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ビッグデータは、雇用を奪うか?
-データ駆動型イノベーションで拓くIoT時代の事業戦略-

情報戦略コンサルティングユニット
マネージャー 河本 敏夫

1.IoT/ビッグデータのインパクト
  • 1)IoT(Internet of Things)時代の到来

    IoT時代とは、ネット家電やウェアラブル端末の普及であらゆるモノがデータ化され、そのデータがインターネット上に流通するようになることだ。いわゆる「ビッグデータ」と呼ばれるデータ収集、分析をより高度化した社会をイメージすればよいだろう。セールスフォース・ドットコムの川原均社長兼COOは、「IoTの先のIoC(Internet of Customers)を見つめるべき」と指摘しており、デバイスから得られるデータをどう活用し、消費者それぞれのニーズに寄り添った体験を提供できるかがポイントになる。

    大量のデータを使った分析サービスの進化は、単に多くの情報を集めて整理するだけでなく、分析の結果からどのような未来を指し示し、何を行うべきかを提案し、実際のアクションまでをコントロールする段階に来ている。(これについて、「アナリティクス1.0(可視化)」、「アナリティクス2.0(予測)」を経て「アナリティクス3.0(最適化))」へ、という言い方もあれば、「記述型分析」「予測型分析」を経て「処方型分析」へ、という言い方もある)

    (図表1) ビッグデータの進化

    (図表1) ビッグデータの進化/(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

  • 2)2030年頃には47%の仕事が代替させるとの予測も

    人間の仕事や生活はどう変わるのだろうか。英オックスフォード大学で人工知能などの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授は、今後10~20年程度で米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いと予測している。特に、「業務管理・事務関連」や「サービス業」、「販売関連」等の職種が高リスクとの分析だ。「コンピューターの技術革新がすさまじい勢いで進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事がロボットなどの機械に代わられようとしている」と指摘している。本当に雇用が奪われるかどうかの当否はともかく、ここで特筆すべきポイントは、「作業が中心の業務」ではなく「判断が必要な業務」にコンピュータが入り込んでいる点だ。

    一方で、人間と機械の協調問題解決による新しい人工知能の研究も進んでいる。「ヒューマンコンピュテーション」という分野で、これにより、特別なスキルを持たない一般人であっても高度な業務に従事できるようになり、不特定多数の人に仕事を発注する仕組み「クラウドソーシング」が拡大するとの予測もある。障がい者支援の分野での応用も期待されている。すなわち、ビッグデータや人工知能は単に雇用を代替するだけでなく、新たな雇用の選択肢を与える可能性もあるのだ。

    これは、ビッグデータの収集・分析の技術高度化が社会システムを変えようとしていることを意味している。これは1つのビジネスチャンスではなかろうか。

2.なぜ今IoT/ビッグデータがチャンスなのか?

 これまでもビッグデータの活用は提唱されてきたが、今後はこれまでのとはその重要性も現実感も異なってくる。以下にその理由を説明しよう。

  • 1)“売り手優位”から“買い手優位”の社会構造へ

    日本経済は“失われた20年”“ゼロ成長期”と言われ長期停滞から抜け出せない状況が続いている。人口減少も進み、消費者の購買力が縮小しているのは明らかだ。一方で、供給者である企業は従来型のビジネスモデルを変えることができずにいる。高度経済成長期に構築した“サプライヤー視点”ではなく、多様な消費者ニーズに即した“デマンドサイド視点”に転換しなければならない段階に来ている。そのために消費者のパーソナルデータを捕捉し、事業活動に反映させる仕組みが有効だ。

  • 2)QS(Quantified Self:自己の定量化)/コンシェルジュ型サービス

    QS(Quantified Self )は,シリコンバレーから始まった新しいムーブメントであり,コンピュータや各種のガジェット等を用いて人間の行動や状態を定量的に観測することで新たな知見を得ていくアプローチだ。健康状態や行動履歴のトラッキングによって、マーケティングや情報サービスに活かそうという取り組みが進んでいる。Fitbitなどのリストバンド型デバイスで睡眠状態等を把握するサービスが代表例だが、Appleの腕時計型端末「アップルウォッチ」も当初糖尿病患者向けの血糖値測定機能を盛り込もうとしていた。人間の行動や状態を定量的に観測するための手段は、日々広がってきており、最近では「噛む」動きを把握するガジェットや、脳の動きを知覚する技術なども開発されている。

  • 3)リアル/バーチャルのパーソナルデータの蓄積

    ネット広告の世界では「枠から人へ」の流れに向かっており、個人個人の属性に応じて最適化された広告をいかに届けるかが問われ、従来型の「枠」を販売するビジネスモデルは早晩息詰まると指摘されている(「広告ビジネス 次の10年」横山隆治、榮枝洋文)。今後は、ネット上のバーチャルな世界に限らず「人」に即した価値の提供が迫られるだろう。Web上に流通するWebサイトのアクセス履歴、商品の購入履歴、ソーシャルメディアの評判情報などの活用に関しては、一定の実用化が進んでいるとみられるが、IoT時代においては、家電や家具がネットワークにつながることでドアの開閉の情報や人の動き、ウェアラブル端末による位置情報や活動情報、生体情報の蓄積も可能になり、リアルの空間におけるパーソナルデータの蓄積が進むだろう。

  • 4)機械学習・人工知能の高度化

    収集可能なデータが増えたとしても、活用できなければ意味がない。膨大なデータを活用するためにはデータ同士の相関関係を解明しなくてはならない。どういうことか。

    例えば「テレビの視聴記録」「毎日の天気の記録」「ECサイトで購入を検討した商品の履歴」「日々の運動量」のデータが収集できたとして、商品のレコメンデーションを行うためには、「〇〇番組を観た人」は「××の購入意思が高い」、「晴れている日に運動量が高まる人」は「△△の購入意思が高い」といった関係性を定義する必要がある(これを専門用語でアルゴリズムという)。しかし、膨大なデータの中から何と何が関係するのかを解明していくのは大変だ。人間が逐一分析をしているようでは時間がいくらあっても足りない。機械学習は、人間が考えるのと同じ働きをコンピュータにさせることができる技術で、最新の技術を用いれば、膨大なデータの中から特徴あるパターンを識別して関係性を解析することができる。この技術を更に進化させて、コンピュータ自身による自律的学習ができるのが「人工知能(AI)」だ。これには、人間の脳の仕組みを模した「ディープ・ニューラル・ネットワーク」というシステムを機械学習に応用した「ディープラーニング(深層学習)」という技術の登場が貢献している。このような技術進歩は、ビッグデータ活用をますます促進するだろう。

  • 5)個人情報保護法の改正

    法制度上も追い風が吹いている。2015年3月に個人情報保護法の改正案が閣議決定された。改正のポイントは、(1)個人情報の定義に「個人識別符号が含まれるもの」が追加されたことと、(2)「匿名化情報」は同意がなくても第三者への提供が可能になったことだ。すなわち、個人情報に当たるか否かの“グレーゾーン”を廃して、ダメなものはダメ、良いものは良い、という点が明確になったことが大きい。これにより企業や政府がパーソナルデータを取り扱ううえでリスクや戦略を予見できるようになった。

    (図表2) IoT/ビッグデータ時代を支える環境変化

    (図表2) IoT/ビッグデータ時代を支える環境変化/(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

    (出所)NTTデータ経営研究所にて作成

3.ビッグデータ時代を生き抜くためのシナリオ
  • 1)スモールデータの活用-自社保有データをビジネスチャンスに変えよ

    ビッグデータ活用というと膨大なデータを集めてこなければならないため困難と感じる方も多いだろう。実は一番有用なデータが隠れているのは自社内である(これをビッグデータと対比して「スモールデータ」と呼ぼう)。自社保有のデータは自社内で活用することもできるし、他社に提供して対価を得ることもできる。各企業は自社で日々の業務に使っているデータの価値に気づいていないことが多い。社内やグループのデータを1か所に集約して分析したり、データを取得する頻度を上げたりするだけでも、新たな収益の種となるデータを見つけ出すことにつながる。また、企業内のデータを交換・共有することで更にその価値は高まる。2014年4月にデータエクスチェンジコンソーシアムが設立され、企業内データを交換・共有するための環境整備やガイドラインの検討が始まった。わずか1年で約100社が参加する規模に成長しており、期待は大きい。

    米国のメディアコングロマリットであるNBCユニバーサルでは、自社の複数のオンラインメディアに蓄積された顧客データを統合管理したうえで、「どのような属性の人が何に関心があるか」が分かる情報ソースとして他社に提供する「データエクスチェンジ事業」を展開している。

  • 2)アライアンス・公共資源の活用によるビッグデータ収集・活用

    膨大な外部のデータを集めることについても環境は変化しており、DMP(Data Management Platform)と呼ばれるようなデータを集めて提供する役割のプレイヤーが続々登場している。ヤフージャパンは、2014年9月、自社サイトの利用者のデータを活用して各社のマーケティング活動に活用してもらうプライベートDMPサービス「Yahoo! DMP」を開始した。経済産業省でも「データの保有者」と「利用者」を結びつける「データプラットフォーマー」を育成する取り組みを行っている。また、政府や自治体が持っているデータの民間活用を推進する「オープンデータ」、「オープンガバメント」の取り組みが、横浜市や千葉市などで進んでいる。

    データ収集だけでなく、その活用先も含めた他社連携が進んでいる。IBMとプジョーシトロエンが共同開発する「コネクテッド・カー」では、他社連携によって、例えば事故発生後すぐにレッカー車を現場に向かわせたり、弁護士がすぐに対応したりといったサービスの実現を狙っている。

  • 3)マイナンバーがもたらすパーソナルデータ活用の未来

    2015年10月に、マイナンバーが開始される。事前の周知不足も指摘されるが、国民1人1人に12桁の番号を発布して、ワンストップの手続や管理を実現する社会システムが導入されることになる。導入当初は、その利用目的が極めて制限されており、社会保障と税・災害対策の3分野への適用に限定されているが、今後民間利用が拡大される。まず、準公的な領域である医療分野や税との近接領域にある金融分野からの利用が始まるだろう。カルテ等医療情報との連携に厚生労働省が検討しているという話や、安倍晋三首相が個人番号カードを健康保険証と一体化したいと発言したとの話もある。更に、スマートフォンに個人番号カードの機能を搭載し、行政手続をスマホ経由で簡単に行える仕組みも検討されている。17年からは「マイポータル」が始まり、ICカードリーダーでログインすることで、国民はネット上で自らのパーソナルデータを確認できるとともに、行政からのプッシュ型サービス(千葉市が「課題抑制型事業」と名付けている予防型サービスなど)の通知を受けることもできるようになる。

    スウェーデンでは、国民IDが管理するパーソナルデータを使って「国税庁が受理した出生証明に基づいておむつのダイレクトメールが届く」といった運用も行われている。国の規模や歴史が異なるため同じ土俵で比較はできないが、大きなトレンドとして、国民IDがパーソナルデータの活用を後押しする存在になると言えるだろう。

  • 4)伝統的産業(教育、不動産、医療、金融)におけるイノベーション

    ビッグデータ活用は、自動車業界やエネルギー業界など、いわゆる“スマート●●”の世界で、部品調達や電力供給の効率を追求する目的での事例が先行してきた(ドイツを中心に進められている「インダストリ4.0」もこの延長線上と言える)。しかし、機械学習などの技術高度化は、より長期の将来予測やリアルタイムでのフィードバックを可能にするため、刻々と変化する消費者のニーズや状況に即した商品/サービスの開発/提供が可能になる。そのため、より複雑で多様性に富む業界へも広がることが推測される。具体的には、「教育」「不動産」「医療」「金融・決済」分野への活用だ。

    「教育」では、すららネットがオンライン学習ソフトによって蓄積した膨大な学習履歴情報に基づいて苦手分野に応じたカスタマイズサービスの提供などを計画している。「不動産」では、米国のZillowが政府自治体のオープンデータを活用して不動産価格情報を地図上に可視化するサービスを展開。中古不動産流通市場の活性化に貢献している。「医療」では、家電メーカー フィリップスによる術後在宅ケア事業がある。自宅療養患者にウェアラブル端末をつけてもらい、生体情報をモニタリングして、状態が悪化した場合には緊急連絡を行う。「金融・決済」では、2015年のソフトバンクによるTポイント事業への出資が電子マネー事業への参入が目的ではないかとの観測があり、Tポイントで蓄積した顧客データを基に電子決済時に割引クーポンを配信するサービスなどが予測されている。

    これら4つの分野は、従来規制が厳しくイノベーションが起きにくい世界だと言われてきた。規制業界にあって従来型のビジネスモデルに安穏としている企業があるとすれば、この機を逃さず的確な戦略と迅速な実行が重要だ。

(図表3) IoT/ビッグデータ時代を生き抜くためのシナリオ

(図表3) IoT/ビッグデータ時代を生き抜くためのシナリオ/(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

(出所)NTTデータ経営研究所にて作成

4.具体的な打ち手

 上に述べたとおりIotやビッグデータの活用がイノベーションの未来を拓く可能性が高まっている。確かに一部の雇用を奪う側面もあるかもしれないが、厳しい競争にさらされる企業にとって新しい事業価値を創造するツールとして有用であると言えるだろう。

 このとき、ビッグデータ活用はあくまで手段であり、「何を実現したいのか?」という目的が重要ということを忘れてはいけない。ビッグデータ活用によるイノベーション創出に向けては、以下の5つのアプローチが有効だ。

  • ■ビジネス創出からのアプローチ
    新規ビジネスの創出・ビジネスモデル変革を目的として、Iotビッグデータ活用の有用性を考察する
  • ■課題解決からのアプローチ
    既存のビジネス・組織・業務等の課題解決を目的として、Iotビッグデータ活用の有用性を考察する。
  • ■テクノロジーからのアプローチ
    Iotビッグデータ領域における先進テクノロジーを明らかにし、技術によって「できること」と「やりたいこと・やるべきこと」の結節点から、ビッグデータ活用の可能性を探る。
  • ■制度面からのアプローチ
    マイナンバーや個人情報保護法、オープンデータ推進、データプラットフォーマー育成など、Iotビッグデータ活用推進に係る政府や自治体の取り組みの中から、ビジネスチャンスを発掘する
  • ■ベンチマーキング(事例分析)からのアプローチ
    海外や異業種の先進事例から「気づき」を得て、自社での適用可能性を考察する

 取り組みたいのはやまやまだが、何から手を付けてよいか分からないという場合には、まず上記のいずれかのアプローチを試してみるとよいだろう。

河本 敏夫
プロフィール
河本 敏夫
NTTデータ経営研究所 法人戦略コンサルティング部門 情報戦略コンサルティングユニット ビジネスソリューションコンサルティンググループ マネージャー
かわもと としお
総務省を経て現職。中長期の成長戦略立案、新規事業開発、事業構造改革を得意とする。通信・メディア・エネルギー・教育・ヘルスケアなど幅広い領域が守備範囲。最近は、異業種間アライアンスの推進と先進テクノロジーによるイノベーション創出に注力。著書に『マイナンバー 社会保障・税番号制度-課題と展望』、『ソーシャルメディア時代の企業戦略と実践』(ともに、金融財政事情研究会)など。
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