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時代が要請する働き方の変革とは? 第2回

労働時間「適正化」の実現に向けて 
~“削減”から“適正化”へ~

マネージャー 吉澤 牧人
【第1回】 3つの先進事例を通じてワークライフバランスを再考する
~働き方の変革に向けた基本思想の重要性~
 
【第2回】 労働時間「適正化」の実現に向けて 
~“削減”から“適正化”へ~

 

企業にとって、社員の労働時間(時間外労働、以下「労働時間」)削減は古くからある課題であるが、法規制対応(労働基準法改正)を始め、生産性向上、労務リスクの削減(心身の健康維持等)、残業コストの抑制、ワークライフバランスやダイバーシティの推進加速など、企業内外における種々状況により、近年、あらためて労働時間の問題がクローズアップされている。中には、『残業ゼロ』という高い削減目標を掲げて、積極的に取り組もうとしている企業も少なくない。

しかしながら、労働時間削減の取り組みは、例えば、削減自体が目的化してしまったり、やみくもに労働時間を削減する(総労働時間のみを見てとにかく削減する)と、組織や個人への多大な悪影響を及ぼす恐れもあり、注意が必要な取り組みでもある。そこで、本レポートでは、労働時間削減の効果的な実践方法や考え方について、あらためて考えていきたい。

労働時間削減には「効果」もあるが「悪影響」の恐れもある

社員一人ひとりの労働時間(総労働時間)を削減すると、確かに会社にとっても社員にとっても冒頭で述べたような効果が考えられる。しかしながら、労働時間削減には組織・個人に多大な悪影響を及ぼす恐れが大きいことも、取り組みに当たっては十分に認識しておく必要がある。例を挙げると、下記のようなケースが想定される。

ケース1 「成長の停滞」

労働時間を減らして自ら時間的な余裕を創出できれば、社員はその時間を自己投資や、より高付加価値な業務遂行に時間を振り分けられ、自立的な成長の加速につながる可能性がある。しかし一方で、労働時間削減圧力によって時間的な余裕が無くなってしまうと、OJT機会(育成的配置含む)が減少してしまえば成長は停滞してしまう恐れもある。

このように、労働時間削減の取り組みは、効果につながる場合と悪影響を及ぼしてしまう場合があり、どちらに振れてしまうかの“分岐点”をしっかりと見極める必要がある。上記のケースの“分岐点”は、社員に労働時間削減自体を「目的」として捉えさせずに、時間の使い方(最適配分)を見直すことを目的として認識させられるか否かである。

ケース2 「成果の低下」

労働時間(業務へのインプット)を減らしながらも成果(同アウトプット)の量・質を維持できれば生産性向上につながるが、一方で労働時間の削減と共に成果も減少し、事業そのものが縮小に向かってしまう恐れもある。例えば、早帰りデー(ノー残業デー)を設ける場合には、こうした点には十分な留意が必要である(強制的に早く帰ることによって、効率的な働き方を考えるようになったり業務のムダが見えてくるという点では効果的な取り組みであるが、そうした効果を享受するために留意が必要である)。この場合の“分岐点”は、社員が、仕事を時間ではなく“価値”ベースで捉えられるか否かである。

他にも、労働時間削減による効果と悪影響が想定されるケースとしては下記のようなものが挙げられる(図表)。

図表:労働時間削減の「効果」と「悪影響」の想定ケース

ケース
分岐点
社員ロイヤルティ/帰属意識の低下
労働時間短縮化によって会社への安心感・信頼感が増すことによって会社ロイヤルティの向上につながる可能性がある一方で、「時間」で働く意識が強くなりすぎると“アルバイト感覚”になりロイヤルティが下がる恐れもある。
仕事を過度に「時間」で捉えさせないようすること
サービス残業の恐れの増加
労働時間削減は、サービス残業発生の恐れを根本から無くすことができる可能性がある一方で、真(しん)に必要な時でも残業をしにくい雰囲気になりサービス残業の恐れがより潜在化する可能性もある。
いかなる時でも労働時間の削減ありきではなく、事業とのバランスを考慮すること
コスト削減の無効化
一般社員の労働時間削減によって残業コストの抑制につながる可能性があるが、一方で残った業務の特定層(管理職等)への集中(負荷集中)により、割増賃金や健康管理コスト、リテンション/採用コスト等が増加してしまう恐れもある。
コスト構造を踏まえて、全体最適で調整すること

労働時間削減に取り組むに当たっては、上記のような「効果」と「悪影響」の両面の十分な想定と、その“分岐点”の見極めが重要である。

特に「悪影響」については、例えば上記のような“成長の停滞”や“成果の低下”など、一度、社員の意識・行動として根付いてしまうと、回復には多大な時間を要するものも多いため、慎重になる必要がある。

労働時間の「削減」ではなく「適正化」という考え方へ

上述で挙げたケース(“成長の停滞”や“成果の低下”)を始め、労働時間削減の「効果」と高め「悪影響」を回避・抑制するためには、個別の促進・回避の施策を講じることも重要であるが、根本には労働時間の「適正化」という考え方を社員に徹底していくことが重要となる。

ここで言う労働時間の「適正化」とは、単に(総)労働時間を減らすことだけでなく、労働時間の有効な使い方(労働時間の最適配分)を実現することであり、すなわち、仕事を「時間」ではなく「価値」ベースで考えることへの変化と言える。

労働時間の適正化を実現している組織や個人の意識・行動の具体的イメージとして、(1)時間を「有限な資源」として捉えている、(2)「価値の高い仕事(自身は何を優先的・重点的にやらなければならないか)」を理解している/かつ組織でベクトルが合っている、(3)価値の高い仕事に配分する時間を自律的に増やしている、の3点を下記に挙げた。

(1) 時間を「有限な資源」として捉えている

社員一人ひとりやその総和としての組織の持てる時間は、物理的には有限であることは言うまでもないが、業務遂行において「有限」であると意識していることが重要である。よく聞かれるケースであるが、もしも労働時間を「無限」な資源として捉えてしまっていると、効果的な時間(資源)配分という意識・行動は生じ得ないためである。 さらに、持てる労働時間を社会人人生の全期間(約40年間)に拡(ひろ)げて考えた場合、自らのライフステージ(ライフイベント)とワークステージ(“仕事の頑張り”時など)を自ら十分にかんがみながら、有限の時間の有効活用を考えるという自律的なキャリア形成の意識・行動にもつながっていく。

(2) 「価値の高い仕事(自身は何を優先的・重点的にやらなければならないか)」を理解している、かつ組織でベクトルが合っている

次に、時間の有限性を十分に意識できていても、時間の使い方いかんによっては十分な期待成果が得られないであろう。持てる時間を、何に対して重点配分すれば、リターンがもっとも大きくなるのかを認識している(少なくとも、そのことを意識している)ことが重要である。これは、社員一人ひとりが自らの業務において認識していることだけでなく、組織全体として認識が合致していることも必要である。

(3) 重点対象に配分できる時間を自律的に増やしている

労働時間を重点配分すべき高付加価値な業務を認識し実際に配分が可能になれば、次には、そうした業務への配分時間をいかに増やせるかが重要となる。すなわち、いかに「ムダ」な作業を見つけて減らすかである。

ただし、既に多くの企業では業務改善活動やIT導入等により効率化が進んでおり、誰が見ても明らかな「ムダ」を見いだすことは、以前ほど容易ではなくなっている。そのため、個人の身の回りのムダの見直しだけでなく、組織的に「ムダ」の再定義(優先順位の再定義)を行うことから始めなければならない可能性にも留意すべきである。

労働時間「適正化」の実現に向けて

労働時間の削減については、大なり小なり何らかの取り組みを進めている企業が多いと思われるが、労働時間「適正化」の実現に向けて、あらためて推進側の視点に立って重点取り組みポイントを整理したい。

【重点ポイント1 社員一人ひとりが自らの時間の使い方を知ること】

『時間を「有限な資源」として捉える[前節(1)]』ためには、まずは社員一人ひとりが、自らの過去や現状の総労働時間とその内訳とその成果を知ることは必須である。そもそも自らの時間の使い方が「見える化」されていないと、持てる時間が「有限」であるという意識も生まれにくい上、労働時間の適正な配分を考えようという意識にもなり得ない。また、上司部下間やチームメンバー間でも時間の有限性の意識が生まれにくく、組織全体としても労働時間の適正化を考える風土になりにくい。

社員一人ひとりの労働時間の使い方の「見える化」の実現のためには、推進側としては、例えば情報システム導入による「見える化」の促進や、定期的な研修等により労働時間の棚卸し機会を提供するといった取り組みが考えられる。また、そうした仕組みに加え、推進側(人事部等)によるモニタリングやしつこい程の働きかけも重要である。

【重点ポイント2 「何を減らすか」ではなく「何に注力すべきか」を考え抜く風土を作る】

『「価値の高い仕事(自身は何を優先的・重点的にやらなければならないか)」を理解している、かつ組織でベクトルが合っている[前節(1)]』ためには、「何を減らすか」ばかりではなく「何に注力すべきか」を考え抜く風土を創(つく)ることが重要である。

社員が業務や時間を減らすことのみを極端に考えるようになってしまうと、重要な業務を減らしてしまうことにもなりかねない。短期的には不要である(成果が見えにくい)が中長期的には重要な業務や、自身にとっては不要であるが関係者・関係部署には重要な業務等は、削減対象になってしまう恐れがある。前者では、人材育成や新規チャレンジ等があり、後者では、情報提供の精度(予測精度など)等は、課題としてよく聞かれる例である。

これら課題の解消のためには、上記のような「何を減らすか?」だけではなく(同時に)、今、組織として社員一人が「何に注力すべきか?」を明確に理解していること、すなわち上記課題に対する“判断軸”を有していることが重要である。当たり前のことではあるが、本来は「注力すべきこと」が明確でなければ「やらなくても良いこと」が分からないはずであり、分からない状態でやみくもに労働時間を見直そうとすれば、上記のような短期的な視点・狭い範囲の視点での判断に陥りやすくなる。

労働時間適正化の推進側は、会社の方針展開の促進や、その方針を基に各組織が「今やるべきこと」を自ら考える風土の醸成(機会の創出等)を行っていくことも必要である。「今やるべきこと」を組織で考えるためには、当該組織の事業レベルから考えられる上位層の巻き込みは必須である。こうした労働時間の問題はミドルマネジャー(特に課長)に委ねられるケースが多く見受けられるが、ミドルマネジャーでは、場合によっては担当業務内に視野が閉じてしまい、事業起点で「今やるべきこと」が見いだせない、もしくは各マネジャーで異なる「やるべきこと」を見いだしてしまい整合性が取れなくなる等の可能性がある。

【重点ポイント3 負荷が集中している層を重点的に支援すること】

『重点対象に配分できる時間を自律的に増やす[前節(3)]』ためには、社員一人ひとりの効率化の支援が重要であり、特に負荷が集中している層への重点的な支援が重要となる。全社の平均の労働時間(時間外労働)が減少していても、どうしても長時間労働から抜けられない層が残るケースが多い。典型的な例では、ミドルマネジャー層である。そうした層は各現場でも業務遂行や組織風土創りの面で中心的となっている場合が多いため、それら層の長時間労働からの脱却は大きな課題となる。

負荷集中層への支援に当たっては、負荷集中の要因の分析が重要である。なぜならば、個人の仕事スタイル(例:抱え込むスタイル)に起因するよりも、組織の構造的な問題に起因し、本人や個別組織単位では解消が容易ではないケースが多いと思われるためである。構造的な要因とは、例えば、1つの業務プロセスにおいて関係部署がムダに重複しており部署間調整に多大な時間を要してしまう、会社方針と組織目標がずれており、また業績評価指標が目標と異なっているため行動にぶれが多くなってしまう、業務遂行に必要な権限や情報が与えられておらずムダに時間を要してしまう、等の不整合であり、不整合の解消・調整を行おうとすると多大な労力・時間を要してしまう。

(例えば、ミドルマネジャーにとっては、社内の利害関係者が皆違うことを言うため、すべてに対応しようとすると多大な時間を要する等である)-

労働時間適正化の推進側は、特に負荷集中層に対しては、意識醸成だけではなく、要因分析やその解消の具体的支援を講じていく必要がある。

 

事例 カシオ計算機株式会社 様のケース

カシオ計算機株式会社では、3年前(2007年)から、社長のトップダウンのもと、人事部人事開発グループが主体となって「時間外勤務ゼロ」を目指して労働時間の短縮(適正化)を進めている。現時点で、時間外勤務ゼロまでは到達していないが、大幅な労働時間の短縮を実現し、かつ社員からの評価も好意的とのことである。

ここで、同社の取り組みの主たる特徴(適正化の成功要因)を下記に整理したが、一言で言えば、「ブレない取り組み」であると言える。

成功要因1 「効率化」という明確な目的の共有

労働時間短縮(適正化)の目的は「仕事の(より一層の)効率化」であることを明確に打ち出し、社長によるトップダウンで方針浸透を行った。方針メッセージ内では、社員の生活の充実や健康面への配慮に一部触れているところもあるが、あくまでも目的は「仕事の効率化」=働き方の見直しという、明確なメッセージを打ち出している。なお、同社では約10年前から「毎日改善」と称した改善活動を継続している土壌があるため、社員の側も「効率化」という目的に向かって自らがやるべきことのイメージが付きやすいとのことである。

成功要因2 各事業部門の部門長の巻き込み

各事業部門における推進主体を課長層ではなく、明確に「部門長」としている。これは、課長レベルであると個別業務の範囲内での検討に閉じてしまいがちになるが、部門長レベルだと事業全体の視点で時間配分等の検討・判断ができるためである。実際の労働時間の短縮(適正化)方法も各部門長に委ねており、部門の状況に合わせて自律的に種々やり方を工夫している。また部門長の役割・責任を明確にするために、部門の労働時間を部門長の評価項目に組み入れ、人事部側の推進主体である人事開発グループが部門長と個別に十分に対話を行っている。

成功要因3 労働時間の「見える化」と推進主体(人事開発グループ)によるモニタリングと支援

社員一人ひとりの労働時間については、人事開発グループでもチェックしており、毎月、各部門の労働時間状況を各部門にレポートしている。今後は、こうした月次の労働時間の管理を、日次(にちじ)でリアルタイムで長時間労働になりそうな社員を事前に部門長に報告する等の運用ができるよう、情報システム化を進めていく予定とのことである。

成功要因4 時間ではなく成果による評価の推進

一般に、どうしても “長く働いている社員”=“頑張っている社員”として高い評価を付けがちになる。同社でもそうした傾向が無かったとは言えないとのことだが、最近では仮に早く帰ってもしっかり成果を出している社員が評価され、昇進するケースが出始めている。そうした社員が上に立つことによって、さらに自律的な労働時間の短縮(適正化)が進んでいくと思われる。

おわりに

労働時間の適正化、すなわち時間を有限な資源と捉えその効果的な配分を社員一人ひとりが考え実践していくことは、すなわち「働き方」を考え直すことにほかならない。一過性の取り組みではなく、「これからの働き方をどう考えるか?」という視点で考えていくことが重要である。本シリーズでも「時代が要請する働き方の変革とは?」と題して、引き続き働き方について検討していきたい。

最後に、本稿の執筆にあたり、当社の考え方を理解いただいた上で、取り組みの内容をご紹介いただき、事例の掲載をご快諾いただいた企業の皆さまに心より御礼を申し上げたい。

(協力企業名)
カシオ計算機株式会社

 

本レポートの前に第1回として、先進事例を通じてワークライフバランスを再考する中で、時代が要請する働き方の変革の実現に向けた基本思想の重要性について再考しているので、そちらも合わせてご参照頂きたい。

以上

【第1回】 3つの先進事例を通じてワークライフバランスを再考する
~働き方の変革に向けた基本思想の重要性~
 
【第2回】 労働時間「適正化」の実現に向けて 
~“削減”から“適正化”へ~ 

 

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