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大震災がサプライチェーンにもたらしたもの
~より強い日本のモノ作りに向けて~

パートナー 加藤 賢哉
『情報未来』No.37より

大震災が日本のサプライチェーンへ与えたインパクト

日本の製造業は、極めて“強い”モノ作り(サプライチェーン)によって国際競争力を築いてきた。洗練されたサプライチェーンは、高品質を担保しながらも生産コストを抑制し、需給を高度に調整する機能を備えている。これらは売り手と買い手の単なる“取引”ではなく、協働での原価低減や品質向上、生産改善や技術・アイデアの相互研鑽(けんさん)といった、サプライチェーン全体での緊密な“取り組み”によって成り立っている。

そしてこれらが総合力となって、そのまま「日本ブランド」に対する信頼感へつながり、その技術と品質を誇る“日本のモノ作り”の競争優位の源泉となっている。

 

しかしながら東日本大震災は、かつてないほど日本と世界のサプライチェーンに甚大な影響をもたらし、高い生産効率と機動的な生産調整を優先した国内での集中生産が、震災といったリスクに対して極めて脆弱(ぜいじゃく)であったことを示した。

2007年の新潟県中越沖地震でも生産拠点の被災によって生産能力が低下したことはあったが、ここまで影響が大きくなることはなかった。その理由としては、今次の震災が極めて広域であったため自社だけでなく多階層にわたるサプライヤーの生産拠点が被災し、かつ津波によって壊滅的な被害を受けたこと、輸配送網の断絶によりモノが動かせなくなったこと、生産要員の被災や外国人労働者の帰国で生産体制が崩れたこと、さらには一時的ではあったものの計画停電が加わったこと、・・・などさまざまな事象が連鎖的かつ複合的に発生したことが挙げられる。

特に、高シェアの高機能部材(素材や部品)は技術流出を防ぐために国内生産が中心であるが、東北はそれらのメーカーが集まって複合的な生産体制を築いているエリアであり、マザー工場として世界への供給拠点となっていたことがその影響を増幅させたと言える。

一方で、震災の発生から三ヶ月が経過する六月に入ると、被災した素材・部品メーカーの工場が復旧しはじめ、供給網が急回復し、生産が持ち直しつつある。かなり先とみられていた生産正常化が大幅に前倒しされるだけでなく、減産分の穴埋めや積みあがった需要への対応のために、稼働日を増やすなど増産モードへシフト可能なところまできている。

この驚異的な復旧は、日本のモノ作りの現場力、特にサプライチェーン全体の強さをあらためて証明した。これは、供給責任を果たすべく被災した工場や輸配送網(物流)への昼夜を徹(てっ)した復旧活動が原動力であることは言うに及ばず、戦略的調達慣行といった日本のサプライチェーンそのものが備えている相互強連帯がその礎となっていることも確かである。

震災によってかつてないほど日本のサプライチェーンが注目され、災害などのリスクに対する脆弱性が指摘された一方で、その被害を極小化できたことや驚異的な復旧を遂げるなど強さも再認識された。どうしても、震災直後は「今まで日本のサプライチェーンが目指してきたことは正しかったのか、間違っていたのか、間違っていたならばどのように矯正すべきか」といった論調になりがちであったが、あらためてこの間に起きたことや気づいたことを捉え直してみると、「震災は日本のモノ作りに新しいパラダイムをもたらしたのだ」と捉えるのが本質ではなかろうか。本稿ではこの認識に基づき、震災を契機に日本のサプライチェーンが今後求められること、およびその対応上のポイントについて考察する。

今後、日本のサプライチェーンに求められること

分散化の要請

日本からの供給が途絶えたことにより打撃を受けた海外メーカーは、地震リスクの高い日本から他国へ調達先を分散させようとするだろう。日本のサプライヤーには、海外メーカーのサプライチェーンから一度外されたら挽回(ばんかい)は困難との危機感が強い。

また、海外メーカーに限らず、国内企業も国内に依存したリスク管理体制を見直すために海外からの部材調達を増やす意向を鮮明にしはじめた。実際に、中核部品でさえも国内メーカーの海外拠点製へ切り替え、さらに品質が高く競争力のある現地メーカーの開拓を視野に入れはじめた企業もある。

海外生産は日本の高い技術を海外へ流出させるリスクをはらんでいるものの、現在の高い世界シェアを守るためには、海外生産のウエイトを高めるなどリスクに強い供給体制を築くことが求められる。

一方で、調達の分散化傾向は他社のシェアを奪取するチャンスでもある。“攻め”にせよ、“守り”にせよ、以前にも増して他社にはできない技術(独自性)が重要となることは間違いない。

水平連携(横連携)の促進

より強いサプライチェーンのために平時では垂直連携が重視される。しかしながら、自社の生産が被災して機能不全に陥っても供給責任を果たすために、今後は代替供給の枠組みとして水平連携(横連携)を築くことが求められる。それも、グループ企業や取引先といった従来の延長線上だけでなく、競合や異業種などとのダイナミックな連携も視野に入れる必要がある。

実際に、工場が被災した冷食メーカーの商品を別のメーカーが代替生産したり、メーカーの生命線とも言える金型をライバルメーカーへ提供して供給責任と信用だけは守りきった例などがみられた。

有事に慌てることがないよう、平時から連携先の模索とその関係強化などより戦略的に対応すべきであり、かつ単に生産の代替に限らず、より広く物流や調達の共同化なども連携の視野に入れるべきであろう。

標準化の進展

今次の震災でサプライチェーンが滞った原因のひとつに特注品や品目数の多さが指摘されている。海外メーカーが量産効果や生産効率を上げるために汎用品を求めるのに対して、日本では自社固有の仕様へのこだわりや慣れもありなかなか汎用化が進まなかった。サプライヤーは少量多品種では収益性が低いことはわかっていても他社と差別化できて売りやすいこともあり、特注品中心の商慣行が根付いてしまっていた。

今次の震災では、効率性の観点からではなく、生産拠点の分散や代替生産、製品融通のしやすさなどリスク管理の要請として特注品から汎用品への流れが加速すると考えられる。

実際に震災後に、供給側と調達側が協業で特注品点数を見直したり、供給側も品目数削減で儲かる品目に集中したり、さらには官民連携で部品の共通化が推進されるなど動きが活発になってきた。

これらは、日本のサプライチェーンの薄利構造の抜本的見直しの好機となり、量産効果で収益改善につながるものの、拙速な標準化や共通化は独自性を失わせ、価格競争が激化し、新興国に対してより劣勢に立たされる可能性がある。汎用品(標準品)での競争においても他社にはできない技術(独自性)を確立するといった、戦略的かつ長期的な取り組みが求められる。

有事におけるフォーカス戦略の策定

有事の際に自社のモノ作りのうち、何をどこまで優先するのか(守るのか)を戦略的にコントロールできるようにしておくことが求められる。サプライチェーンの状況に応じて最適な“市場”と“製品”を戦略的に選択できることが、有事だけでなく、復旧後における競争優位を決めかねない。

実際に今次の震災でも、日産自動車は戦略的な地域に優先的に供給(配分)するためにグローバルで調整を行い、世界販売台数全体の落ち込みを最低限にとどめたこと(市場フォーカスの例)、キヤノンは部品調達が細った際に、生産する製品の選択と集中によりコンパクトデジタルカメラを減産し、より競争力があり収益性の高い一眼レフカメラ(主力品)の増産を実現し、収益への影響を最小限にとどめたこと(製品フォーカスの例)が注目された。

BCPなどリスク管理の強化

サプライチェーンの実態把握はコストアップ要因につながることもあり、主要なセットメーカーでさえほとんどなされてこなかった。直接の取引先を分散調達していても、その上流で集中していたことが寸断の大きな要因であったことから、今後は取引先がBCPレベルを把握しようとする傾向が強まると考えられる。また、株主などのステークホルダーからBCPについて説明を求められることも多くなるであろう(実際に2011年度の株主総会ではBCPについて説明を求められるケースも多いようだ)。

また、調達先の選定や取引の条件に、品質や価格だけでなくリスク管理レベル、特に迅速な“復旧”だけでなく、迅速な“代替”など、より実践的な計画が重視されるようになる。これは、言い換えればリスク管理レベルを上げることが競争上の差別化要素にもなりえるということであり、単なる負担増と捉えるべきではない。

さらに、今後は事業継続マネジメントシステムが国際標準として発行される予定もあり、これも企業のリスク管理の強化を後押しする可能性もある。

震災を乗り越えて

以上、見てきたように、長期的に日本のモノ作り(サプライチェーン)は、新しいパラダイムの要請に応えるべく企業行動が変わっていくと考えられる。

グローバル化の好機に

今後も中核部品は国内でのリスク分散を図りながらも、引き続き国内生産が中心となろう。これは、技術流出を防ぐという防衛的な側面からだけでなく、国内であるからこそ技術革新を生み続けられるといった攻めの側面からでもある。現在でも国内で生き残っているメーカーの技術力や技術革新力は極めて高く重要である。

一方で、それ以外は、取引先の現地部品調達比率拡大の動きに追随する(要求に応える)ために、より一層のグローバル化が求められるであろう。これらは、生産拠点としてだけでなく消費市場としても急速に魅力的になってきた中国をはじめとするアジア新興国への事業展開の好機と捉えるべきではないか。また、より機動的に対応する手段としてM&Aなども駆使すべきである。

二律背反を乗り越える知恵を

今次の震災では供給責任の重要性が強く認識された。特に、現時点のように震災直後は本来の経済合理性より供給を優先させるべきである。しかしながら、どこまでも供給責任を追い求めることは非効率やコストアップにつながる。今後は、それらをサプライチェーンの各層が協業してさらなる生産性向上で吸収したり、チェーン全体で(最終需要者も含めて)応分に負担することなどが求められるが、やはり中長期的には合理化や収益改善に取り組み、限られた経営資源を効率的に使った企業が生き残ることになる。つまり、競争力を削がずに供給責任を果たす知恵の勝負になる。

 

震災後でも日本のモノ作りを取り巻く厳しい事業環境は何ら変わらない。国内市場の縮小、グローバル競争の激化、円高、供給過剰、最終製品の価格下落などが震災によって緩和されるものではない。

その中で、震災を乗り越えて、攻めと守りの両面からグローバル戦略をダイナミックに加速させ、効率という基本は維持しながらも供給不安を生じさせない仕組みや仕掛けを創(つく)り上げるなど、新しいパラダイムに対応した成長戦略と競争戦略を構築した企業が「日本ブランド」を次のステージに引き上げてくれると確信している。

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