現在ご覧のページは当社の旧webサイトになります。トップページはこちら

地域医療課題を解決するための具体的な取り組み

アソシエイトパートナー 本多 周一
『情報未来』No.36より

はじめに

2008年8月号の本誌で、「地域医療における課題解決の考え方」を提示した。今回は、この内容を実際にどのように地域医療課題の解決に結び付けていくのかということについて論じる。前編を読まれていない方のために前編の概要に少々触れておく。

わが国の医療は、WHO(世界保健機関)の報告でも世界的に見て高い評価を得ている。しかしながら近年、特に地方においては、病院の閉鎖や医師不足が大きな社会問題となっている。その原因として、「新しい臨床研制度」の導入による医師の引き上げ、医療の高度化・複雑化に伴う医療難易度の高まりや、事務作業の増加などによる労働条件の悪化が勤務医を疲弊させ、医師不足を招いている。

このような状況の中で地域の医療を守っていくためには、医師を増やすことはもちろん重要であるが、簡単に増やすことができない状況においては、まず現状の医療資源を有効に活用することを考えるべきである。そのためには、軽症患者を開業医で担当し、手術や高度医療を病院が担うといった役割分担と連携を進め、地域医療を面として提供できる体制作りが必要である。このような体制により勤務医の過重労働を減らし専門医療に集中できる労働環境を整備することが大切である。労働環境については、コンビニ受診などに対する患者側の意識改革も必要となる。

医療提供側も医療を受ける側も、さらに自治体も自分たちの地域医療を一緒に守っていくという共通目標を持って課題解決に取り組んでいくことが非常に大切である。

今回は、この考え方をどのように実現していくかについて提示する。

地域に合った医療供給体制の設計

都道府県には地域保健医療計画があり、その計画のもとに市町村でも医療計画が策定されている。これらの計画を見てみると、多くの計画の中に「医療連携」が取り上げられている。しかしながら現実的には連携は進んでいない。原因は、「連携を推進する」「努めている」などの文言が示すように、具体的な計画に落とし込まれていないケースが非常に多い。まず、どのように地域に合った具体的な医療供給体制を設計するのかについて示す。

設計に当たっては、第一に、地域の医療機関とその機能(診療科と具体的な診療内容、プライマリー~急性期医療~療養区分など)の調査から医療供給状況を把握する。

次に、住民について、人口増減、年齢構成、受療動向などから医療ニーズを把握する。医療ニーズは、通勤などによる人口流動の影響を受けるため、場合によってはこの点も考慮する。ここまでの調査で需給の総量について把握する。ただし、地域医療ではこれだけでは不十分で、特に山間地などにおける、(1)特に緊急性の高い救急搬送への対応、(2)交通弱者の医療機関へのアクセス性、についても考慮が必要である。従って、医療機関と居住地(特に高齢者の存在と家族構成)の地理的分布もあわせて調査し把握する。

これらの調査結果を基に医療供給体制を設計する訳であるが、生死に直結する分野=救急の医療確保および医療にアクセスできない状況の改善、といった最低限確保すべき医療とそれ以外の医療を分けて考える。

前者のうち救急については、中核となる医療機関の機能によって圏域内でどこまで対応するかを決定し、不足する機能については上位機能の病院との役割分担と連携で対応するという考え方が望ましい。上位機能の病院との距離が離れている等の理由により圏内ですべての救急を賄うことが望ましい場合はこの限りではないが、病院運営の観点からもドクターヘリなどを活用するなどを考慮したほうが有効であると考える。このような体制においては、圏域内の医療機関、消防などにおいて患者状態と搬送先を共有しておくことが大切である。最近では、救急車から病院へ医療データや画像を送り救急車内での適切な処置や病院での受け入れ準備などが可能なシステムも普及しつつある。合わせて考慮すると良いであろう。

医療アクセス確保については、人口減少によって公共交通機関の採算が合わず廃止されることも多い。デマンド交通などによる足の確保、訪問診療・訪問看護の充実、遠隔医療の導入などを組み合わせて、患者が孤立しない状況を維持するための取り組みが大切である。さらに、病気の予防による医療必要性の低減、早期発見による重症化阻止なども重要な取り組みである。

その他の分野についても当然、医療の確保が必要である。ここでの重要なポイントは、不足している医療機能の補完である。また、近年では公立病院などの中核病院ではその維持の必要性が求められる。供給不足に対しては、医療機関間の連携によって、専門医によるコンサルテーション、画像の読影支援などを実施し、地域の医療機関が専門外の患者でも受け入れ易い環境を整備する取り組みが考えられる。それでも間に合わない場合は、コメディカルを活用した遠隔での診療支援などの組み合わせが必要になるかもしれない。

ここまで、医療供給体制を設計する上での具体的な考え方を述べてきた。このような考え方を実現するためには医療機関が協力して役割分担と連携を進めることが重要である。役割分担と連携では、供給体制の効率化は当然であるが、中核病院および中核病院の医師の位置づけを明確にすることで医師の離職に歯止めをかけ、経営改善にもつながることになると考えられる。

計画の推進

計画は実行を伴って初めて意味がある。実行に導くためにはその計画を活動に落とし込んだ具体的な実行計画とその実行計画を推進する体制を作らなければならない。実行計画の中では、「キックオフ(意識共有)→詳細な実行計画の策定(実施事項:ステークホルダー間の連携実施合意、住民への医療機関へのかかり方などの説明、医療提供の役割分担・連携内容の合意、運用ルールの策定、帳票類の整備、連携システム仕様、連携システムの導入、システム運用試行と修正、病院機能の整備とそれぞれの実施期限)→実行計画の実施→事業評価→修正」などの項目を入れることになる。

次にこれらを動かしていくことが必要になる。そのために最も重要な役割が、中心となる推進者の存在である。推進者に求められる能力として、(1)地域の医療を良くしたいという熱意を持っている、(2)利権を超えて常に全体最適化という観点を忘れず、しかも個別課題についての理解もできる、(3)ステークホルダーとの信頼関係の構築・維持ができる、(4)プロジェクトマネジメントができる、などが望まれる。このような推進者の下に、それぞれの実施事項に対して担当者または担当組織をつくり事業を進めていくことが理想である。しかしながら、地域においては、これらの能力を持った人材がいたとしても、現業との兼務で推進者の役割を一人で全うするのは非常に難しいというのが現実であろう。このような場合、中心となる推進者のもとに実施項目ごとに責任者を置くという考え方も可能である。中心となる推進者を置かず複数体制で実施項目を割り振るのは最終責任の所在が曖昧になるのであまり好ましいとは言えない。他の選択肢としては、中心となる推進者を代弁できる人材の育成や信頼できるコンサルタントなどの外部者の活用も一考である。

計画を推進する上でのポイント

ところが、実際に推進する上では困難がない訳ではない。特に、医療関係者との合意は簡単ではないケースも多い。圏域のすべての医療機関の参画で地域連携をスタートさせられるのに越したことはないが、まずは、賛同する医療機関やある疾患の連携から始め、徐々に拡大していくという柔軟な対応も必要になる。連携による診療報酬の優遇も連携参画を後押しているため、医師会を含めた関係者間で十分に情報共有を図っていくことが大切である。

また、住民の理解も時間を要することが多い。大病院志向、安易な救急受診などは地域医療への大きな負担の原因になっている。このような住民の行動により病院の継続が危ぶまれることや近隣の医療機関にかかっても何かあった場合は大病院に紹介する仕組みがあり安心であることを、行政、医療機関などから徹底的に情報発信していくことが重要である。また、高齢になると近隣の医療機関(かかりつけ医)を持つことが安心して生活する上で有用であることなども合わせて理解を求める。

連携を効果的に進める上ではITの活用が有効である。各地で医療体制整備にITの導入が進んでいる。しかしながら、うまく活用できていない事例も存在する。代表的なケースとして、(1)人的な連携を図らずにITを導入した結果あまり活用されない、(2)システムを補助金で構築したがランニングコストを捻出できないなどが挙げられる。ITは地域医療連携を効果的に機能させるために欠かすことができないツールであることは異論のないところである。先に述べたように、地域に合った医療供給体制の設計からまず人的ネットワークによる連携の在り方を確定し、それを効率的に運用するためにどのような機能が必要かという観点でIT化を進めるべきである。また、導入時に、コスト対効果やランニングコストの費用負担についても十分に検討しておくことが大切である。

運用と維持

ここまで、地域に合った医療供給体制をどのように設計し、実際に推進させていくべきかの考え方を示してきた。最後に、これらを有効に運用し維持するための考え方を提示する。

連携を進めるうえでは、複数のステークホルダーがかかわることによって、いろいろな想定外の問題が発生することが考えられる。また、連携運用における事務作業も発生する。ITを導入した場合は、そのメンテナンスも必要になる。連携を効果的に運用させるためには、これらの調整機能を構築しておくことが望ましい。圏域が小さい場合は中核病院や医師会で担当することも可能であると思われる。圏域が大きい場合は、地域医療支援センターなどの設置も検討し、連携を機能させるためのエンジンとして位置づけておくことも必要である。

また、医療の需要は、人口構成・分布の変化、疾病構造の変化、新しい治療法の導入、圏域内・外の医療機関の状況などさまざまな要因によって変化する。圏域内の医療機能および連携の考え方もその変化に対して柔軟に変更していくことが必要である。そのための定期的または変化発生時における連携の在り方の見直しができる仕組みとしても活動できるとその地域の需給は継続的に適正化されるであろう。

Page Top