複数の手続き・サービスをワンストップで実現する

※7 全省庁統一入札参加資格については3年に1回の審査となっているため、2年目、3年目の財務諸表自体は厳密には審査済とは言えない。ただし、政府の方針として3か年は同一の入札資格の下で応札できるとしている以上、重複していると言わざるを得ない。

※8 「10万円給付のオンライン申請は「ぶっつけ本番」、なぜ自治体は手作業に追われたのか」日経クロステック 2020.05.27

※9 内閣府規制改革推進会議 第7回 デジタルガバメント ワーキング・グループ 資料2-1「オンライン利用率の現状とこれまでの取組の振り返り」(内閣府規制改革室)

※10 税関HP「通関関係書類の電子化・ペーパーレス化への取組みについて」より

https://www.customs.go.jp/news/news/paperless/index.htm(2021年4月20日現在)

※11 税関HP「窓口電子申告端末を利用した輸出入申告等」より

https://www.customs.go.jp/zeikan/seido/useful/index_madoguchi.htm(2021年4月20日現在)

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小島 卓弥

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