今回は、コロナウイルスが世界各国に広まる中、英国でのビジネス環境についてNTTデータグループの英国everis社に伺うとともに、グループ間の連携を通じ、ビジネス、そして社会に対して何が出来るかについて座談会を行いました。
今回は座談会を引き受けていただき、ありがとうございます。本日はお二人から「ウィズ・コロナの社会状況の変化についてビジネスの観点でどのように捉えるか」「新たなプロダクト提供の価値と社会的効用」「今後の協業の可能性」という3つのトピックについてお話を伺えることができればと思います。まず初めに伺いたいのは、ビジネスを行う上でウィズ・コロナの影響をどう考えるべきか、ということです。今回のコロナ危機を契機に私たちの社会は大きく変化すると思いますが、実際に私たちの社会、そして私たちのビジネスにどのようなインパクトを与えると思いますか?
ビジネスへの影響について
私とジョンはNTT Data UKの傘下にある英国everis社で銀行向けコンサルティングの一翼を担っています。ジョンはコンプライアンス業務のトップであり、企業投資に関する銀行向けコンサルティングも担当していて、後程解説するTouPayも彼の担当です。このプロダクトは今おっしゃったウィズ・コロナの問題に対し、ひとつの解決策となりうる、興味深いソリューションだと思います。
私は銀行関連コンサルティングのトップをしているため、現在の危機に関する情報を収集し、金融サービスに対するコロナの影響についてレポートを作成しました。このレポートでは、今回のコロナ危機で起きている重大な変化について3つのトピックについて扱っています。
まず1つ目は、キャッシュの取り扱い量の減少が加速していることです。支払いに関して言うと、イギリスでは多くの小売店で現金の使用が禁止され、デビットカードかクレジットカードによる支払いしかできなくなっています。これは様々な形態でのデジタルマネーによる支払いが、コロナによって大きく促進されていることを示しています。
コロナ危機による支払いへの実際の影響については、UK Financeという業界機関が作成している実際の数字のデータを待っている状態です。この機関はキャッシュを含む様々な支払い方法や金融サービス企業の情報を集め、グローバルな研究結果を提供し、イギリスにおける支払いのトレンドなどについて公表しています。現在私たちの手元にある2018年のデータを見てみますと、イギリスでは取引の28%がまだキャッシュでした。以前に比べてかなり減少したものの、それでもまだ3分の1はキャッシュだったことになります。
キャッシュの減少というトレンドに関連していえば、さらにイノベーティブな支払い方法があります。クレジットカードや携帯電話による支払いシステムといった、コンタクトレス(非接触型)決済です。ロックダウンというイギリスの現状により、店舗がこうした支払方法を採用する大きな後押しになったと私は確信しています。ロックダウン下でもスーパーや食料雑貨店は営業しますからね。
ヨーロッパ諸国にいる同僚からの情報では、イギリス以外の国々でも支払いはキャッシュレスに移行する傾向だそうです。イギリスでは、最近のコロナ危機がキャッシュの使用を減少させ、デジタルマネーによる支払いを採用させる最後の一押しになっており、これは興味深い動きと言えます。今後2020年のデータが発表されれば実際の影響を知ることもできるでしょう。
コロナ危機の状況については統計結果を待つ必要はありますが、もう1つ私たちが着目している点に、お客さまが銀行の支店に行かず、モバイル取引やデジタル取引へと移行しているということがあります。『フィナンシャル・タイムズ』によれば、イギリスではこの30年間に―つまり1990年代に比べてということですが―イギリスの支店の66%、つまり3分の2が閉鎖されているそうです。中でも2015年からの5年間に3分の1の店舗が閉鎖されています。信じられないような数字ですが、この傾向がどれだけ急激に起こっているかが分かると思います。
これは明らかに効率化とコストカットの必要性によるものといえますが、もう1つの要因として、人々のモバイル決済への移行があります。多くの人がインターネットバンキングではなくモバイル決済を主なソリューションとして選択してるのです。caci.co.ukによる研究では、2021年、つまり来年には銀行の支店に実際に足を運ぶユーザー数とモバイルアプリを使用する数は同じになると予想されています。
私個人としては…これは推測にすぎませんが、この傾向は今後一層加速すると考えています。なぜならイギリスではコロナによるロックダウンの影響を受け、多くの支店が閉鎖されているからです。もちろん、キー・ワーカー※1は別ですけれどね。
これら2つの傾向というのは非常に重要です。モバイルあるいはデジタルの支払いをする人々が増え、銀行の支店が閉鎖されているということは、金融エコシステムに大きな変化をもたらすからです。キャッシュが減ることで、詐欺やマネーロンダリングの取り締まりもやりやすくなるでしょう。もちろん検証の必要はありますが、これはデジタル化の良い面となる可能性があります。
さらにまだ立証はされていませんが、コロナの影響に関連した市場トレンドがいくつかあります。
ヨーロッパではオープンバンキングが広まりつつあります。これはAPI※2を通じて銀行のインフラに第三者が接続することであり、現在トレンドになっています。明らかなのは、より多くの人がモバイルアプリを銀行とのデジタルインターフェイスとして使用するようになった場合、第三者であるフィンテック業者と協力して開発する様々なサービスにおいて新たな機能を提供できるようになり、それがまた新たな需要を生み出していくということです。
これはまだ検証されたことではありません。しかし、現時点では推測にすぎませんが、西ヨーロッパ諸国でさらにロックダウンが続いた場合に、こうしたデジタルエコノミーへと、そして銀行ではより多くのデジタル取引へとシフトしていくというのは、可能性としては十分にあります。
もう1つ私たちが注視していることがあります。これはマクロ経済的に厳しいものですが、金利が下がっているということです。これは、お金を必要とする人や借りる人にとっては良いニュースです。しかし銀行にとっては利益が減るわけですから、厳しい状況になります。
2020年3月からイギリスの金利は、―これはイングランド銀行の政策金利ということですが―0.1%になっています。これは過去30年間で最低の値です。ジョナサン、イギリスでここまでの低金利を経験したことはほとんどありませんよね。こんなに低かったことなど記憶にありません。
ええ、こんなことは初めてです。実際、今はマイナス金利の話まで出ていて、ヨーロッパでは既にそうなっている地域もあります。
それはまた厳しい状況になりますね。実はジョナサンが言ったように、スイスでは既にマイナス金利になっています。ですから先ほど話したように、人々がよりスムーズに銀行との取引をデジタル化できるというプラスの面もありますが、今回の危機、経済という側面においてはマイナスも出てくるでしょう。
これは金融業界にとってですが、一方で私たちもマイナス金利にどう対処すべきか、ということも考えなくてはいけません。これは多くの企業、多くの国の経済にとって初めてのことです。私たちはそうした体験をしたことがありませんので、これを乗り切るのはたいへん難しいことになるでしょう。
イギリスの状況は大変興味深いですね。デジタル化の波の中で私たちのビジネスの仕組みはすでに数年前から変化してきましたが、今回のコロナ危機でこの流れは加速していると思います。その結果、私たちの社会構造やビジネスの仕組みは否応なしに姿を変えざるを得ないでしょう。これについてはどのような意見をお持ちですか?
おっしゃる通り新しい仕組みへと変わっていますね。唐木さんの発言を裏付けるような例を話しますと、私たちは仕事上、多くリテールバンクのCEOやCIOと会う機会があります。弊社が請け負っている業務は、現在は支店で行っている機能、あるいは一時的にポータルで行っているバンキング機能をモバイルに移行することなのですが、彼らの依頼はそれを早めてほしい、というものです。
そう、このデジタル化の流れは加速化しているのです。またリテールバンクは、モバイルアプリにより多くの機能を移行するよう依頼してきています。彼らは事業としてモバイルアプリを通じた取引を推進しています。そして銀行もモバイルアプリでより多くの機能を提供しようとしています。
これが今現在、起きていることであり、ユーザーの行動も間違いなく、そちらの方向へとシフトするでしょう。
新たなプロダクト提供の価値と広範な社会的効用について
ありがとうございました。実のところ私は、今回の危機に対して日本とヨーロッパの国々には違いがあると思っています。日本では、多くの人が今のこの状況を正確に理解していないのではないかと危惧しています。そのため、意味もなく恐れたり、逆に楽観視しているケースも見られますが、事態を冷静かつ論理的に捉えることが重要です。
日本の企業は今までとは異なる価値を持つ新たな段階へと昇華すべきであり、これは日本の社会にとってパラダイムシフトのようなものだと私は考えています。可能であるならば、私たちはヨーロッパやその他の諸国から有益なソリューションやシステムを輸入するとか、成功事例に耳を傾けるとかすべきだと思っています。
しかし日本という国は、時として保守的であるため、私たちはそうした状況を変えたいと思っています。その一つのアクションとして、私たちは日本のマーケットに新しいプロダクトを投入しようとしており、山上さんは現在この活動に奮闘しています。そのためにあなた方と協力して、そうした新しいビジネススキームを立ち上げ、日本の経済を元気づけたいのです。このような活動で何か連携できないかと、期待しています。
是非連携したいですね。ちなみにジョナサンは現在、あらゆる失業対策のスキームについて、またそれがどのように経済に影響を与えうるかについて研究しており、この3週間徹底的な検討をしています。
銀行業務とデジタルへの移行について、付け加えさせていただくと、今起きていることのひとつは、より広範な経済において、デジタルのより広範な使用が意図されているということです。私はリテール業だけでなくその他のセクターへの適用についても考えています。なぜなら、支払いの需要はあらゆる支払いのチャネルで発生するからです。ヨーロッパの一部の国では個人消費が大幅に減少しており、フランスでは前年比で34%も落ち込みました。
リテールの個人消費が3分の1も減少するというのは、非常に極端なことで、経済的には大打撃です。しかし政府が従業員の雇用を維持するよう対策をとった他の国では、個人消費はもっと良い状態で持ちこたえています。私が思うに、リテール経済の強さは少なくともデジタルで下支えされている、ということです。
どういうことかお分かりでしょうか。私は最近ある発見をしたのですが、私が住んでいる地域でゴミの収集場所を見ると、どの家も本当に沢山の段ボール箱を出しているのです。ロックダウンになって外に出かけられない人々が家で何をしているかというと、Amazonで沢山買い物をしているというわけです。
これは私の近所だけのことではありません。私は朝、カフェでコーヒーを買わなくなりましたし、職場の仲間とランチに出かけることもなくなりました。その代わりに私の家族がAmazonで買い物をしています。これが今のリアルなトレンドです。ですから今まさに起きているのは、デジタル化していない、またはデジタル化が遅れている企業が苦境に陥っているということです。
もちろん、そうした企業は何とかデジタル化の波に追いつこうとしていると思います。なぜならここ1カ月か2カ月間で、デジタル化している企業は事業を継続することができているため、非デジタル化企業と比べてかなりいい業績を出していることが明らかになっているのですから。
Amazonは成功している企業の好例ですが、スーパーマーケットや食料雑貨店でも、デジタル化されたチャネルを持っている企業は良い業績を記録しています。一方でデジタル化にそれほど対応できていない企業もあります。その理由としては、これまであまりこの分野に投資をしてこなかったとか、その事業の特性上、ビジネスモデルがそもそもデジタルではうまくいかない、といったことがあるでしょう。
そうした企業は苦しんでいると思います。後者の例でいえば先週、レンタカーのHertzが破産しました。Hertzは巨大なグローバル企業でしたが、人々が世界中を旅行しなければ事業はお手上げです。しかしこのような危機的状況でも今後も大きく業績を伸ばすと私が確信している業態もあります。それはスーパーマーケットです。
イギリスの大手スーパーマーケットの売上げは大幅な伸びを見せています。彼らはデジタル化にも対応しており、人々が外出できない現在のような環境下でも効率的に経営できているからです。
ここでデジタル化の他の分野についてもお話しましょう。私とジョセフにはどちらも学齢期の子どもがいます。子どもたちは学校には通わず、デジタルで授業を続けています。まだそれほど洗練されたシステムではないのですが、徐々に改善されています。大学も同様です。ケンブリッジ大学では今年度は対面式の講義は行わないと発表しました。
ここでも全てはデジタルチャネルに頼るということですが、私の疑問はそのうちどの程度がそのまま恒久的にデジタル化されるのだろうかということです。昔ながらのアナログな方法でやってきた大学での全てのことを、デジタルで行うことは可能ですが、このあとも人々がそれでも大学に出かけていきたいと考えるか、それとも、そんなことはもうしたくないと考えるか、です。
それはとても興味深いですね。私としては、海外で成功した新しいビジネスモデルは、日本にも適用できると考えています。日本では、ビジネスの優先順位をつけるのに外圧が効果的なケースもありますから。いずれにしろ、私たちはこれから新しいビジネスモデルを構築し、それを多くの国に拡げていきたいと思っています。
例えば私たちが拠点を置いているASEAN諸国の成長はかなりのものであり、非常に大きなマーケットです。そのため、ヨーロッパや日本の経験と知恵を組み合わせて、便利で使い勝手の良いプロダクトを創ることが必要です。次のトピックではそのような活動について山上さんにお話ししていただきたいと思います。
今後の協業の可能性
まずジョンとジョセフ、ここ2週間のTouPayの業務への協力を感謝します。TouPayと当社で新たなビジネスを始めるための話し合いを始めたのはこの2月です。TouPayは当社の事業ポートフォリオの1社でして、私たちは既に昨年からデジタル・ベンチャー・スタジオのために検討をし始めていました。
デジタル・ベンチャー・スタジオは外国のスタートアップ企業と私たち、NTTデータ経営研究所との協業になります。他の外国に比べて日本のデジタル化の段階はとても遅れているので、国内で新たなソリューションを見つけるのは簡単なことではありません。ですから私たちはまず海外のよい企業を調査することに決めました。現時点で当社の事業ポートフォリオにはTouPayを含め6つの企業があります。
弊社はUK企業が提供するPFM※3やコアバンキングなどの4つの金融サービスを提供しています。これには地域ベースのロイヤルティプログラムのプロバイダーであるTouPayとPULSE IDが含まれます。ですから今、私たちはTouPayのような新商品を開発する活動を始めたわけです。
私はこの商品を皆さんと共有したいと思っていました。この活動はおそらくグローバルに展開すべきです。TouPayに関しては、フィリピンとインドネシアでは大手企業、大手銀行との共有が始まっています。
また日本国内ではTouPay を実装するためのフィージビリティスタディを大手銀行と始めようとしています。この協業は始まったばかりというところです。また、私はこの非常に大きな業務デジタル化のギャップを利用したいと考えていました。
ちなみに私は御社の事業ポートフォリオに興味があります。具体的にはどういう関係になっているのですか?
実はFinMiraiという企業と協業しています。これはサードパーティーで、以前DBSのチーフ・イノベーション・オフィサーだった人物が社長をしており、2年前にこの協業についてじっくりと話し合いました。フィンテックの企業と銀行はビジネスマッチングのようなものであり、話し合いの場を持つことが一般的なのですが、協業に至る可能性はとても低く、おそらく20%にも届きません。なぜならビジネスマッチングの場ではミスマッチなことが多いからです。
それも、かなりの割合で。しかし私たちはリバース・エンジニアリング的な手法で顧客である銀行とじっくりと話をします。銀行は当社のスタジオの顧客となり、私たちは銀行と協力して世界中から正しいソリューションを見つけようとします。そのおかげでマッチング率は予想以上に高くなります。
なるほど。それは興味深いですね。
これは協業における新しいスキームで、実際、シリコンバレーの私の友人も同じスキームを2年前に立ち上げようとしていました。
それはとても面白そうですね。特に今、イギリスで起きていることについての私たちの見解が役に立つのではないかと思います。
そうですね、500startupというベンチャー企業はおそらく新しいスキームを提供していますが、マッチングの結果があまりよくないので、方向性を変えようとしています。ですからこれまでのミーティング・イベントを続けつつも、同時に本来の事業以外のベンチャースタジオも運営しています。
いいと思います。つまり、その価値はあるということですね。これはイギリスで弊社がTouPayとどれくらい出来ているかの概要を見ても分かると思います。
TouPayはいい例ですね。実際、私たちが持つ事業ポートフォリオの4社はイギリスにあります。こちらの情報は共有し、協力して新しいビジネスを作っていきたいと思います。
是非お願いします。
ちなみに、ロイズ銀行はご存じかと思いますが、私の事業ポートフォリオの1社はロイズ銀行と仕事をしていて、コアバンキングシステムを提供しています。これはThought Machineといって、Googleのエンジニアだった人物が設立した会社です。ロイズ銀行は既存銀行システム協業のスペースをオーバーホールするために、これまで関係のあった企業ではなく、この新しいスキームを受け入れたのです。
それは非常に面白いことになるでしょうね。後程ジョゼフから説明してもらいますが、私たちはイギリスのコアバンキングとオープンバンキングの分野で多くの仕事をしてきました。ここではコアバンキングのインフラを開拓していて、取引データを共有しています。このようなタイプのテクノロジーは非常に重要です。ジョゼフ、私たちの同僚だったハビエルが転職した会社はどこでしたっけ。コアバンキングの分野でのスタートアップの企業だったと思うのですが。
ncinoのことですね。これは販売員のための、販売員のインフラに基づいた、コアバンキング・ソリューションです。
たくさんの活動があるということは、やはり興味深いことです。しかしフィンテックについて私たちが気づいたことは、彼らは一般に非常に面白い商品を持っているのですが、その商品にサービス機能をつけることに苦労しているということです。ですから、実装、サービスの提供、コンフィギュレーションといった点では支援ができますし、TouPayに対してもいろいろな方法でこれを行っています。
ちなみにTouPayで私たちが何をしているかについてちょっと説明させてください。TouPayは…今はこれが社名になっていますが、元々、このプロダクトの名称としてつけられたものです。TouPayは優良なフィンテック企業であり、特定のニッチ企業を対象に協業し、新たなビジネスを創出しています。彼らは金融の給与の分野で活動しています。つまり従業員に給与を支払う方法についてです。
例えばあなたがどこかの会社の従業員だとします。そして自分の勤務時間を記録しますよね。TouPayがやろうとしているのは、その時間を記録するシステムのグローバル・スタンダードになることです。たとえば私が今日、8時間働いて、それをモバイルアプリや、あるいは会社のタイムシートのシステムに記録するとします。これをTouPayのアプリに記録したら、効率が高く、正確で、透明性も高いという利点が得られます。彼らはこのアイデアを銀行や金融の企業でやろうとしているわけです。
これにより、中央のシステムで労働時間が確定された従業員は、自分が選んだ時期に報酬を受け取れる、というものです。月末まで待つ必要はありません。そもそも給与が月末に支払われているのは、会社にとって都合がいいからです。従業員への支払いを遅らせることで、運転資本の観点では効率がよくなるからです。
経営の観点から見ると月に1度とか、週に1度で払った方が効率はよいのですが、TouPayがやっているのは個人のための施策です。従業員が望むように、毎月でも、究極を言えば毎日にでも望むような方法で給与を受け取れるようにするのがTouPayの目標です。おそらく、週に1度くらいが合理的なモデルでしょう。
これが基本的なビジネスモデルです。ですから私たちが持っているのは、従業員の労働時間を記録し、給与用の資金から従業員に給与を支払う銀行に従業員をリンクするプラットフォームです。これが彼らのコアモデルでした。(図)
TouPayのスキーム全体像
そうこうしているうちにコロナ騒ぎが起きてロックダウンになったのですが、自分たちのプラットフォームが給与支払いをやっている金融企業の役に立つかもしれないと彼らはすぐに気づきました。これは基本的に銀行が企業に効率的に資金を提供できるようにするチャネルであり、これが重要なのは、今はまさにイギリス政府が様々な資金提供の対策を取っているからです。今回のコロナ危機において倒産を回避するため政府が企業に貸し付けをする動きは、ヨーロッパの他の国々でも同じように始まっています。
イギリスのこのコロナ対策はCBILS※4制度といって、中小企業を対象に銀行から融資が行われるものです。他にも政府による制度は沢山あり、銀行を介する制度もあれば、政府が直接貸し付ける制度もあります。この制度はロックダウン中だけでなく復興期間中も続きます。
復興にはかなり長い時間がかかるのではないかと推測されていますし、第2波が来るかもしれないといったような、不確実な要素もたくさんありますからね。そうした状況下で、TouPayのシステムを使うことは役に立つと思われます。商業銀行が非常に低い金利で企業に融資をするチャネルを提供することができるからです。TouPayのコアとなる知的財産は、基本的には政府からの資金で銀行からの貸し付けを行うこのスキームです。
基本的にこのスキームによって企業への貸し付けが可能になり、コロナ危機に苦しむ企業に低い金利で融資が行われます。これが可能になるのは、政府による保証があり、銀行にとって資本的に効率的だからです。
TouPayはシステムの真ん中で全体を束ねる役割をします。雇用主や従業員、あるいはペイロール・プロバイダーからデータを受け取り、それから特定の人物にどれだけ銀行から支払うかを計算します。そしてその支払いの指示を銀行に送るわけです。ですから実質的にはTouPayは通常の給料支払いプロセスのほんの一部を担っているにすぎません。しかし現在の危機的な状況で、追加的にコロナ対策の貸し付けもできるところが魅力になるわけです。
これはリクエスト・ツー・ペイというスキームですね。
そうですね、支払いへのアクセス、といったらよいでしょうか。支払いへのアクセスというのは欲しいときにすぐに自分のお金をもらえる機能です。今日が例えば10日だとします。その月に1週間働いたとして、月末まで支払いを待つのはイヤだというとき、TouPayを使うと、その週にすぐに給与の支払いを受けることができます。
なぜならばシステムに労働時間が記録され、その記録が支払いへのアクセスになっているからです。2000年の言語で言うと、B2Cの提案ということになるでしょうか。しかし企業の給与支払いの資金調達はB2Bです。この資金は企業に融資されますが、これは最終的には雇用法によって守られる従業員の権利を守るための資金です。この資金が企業の運転資金となりますが、コロナに関するあらゆる政府の制度は労働者を解雇させないためのものです。
企業が従業員を解雇せず、雇用を続けることで、労働者の生活を守り、コロナによる経済への影響を抑えて、アフターコロナの復興を迅速に進める、というのが基本的なアイデアなのです。
NTTデータグループとしての私たちの仕事は、TouPayのプラットフォーム構築を支援することです。TouPayはこのビジネスを進めるために、様々な関係者、つまりは企業、従業員、銀行、給料の提供者等をサポートする必要があります。そして支援のために運用能力も提供する可能性が出てくるかもしれません。
現時点では、私たちは運用プロセスを構築する準備ができているというところです。TouPayは小さな企業ですから、リソースはそれほど潤沢ではありません。彼らはどこまで構築のための資金を、少なくとも許容できるレベルまで集められるか見極めようとしています。
もちろん私たちは投資を検討することができますが、現在は間違いなく難しい投資環境ですから、プラットフォーム構築にはある程度のリスクがあります。プラットフォームを使う顧客を見つけるだけでなく、プラットフォームを作るための資金を銀行から集める必要もあるからです。
そうしなければサービスは成立しません。結局、やるべきことは銀行、従業員、雇用者、資金を出す企業をリンクさせることです。ですから私たちの仕事は、そうした利害関係者を結び付け、プラットフォームを構築することなのです。そしてもちろん、私たちは現時点でどれだけの利益が出るのかも正確に把握しようとしています。
どうやって、そしてどこまで投資ができるのか。しかし現在の状況では、そうしたことについて現在、話し合っている段階です。TouPayの良いところは、現在イギリスでは上手くいっているということです。ヨーロッパの他の国々にも同様の雇用法があるので、スペイン、ギリシャ、ドイツについても話し合いを進めています。日本の雇用法についての知見はありませんが、このモデルは世界中の多くの国や様々な法域においても機能しそうです。
しかしながら、TouPayに関して私たちが留意すべき点に、銀行の存在があると私は思っています。これまでのところ、この商品の導入に真剣に取り組んで、このプラットフォームで実際に貸し付けをしている銀行はないというのが現状です。
TouPayはHSBCとか、バークレイズやその他の銀行に話を持ちかけています。しかし今のところ、こうした銀行に顧客になってもらうよう説得するのは簡単ではないように私は思っています。まだ難しい状況です。
銀行は実際のプラットフォームを見たがっています。しかし現時点では、これからプラットフォームを作りますとしか言えません。しかし実際にプラットフォームを構築するには、これがビジネスになる、そして最終的に収益が得られるとの保証がなければならない。そこが問題なわけです。卵が先か、鶏が先か的な話になってしまうからです。
日本もイギリスと同じ状況ですね。
プラットフォームが機能でき、ソリューションがうまく機能するようなインフラを構築する必要があるのです。
プラットフォームはどのくらい構築すべきと考えていますか?
そうですね、給与の資金を調整できる程度の、私たちが最低限の実行可能なプロダクトと呼んでいる初期フェーズでは、すべての必要なコンポーネントを納入するのにおそらく75万ポンドから100万ポンドくらいかかると思います。TouPayは今、私たちがどれくらい資金を提供できるかを見積りしています。
御社がこのインフラを提供するとしたら、是非日本でもその応用をさせていただきたいです。
山上さん、この新しいモデルは日本の大手銀行にも適用することが可能だとおっしゃっていましたが、日本の企業には自社のことは自社でやるといった「自前主義」のようなものがあるのではないでしょうか。一方で、より効率的な仕組みを迅速に構築するというスタイルへのシフトも見られます。
私たちが新しいビジネスモデルを紹介するとか、一緒に新しいビジネススキームを創出することにより、大企業と優良なスタートアップ企業の間でバランスの取れた連携を実現する、といったことができるのではないかと考えます。いかがでしょうか?可能だと思いますか?
ええ。私はこの話をもっと発展させられると思っています。将来的には、everisと弊社とでジョイントベンチャーを設立し、より迅速に、より小規模な会社として事業を行い、そしてまた戦略を立ててコンセプトを実現することができるようになればいいなと思います。
良いアイデアですね。
以前アメリカのダラスで、このスキームで一緒にやろうと言うeverisの男性と会いましたが、彼は「新しいジョイントベンチャーを立ち上げて、世界中のマーケットにこのスキームを広めよう。私たちの間には、ASEANやその他広大な市場が広がっている」と言っていました。コンサルティングは人間的なやり取りが必要なサービスであり、とても難しい仕事です。しかしプロダクトを新しいマーケットに持ち込むということは簡単です。まあ、できればの話ですけれどね。
そうですね。そしてもし可能であれば、今後もこうした協業を続けていきたいと思っています。例えば社会のニーズを掘り起こし、プロダクトやソリューションを一緒に作り上げるような…。近い将来、両社のコンビネーションを生かすことのできる新しい共同チームを作ってみるのも一案ではないかと考えます。
もちろんです。アイデアを共有できるのは嬉しいです。そしてTouPayを色々なところで紹介してくださっていることにもとても感謝しています。これにより可能性が広がっていくと思います。まさにジョンはTouPayの取り組みの架け橋になってくれています。
ありがとうございました。コロナ危機が収束したら、ロンドンに行って是非直接お会いしたいです。それでは、最後に読者の方へメッセージを一言お願いできませんでしょうか。
私はヨーロッパの古い言語、ラテン語が好きなのですが、ある素晴らしいラテン語の本からこの現在の苦境に合う、前向きな言葉を引用してお贈りして締めくくりたいと思います。
「苦しみがあるからこそ、人は己を磨き、不死鳥のごとく、より良くなってよみがえる」
素敵なお言葉をありがとうございました。
※1 地域に必要不可欠な公共サービスの従事者
※2 Application Programming Interface:ソフトウェア同士を繋げる機能。異なるソフトウェアやサービス間で認証機能やチャット機能を共有したり、片方から数値データを取り込み、別のプログラムでそのデータを解析を可能にすること。
※3 Personal Financial Management:個人資産マネージメント
※4 The Coronavirus Business Interruption Loan Scheme
この座談会は5月末にオンラインで実施しました。