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リアル・バーチャル結合によるH型ビジネス
~業界のバリューチェーン組み換えで、ビジネスの覇道を進む~

情報戦略コンサルティングユニット
シニアマネージャー 河本 敏夫
1.T型ビジネスからH型ビジネスへ

 企業が競争市場で戦う場合、当該市場における競争優位を磨いていくのが王道の戦い方だろう。例えば、電子機器メーカーであれば、その品質・新製品開発のスピード・機能性などで他社と競争している。しかし、グローバル競争や技術革新などによって価値の陳腐化が進むと、コスト競争に従うしかない。圧倒的な物量を誇る企業の単独優位となる。競争市場という敵に武器が利かないとき、企業はどう戦えばよいか。2本目の武器を持つのが得策だ。特定分野の競争力のみで戦うビジネスを(アルファベットの形状から)T型ビジネスとするならば、異なる分野の力を取り込み競争力を強化したビジネスをH型ビジネスと言うことができる。
 どのような競争力を取り込むべきか。「相性のよい組み合わせ」というのが存在する。Yahoo!不動産とソニー不動産の提携が典型例だが、インターネットを中心にビジネスを展開するバーチャルビジネスと、店舗や対面サービスを前提とするリアルビジネスとの組み合わせは相性がよい。

図表1

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

2.リアルビジネスとバーチャルビジネスの定義

 「リアルビジネス」、「バーチャルビジネス」は筆者の造語であるので、最初に定義をしておきたい。
 「リアルビジネス」とは、顧客に対して「場所」を利用して価値を提供するビジネスモデルのこととする。具体的には、店舗型物販事業(スーパー、コンビニ、アパレル、家電など)、店舗型サービス業(フィットネスクラブ、カラオケ、学習塾など)、不動産関連事業(不動産開発、販売、リース、仲介など)、物流事業(鉄道、バス、宅配、貨物など)、飲食事業(レストラン、ファーストフード、居酒屋など)などが該当する。
 「バーチャルビジネス」とは、インターネットを中心に展開される各種ビジネスのことで、SNS、Eコマース、コンテンツ配信、情報メディアなどが該当する。バーチャルビジネスというと、バーチャルリアリティ(VR)を用いたTVゲーム市場であるとか、仮想通貨で取引するビットコイン市場などに限定したビジネスと解されることもあると思うが、今回はそれらを包含した幅広いマーケットと定義している。

図表2

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

3.リアル・バーチャルの結合とは

 これまでリアル・バーチャルの接点は色々な方法で試されてきた。
 その一つが、オンライン to オフライン(O2O)だ。インターネットからリアル店舗へと誘導すること、最近では店舗からインターネットへ誘導することも含まれるが、その本質は「販売チャネルの拡張」であり、マーケティングレベルでの連携がメインだった。
 もう1つが、リアルのものの一部をバーチャルで仮想的に再現することだ。
 本をネットで読む電子書籍、大学講義を家で聴くオンライン学習、交流会をスマホで開催するオンラインサロンなど、コンテンツビジネスの多くはこのアプローチで動いている。だが、電子書籍で読む本は今までの本と変わったのか?オンライン学習で聞く講義は大学で聞けないのか?と問うとコンテンツ自体はほぼ同じであることに気づく。
 従来、リアル・バーチャルの関係は「紐でつながっている」あるいは「上に乗っかっている」に過ぎず、「結合」とまでは言えないものであったが、情報テクノロジーや社会の変化によって、新しい局面に向かっている。東京大学の喜連川教授が提唱するサイバーフィジカルシステム、3Dプリンターによるデジタルファブリケーション、人工知能を搭載した汎用ロボットなどは、リアルとバーチャルの結合を促進する起爆剤となるだろう。
 単に効率化や機能強化レベルではなく、業界のバリューチェーンを変えるレベルでリアルとバーチャルの結合が進んでいる。企業にとってはビジネスモデル自体を変革することを意味する。事業のKPIが変わり、従来は「来店数」「営業1人あたりの売上」などが重要であったKPIが、「コンテンツ掲載数」「マッチングアルゴリズムの精度」などへと変化するため、経営資源の配分や経営管理手法も転換させていかなければならない。

図表3

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

4.リアル・バーチャル結合によるH型ビジネスの事例

 「アパレル販売」「オンライン学習」「不動産仲介」「輸送」業界などでは、すでにその萌芽がみられる。

【3Dデジタル試着室(アパレル販売)】

 ネットで服を買うサービスの最大のハードルは、試着ができないことだったが、VR(バーチャルリアリティ)により仮想的に試着ができる機器の導入によってその限界を超越。アパレル販売のバリューチェーンを大きく変える可能性を秘めている。セブン&アイは、オムニチャネル戦略「オムニ7」の一環として3Dデジタル試着室を導入。着衣のまま約10秒間で全身20万カ所のサイズを計測。売場にあるピッタリのサイズを提案することができる。同社は、携帯型スキャナーで簡単に身体サイズを測定する仕組みを取り入れる予定であり、自宅で簡単に服が買える時代が来るだろう。

図表4

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

【EdTech(学習ビジネス)】

 学習関連の新しいインターネットサービスはEdTechと言われている。従来のオンライン学習は、学校の授業・講義を単に映像で流すだけであったが、コミュニケーション機能や採点・モニタリング機能を付けることで、1人1人の理解度に即した学習が可能になった。教室の授業で先生が生徒一人ひとりに対応することは難しいが、バーチャルであれば実現できる。これによってリアルの教室での授業のあり方が変わり、不明点の質問・相談や討議・ディスカッションなど教師や他の生徒と対面するリアルの場ならではの使い方ができるようになる。ソフトバンクとベネッセの合弁会社Classiは、中学校・高校向けに、授業から学習状況分析まで行う学習支援クラウドサービスを提供しており、今後公教育のあり方も変わっていくだろう。

図表5

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

【スマートロック(不動産仲介)】

 賃貸物件を探すときにインターネットの情報サイトを使う人は多いはずだが、気になる物件を見つけた後は不動産屋(仲介会社)に連絡して内見に同行してもらう必要がある。不動産屋(仲介会社)が大家さんから鍵を預かっていて、それを開けてもらう必要があるからだ。しかし、部屋の鍵をスマホで開け閉めできるとしたら、仲介会社の人に同行してもらう必要はなくなる。不動産仲介のバリューチェーンそのものを大きく変える可能性を秘めている。スマートロック開発会社のフォトシンスは、不動産情報サイトのHOME'Sと組んで空き不動産物件のスマート内覧の実証を進めている。

図表6

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

【物流シェアリング(輸送ビジネス)】

 AirBnBやUberなど空いている施設や設備を他人と共有するシェアリングエコノミーが話題を集めているが、物流の世界でも同様の動きがある。国土交通省と環境省は、荷物を送りたい人(荷主)と送れる人(物流業者)とをマッチングする共同輸配送システムの構築に向けて試行を始めており、米国では、個人間の物流マッチングを行う「Buddytruk」というサービスも登場しているし、ヒッチハイクマッチングアプリの「Lyft」も人気だ。マッチングの仕組みがプラットフォームとして構築できれば、物流ビジネスを展開するのに自社で車両を購入する必要はなくなるかもしれない。物流システム全体を変える可能性がある。

図表7

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

6.これからのビジネスパーソンに求められる能力

 H型ビジネスに活路を見出そうという場合には、ニーズ調査や競合調査といった既存の事業開発プロセスに則ったアプローチでは通用しない。商品特性や市場の枠組み自体が異なるからだ。
 H型ビジネスの開発に適した事業開発アプローチに取り組む必要がある。既存の事業領域の成長・拡大のみを目的に戦ってきたビジネスパーソンにとっては、能力的にもステップアップが必要だろう。

(求められる能力の一例)

  • リアル・バーチャル双方の事業構造を見極める力
  • リアル・バーチャル双方の将来の変曲点を見極める力
  • 既存ビジネスに足りないパーツを見極める力
  • リアル/バーチャルの接点を見出し、「儲かる仕組み(ビジネスモデル)」に昇華させる力
  • 具体的なアライアンスパートナーとのネットワーク
  • 現状を所与のものとせず、あるべき姿(価値)をデザインできる力
  • 異質なものを取り入れ、融合させる力
7.異業種とのアライアンスに活路あり

 H型ビジネスはビジネスの戦い方自体を変える、いわば「覇道」の戦い方だ。しかし、この新たな潮流に乗ることができなければ、勝ち組が負け組になり、既得権が“足かせ”になるリスクがある。このようなとき、リアルビジネスの企業にとっても、バーチャルビジネスの企業にとっても自社の力だけで戦うことは難しい。ソニー不動産とYahoo!不動産の提携、NTTと角川ドワンゴの提携、ユニクロとアクセンチュアの提携などはこの流れに敏感に乗った結果だろう。
 剣豪宮本武蔵は、利き腕が切り落とされたときに備えて、武器を2本にする二刀流を磨いた。競争環境が厳しい現代において、2本目の武器を獲得するために異業種とのアライアンスに取り組むことが必要だ。ただし、武器の選び方・使い方はプロである我々に任せていただけると有難い。

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