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コロナで学ぶ意思決定科学

~次への備えのために、今リーダーができること~
No.64 (2020年7月号)
NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット アソシエイトパートナー 茨木 拓也
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IBARAKI TAKUYA
茨木 拓也
NTTデータ経営研究所 ニューロイノベーションユニット
アソシエイトパートナー 

東京大学大学院 医学系研究科 医科学修士課程(脳神経医学専攻)修了(MMedSc)。同・医学博士課程を中退後、2014年4月にNTTデータ経営研究所に入社。

神経科学を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。分野は製造業を中心に、医療、ヘルスケア、広告、Web、人事、金融と多岐に渡る。

著書『ニューロテクノロジー』(技術評論社、2019年)

コロナで露呈した人類の脆弱性

政策の混乱

様々な業種の経営危機

トイレットペーパーの買い占め

         など

そもそもヒトの脳は合理的なアルゴリズムで物事を判断したり、行動したりするようにはできていない。今回のコロナのような危機に臨んで露呈したのは、発達した現代社会に自信過剰になっていた私たち人間の弱さと「意思決定能力のしょうもなさ」だ。それは個人と集団、経営者や政策立案者たち、そして会社・社会をも誤った方向に導くことがある。

コロナを経験したことで、我々は成長できるだろうか。否、人間の意思決定をゆがめる各種のバイアスは頑健で、成功・失敗を通した経験はその改善に無力であることが分かっている。※1また、大事な意思決定をする立場にいる人ほど成功しているため、自身のこれまでの意思決定の方略を変えることは愚行に他ならないと考えがちで、変化することは困難だ。そもそも経験学習は非常にリスクが高い方略である。「失敗から学べ」と偉そうに言うが、今回のような場面おいて経営判断や政策といった意思決定の失敗は、命や莫大な経済的な代償を伴うということを忘れてはならない。

あなたが意思決定を通して他人の人生を預かる立場にいるのなら、これからの時代に得るべきことは経験ではなく、意思決定に関する知識の獲得(つまり人間の脆弱性の自覚)とその対処を戦略的に実行できる専門性である。

本稿では、そもそも人間が如何にバイアスに弱い生き物なのかを具体的にみたうえで、科学的観点からの知識と対策を俯瞰したい。

不安や恐怖はウイルスより早く伝染する

コロナはかつて大流行したペストや天然痘のように人類の寿命を著しく縮めただろうか。

そもそも人間は正しく怖がるのが苦手だ。現代の人類の死因と恐怖症等は全く一致していない。クモやヘビ恐怖症の人がいるが、それらに殺された人が現代日本にどれだけいるだろうか?飛行機恐怖症の人はいるが、死亡者がより多い自動車恐怖症という人はあまり聞かない。進化の名残だろうか、ビッグデータ・ドリブンな正しい恐怖認識を脳は持つことができない。

コロナの場合はどうか。特定の芸能人が亡くなると、際立って取り上げられる。自称専門家が、情報バラエティに出てきて、司会者に煽られるままに危険性を指摘する。

さあ、ここで無防備な視聴者は自身の脳にこびりついた意思決定回路「利用可能性ヒューリスティック」の餌食になる。だがこれは手に入る情報のみに依存した実態とかけ離れた危険な認識だ。

しかし伝える側が悪いかというと、彼らなりの正義がある。

例えば「コロナをナメている人々も恐怖を感じて外出を控えるようになるので、それなりに公益性がある」とか「トイレットペーパーの品薄を友人や家族に伝えることが彼らの利益につながる」という善意だ。

が、悪意にもなりうる善意というものが一番タチが悪い。

例えば、情報番組の司会を務めていた女性芸能人がコロナにより2020年4月24日に亡くなった際、TVはこぞってそれを特集した。そして東京都の感染者数が減少傾向にある中で、新型コロナコールセンターへの相談件数が上昇する※2など、この報道による影響を指摘する声もある。※3ノシーボ効果(プラシーボの逆:悪い思い込みが本当に身体症状に出る)を促進させ、「私も危ないかも」と思う層が過剰に医療機関を圧迫するリスクとなっている。

これに先立つトイレットペーパー・パニック(SNS、TV等での報道をきっかけとして「トイレットペーパーが品切れになりそう」というデマが出回って買い占めが起こった)においても、報道が不必要に困る人を増やした。

ほかにも「アビガン」という、効果に関する明確なポジティブデータがない(むしろ副作用についての報告しかない)段階で、芸能人が「投与されて治った」といったことを検証せずに発信する。こうした事態を指して、「怖いのはウイルスより情報だ」という人もいるくらいだ。

ただ、メディアやSNSの発信者だけに責任を押し付けても、それを求めバイアスされる受信者がいる限り状況は改善されないだろう。そして悲しいことに、どうやら教育によるリテラシーの向上は、こうした非科学的なバイアスの除去にはあまり効果がないようだ。※4

ちなみに、皆さんがあまり目にしないであろうデータを紹介すると、失業率に代表される経済指標と(経済的事情が原因の)自殺者数は明確に相関する。※5最近その数は国内でおおむね年間4000人くらいであり※6、これが2020年度にどうなるか(コロナの死者数との比較を含め)について、2020年5月初頭の段階で言及しているメディアは皆無に等しい。※7

正論っぽく見えるものもそのまま信じるな

環境保護に熱心な人たちは「飛び恥=飛行機には乗らないようにしましょう。肉は食べないようにしましょう(家畜がメタンガスを出すため)。金属を精錬するのにも二酸化炭素がたくさん出るからアクセサリーもやめましょう」と言う。

こういった議論は、正に利用可能性ヒューリスティックの典型だ。一見大きそうな航空機の温室効果ガス排出の割合は最新のデータでも0・8%だ。※8そのようなものを減らしたところで効果が薄いのは明白だ。効果的との根拠が示されていないことを「なんとなく効いていそうだから」「声の大きい人が言っているから」と自己検討のないまま信じることほど浅はかなことがあるだろうか。もし無自覚にそうした行動の拡散をしていたとしたら、更にたちが悪い。それはさながら、自己の防衛のための免疫システムが暴走しすぎて、生体に炎症、そして死をもたらすのに似ている。

今回のコロナでも、「あなたの行動が人の命を守る。Stay Homeしましょう」といった動画がネット上を駆け巡って称賛されるような報道もあったが、環境保護と似たような問題がそこにはある。少なくともロックダウン(都市封鎖)は、様々な仮説やモデルに基づいた探索的な施策であり、ものすごく強いエビデンスがあるわけではない(むしろ今回のコロナにおいては効果がなかったという報告もある)※9。自宅隔離を強要する社会規範を生むことによって生じる経済的な副作用や心身の問題(自殺者の増加、休業になってしまうことによる精神面の負の影響はかなりあるとみられる)※10を無視することで、仮に短期的な成果は出ても長期的には、生命・経済の損失が増加する可能性は十分にあり得る。

ただ、気持ちはわからなくもない。我慢することで何かが叶うというのは古来からある信仰だ。神様仏様に○○断ちの願掛けをするというやつだ。そして、コントロール幻想といって、「私が外出自粛をすることで社会のコロナを止めている」という幻想を人は持ちたがり、そこから外れる人がいると「一部の身勝手な人がいるから収まらないのだ」と叩くわけである。ただ、個人で行ってる分には良いが、少なくとも願掛けの類は宗教、あるいは独善的な自己犠牲精神であり、科学に基づく現代の国家が採用する政策ではあってはならないはずである。

では、私たちはどうすればいいのだろう。環境保護やコロナ対策と経済的な影響(工業化の否定や飲食店の自粛要請等)の間にはジレンマが生じる。そして極性化した意見に振れやすい。しかし双方ともに最も効果的な対策というのはよく分からない。不確実だったら過剰なくらいの防衛策をまず取ってもいいとして、副作用が大きそうだったら漸次的に施策を変えるなど、感情ではなく定量的な証拠に基づいた改良プロセスを持たないと、バイアスがかった忍耐性議論から脱却できない。

過剰なリスク回避はリーダー失格

「リスクを取る」と聞くと、何かネガティブなイメージを持ってしまう人は要注意だ。現実世界で行う意思決定には、何かを選択することで得られること、失うこと、その確率、そして不確実性(確率が分からない)が伴う。その中で、確実な選択肢ではなく、結果が分からないものを選ぶことを「リスクを取る」という。期待値によってはリスクを取ることがより良い結果をもたらす場合もあり、一概に損をする危険を冒す=リスクをとることではない。

例えば、あなたがある自治体のトップだとして、以下の意思決定をしてみてほしい。

あなたの県では、科学的な推定に基づきコロナにより600人が死亡する。

取りうる対策とその正確に推定された効果は以下のとおり。

  • 対策A:確実に100人の患者を助けられる対策
  • 対策B:1/3の確率で600人の患者の命を助けることができるが2/3の確率で誰も助けることができない対策

あなたは首長としてどちらを選ぶだろうか。

ここまで確率が明らかなのだから期待値計算としてはBが2倍良い結果をもたらす(600人×2/3でも200人が助かる)。従って、Aを選ぶのは過剰なリスク回避だ。1・1倍などの僅差だったら悩むこともあるかもしれない。しかし、2倍も違うならば人命をより多く助けるという意味でリスクを取らないことはもはや悪政と言えるのではないだろうか。

こうした過剰なリスク回避傾向は、恐怖などネガティブな感情で促進されることが実験により明らかになっている。ホラー映画を見させられて恐怖の感情を引きだされると、リスクがある意思決定課題(風船を自由に膨らませていって、割れたら何ももらえないが、大きく膨らませたらそれだけ報酬がもらえる)において過剰なリスク回避になり、獲得できる報酬が少なくなる。ちなみにそういった被験者でも感情コントロールを身に着け恐怖を克服するとより風船を膨らませることに成功できる。※11

さて、普通の人では非合理にリスク回避的になるような不確実な世界でも、できるだけ集団の利得を最大化するように、適切なリスクを取れる人物がリーダーであることが望ましいわけである。では「リーダーシップ」とは何だろうか。科学的に定義するのは難しいと思われるかもしれないが、脳科学の世界では定義しようとする試みがある。図に示す通り、ルーレットを回す課題で、「得をする」・「損をする」確率と額が示されており、そしてグレーになっているところは「どちらがどれだけかわからない」ことを意味する。この課題はグループで行い、グレーの箇所は一人一人異なっている。つまり、グループ全体としては個人よりも情報を持っているという状況なので、自分が決めるより他人の意見に従った方が情報量は多い。しかし「自分で決めたい」という動機とのバランスで、あなたはルーレットを回すか、回さないか、あるいは決断を他の人に委ねるかの選択を求められる。また、図に示すとおり、「自分だけ条件」「グループ条件」と別れており、決断の影響範囲が異なっている。そして、この「自分条件」と「グループ条件」における、「他人任せ」にした回数の差を、「責任回避スコア」とすることができる(実験の結果、グループ条件の方が平均17・3%多い)。

この「責任回避スコア」が質問紙で測定したリーダーシップスコアと負の相関を示すのだ。つまり、リーダーシップのない人物が他人に影響が及ぶ場面で意思決定を求められると、責任を他人に委ね、(期待値によるが)過剰にリスクを取らなくなり、結果として集団の利得を下げる危険が指摘できる。※12

気を付けてほしいのは、適切なリスクを取ることと無謀な決断は全然違うということだ。ただしそれと同様に、リスクをとらないことは適切な選択ともイコールではない。もし根拠の無い他人任せの過剰なリスク回避が職場に蔓延しているならば、その組織の存続は危うい。あなたがリーダーならばその違いを見極める必要がある。

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よりよい意思決定のための処方箋

様々な人間の意思決定における脆弱性を見てきたが、どのような対処法があるのだろうか。心理学者のベイザーマンとムーアは意思決定の改善に対して、根拠に基づいたいくつかの方略を提供している。※13

  1. 意思決定にデータドリブンな計算モデルを利用すること
  2. 専門知識をつける:経験ではなく非合理の意思決定プロセスの気づきと対処を行動まで落とし込める専門性を持つこと
  3. バイアスの補正:「自分は優れた意思決定者であり改善は不要」という認識を改め、なにかを判断する時、必ず反例(自分の仮説が間違っている可能性)を検討し、それらが実現できているかのモニタリングをすること
  4. アナロジカル推論:個別の事例を学ぶだけでなく、複数の事例を通して抽象度の高い一般化可能性の高い洞察を培うこと。※14逆に同じ問題の複数バージョンで、その背後にある一般原理を学ぶことも効果がある※15
  5. 客観視する:自分の中の他人を使うこと。例えば大抵の人は自分のビジネス(だけ)は高い確率で成功する(7割以上)と思っているが、他人が同じビジネスをやったら6割以下と答える。実際の成功率は33%なので、「もしも他人がやったら」と考えるとより正しい判断ができる※16
  6. 他者のバイアスを理解する:自分に意見をくれる人たちがどんなバイアスがかかっているのかを正確に推定し、評価の重みを変えること

おわりに

危機に対して準備ができるかといえば、数十年~数百年の周期で起きることや全く新しい希少なイベント(金融危機、地震、コロナ禍など、ブラックスワンと呼ばれるようなもの)は過去のデータから予測することは難しい。もしまた起きてしまった時のためにできることは、まず自らの脆弱性を自覚することである。そしてバイアスへの対処法を武器としながら、最も優れた仮説を採用し、間違っていそうであればすぐに改められるようなプロセスを備えることである。これはコロナのような危機以外にも機能する仕組みであるはずだ。

※1 Ball, S. B., Bazerman, M. H. & Carroll, J. S. An evaluation of learning in the bilateral winner’s curse. Organ. Behav. Hum. Decis. Process. 48, 1–22 (1991)

※2 https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/

※3 ダイヤモンドオンライン「岡江久美子さんの遺骨帰宅を生中継、「恐怖報道」が医療機関を殺す理由」https://diamond.jp/articles/-/236180

※4 Mathew, J. L., Mohan, P. & Kumar, R. Effective messages in vaccine promotion: A randomised trial. Indian Pediatrics (2014) doi:10.1007/s13312-014-0426-8.

※5 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/2-02.pdf

※6 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/1-05.pdf

※7 一部議論も出てきている。例「『新型コロナウイルスによる経済不況で自殺者が増える』藤井聡教授の“独自シュミレーション”とは」(2020/4/3)

https://news.yahoo.co.jp/articles/169bfae851feeaa5cb26b24a55b60f16c9066f42

※8 http://www-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/2020/NIR-JPN-2020-v3.0_J_GIOweb.pdf

※9 Meunier, T. A. J. Full lockdown policies in Western Europe countries have no evident impacts on the COVID-19 epidemic. medRxiv 2020.04.24.20078717 (2020). doi:10.1101/2020.04.24.20078717

※10 Zhang, S. X., Wang, Y., Rauch, A. & Wei, F. Unprecedented disruption of lives and work: Health, distress and life satisfaction of working adults in China one month into the COVID-19 outbreak. Psychiatry Res. 288, 112958 (2020).

※11 Heilman, R. M., Crişan, L. G., Houser, D., Miclea, M. & Miu, A. C. Emotion Regulation and Decision Making Under Risk and Uncertainty. Emotion 10, 257–265 (2010).

※12 Edelson, M. G., Polania, R., Ruff, C. C., Fehr, E. & Hare, T. A. Computational and neurobiological foundations of leadership decisions. Science (80-. ). 361, (2018).

※13 Bazerman, M. H. & Moore, D. A. Judgment in Managerial Decision Making. John Wiley (2009)

※14 Gentner, D., Loewenstein, J. & Thompson, L. Learning and transfer: A general role for analogical encoding. J. Educ. Psychol. 95, 393–408 (2003).

※15 Idson, L. C. et al. Overcoming focusing failures in competitive environments. J. Behav. Decis. Mak. 17, 159–172 (2004).

※16 Kahneman, D. & Lovallo, D. Timid Choices and Bold Forecasts: A Cognitive Perspective on Risk Taking. Manage. Sci. 39, 17–31 (1993).

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