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医療機関の感染症対策に関するBCPについて

No.64 (2020年7月号)
NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 産業戦略センター センター長/アソシエイトパートナー 鈴木 教雄
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SUZUKI NORIO
鈴木 教雄
NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 産業戦略センター
センター長
アソシエイトパートナー

早稲田大学卒業後、大手国内製薬会社、メガバンク、外資系コンサルティングファームを経て、現職。主にヘルスケア・ライフサイエンス業界の戦略系コンサルティング、ガバナンス・リスクマネジメント領域を専門とする。直近では、地域医療連携促進、災害拠点病院等の医療機関のBCP策定、中央省庁、自治体等のBCM、ビッグイベントの災害対策等に注力。WHOの災害医療に関する会議等にも招聘されている。また、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「ウイルス等感染症対策技術開発事業」で研究者としても活動している。

1.はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVIDー19)は世界各国で蔓延し、医療体制の崩壊や経済活動が停止するなど、多大な影響を与えている。

日本では、世界各国と比較して陽性判定を受けた患者数は少ないものの※1、現時点での感染症拡大防止策は十分なレベルとはいえず、第2波、第3波による感染拡大も想定される状況である。

感染拡大をうけ、感染症指定医療機関以外の医療機関でも、通常診療や手術等の対応に加え、感染症患者及び感染が疑われる患者への対応等が求められた。

また、特定・第1種感染症指定医療機関に対して、毎日新聞がマスクやフェースガードなどの資材が足りているか調査したところ、回答した25機関のうち18機関が「不足している」と回答するなど※2、資材が不足する中での対応が必要となった。

このような状況の中、2020年4月1日に、新型コロナウイルス(以下、「同ウイルス」)対策を検討する政府の専門家会議が、「感染者が急増する都市部を中心に爆発的な患者増加(オーバーシュート)が起こる前に医療現場が機能不全に陥ると予想される」との見解を公表し、また、同日に日本医師会が「医療危機的状況宣言」を公表するなど、医療崩壊を阻止するための対策が急務である。

2.医療機関のBCPの現状とマルチハザードの重要性

厚生労働省は、2019年3月中に、業務継続計画(BCP:Business Continuity Plan、以下、BCP)を策定することを災害拠点病院の指定要件とした。このため、2019年4月1日時点でほぼ全ての災害拠点病院でBCPが策定されたものの、BCPを策定している一般病院は少ないのが現状である(図1参照)。

また、厚生労働省からの現在の通達では、BCPの内容までは指定されていないため、各災害拠点病院で想定されているハザードは地震災害がほとんどである。各病院では、感染症対策マニュアルは整備しているものの、感染症対策に対する長期のBCPを策定している医療機関は皆無である。

このように、ほとんどの災害拠点病院では、想定しているハザードは地震災害にとどまる。しかし、ハザードには、地震以外の自然災害(洪水、台風、土砂災害、豪雪、風害等)の他にも、テロ等の人為的災害・障害に関するものをはじめ、パンデミックや生物・化学テロ等の健康被害や、データの改ざんや情報漏えい等の技術的障害に関するもの等も挙げられている。その対応が必要であることから、第3回国連防災世界会議の成果文書「仙台防災枠組」でも提唱された通り、医療機関では、マルチハザードに対応できるようなBCPを作成する必要がある。

図1| 病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査(2019年4月1日時点)

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出所| 厚生労働省「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

3.感染症対策の現状及び課題

1.院内感染の拡大

感染流行に伴い、医療機関等でも、大規模な院内感染が続発している。同ウイルスは発症初期には発熱がみられないことがあるなど、早期発見が難しい。そのため感染者の隔離対策等の体制が整備されていない段階で医療スタッフが既存のウイルス対策のみで対応すると、院内感染が拡大する可能性が高い。

そもそもの感染拡大を防止する対策としては、水際対策も重要となるが、日本だけでなく世界各国でも本感染症を確認する手法が脆弱であり、感染者(無症候患者を含む)が検疫のチェックをすり抜け、感染が拡大した可能性がある。また、感染症対策の基本は検査と隔離であることから、防疫のためにはPCR検査数を増加させる必要があるが、保健所の業務過多、マスクや防護服の不足、陽性者に対する医療機関の対応の限界等もあり、世界各国と比較して少ないのが現状である。

2.病床やリソースの不足による感染の拡大

日本では、急性期病床数に比べてICU(集中治療室)のベッド数が非常に少なく、人口10万人当たりのICUのベッド数は、米国の34・7床に対し日本は7・3床である。この数値は、医療崩壊が報じられたイタリアやスペインよりも少ない(図2、3参照)。本状況から、重症患者の治療に必要なICUについて、重症患者数が病床数を上回る可能性が高いことが示唆される。※3

また、人工呼吸器の台数が足りず、集中治療におけるマンパワーも不足している状況であり※4、海外では、人工呼吸器の不足により感染者が亡くなる事例も出ている。

感染者が多数出ている地域では、ICU以外の感染症対応ができる病床も不足した。厚生労働省は、軽症患者等は宿泊施設を療養場所とする基本方針であるが、現状の制度では強制力はないため、自宅療養をしている患者(以下、自宅療養患者)が非常に多い。自宅では体制整備不足や外出制限の強制が困難なことから、自宅療養患者からの感染リスクも大きい。

図2| 人口1,000人当たりの急性期病床数

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出所| OECD

図3| 人口10万人当たりのICUのベッド数

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出所| National Center for Biotechnology Information, Intensive Care Medicine(Journal), Critical Care Medicine(Journal)

3.複合災害の発生

同ウイルスの流行という非常事態においても、自然災害は待ってはくれず、茨城県石岡市では12時間雨量が86・0㎜になるなど、4月としては観測史上最も多くなった場所もあった。また、現在、岐阜県、長野県、千葉県を震源とする地震も頻発している。

パンデミックの状況下で自然災害等が起きた場合(複合災害)、現状の医療機関のBCPでは、地震を中心とした自然災害における対応も不十分であることから、当該災害の対応で逼迫する場面も多くなると予想される。そうなると、必然的に同ウイルスの感染症対策もマンパワーが足りず、畢竟、クラスターの増加、感染者の爆発的増加につながる可能性が高くなる。

4.課題を解決するための対策

1.院内感染の拡大阻止

院内感染の防止策として、患者の隔離の徹底が挙げられる。患者の隔離方法としては、発熱患者の受診や検査を時間的にコントロールする「時間的分離」や、外来の入り口で感染の可能性を判断し、通常の外来診察待合場所か感染症用の待合場所へと誘導する「空間的分離」が挙げられる。

クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗船者と同ウイルスが最初に確認された中国・武漢からのチャーター機による帰国者を受け入れた第1種感染症指定医療機関である自衛隊中央病院は、CT検査の際の拭き掃除を徹底すること、放射線技師も防護装備を行うこと、アクアフィルムという特殊な袋に詰めて洗濯することなどの感染対策を徹底した。また、アメリカNIOSH(国立労働安全衛生研究所)が認可したウイルス防護マスクやN95の着脱についても感染管理認定看護師の支援を受けて徹底的に訓練した。これに加え、検査の際に時間をずらし(時間的隔離)、患者が接近せず距離を保つこと(空間的分離)によって院内感染の防止に成功しており、有効な対策と思料する。

その他の有効対策として、オンライン診療や医療コンテナ(以下、コンテナ)の活用が挙げられる。

遠隔診療は、医師がスマートフォンなどの画面を通して遠隔で患者を診療することで3密を避け、感染拡大を防止することができるため、オンライン診療の普及も早急に進める必要がある。なお、コンテナの活用については5で記載する。

2.病床やリソースの不足による感染の拡大阻止

感染者数の大幅増加に備え、病床やリソースの確保を検討する必要があるが、リソースにも制限がある。従って重症患者に対する対応を優先的に進めることが重要であり、そのためには空床状況、人工呼吸器の台数、重症度等の患者の状況等を行政機関、医療機関、メーカー等で共有できる仕組み(システムの開発等)を整備する必要がある。

自宅療養者を削減させる対策として病床数の増加が考えられるが、既存病院の病床数を増やすのは難しい面もあるため、感染者を専門に治療する病院(以下、感染症専門病院)の設立(指定)やフィールドホスピタルの設立を検討すべきである。

神奈川県では、重症患者を受け入れる「高度医療機関」、中等症患者を受け入れる「重点医療機関」、重点医療機関を支援する「重点医療機関協力病院」を整備するなど、緊急医療体制への移行を進めており(神奈川モデル)、現場のコントロールとして機能している。多数の感染者が発生した地域では、感染症専門病院の設立(指定)やフィールドホスピタルを設立し、感染者の重症度分類に応じ、段階的に対応できる体制を整備するともに、各施設に必要な専門医や人工呼吸器などのリソースを集中させる必要がある。

この点、前述の通り、日本ではICUが少ないため、軽症患者や無症候患者については、フィールドホスピタルやホテルに移送することで、急性期病棟のベッドを空け、それらのベッドを重症患者の治療のためのICUベッドへと転換するなどの対応が必要である。

また、軽症患者を中心に扱う機関でも、高齢者ではSpO2(血中酸素飽和濃度)の低下、若年層では頻呼吸を監視することにより、症状が悪化していないか日々観察できる体制を整え、重症化した場合に備えた連携体制も構築する必要がある。

防疫体制の強化対策としては、感染者が多く出ている国からの入国者に対する検査体制の確立を早急に整備することはもちろん、当該入国者を、検査結果が出るまで一定期間強制的に隔離できるような法整備も必要である。また、PCR検査を増加させるため、ドライブスルー検査やウォーキングスルー検査(検査ブースに入り待機している医師が外側から検体を採取する検査方式)などを進める必要がある。ドライブスルー検査は、病院内と異なり、患者ごとに換気や消毒を行う必要がなく短時間で済むため、医療機関の負担軽減にもなる。

3.複合災害の発生の際の感染拡大阻止

パンデミック時に他の災害が発生した際には、感染拡大を防止するために感染者や感染の疑いのある人の避難所を分けること、避難所へ消毒液などの備品を準備すること、3密を避けるための自宅避難の備えを促すことなどが必要である。

なお、感染症対策と自然災害対策は異なる点が多いことから(図4参照)、複合災害に対応するためハザード別のBCPを個別に作成すべきという意見もある。しかし、ハザード別のケースは非常に数が多く、ケース毎のBCPを策定する事は非現実的である。このため、弊社では、リソースの被害状況を判断基準として対応を検討することを推奨している。各リスクへの対応方針の検討にあたっては、病院施設、医療設備、医療情報システム、人的・物的資源、地域病院など、リソース別に検討を行うことで、ハザードの種類に制限されることなく柔軟な対応が可能となり、複合災害への備えとしても非常に有効である。

上記のような視点での対応策を実行することにより、各医療機関の事業継続だけではなく、ひいては地域の医療継続につながるものと思料する。

図4| BCPにおける自然災害対策と感染症対策の相違

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出所| 内閣官房「新型インフルエンザ等対策政府行動計画等」の「BCPにおける地震災害と新型インフルエンザ等の相違 」をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

5.コンテナの活用

院内感染防止の効果的な対策の一つとして、コンテナの活用が考えられる。弊社では、昨年度、内閣官房「国土強靱化に資する災害医療資機材に関する調査業務」において、平時、有事の際(感染症対策を含む)のコンテナの活用を検討しており、「STOP感染症2020戦略会議」による政府への提言でも言及されているなど、感染症対策としてのコンテナ活用は注目されている。

コンテナは患者待合エリアと診察エリア等を分け、そのエリアに空調システムを配備し、陽圧・陰圧等の風量調整や目視確認用システムを設置することも可能である。また、コンテナ内に搭載する機器についてはほぼ制限はなく、PCR検査、抗原抗体検査室の設置や、レントゲン、CT車の設置も可能である。また、コンテナはテントと比較して隔離効果や衛生管理、気候に左右されにくいなど、大きな優位性がある。

海外では、同ウイルスに係るCDC※5の対応指針の中では地域的な医療ニーズの急増に備え、代替医療施設(ACS)を設立する必要があるとした上でACSの感染防止と管理に関する詳細な検討事項を公表している。国内でも、弊社が災害対策支援をしている千葉県の感染症指定医療機関が、感染症外来としてのコンテナの活用を進めている。

また、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会等の大規模イベントの際や、水際対策として空港・港・クラスターの発生場所等においても有効であると想定される。コンテナを感染症対策として活用するためには、耐久性、ウイルス残存検査、温度湿度データ収集、漏洩X線測定等の検証等が必要であり、早急な実証試験が検討されている。

6.今後の施策について

本稿では、新型コロナウイルス感染症対策に関する各種課題及び対応策についてBCPの視点を交えて論じた。

直近では現場での感染症拡大防止が最重要課題であるため、院内感染防止策や地域で連携した感染症対策等を早急に進める必要がある。弊社が推奨するリソースの被害状況を判断基準としたBCP策定は、感染症対策に限らず自然災害でも十分に活用できるものである。各機関が、BCPの観点からリソースベースで対応可能な業務を考慮し、それぞれの役割を果たすことで、地域医療として事業継続をしていくことが肝要である。

今般の教訓等を活かし各医療機関でBCPを見直すと共に、中核病院(感染症指定医療機関や災害拠点病院等)、自治体を中心とした地域医療BCPを推進していく事が必要になる(図5参照)。

弊社では、京都大学防災研究所、京都大学医学部附属病院等と連携し、地域全体でリスクマネジメント等を行う地域医療BCPを推進している。地域医療BCPでは、災害拠点病院をはじめ、行政機関、医療機関、医師会、メーカー等と連携し、患者の移送やリソースの融通等を検討しているが、本取り組みは、感染症対策にも有効であるため、全国の医療機関、自治体への導入を目指していきたい。

また、今般、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「ウイルス等感染症対策技術開発事業」に関する研究を遂行することになったことから、本研究を通じ、感染拡大の防止や、医療機関の業務継続を推進していく所存である。

図5| 感染症対策全体像

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出所| NTTデータ経営研究所にて作成

※1 外務省「各国・地域における新型コロナウイルスの感染状況 」

※2 2020年5月2日付 毎日新聞記事より

※3 2020年4月26日付 東京新聞記事

※4 2020年4月3日付 日本麻酔科学会と日本集中治療医学会の共同声明

※5 CDC(Centers for Disease Control and Prevention):疾病対策予防センター

本稿に関するご質問・お問い合わせは、下記の担当者までお願いいたします。

NTTデータ経営研究所 情報未来イノベーション本部 産業戦略センター センター長

アソシエイトパートナー

鈴木 教雄

E-mail:suzukinor@nttdata-strategy.com

Tel:03-5213-4171

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