COVID−19のもたらす“新たな世界”と金融機関

“100年に一度のパンデミック”と言われるCOVIDー19。瞬く間に世界中で感染者数が増え、人々の生活様式に大きな影響を与えている。本稿では、COVIDー19を契機とした社会の在り方の変化を捉え、昨今の金融業界の動きを踏まえて、これからの金融機関のあるべき姿について検討してみたい。

1 COVID−19後の“新たな世界(=ニューノーマル)”とは

(1) COVID-19による生活様式への影響

CCOVIDー19の対策として、海外では厳しいロックダウンの措置が導入されるなど、人と人との接触頻度を抑え込むことで感染爆発を避けようとする戦略が取られている。日本では諸外国のような強制力はないものの、学校の休校やリモートの推奨、不要不急の外出自粛が呼びかけに関しては、基本的に海外と同じである。これまで当たり前に享受してきた人の自由な移動が制限された上、モノの供給が滞るなど、COVIDー19による影響は多方面に及んでいる。

COVIDー19は、物理的な移動や接触を前提にしていたビジネスモデルに再考を促したと考えることができる。これからの社会では、人と人同士の「非接触」状態をなるべく維持し、抗ウイルス社会を実現するという観点が求められるようになる。つまり、様々な業種において、業務プロセスの「非接触」を実現するデジタル化が必要不可欠なものと認識されるようになるのだ。デジタル化は足元のウイルス対策としても有効だが、人手不足の解消などの社会課題の解決にも繋がるため、これまで様々な制約によって阻害されていたデジタル化が動きだすとみられる。例えば、これまでは認められていなかった初診患者におけるオンライン診療を解禁する等、新たな社会を目指す基盤づくりが少しずつ始まっている。

(2) ニューノーマルにおける行動指針(デジタル化の必要性)

COVIDー19を経験した社会は、今後ウイルスの存在を前提としたものになっていくとみられる。「ウィズコロナ」「アフターコロナ」等に象徴されるように、企業において公衆衛生を意識した事業運営が必須となる。5月初めの政府の専門家会議では「新しい生活様式」として指針を示しており、人と人との接触を最小限に抑えた生活様式が暫く継続することは想像に難くない。早々に新型コロナウイルスの抑え込みに成功しつつあるニュージーランドではオーストラリア以外との往来を禁止、韓国でも経済活動とのトレードオフで感染状況に応じた措置を段階的に採るような方針が導入されている。

とはいえ、いつまでも経済活動を抑制するのみでは経済は不況に陥ってしまう。世界各国では公衆衛生の観点から「濃厚接触者追跡アプリ」の開発と試験導入をしつつあり、日本でもその動きは具体化しつつある。個人の行動履歴が国家に収集されるという観点から実現方式については議論を呼んでいるものの、経済活動と個人の生命・健康とのトレードオフを考えると、デジタル技術を活用してアジャイルに取り組んでいくのは正しい方向性であるように思われる。

2 金融業界における動き

もともと金融業界は最も早くデジタル化が進んできた業界だった。しかし、それであるが故の「イノベーションのジレンマ」から、最新鋭のデジタル技術の導入が遅れがちであることが問題視されている。現状の打破にむけ、近年金融業界が取り組んでいるのが「オープンバンキング」である。まずはその状況を振り返った上で、COVIDー19の影響を踏まえた今後の日本における金融サービスの在り方について考えてみたい。

(1) 昨今のトレンド、「オープンバンキング」とは

オープンバンキングとは、金融機関が保持しているデータに当該金融機関以外の第三者がアクセス可能な状態を指す。API(Application Programming Interface)と呼ばれる技術によって、これまで金融機関が内部で利用していた情報を第三者と安全に共有することが可能となる。身近なところでは家計簿アプリへの銀行口座情報の連携などが例として挙げられる。APIにより、個人がより安全に銀行口座の情報を提供し、自身に適した金融サービスを利用できるメリットが期待される。

日本においても2017年の改正銀行法で、各銀行におけるオープンAPIへの対応が努力目標とされたが、改正銀行法に基づいたAPI連携は、COVIDー19対応により2020年9月末まで期限が延長されている。

(2) 他国事例から考える発展方向性

一方で、他国の状況はどうなっているのだろうか。オープンバンキングに関していえばイギリスが世界のリーダーシップを握っているが、金融領域に留まらないデータ活用を志向しているのがオーストラリアである。オーストラリアではオープンバンキング推進の検討が進んでいたが、2019年にCDR(Consumer Data Right:消費者データ権)が定められた。これは、「消費者が自身のデータを管理する権利」として定義され、個人の意思によって金融機関を含む企業が蓄積している顧客データを他の機関と共有可能にするものである。CDRはまず金融業界に対して適用され、以降、順次エネルギー等の公益サービス、ヘルスケア、通信業界においても導入されることが決まっており、他国とはこの点で異なる。

CDRは、「データの第三者への開示に関する個人の同意」をもとに、金融を含む多様な業態のデータが顧客それぞれのニーズに適合したサービスとして再編成される世界を目指したものである。

(3) 自己申告(コンセントマネジメント)の必要性

個人データを国が管理するような国家とは異なり、データが個人に帰属すると考えられている国家ではその利活用にあたり自己申告(コンセントマネジメント)が一般的である。欧州ではGDPR(一般データ保護規則(GDPR:General Data Protection Regulation)が制定され、その際にもデータ利用に関わる自己申告の仕組みが前提とされた。その後GDPRに影響を受けた個人情報保護の立法が、シンガポール・タイ・ブラジルやカリフォルニア州に広がり、自己申告のメカニズムは世界的に認知されるようになった。英国のオープンバンキング制度の骨子にも「個人データの顧客帰属」が明確化され、「データ開示に関する顧客の自己申告」、「ライアビリティ(データ取扱に関する銀行とフィンテック企業の責任分界点)」などが含まれている。自己申告の仕組みが世界的に広がりを見せるのは、データを流通させることによってイノベーションを喚起させ、生産性や効率性の向上、競争的な市場環境の整備を通してもたらされる経済成長を期待しているからである。英国政府が実施した経済分析によると、イギリスにおいて個人データのモビリティがもたらす生産性と効率性の恩恵は、約278 億ポンド(358億米ドル)のGDP増加に相当すると推定されている。しかし日本においては、プライバシー保護に関する不信感を持つ消費者や情報漏洩時の責任を問われることを嫌う企業の存在から、個人データ流通の仕組みは整備途上にある。

3 日本の金融機関への示唆

これまで見てきたように、COVID ー19によってもたらされるニューノーマルを踏まえると、銀行は、顧客(法人・個人)から一層のデジタル化を求められることになる。その結果、オープンバンキングの取り組みは加速する可能性が高いと考えられる。

(1) COVID-19を踏まえた真のデジタル化に向けて

これまでデジタル化のインセンティブは利用者の利便性や効率性にアピールすることだったものの、人間力の利用によって既に高い利便性が提供されていた日本社会にとっては訴求力に欠けるものがあった。しかしながら、今回のCOVIDー19によって、マンパワーや対面でのおもてなしに支えられていた日本の利便性は否定されてしまった。顕在化していなかった日本企業の脆弱性が露わになってしまったのである。一方、消費者はStay Homeで自分とコミュニティへの貢献意識に目覚めた。これがきっかけとなり、個人情報の扱いに関する個人の意識が以前とは大きく変わるとは考えられないだろうか。そこにオープンバンキングの真の存在理由が見いだせると考える。

(2) 法人企業から見た資金繰りへの応用

COVIDー19が法人企業に突き付けた命題は、「現金は神様である(株主資本主義では余分な現金は自社株買いによって株価上昇の道具とすべきだったが、それがすっかり変質した)」である。法人企業にとっては流動性管理を高度化するために「非接触ビジネスの必要性」が高まった。口座入出金データに顧客取引データを連携することで、タイムリーな資金繰り算出が可能になる。また、ビジネスの非接触化を推進するためにデジタル技術を使えば、人手不足も解消し、デジタルデータ化した購買履歴を使うことで、在庫の管理能力も向上する。COVIDー19は法人企業のデジタル化を推し進め、法人企業がビジネスを円滑に行うためのデータ間のミッシングリンクを繋いだのである。

(3) 消費者から見た社会貢献としてのデータ利活用

データ活用に対する漠然とした不安感をもっていた消費者側が自らデータ開示に乗り出せば、自分ばかりか社会の役に立てるということが、デジタル化の新しいインセンティブの源となる。たとえば、COVIDー19追跡アプリの利用を通じて、個人がデータ管理を自ら行うことによって、個人の社会貢献意欲を満たすことができ、また個人のデータ流通に関する教育に繋がる可能性さえある。追跡アプリの導入等を介して、個々人の意思決定をもとにした新しい社会がスタンダードになる可能性もあるのではないか。すなわち、COVIDー19後の新たな社会に生きる我々は、コミュニティの構成要員としての自覚をもって行動することが以前にも増して求められる。そのため、個人の社会への貢献という観点で、自身の行動情報を自発的に提供するといった行動様式(=自己申告)が芽生えるのである。

このように、個人が自身と社会にとって必要と判断した上でデータ提供を選択できる環境が当たり前となる社会が訪れたとき、オープンバンキングは必需品になるのである。

(4) 社会や地域の変革を支える金融機関

これまでの日本におけるオープンバンキングの検討は、金融庁主導でオープンAPIを用いたデータ開示について強制適用ではなく努力義務が課される形で進んできた(海外からはImplicit Mandate⦅暗黙の指令⦆と言われているようだが)。これに対し金融機関サイドでは、一部の先を除き、オープンバンキングについては自行として明確な付加価値を意識した取り組みというよりは、規制対応として進めてきた側面が強かったのではないか。COVIDー19という世界的な脅威への対応が日本社会全体を変革期に導き、金融機関が果たすべき役割に対しても変革の後押しをしている。今後は、これまで以上に金融機関の顧客や地域のステークホルダーが変革に直面するだろう。筆者は、これから金融機能の担い手である金融機関が、ステークスホルダーの変革を支える役割を強める必要があると考えている。その手段がオープンバンキング(オープンAPI)であり、その活用によって既存金融機関が存在意義を明確にできるならば、FinTech企業に取って代わられるという言説も怖くない

今後、地域の繁栄とそれを可能にする環境や健康にコミットし、オープンAPIを用いて情報生産機能※1を高めることが金融機関の役割の中核を構成すると筆者は考える。

  • 情報生産機能:借り手に関する情報を生み出す働き。例えば企業の決済口座の動きから、取引の信用状態を察知すること。APIの活用は決済口座に限らない金融機関の多様な情報生産機能を強化する

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NTTデータ経営研究所 金融経済事業本部
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藤岡 春
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