「だが、デジタル技術はここにある」

三谷 慶一郎

三谷 慶一郎 MITANI KEIICHIRO

NTTデータ経営研究所
エグゼクティブオフィサー

新型コロナウィルスの猛威は続いている。VUCA※1の時代、不確実性の高い環境変化がこれからも起こるだろうことを口にしてはいたが、まさかこのような状況が訪れるとは考えもしなかった。

パンデミックには他の災害とは異なる特徴がある。それは、人間の健康被害に直結はするが、物理的被害は皆無ということである。しかし、感染拡大を抑制するための施策、すなわち外出禁止、国家間での移動制限、イベント自粛、そして多くのビジネス活動の事実上の休止によって、莫大な経済的・社会的被害が起きてしまい、人間が社会的な活動を行うほど被害が増大していく。加えて地球上どこにも逃げ場はなく、収束するまでには年単位の時間が必要になる。さらにウィルスの変異を考えれば、同様の事象が近い将来繰り返されないという保証はない。これは本当に恐るべき厄災である。

コロナの世界に踏み出してしまった以上、我々には彼らと共存していくしか選択肢はない。感染拡大と折り合いをつけながら一定レベルの生活を維持していくためには、「非対面・非接触前提社会」をつくっていくしかないだろう。

幸いなことにデジタル技術は既に我々の手の中にある。インターネットは世界中に張り巡らされており、スマートフォンによって多くの人々は自らの想いを情報発信できる。社会全体の様相をリアルタイムにデジタルデータとして写し取り、それを共有化し解析することも不可能なことではない。ペストやスペイン風邪が流行した時代にはなかった強力な武器がここにはあるのだ。

非対面・非接触前提社会では、自宅に居ながらにして仕事ができ、教育を受けることができるようになる。行政手続は当然のことながら、商取引も、初期の医療行為でさえも全てオンラインで完結する。製造も物流もほぼ無人で行われ、必要な人間の移動についても個人単位の移動手段によって行われる。さらにロボットやテレイグジスタンス技術※2を活用すれば、介護や高度医療、精密な製造作業でさえも、遠隔で実施することが可能になるだろう。

しかし、現状を見る限りまだまだ目指すべき姿とは程遠い。比較的注目されているテレワークひとつとっても、まだまだ一部の企業、職種にしか活用されていない。紙書類や押印を前提とした作業を何とかしなければならない。オンライン診療は、ようやく時限措置として初診対面の原則を突破した段階にあり、道のりは長い。行政手続を行うために人々は役所で列をつくったが、せっかく決定した給付金が国民に届くまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。一方、インフォデミックという言葉で語られるように、デマや誹謗中傷の拡散、生活物資の買い占めや高額転売といった現象を、デジタル技術の負の側面が後押ししているのも事実だろう。

非対面・非接触前提社会の実現のためには、アプリケーションやプラットフォームの整備だけでなく、現在の社会にある制度や文化的な慣習、我々の持つ価値観そのものを抜本的に書き換えることが絶対に必要となる。過去の歴史や経験を自ら否定することは難しいことだが、躊躇している時間はもうない。山積している課題をひとつずつ確実に解決していくしかないのだ。

弊社では今般、これから進むべき社会像を見出すために「アフター・コロナプロジェクト」を立ち上げた。「情報未来」というコンセプトを掲げるコンサルティングファームとして、当プロジェクトを通じて多様な専門領域を持つコンサルタントの知見を積み重ね、我々独自のメッセージを発信していきたい。読者の皆様をはじめ、様々な方々と、この混迷の時代を乗り越えるための議論をさせていただければ幸いである。

「静穏な過去に適用した教義は、乱気流渦巻く将来には機能しない」とリンカーンは言った。新型コロナウィルスは、今まで我々が手放せなかった古い柵を捨て去るための強力なきっかけを与えてくれたのだと前向きに考えたい。

  • VUCA(ブーカ):Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つの語の頭文字から取った言葉で、もともとは1990年代に発生した軍事造語である。現在では、変化が激しく不確実な社会情勢や経営環境等をを指して使用されている。
  • テレイグジスタンス(Telexistence: 遠隔臨場感、遠隔存在感)とは、バーチャルリアリティの一分野であり、遠隔地にある物(あるいは人)があたかも近くにあるかのように感じながら、操作などをリアルタイムに行う環境を構築する技術およびその体系のこと。
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