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新たな発想により変革が進む防災・減災対策のASEAN展開

アソシエイトパートナー 三笠 武則
『情報未来』No.38より

自然災害が集中するASEAN諸国

世界を俯瞰すると、ASEAN諸国はわが国と同様、主要な自然災害が集中する地域である。統計をひもといてみると、当該地域では過去40年間に40万人を超える人々が自然災害で亡くなり、その損害額も1000億USドル規模に達している。多くの国においては、5割以上の住民と15%以上の国土面積が自然災害の危険にさらされている現状にある(※1)。急成長と急速な都市化を続けるASEAN地域において、自然災害による損害は、その進展を減速させる主要な要因である。従って、防災・減災への取り組みは喫緊の課題であり、まさに生命線であると言えよう。

※1 出所:ASEAN災害リスク管理イニシアティブ編「Synthesis Report on Ten ASEAN Countries Disaster Risks Assessment」(2010年12月)

防災・減災対策の概要

実効的な防災・減災対策を実現するためには、「品ぞろえ=対策の組み合わせ」と「展開=プロセス」の両方の側面を、各国の現状を踏まえつつ、的確に過不足なく総合的にデザインすることが求められる。近年では、単に整備することにとどまらず、整備した対策をきちんと運用し続けることに重点を置く傾向が強まっている。

1 対策の種別

防災・減災対策は、大きく分けて制度設計、ハード整備、情報およびICTの利活用、「ひと」のブラッシュアップ、先端技術の向上などに分けられる。このすべてにバランスよく取り組んでいかないと、防災・減災対策の効果が十分に発揮されない。

近年、これら5つのうち、特に情報およびICTの利活用と「ひと」のブラッシュアップの2つの領域への取り組みが加速している(図表1)。前者はブロードバンドネットワークやM2Mクラウドなどの情報通信技術の進歩に伴うものであり、後者は効果の高い運用を確保するために不可欠な方策と捉えることができる。

図表1:防災・減災対策の種別
対策の種別 具体的な内容 国際支援の現状
制度設計
  • 国家基本戦略策定
  • 関連法制度の整備
  • 国家および地域コミュニティにおける組織体制と各々の所掌・責務ならびに指揮命令系統の構築
  • リスクを考慮した土地利用や建築の規制 等
ASEAN諸国では、まだこれから取り組みを加速すべき事項を残す国が多く、伝統的に国際支援の対象となってきた領域
ハード整備
  • 堤防、防波堤、ダム、貯水池、水門等の土木インフラの整備
  • 土木インフラの運用・維持
  • 土木インフラの評価・改善 等
伝統的に国際支援が続けられてきた領域
情報および
ICT
の利活用
  • 気象、地震、津波、洪水、強風、噴火、土砂崩れ、映像等のリアルタイム監視
  • 気象予報
  • 衛星写真の活用
  • GISとハザードマップ・リスクマップの作成・周知
  • 住民への早期警報伝達
  • 情報通信基盤整備
  • 事業継続計画策定、運用、改善 等
近年、ASEAN諸国への国際支援が増えている領域
「ひと」の
ブラッシュアップ
  • 住民への普及啓発活動
  • 定期訓練
  • 専門人材の育成(知識/技能向上、国際人材交流等) 等
整備しても運用できなければ対策の実効性を発揮できないため、運用のための専門人材の育成・訓練、住民のリテラシー向上などは不可欠な取り組みであり、近年、国際支援へのニーズがさらに高まっている領域
先端技術の向上
  • 産官学による先端的な対策技術開発の推進
  • 国際標準化への参画 等
各国の防災力を向上させるために、伝統的に国際協力が続けられてきた領域
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

2 対策の展開プロセス

防災・減災対策の展開は、フィジビリティ調査、計画策定、対策実施、平常時と非常時の運用(併用)、維持管理、評価見直しというプロセスを踏んで進めていく必要がある。これら5つのうち、特に、作りこんだ対策を動かし続けるフェーズにあたる平常時と非常時の運用(併用)と継続的な維持管理が大きな課題としてクローズアップされるようになってきた。

防災・減災対策におけるICTの役割とは

防災・減災対策において、ICTが果たすことのできる役割は多い。例えば、総務省の日ASEAN官民協議会「防災システム」分科会においては、ICTが果たすことができる役割として、①気象の監視/計測などのセンサーデータ取得、②状況把握のための映像等の現場被災情報の収集、③情報共有&処理・分析&意思決定支援、④住民への情報伝達・警報、⑤住民間の情報伝達、を指摘している(※2)。このうち、①②はビッグデータを集積する都市や地域コミュニティの神経系の役割、③は国・地方自治体・インフラ企業・国際間の状況認識の共有、データに基づくシミュレーション等による予測・予報、意志決定支援のためのコマンド&コントロールの役割、④⑤は住民に危険を速報で未然に伝え、住民間でその情報を共有する役割をそれぞれ果たすことができる。このように、ICTが果たすことのできる役割を「見える化(①②)→解析・分析評価(③)→住民への警報伝達(④⑤)」の一体的な流れと捉える考え方は、「スマート」と冠されて最近注目を集めているM2Mクラウド活用コンセプトの基本を成すものである。

総務省では、この考え方をさらに進化させ、平成24年7月4日にICTスマートタウンのコンセプトを提言している(※3)。ICTスマートタウンでは、ワイヤレスネットワークやクラウド等の災害に強い技術とビッグデータの利活用やセンサーネットワーク等の最先端技術を組み合わせたICTパッケージの実社会への適用により、①災害に強い街づくりの実現、②地域が複合的に抱える諸問題の解決、③経済の活性化・雇用の創出、④国際社会への貢献・国際競争力の強化を目指そうとしている。このなかで、防災・減災機能は、平時の「街の自立的な発展を支えるICTの総合的な活用」とICTインフラを共有する、緊急時に不可欠なアプリケーション(=住民等のニーズに応じて、確実かつ効率的に情報を収集・伝達等できる仕組み)として捉えられ、重点化されている(※4)

一方、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(=IT戦略本部)により提言され、官邸から公開されている「IT防災ライフライン」のコンセプトにおいては、①災害関連情報の集約・管理・配信・2次利用とSNS活用、②草の根情報からの防災・救命時における公的価値の高い情報の特定、インターネット等による消防への救援要請の実現、③公的機関がSNS等を利用するための情報セキュリティ基盤づくり、④IT防災訓練の徹底、⑤防災情報伝達プロトコルの国際化、⑥緊急時の携帯電話基地局ゾーンの運用や電源対策の強化、官官・官民で通信インフラを相互利用できるための措置等の検討の促進が提案されている(※5)。いずれの提案も平成23年3月11日に発生した東日本大震災からの教訓に基づくものであり、納得感の高いものばかりである。特に、①②③は「公式メディア」としての公共機関の従来からの枠組みを超えようとするものであり、その動向が注目される。

※2 http://www.soumu.go.jp/main_content/000121907.pdf PDF
※3 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin01_02000057.html 別ウィンドウが開きます
※4 出所:総務省 ICTを活用した街づくりとグローバル展開に関する懇談会 報告書概要(平成24年7月)より引用 http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin01_02000057.html 別ウィンドウが開きます
※5 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/bousai/dai3/siryou4_1.pdf PDF

防災・減災対策のグローバル展開における新しい潮流 ~パッケージ化の流れ~

従来の防災・減災対策に係る国際支援は、制度設計、ハード整備、「ひと」のブラッシュアップ、先端技術の向上などにおいて、対象国で課題と期待が大きい分野に焦点を絞り、個別重点的な支援をしてきたと言える。もちろん、この取り組みは今後も継続すべきものである。しかしながら、2004年のスマトラ沖地震や東日本大震災のような巨大災害に直面し、近年、運用できて機能しなければ対策としての意味がないという考え方が浸透してきている。このため、防災・減災対策に係る国際支援において、「実際に運用できるパッケージ=インフラ」の提供への変革が進んでいる。前述したASEAN官民協議会「防災システム」分科会のM2Mクラウド活用コンセプトやICTスマートタウンのICTインフラ活用コンセプトからも、パッケージ化による防災・減災対策の一体的な「国際展開」の流れを明確に読み取ることができる。

防災・減災対策の国際展開において主要な役割を果たしてきた国土交通省も、タイ洪水を契機として、新たなフロンティアとしての「防災パッケージ」の国際展開の考え方を推進するとしている(※6)。国土交通省のパッケージ化の特徴は、平時から制度設計、ハード整備、ICTインフラ整備、先端技術の向上などを網羅する総合的な対策を準備しておくことにとどまらず、平時からトップ/実務レベルの国際協力関係を通じて災害時の緊急運用を国際支援する「ひと・もの・情報」の仕組みまでも作りこんでおき、いざという時にこれをすぐに動かせるようにしておこうというものである。このなかで、ICTが果たすことができる役割は、人材登録・情報備蓄データベース、ハザードマップなどの災害リスク情報の提供、被害予測・シミュレーション機能の発揮、早期警戒情報の提供、官民連携緊急チーム(人材、資機材)のロジスティックス管理、警戒避難に係る住民への情報提供など、総合的かつ多岐にわたっている。

ICTを活用したASEAN地域への防災・減災対策の国際展開のあるべき姿とは

図表2:ICTを活用した防災・減災対策の望ましい国際展開プロセス
出所:NTTデータ経営研究所にて作成

ここまでの解説を整理してみよう。ICTを活用した防災・減災対策の国際展開のあるべきプロセスはおおむね図表2のように整理することができる。すなわち、対策ニーズ、関連する規制、インフラ整備、既整備のICTシステムの現状把握を最初に行い、次にこれを踏まえて各国向けに最適化された防災・減災パッケージ計画の作成と既整備ICTシステムとの関係調整を実施し、さらに対策整備と災害発生後の運用体制・ノウハウの構築を行うという流れとなる。

この稿の最後では、ASEAN地域への国際展開を考えるにあたり、各プロセスにおけるポイントを整理したので、ぜひ参考にしていただきたい。

1 現状把握

ASEAN諸国への国際展開を考える場合には、現状把握は非常に重要なプロセスとなる。冒頭に述べたようにASEAN地域は自然災害が集中するという特徴を持っているが、赤道に近い場所は台風・サイクロンが来なかったり、地震・津波被害は特にインド洋側が危険であったり、急流と大河でそれぞれ異なる形態の水害が発生していたり、国や地域によって細かい違いがある。従って、現地のニーズに即した対策を、既整備のICTシステムとの相乗効果や補完によって的確に整備していくことが求められる。

また、通信・電力・TV視聴のインフラ整備状況を把握することも重要である。特に、カンボジア、ラオス、ミャンマーは他国に比べてインフラ整備が遅れている現状にある。インドネシアなどの離島が多い国は国内での格差が大きい。これらのインフラ整備の遅れは、特に住民に危険を伝える段階において重要な制約要因となるため、十分な対策を施すことが必要である。

2 計画・調整

計画時には、現状を踏まえて、いかに現地に適切な防災・減災パッケージを設計できるかが重要である。ICTシステムに関しては、「見える化」の段階では、センサー数不足、維持管理不足による機器故障、データ収集自動化の遅れ、ルーラル地域の通信インフラの不足などが課題となるが、ASEAN地域においては既設ICTシステムとの兼ね合いを考慮しなければならない局面が多いため、その資金提供国との調整が重要である。例えば、インドネシアではドイツが地震・津波対策システムの整備に資金提供をしている。次に、「解析・分析評価」の段階では、M2Mクラウドでビッグデータを活用するインフラを平時・災害時で共有し、ICTスマートタウン整備の基盤とするという新しい考え方をぜひともASEAN地域にも根付かせたいところである。さらに、「住民への警報伝達」の段階では、シンガポールとブルネイを除く他のすべての国において、離島やルーラル地域において有効な対策を根付かせることが重要であり、わが国のワンセグ方式、エリアメール、減衰の少ない特殊なスピーカーなどの先端技術の積極的活用が期待されている。

3 整備・運用構築

すでに述べたように、防災・減災対策は実際に運用できて初めて大きな効果を発揮できる。ASEAN地域においても、このために必要な技術者の育成、訓練、専門家受け入れ、国際人材交流、リテラシー教育などへのニーズは常に高い。また、国土交通省が取り組み始めた災害時の緊急運用を国際支援する「ひと・もの・情報」の仕組みの平時からの作りこみにも期待を持つことができる。

さらに、わが国の気象庁防災情報XMLフォーマット(※7)のような、情報収集・共有・警報伝達のプロトコル標準化の取り組みも重要であろう。わが国からの国際協力を強力に進めるにあたり、競合国に打ち克つための有力なツールとなりうるからである。

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