デジタルコグニティブサイエンスセンター

 デジタルコグニティブサイエンスセンター

「本当に人を動かす」政策立案支援 ~人間情報データベースの可能性~

株式会社NTTデータ経営研究所
情報未来イノベーション本部
デジタルコグニティブサイエンスセンター
マネージャー 相本 佳史

1.証拠に基づく政策立案の必要性

近年、証拠に基づく政策立案(EBPM)が注目されている。EBPM [1]とは、従来では勘や経験だよりであった政策の企画を、合理的根拠に基づいたものとする取り組みである。EBPMの導入により、政策目標達成の実効性向上や、国民の行政への信頼性向上が期待されている。すでに様々な取り組み事例が存在するが、本稿では、人間が潜在的に持つ認知バイアスもEBPMにおいて考慮するべきではないかと提言する。

2.認知バイアスの紹介

認知バイアスとは、人間が意思決定する際に生じる心理現象のことで、本人の直観や先入観、本人の願望やこれまでの経験、他人からの影響が原因とされている。経済学では人間は合理的な意思決定をおこなうとされているが、現実の意思決定は不合理であることの方が多い。たとえば、健康面を考慮すると過度の飲食は止めるべきなのに、自分自身の暴飲暴食を反省したことがないという人間のほうが少ないのではないか。このように、人間の意思決定が不合理である事例をあげれば枚挙にいとまがない。近年、こうした人間の意思決定が心理や感情に左右されることを考慮した行動経済学という学問領域が注目されている。

認知バイアスの例としてハーディング効果がある。多くの人々と同じ行動をとることで安心を得たいという心理から、本人の思考では行動するべきでないと思っていても、つい同じ行動をとる現象である。具体例として、店の前に行列ができていると理由もわからずに並んでしまう現象や、好みの服でないのに周囲の人が着ている服に合わせてしまう現象があげられる。

NTTデータ経営研究所では、様々な種類がある認知バイアスを約5万人の消費者モニターから取得した人間情報データベースを構築している。

3.人間情報データベースの紹介

人間情報データベース [2]とは、NTTデータ経営研究所が構築するプラットフォームであり、脳科学、心理学、行動経済学などの研究者、日本全国のモニター、クライアントと連携し、人間のパーソナリティや意思決定プロセスの解明を目指している。

蓄積項目のカテゴリーは、性別・年代・居住地といった「属性」、性格・基本価値観といった「心理」、病歴・運動日数といった「ヘルスケア」、ハーディング・フレーミングといった「認知バイアス」の4つで構成される。

NTTデータ経営研究所では、この人間情報データベースを活用して金融・メーカー・官公庁といった幅広い業界に対し、多種多様なサービスを提供してきた。官公庁向けにはキャッシュレス推進事業の政策立案 [3]に活用されている。

4.人間情報データベースの分析事例の紹介

人間情報データベースを活用して国民の政策支持傾向を解析した事例を紹介する。議論を呼んだ政策の例として、GoToキャンペーンをあげたい。2020年11月末には、新型コロナウィルスに係るPCR検査の陽性者数が急増し、感染拡大第三波の到来にともなうGoToキャンペーンの一時停止が争論となった。ここで、政策に対する賛成・反対の意思決定に認知バイアスがどう影響するかを調査・分析した。人間情報データベースのモニターに対して、様々な政策に対する賛成・反対やGoToキャンペーンの利用実態、GoToキャンペーンの条件を変更した際の利用意向シミュレーションといった調査を2020年11月25日から2020年11月26日の期間で実施した。

分析では、上述の調査データとディープデータ(性格・認知バイアスのデータ)を結合した上で、NTTデータ経営研究所と九州工業大学が共同開発した分析ツールを用いてタイプ分析を実施した。分析全体像を[図 1]に示す。このツールにおいてテンソルSOM [4]という分析技術が組み込まれている。検証では、①GoToキャンペーンの一時停止の賛成派・反対派の性格・認知バイアス特徴の可視化結果、②特定の一時停止の賛成派の利用意向シミュレーション結果、③政策のインパクトを予測し国民の行動変容を誘発することの実現性、の3つの観点を確認した。

図 1 分析全体像

① GoToキャンペーンの一時停止の賛成派・反対派の特徴

まず、テンソルSOMを用いた政策の賛成・反対および性格・認知バイアスによるタイプ分析結果を[図 2]に示す。

図 2 政策の賛成・反対および認知バイアスによるタイプ分析結果

このマップは、ユーザーのクラスター(=集まり)を表現している。各丸がユーザーのクラスターを意味し、数字は全体と比べた割合となっている。4×4の格子状に16個のクラスターが配置されており、隣接するクラスター同士は政策の賛成・反対または性格・認知バイアスの特徴が類似していることを意味する。また、配色はGoToトラベルの一時停止に対する賛成・反対を表現しており、赤色が賛成派多数、青色が反対派多数を意味する。

次に、個別タイプの性格・認知バイアス特徴の可視化結果を[図 3]に示す。

図 3 個別タイプの性格・認知バイアス特徴の可視化結果

このマップは、ユーザーマップの左から一番目・上から二番目のタイプにおける性格・認知バイアスの特徴を意味する。例えば、右下の「自制心」が赤色になっていることは、このクラスターは「自制心」が強いことを意味し、左上の「強欲さ」が青色になっていることは、このクラスターは「強欲さ」が弱いことを意味する。

そして、複数タイプの性格・認知バイアス特徴の可視化および解釈結果を[図 4]に示す。

図 4 複数タイプの認知バイアス特徴の可視化および解釈結果

例えば、賛成派多数の「内向きな道徳家タイプ」では、GoToトラベルの利用率が低く、紹介意向も低かった。性格的に旅行など外出があまり好きでないこと、および道徳心の強さから社会を守る意識が働いたことが影響してGoToトラベル一時停止に賛成しているのではないか。他にも反対派多数の「自制心が低い外向きタイプ」では逆に、GoToトラベルの利用率が高く、紹介意向も高かった。性格的に旅行など外出が好きであること、および自制心の弱さからGoToトラベルを利用したいと考えた結果、GoToトラベル一時停止に反対しているのではないか。

上記の分析結果から性格・認知バイアスの特徴とGoToトラベル一時停止の賛成・反対やGoToトラベルの利用実態が合致していることがわかった。

② 特定の一時停止の賛成派の利用意向シミュレーション結果

ここではGoToトラベルの条件を変更した際の利用意向シミュレーション結果を[図 5]に示す。

図 5 「他人の意見に流されやすいタイプ」の利用意向シミュレーション結果

特に反応が顕著にみられたのが「他人の意見に流されやすいタイプ」である。シミュレーション条件としてGoToトラベルに関するポジティブ情報(例:現在は還元率が50%であるが、還元率を80%に引き上げた場合、GoToトラベルを利用したいか)およびネガティブ情報(例:GoToトラベルによる新型コロナウィルス感染拡大で有識者から自粛要請があった場合、GoToトラベルを利用したいか)を提示して各タイプにおいて利用意向がどう変化するかを検証した。「他人の意見に流されやすいタイプ」において顕著な差がみられたのはネガティブ情報を与えた場合である。全体の平均利用意向が23%だったのに対し、このタイプの利用意向は4%にまで激減した。このタイプは他人の意見を受けやすいことが認知バイアス上の特徴でもシミュレーション結果でも合致している。

③ 政策のインパクトを予測し国民の行動変容を誘発することの実現性

上記の「他人の意見に流されやすいタイプ」において大阪都構想の賛成率は0%(全体の賛成率は40%)であった。大阪都構想とは、大阪府で提起された行政制度を変更する構想であり、住民投票の結果、否決された。事前の世論調査では賛成派がやや多数であったのにも関わらず、この住民投票が最終的に否決された理由について多くの分析記事が執筆されている。挙げられる要因として、行政コストが大幅に増加するという新聞記事を受けて浮動層が反対派に回ったという論調が主流である。

あくまで仮説での議論ではあるが、この「他人の意見に流されやすいタイプ」がまさに反対派に回ったのかもしれない。大阪都構想の実現を目指すのであれば、世論調査の数字だけでなく、どのようなタイプが賛成・反対なのか、このようなネガティブ情報に流されやすいタイプが反対に回らないようにポジティブ情報を十分に訴求しておく必要があったのではないか。

5.人間情報データベースを活用したディープデータ搭載AI

本稿で分析事例を紹介したとおり、EBPMの実施にあたり認知バイアスを考慮することは重要である。EBPMの実現にあたり、「人間情報データベースを活用したディープデータ搭載AI」の活用を提言したい。

AI開発プロジェクトの推進には様々な問題がある。たとえば、技術に詳しい人材が不在のためAIでどういうことが実現可能なのかわからない、データサイエンティストが不在のためAIモデル構築ができないなどである。NTTデータ経営研究所ではこれらの問題を解決するために、[図 6]に示しているビジネス構想からビジネス導入までを包括的に支援する「人間情報データベースを活用したディープデータ搭載AIの開発支援」サービスを提供している。

図 6 人間情報データベースを活用したディープデータ搭載AIの開発支援イメージ

<引用文献>