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どうすれば男性の育児休業取得者が増えるのか?~男性の家事・育児に関する価値観調査

ライフ・バリュー・クリエイションユニット
マネージャー 小林 洋子
デジタルコグニティブサイエンスセンター
マネージャー 高山 文博
コンサルタント 中村 友昭

1. はじめに

 前回のレポート 「どうすれば人は動くのか~公共ペルソナマーケティングによる政策アプローチの可能性」では、人の行動や心理の多様性を分析できる弊社の「人間情報データベース」を活用して、施策のターゲット層を把握し、科学的根拠に基づくペルソナ設定によりターゲット層に焦点を合わせ意識変容や行動変容を促す「公共ペルソナ・マーケティング」(詳細は前回のレポートを参照)の可能性について、福島県の風評被害対策の事例をもとに考察した。

 今回は、弊社の独自調査で判明した男性の育児休業取得(以下、育休取得)を促進するアプローチについて紹介する。

 子育て経験がある男性約4,700名にアンケート調査をした結果、育休取得には制度の認知度や妻の就業状況よりも平日の家事・育児時間が影響を与えることが判明した。また、今回の分析により育休取得率向上のターゲット層と考えられるジレンマタイプは、育休取得率が政府目標13%を超える一方でジレンマを抱えており、イクメンとして称賛されることよりも、仕事に直結する周囲からのサポートを求めている可能性があることが判明した。

2. 伸び悩む男性の育休取得率

 女性の育休取得率が対象者の8割から9割に対して、男性の育休取得率は数パーセントに留まっている。政府は育休取得対象者の拡大や育休期間の延長、給付金の支給時期や支給率の向上、パパ・ママ育休プラス等の制度的対応に加え、「イクメンプロジェクト 」等を通じて男性も子育てしやすい社会の実現に向けて取組を進めている。2020年度に男性の育休取得率13%を達成することが政府目標とされており取得率は年々高まっているものの、目標達成には近づいていない。(図表1)

図表 1 男性の育児休業取得率の推移と目標率

図表 1 男性の育児休業取得率の推移と目標率

 なぜ男性の育休取得率は伸び悩み、どうすれば育休取得者が増えるだろうか。筆者らの経験から男性の育休取得行動は個人の価値観による違いが大きく、認知と行動のギャップも大きいと考えられたことから、制度対応による一律のアプローチに加えて、公共ペルソナ・マーケティングの有用性が高い可能性があるテーマと考え、独自調査を実施した。

3. 育休取得者と未取得者の違い

 男性の育休取得者と未取得者にはどのような違いがあるだろうか。弊社の調査では育休取得者は育児休業制度の認知度が高く、未取得者と比べて2倍以上の差があった。また、育休取得者の配偶者である妻の就業率(パート、アルバイトを含む)は未取得者(育休取得希望あり)の1.6倍、未取得者(育休取得希望なし)の2倍近くで58.9%であった(図表 2)。

図表 2 妻の就業率(末子の子育て時)(n=4,420)

図表 2 妻の就業率(末子の子育て時)(n=4,420)

 さらに、育休取得者は未取得者に比べて家事・育児時間、主に担っている家事・育児の種類数ともに2倍前後の差がある。家事育児時間で見ると、平日は一日あたり平均約3.9時間、休日は一日あたり約5.2時間を費やしている。また、平日と休日で主に担っている家事・育児数に差がないことから、日常的に家事・育児に関わっていると考えられ、育休取得者はいわゆる「イクメン」といえる(図表3)。

図表 3 一日あたりの家事・育児時間(分)と種類数(平日・休日、末子の子育て時)(n=4,420)

図表 3 一日あたりの家事・育児時間(分)と種類数(平日・休日、末子の子育て時)(n=4,420)

 育休取得者の「イクメン」を想起させるそのほかの特徴として、朝食作り、夕食作り、朝食・夕食の片づけ、洗濯(洗濯機を回す、干す、たたむ、アイロンがけ)等、手間がかかる家事を主に担っている割合が未取得者と比べて2~4倍もの差がある点が挙げられる(図表4,5)。

図表 4 平日に主に担っている家事・育児(末子の子育て時)(n=4,420)

図表 4 平日に主に担っている家事・育児(末子の子育て時)(n=4,420)

図表 5 休日に主に担っている家事育児(末子の子育て時)(n=4,420)

図表 5 休日に主に担っている家事育児(末子の子育て時)(n=4,420)

4. 育休取得のカギは平日の家事・育児時間

 ここまで、男性の育休取得者の制度の認知度や妻の就業状況、家事育児時間・種類数の点から未取得者との違いを明らかにしてきたが、アンケート結果と人間情報データベースで保有している人間情報を組み合わせてパス解析(変数間の因果関係の推論を行う統計的手法)を行った結果、興味深いことが判明した。

 制度の認知度(0.259)や妻の就業状況(妻が会社員0.082、妻が専業主婦-0.072)は確かに育休取得と関係はしているが、平日の家事・育児時間の方が強く関係しているのである(0.334)(括弧内はパス係数)。つまり、育休制度そのものの普及や妻の就業状況に合わせた男性向けの啓発も重要であるが、「育児休業を取ること」そのものよりもそれに関係する「家事・育児」に対象を広げ、男性が平日に家事・育児に関わることを後押しするアプローチを取ることが結果的に育休取得促進につながることになると推測される。

 政府の「仕事と育児の両立支援に係る総合的研究会」の報告書(以下、研究会報告書)においては男性の家事・育児時間が長いほど妻の就業継続率が高く、また第二子以降の出生割合が高い傾向があるとされていることから、男性の家事・育児関与は育休取得に留まらない社会的意義もあるといえよう。

5. 男性の家事・育児価値観の6タイプ

 男性の家事・育児を後押しする場合、考慮する必要があると想定されるのが家事・育児に関する価値観である。妻や周囲に褒められると頑張る男性もいれば、家事や育児に対して拒否感を持っている男性もいるだろう。仕事と家庭の優先度も影響するはずだ。そこで、家事・育児に対する価値観を軸にクラスタリングを行った結果、6つのタイプに分かれることが分かった(図表 6)。

  • 1) 家事育児中立因子が高く、配偶者の生き方を尊重し、男性の家事育児参加を当然視しているが、仕事もしっかりやりたいワーク・ライフ・インテグレーションが理想の「本当はもっとやりたいジレンマタイプ」(ジレンマタイプ)
  • 2) 仕事よりも家事・育児で貢献したいワーク・ライフ・バランス重視の「家庭重視良いパパタイプ」(良いパパタイプ)
  • 3) 家父長因子が強く、仕事人間だが家庭内の発言権や決定権も持ちたい「仕事も家庭もオレ流タイプ」(オレ流タイプ)
  • 4) 家庭運営は妻に任せて自分はあまり関わらず、子どもの成長を見守れればよい。自分は仕事で家庭に貢献する「家庭はお任せタイプ」(お任せタイプ)
  • 5) 社会的評価が第一で仕事が最優先の「仕事第一タイプ」
  • 6) 育児は母親が行う方が良く、家庭運営は妻に主導権があるべき。家事・育児は週末等に余裕があれば行う「男は仕事、女は家庭が理想タイプ」(分業タイプ)

図表 6 男性の家事・育児価値観タイプ

図表 6 男性の家事・育児価値観タイプ

 なお、育休取得率が高いタイプは、「ジレンマタイプ」、「良いパパタイプ」、「オレ流タイプ」であるが、先に述べたパス解析の通り、妻の就業状況は必ずしも影響しているとはいえずタイプによる違いがある(図表 7)。

図表 7 タイプ別の妻の就業状況

育休取得率 妻の就業率
(括弧内はパート・アルバイト除いた就業率)
ジレンマタイプ 13.8% 43.3% (28.5%)
良いパパタイプ 5.4% 30.5% (18.1%)
オレ流タイプ 4.6% 36.3% (24.2%)
お任せタイプ 3.9% 32.6% (22.3%)
仕事第一タイプ 3.6% 35.2% (24.5%)
分業タイプ 1.8% 28.8% (18.4%)

6. 「ジレンマタイプ」がほしいのはイクメン評価よりも仕事へのサポート

 人は行動特性や心理特性が異なると価値観も異なるため、効果的なアプローチは価値観タイプ別に実施することが考えられる。例えば、企業による取組みの場合、タイプ別にみると以下のようなアプローチが考えられる。

■分業タイプ

 企業による取組の場合、育休取得率が最も低い「分業タイプ」には福利厚生メニューに家事代行サービスを加えて後押しすることが考えられる。家事も育児も妻が主導した方がうまく行くと思い込んでおり、自分が家事・育児に関わるには時間的・精神的な余裕が必要だが、相対的に協調性が高い点が注目され、妻の機嫌を損ねたくない気持ちが高いからである。

■お任せタイプ

 一方、最も構成比が高い「お任せタイプ」は、合理的で価値を適切に評価できることから、育休期間中の非課税措置を含めた収入確保の程度や両親で分担して育休取得することのメリット等を明確に伝えることが効果的と考えられる。

■オレ流タイプ

 「オレ流タイプ」は勤勉性が高く、新しい経験に積極的で好奇心の強さが特徴であるため、会社ぐるみの取組として支援することや男性の家事・育児関与により、家庭におけるポジティブな変化や仕事面での効果を伝えることが考えられる。

■良いパパタイプ

 また、「良いパパタイプ」は家事・育児拒否因子と仕事人間因子が低く、社会的評価因子が高いことから、仕事よりも家事や育児が好きだと感じてはいるが、職場での評価低下がボトルネックとなり取得率が上がらないでいると推測される。このタイプには男性の育休取得に対する社内の啓発活動、育休取得による評価低下抑止などの保証を通した職場環境の改善が有効であると考えられる。

■仕事第一タイプ

 さらに同様の考察が社会評価因子の高い「仕事第一タイプ」にも適用でき、社内イクメン表彰など家事や育児に関わることを評価する等、職場環境の改善が有効であると考えられる。しかしながら、「良いパパタイプ」ほど男性の家事・育児を受け入れているわけではないため、効果は限定的であると推測される。

■ジレンマタイプ

 意外なアプローチが求められるのは育休取得率が13.8%と最も高い「ジレンマタイプ」である。

 「ジレンマタイプ」は、育休取得率が政府目標を超える13.8%であり、育休取得者の4割が1か月以上の育休を取得する、いわばイクメンのモデル層である。朝食作りや夕食作り等の比較的負担が重い家事を平日に担っている比率は、他のタイプと比べて大幅に高い。アプローチ次第でさらに育休取得率が高まることが期待できるためターゲット層の一つと考えられる。

 しかし、意外にも価値観と行動のギャップが大きい点が注目される。育児に対して男女分け隔てない育児中立因子が高いが、仕事人間因子が「分業タイプ」に次いで高いのである。仕事で家族に貢献したい気持ちが他のタイプに比べて強いため、望んで家事・育児を担っているものの、仕事と家庭生活の間で葛藤している。職場での評価や地位は気にならないが、仕事にやりがいを感じている可能性が高い。

 実際、「ジレンマタイプ」の育休未取得者は、会社に育休制度が未整備であることや職場が育休取得をしづらい雰囲気であることを理由に挙げている。「ジレンマタイプ」の心理特性として、自己肯定感が高くそれに対する周囲への感謝の気持ちが強い。昨今の人手不足による同僚へのしわ寄せや顧客対応等が気がかりで育休取得に二の足を踏んでいる可能性がある。

 イクメンと呼ばれることへの憧れはほとんどないことから、「ジレンマタイプ」へのアプローチは、ジレンマが解消されるよう仕事面でのサポートをすることが重要となる。テレワークやフレックス制度等、家事育児と仕事を両立しやすい柔軟な働き方のほか、家事・育児に深く関与することで培われるリーダーシップ力や部下育成力、チーム形成力等を積極的に評価し、チャレンジする機会を提供すること等が考えられる。

 そして恐らく最も求められるのが上司への啓発であろう。育児休業や育児・家事への関与が本人のワークエンゲージメントを高めることに加えて、仕事の見える化による担当部署内での業務分担の促進、それに伴い他の部下も育児以外の理由を含めて交代で休みやすくなる職場の体制作りにつながるメリットがあることを認識し、男性の育休取得や育児・家事への関与をサポートする役を果たすよう促すことが重要である。

 このような職場サポートが得られジレンマが解消される方向に向かうと「ジレンマタイプ」は更なるイクメンぶりを発揮するだろう。

7. おわりに

 男性の育休取得率向上には平日の家事・育児への関与がカギであることが明らかになった。結婚前や子どもが生まれる前を含め、当たり前に家事に関わる環境づくりが重要である。「ワークエンゲージメントの観点から職場サポート(人事制度、福利厚生制度、現場マネージャー対応等)も求められる。どのタイプが良い悪いではなく、タイプによってサポート内容やアプローチ方法が異なるといえる。本稿では述べなかったが、職場サポートの他に利用したくなる家事・育児商品・サービス開発や配偶者からのサポートも考えられる。

 日本でもようやくナッジ(行動変容を促す気付きを与える行為)を取り入れる施策に関心が高まっており、例えば仕事と育児の両立支援に係る総合的研究会報告書(厚生労働省)においても男性の育児への関与状況に応じた取組等、実質的に、言わば「タイプ別ナッジ施策」が求められているといえる。

 本調査結果を活用すれば、国民や従業員のタイプテストや構成比の把握、ターゲット層の心理特性・行動特性からリアリティーがあるタイプ別のペルソナを設定し、より精緻かつ効果的にアプローチしていくことが可能になる。人間の心理・行動特性を踏まえた行動変容を促す施策の要諦は、ターゲット層の設定と小規模での実証による有効性の検証である。

 弊社では、男性の家事・育児促進をはじめ、社会的に重要なテーマの官民での取組みにおいて本調査手法を活用頂きたいと考えている。興味のある方はお問い合わせいただきたい。

――――――

《調査について》

  • ◆ 調査名:育児や働き方に関する調査
  • ◆ 調査対象:人間情報データベースモニター(男性のみ)
  • ◆ 調査方法:非公開インターネット調査
  • ◆ 調査期間:2018年1月9日~15日
  • ◆ 有効回答者数:7,721人
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