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コロナ禍で注目、普及拡大するオンライン診療

No.64 (2020年7月号)
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 ライフ・バリュー・クリエイション マネージャー 岸本 純子
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KISHIMOTO JUNKO
岸本 純子
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 ライフ・バリュー・クリエイション
マネージャー

国立系研究機関、大手ITベンダーを経て2012年より現職。ヘルスケアICTのグローバル展開、病院情報システム、地域医療連携システム、遠隔医療、防災情報システム、多言語音声翻訳等に関するコンサルティングやマーケット調査を実施。ヘルスケアICTの海外動向についても精通している。現在はヘルスケア×AIとIoTをテーマに活動中。専門は画像工学。博士(工学)。

1.ICTを活用した遠隔医療等の需要の拡大

新型コロナウイルス感染の拡大を防ぐには、直接人と人が接しないことが最も有効とされている。こうしたなか、ICTを活用した遠隔医療、テレワークや遠隔教育の需要が急拡大している。市場はその動向を敏感に反映し、株式市場が全体的に下落している中にありながらもテレワーク向けのサービス、ウェブ会議システムやオンライン診療のシステムを提供している事業者の株価は上昇した。新型コロナウイルス感染対策を契機として、これらの利用拡大が一気に加速することが、感染収束後においても仕事や生活に変化をもたらすのではないかと予想されている。

本レポートにおいては、ICTを活用した遠隔サービスのうち医師対患者にて診療を行う遠隔医療であるオンライン診療に焦点を当てて紹介する。オンライン診療については、新型コロナウイルス感染の拡大防止策のひとつとして、時限的・特例的な措置ではあるが、初診でのオンライン診療が解禁された。感染収束後においても、オンライン診療の更なる普及拡大が期待されているところである。

2.オンライン診療とは

(1)オンライン診療の位置づけ

オンライン診療の診療報酬上の評価は、第7回未来投資会議(平成29年4月14日)や未来投資戦略2017(平成29年6月9日閣議決定)において、オンラインによる遠隔医療を診療報酬改定で評価することが盛り込まれたことを受けて、平成30年度診療報酬改定にて「オンライン診療料」等が新設されたところから始まる。また、令和2年度診療報酬改定においても、オンライン診療の算定要件の緩和やかかりつけ医との連携が前提の「遠隔連携診療料」が新設され、段階的に利用範囲の拡大が進められているところである。

また、オンライン診療の安全で適切な普及を推進していくために、平成30年3月に厚生労働省にて「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(以下、オンライン診療指針)が取りまとめられ、令和元年7月一部改訂版が公表されている。オンライン診療指針は保険診療、自由診療の区別なく、オンライン診療を実施する上で、医療従事者、患者やシステム提供ベンダー等の関係者それぞれが遵守すべき事項についてまとめたものである。

なお、オンライン診療指針の改定の検討の中で、我が国の医療制度や診療報酬制度の考え方に関わる区分として、「オンライン診療」「オンライン受診勧奨」、そして一般的な情報提供及び受診不要の指示・助言に留まる「遠隔健康医療相談」の区分が示されている。

オンライン診療指針では、オンライン診療・オンライン受診勧奨はビデオ通話が必須とされているが、遠隔健康医療相談は媒体に制限はなく、電話やチャット等の利用でも可能となっている。また、オンライン診療は対面診療と比較して患者から得られる情報が少なくなることから「初診は原則として対面」と定められている。(表1)

表1|オンライン診療・オンライン受診勧奨・遠隔健康医療相談の区分

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出所| 厚生労働省、オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会資料等よりNTTデータ経営研究所にて作成

※1 オンライン診療指針上では、「初診」は当該医療機関に初めて受診した場合及び二度目以降であっても、新たな症状等(ただし、既に診断されている疾患から予測された症状等を除く)・疾患について受診する場合と整理されている。

(2)感染拡大前におけるオンライン診療の実施状況

オンライン診療は、2015年の厚労省医政局事務連絡「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」 について)」の通知を皮切りに、特に疾病の限定なく医師の判断で実施されていた。なお、「オンライン診療料」が新設される前は、診療報酬上では「電話等再診」として算定されていた。「オンライン診療料」が新設されたことにより、普及拡大が期待されていたが、「実際には適用できる疾病が限定的である」「算定要件が厳しい」「患者への周知がなされていない」「システムの導入コストがかかる」などの課題から、普及は限定的であった。

保険診療でオンライン診療を実施している医療機関は全体の1%程度である。オンライン診療システム提供事業者のシステム導入実績によると、自由診療で実施している医療機関は保険診療で実施している医療機関と同数程度とのことである。従って、新型コロナウイルス感染症が広がる以前にオンライン診療を実施していた医療機関は全体のうち2%程度と推定される。

これはまだ十分に普及しているとは言えない数字であり、今後の規制緩和等の状況によって、伸びしろのある市場とされてきた。

3.感染拡大下におけるオンライン診療

(1)初診からのオンライン診療の解禁

オンライン診療の初診対面原則の見直しの議論は、本年3月31日に開催された第3回経済財政諮問会議で、規制改革推進会議内にオンライン診療などの実施要件の緩和を検討する特命タスクフォースの設立要請がなされたことから始まった。特命タスクフォースにて数回の議論を経て、4月10日に厚生労働省が留意点や診療報酬上の扱いについての事務連絡「新型コロナウイルス感染症に係る診療報酬上の臨時的な取扱いについて」を公表した。これによって時限的・特例的な措置ではあるが、初診からのオンライン診療が4月13日から解禁された。これに伴い、電話やビデオ通話を用いて初診患者を診療した場合に算定できる「電話等を用いた初診料」が新設された。

なお、初診患者には、初めて医療機関に受診する患者だけでなく、来院歴があるが新たな症状などで受診(久しぶりに受診する患者なども含む)する患者も含まれる。初診からのオンライン診療は重篤な症状の見落としリスクがあるという現場の根強い意見もあったが、医療機関での感染を恐れた受診自粛の防止や、医療従事者への感染リスクの抑制が重要視されたと推測される。(表2)

上記の事務連絡では、具体的な留意点として、過去の診療記録がない患者の初診の場合は処方日数は7日を上限とすることや、麻薬や向精神薬取締法で規定されている向精神薬、抗がん剤など安全管理が必要な医薬品の処方はできないことなどが示されている。なお、初診患者の場合、得られる情報量を補完する意味合いで、可能な限り過去の診療録等により当該患者の基礎疾患の情報を把握・確認した上で、診断や処方を行うこととされている。

また、今年の秋以降に本格解禁が予定されていたオンラインでの服薬指導も容認され、患者は処方薬を薬局に行くことなく受け取れるようになった。

新型コロナに感染しているのではと不安を覚えていた患者や、院内での二次感染を警戒した患者が多かったことなどから、事務連絡後はオンライン診療の利用が急増したようである。その結果、医療機関においては、特にこれまで来院が多かった高齢者が感染予防として外来に来ないという現象が起こっている。

表2|電話等を用いた診療に対する診療報酬上の臨時的な取扱いについて

患者の受診履歴

想定されるケース

診療報酬上の評価

該当医療機関への受診履歴の有無は不問

医師が診察は不要と判断した場合

遠隔健康医療相談の枠組みになるため、診療報酬の対象外

医師が対面診療が必要と判断した場合

受診勧奨の枠組みになるため、診療報酬の対象外

該当医療機関への受診履歴なし

医師が電話等を用いた診察が可能と判断した場合

電話等を用いた初診料【新設】、処方料、処方箋料

該当医療機関への受診履歴あり

現在受診中ではないが、新たに生じた症状に対して診療を行う場合

電話等を用いた初診料【新設】、処方料、処方箋料

現在受診中の患者に対し、新たに別の症状についての診断・処方を行う場合

電話等再診料、処方料、処方箋料

出所| 厚生労働省、中央社会保険医療協議会 総会(第454回)資料「新型コロナウイルス感染症に伴う 医療保険制度の対応について」をもとに弊社作成

(2) 活気づくオンライン診療関連企業の動き

コロナ禍における一時的な特例措置を受けて、オンライン診療やオンライン服薬指導に関連する企業の動きが活発化している。新型コロナウイルス感染症が広がる前には、オンライン診療に関する新規参入事業者もやや頭打ち傾向にあったが、特別措置後は新規参入企業のニュースが散見されるようになった。例えば、LINE子会社のLINEヘルスケアは、計画を前倒しにし、2020年の夏を目途にオンライン診療サービスに本格参入することを表明している。

また、ニプロ株式会社のような医療機器メーカーも、自宅で患者が計測したバイタルデータを医療機関と共有できるオンライン診療システムの提供を開始している。また、これまでオンライン診療システムを有償で提供していた事業者においても、期間限定ではあるが、無償で提供を開始している事業者も数社ある。ある事業者では医療機関からの問い合わせが新型コロナウイルス感染症の拡大後、数十倍になったとのことであり、オンライン診療への注目の高さがうかがえる。

なお、オンライン診療を実施する際、医療機関においてオンライン診療専用のシステムの導入は必須ではない。オンライン診療指針上でも、運用面での留意点はあるが、汎用ビデオ通話システム(例えばSkypeやZoom等)の利用も可能とされている。しかし、多くの医療機関は、セキュリティ対策、予約管理やオンラインでの会計など医療現場に最適化された機能を持つオンライン診療専用のシステムを導入している。また、コロナ禍における一時的な特例措置では電話でも診察可能となっている。

電話のみの診察では患者からの自己申告の情報収集に留まりがちなので、映像はあったほうが良いというのが現場の一般的な意見である。もっとも、システムの導入や院内での運用ルールを策定するにはある程度の時間がかかるため、これまでオンライン診療を実施していた医療機関以外は、電話で対応していることが多いようである。

災害時と同様のことがいえるが、平時に利用していないツールを有事になって急に利用し始めることは難しいのではないかと思われる。オンライン診療を積極的に推進している諸外国においても、オンライン診療は原則、ビデオ通話で実施されている。日本においても、これを機にオンライン診療システムの導入が進むことが期待される。

(3) 世界的に普及拡大するオンライン診療

コロナ禍で世界的にオンライン診療の活用が注目されている。例えば、先行的にオンライン診療の普及を進めてきたアメリカや中国、オーストラリアなどにおいては、感染拡大対策として一時的にオンライン診療の保険適用範囲を拡大する措置などがとられている。また、英国では、オンラインでのトリアージを徹底するように医療機関に周知している。

英国では、市民が自分のかかりつけ医を登録することで、基本無料でプライマリケアをうけることができるようになる「かかりつけ医制度」が導入されている。しかし、患者がかかりつけ医に受診できるまで数週間待たされることや、かかりつけ医は外来患者が多すぎて過重労働となっているという背景から、政府主導でオンライン診療とAIを使った問診システムの導入が新型コロナ感染症拡大前から積極的に進められてきた。対面診療を必要とする条件や対象となる疾病の限定もないため、かかりつけ医と患者間のオンライン診療はひとつの診療形態として定着している。

英国のようにかかりつけ医制度を導入している国では、かかりつけ医と患者の関係性が構築されているため、初診は対面で実施しなければならないという規制はない。我が国おいてもかかりつけ医機能の強化が進められているが、今後さらに浸透することによって、オンライン診療をより円滑に推進できることができるのではないかと推測される。

4.今後のオンライン診療の普及に向けて

今回の新型コロナの感染拡大を通してオンライン診療やオンライン服薬指導に対する認知度が医師や患者の間に広まったのは確かである。特に、連日オンライン診療の初診解禁のニュースが報道されていたことから、国民へ幅広く周知されたという意義は大きい。

また、安倍首相は5月19日に開かれた国家戦略特別区域諮問会議でオンライン診療について、新型コロナウイルスの感染拡大収束後の活用も検討するよう指示した。現場のニーズや課題を踏まえた上で、医療現場に定着すべき措置について年内を目途に検討するとことなっている。

今回の特例措置で積みあがった実例を参考にすることに加えて、かかりつけ医機能の強化との連携、患者の情報を地域で共有する地域医療連携や地域包括ケアとの連携、また医療リソースが不足している離島・へき地におけるオンライン診療の普及方策などオンライン診療の普及促進のための検討事項は多い。

更に、情報通信技術の進歩と併せてオンライン診療の在り方を考えていく必要もある。例えば、今年から商用サービスが開始した5G(第5世代移動通信システム)を活用することによって、これまでより高精細な映像を共有することが可能になり、患者の表情や動き、肌の質感が限りなく忠実に再現された映像で医師が診察できるようになる。また、遠隔では聴診や触診、検査などが不可能とされているが、各種デバイスの開発も進んでいるため、今後対面に近い診療が実現できる可能性もある。

これまでオンライン診療はあくまでも対面診療の補完としての位置づけで実施されてきたが、コロナ禍においてはオンライン診療の非対面の優位性が際立っている。今後、第2波、第3波が警戒されているなか、オンライン診療をはじめとした遠隔医療の推進が必要であることは間違いない。

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ライフ・バリュー・クリエイション マネージャー

岸本 純子

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