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IT活用力の強化ポイントと施策について

シニアマネージャー 神瀬 悠一
『情報未来』No.36より

IT活用の実態

昨今のITは、単純な業務の自動化・合理化だけでなく、ビジネスモデルを変革する役割までも担っており、IT活用の巧拙が企業の競争優位性に大きな影響を与えている。ITの重要性に対する認識は強くなってきているものの、依然として「役に立たない」情報システム事例は多く見受けられる。ITが複雑化したことが要因と言われることもあるが、「役に立たない」情報システム事例は昨今に始まった話ではない。日経BP社の“動かないコンピュータ”が80年代から計200回を超える連載となっていることとも符号する。

では、過去の失敗を教訓として、企業のIT活用力は改善されてきているのか。日本情報処理開発協会(JIPDEC)が公表している「利用者主導型のIT利用環境に関する調査研究」報告書によると、経営課題に対するIT投資の満足度として「経営意思決定の迅速化」は約17%、「営業力の強化」や「商品・サービスの品質向上」は約16%であり、大半が20%以下である。IT活用力は改善されてきているとは言えない結果である。

本稿では、当社のコンサルティング経験をもとに、IT活用力の強化ポイントや施策・事例を紹介する。

IT活用力の強化ポイント

図表1:IT 活用力の強化ポイント
出所:NTT データ経営研究所にて作成

巷間ではIT活用力を強化するためのさまざまな取り組みが行われているものの、場当たり的かつ偏った施策となっていることが多い。IT活用力を強化するためには、図表1にあるように、経営・業務部門・IT部門という全関係者が、組織面・プロセス面から幅広く施策を実行していく必要がある。

強化ポイント1:「組織文化・価値観」

「ITは自社に恩恵をもたらすものであるという共通認識の醸成」が必要である。前掲のJIPDECの調査報告書にある“IT投資が生産性向上に結び付かない理由”の1位は“主力業務がIT化の恩恵を受けにくい業務だから”とある。確かに業務によってはITとの親和性が低いものもあるが、ITによる新規ビジネスモデル創出等のブレークスルーを起こしている企業は、業界共通の既成概念にとらわれない組織文化を形成していると考えられる。

強化ポイント2:「IT人材」

「自社の戦略実現に向けた戦術を業務・ITの両面から考えられる人材の獲得・育成」が必要である。IDCの「IT投資動向に関する国内CIO調査(2009年)」にあるユーザー企業が直面するIT課題では、“システムと業務両面を理解できる人材不足”が2位、“IT企画/戦略を担う人材がいない”が4位とIT人材強化の必要性を示している。

強化ポイント3:「IT組織形態・構造」

「ガバナンス強化とサービス強化のバランスを考慮したIT権限・IT機能配置の最適化」が必要である。日本情報システムユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2009」にあるIT組織体制に関して改善の必要性を感じている点として、“組織的な調整が複雑化・非効率化”が2位となっている。これは「集権化によるガバナンス強化」と「分権化による業務部門へのサービス強化」というトレードオフを加味した権限配置の最適化、および業務部門・IT部門・IT子会社・ベンダでの分業体制におけるIT機能配置とコミュニケーションの見直しの必要性を示している。

強化ポイント4:「IT戦略」

「経営戦略を実現するための情報システムの調達・活用方向性の明確化」が必要である。昨今では、戦略マップ等の経営戦略と情報化戦略の因果関係を整理する手法も出てきているが、前掲のJUAS「企業IT動向調査2009」によると、経営戦略とIT戦略の整合化は依然として大きな課題となっている。

強化ポイント5:「IT調達」

「IT戦略を具現化した業務・システムのデザインと調達時のQCD(※1)確保」が必要である。開発プロジェクトのQCD悪化や使われな いシステムができあがってしまう原因の大半がデザインフェーズにあると言われている。要件定義標準書の策定などの対策事例も見受けられるが、依然として課題が多い領域である。

※1:QCD=Quality, Cost, Delivery

強化ポイント6:「IT運用」

「導入したシステムの活用・改善によるIT投資対効果の最大化」が必要である。IT運用は一般的に軽視されがちであるが、投資対効果を最大化するための最も重要なプロセスである。サービスデスクの強化や事後効果測定などの対策事例も見受けられるが、依然として課題が多い領域である。

中長期的な施策となる「組織文化・価値観」「IT人材」「IT組織形態・構造」「IT戦略」は、企業の置かれている環境や前提条件によって施策が大きく異なるのが実態である。ここでは、さまざまな企業への適用と短期的な改善効果が期待できる「IT調達」「IT運用」にフォーカスする。

情報システム分類と強化ポイントの関係性

IT調達、IT運用における施策は、すべての情報システムで一律の施策とはならない。なぜならば、情報システムの導入目的や業務上での使われ方が大きく異なるからである。

ここでは「業務系システム」と「情報系システム」という二分類で考える。業務系システムとは“業務フロー上に組み込まれ、主に業務の自動化・効率化を目的に導入されるシステム”、情報系システムとは“情報の蓄積・活用・伝達を支援することで、主に意思決定の迅速化やコミュニケーションの円滑化を目的に導入されるシステム”とする。結論から言うと、業務系システムは「IT調達(使われるシステムを導入する)」がより重要となり、情報系システムは「IT運用(使って効果を創出する)」がより重要となる。なぜならば、業務系システムのようにいったん業務フローに組み込まれた情報処理機能は、IT運用でのバックログ対応では改善が難しいという特徴がある。一方、情報系システムは、IT運用時において、企業の情報ニーズの変化に柔軟に対応できる必要がある。経営管理の分野では“見える化から見せる化へ”という設計コンセプトが喧伝されているものの、さまざまなBI(Business Intelligence)ツールには柔軟に分析軸を変更できる機能が備わっている。もちろん、業務系システムにおけるIT運用や情報系システムにおけるIT調達も重要であるが、優先順位づけをして施策を実行していくことが肝要である。

IT調達とIT運用における強化施策

業務系システムのIT調達では、多くの失敗がデザインフェーズに起因しているため、「業務分析」と「要件定義」における施策を紹介する。

業務分析

1つ目は「バリューチェーン全体をターゲットとした業務分析」である。情報システム導入前の業務分析というと、関連業務のみを分析することが多い。某流通業では、主活動・支援活動という視点から自社のバリューチェーン全体を可視化した上で、各ステークホルダーのミッション、課題、情報システムの役割を整理している。情報システムの基本要件を的確に整理できるばかりか、無駄な重複投資を減らすことにも寄与している。

2つ目は「BABOK(Business Analysis Body of Knowledge)を活用した分析手法の整備」である。これまでも、ユーザーが理解しやすいBPMI(Business Process Management Initiative)、システム設計への利便性が高いUML(Unified Modeling Language)等の各種分析手法はあったが、ユーザー・ベンダ間の共通言語化が図れているとは言い難かった。某金融機関では、業務分析の知識体系であるBABOKを基に規定を整備することで、ベンダとの意識のずれを減らすことに成功している。ベンダ側もBABOKを導入することで、ユーザーへの提案力が強化された。

要件定義

1つ目は「要件定義体制の見直し」である。日本は欧米と違い要件定義をベンダが実施することが多いと言われている。ベンダがユーザーにヒアリングすることで要件を整理していくが、ここでの曖昧な解釈や困難な要求を受けてしまうことが問題の温床となっている。某総合商社では、親会社の業務部門、IT企画チーム、IT子会社の混成チームで要件定義を行う体制へと改めることで、要件定義における認識の齟齬を減少させている。

2つ目は「イテレーション(iteration=反復)型開発の導入」である。情報システムは、書面で網羅的に要件を整理したところで、使ってみて初めて気づくことも多いのが実態である。某サービス業者では、SOA(Service-Oriented Architecture)によるシステム刷新を契機に、開発の早い段階で利用者が実際にシステムを使って要件を調整するイテレーション型の開発手法を導入している。これは開発の見積もり精度向上や開発期間短縮にも寄与している。

情報系システムのIT運用では、「認知・理解の壁(有用な情報の存在や活用する意義を知ること)」、「 行動の壁(情報を活用して行動につなげること)」がある。これには、チェンジマネジメント、ナレッジマネジメントという施策が有効である。

チェンジマネジメント(認知・理解の壁)

チェンジマネジメントは「いかに周知するか」に力点が置かれることが多い。本来のチェンジマネジメントは、移行の目的や意義を正しく理解させ、心理的なスイッチングコストを低くすることである。某製造業者では、導入したBIシステムの有用性を理解してもらうために、可能となる分析、分析により期待されるアクション、アクションの効果、という一連のシナリオを記載したリーフレットを全社員に配布することで、BIシステム活用へのモチベーションを喚起することに成功している。

ナレッジマネジメント(行動の壁)

情報系システム活用におけるナレッジマネジメントとは、ベストプラクティスの共有である。単純な例で言えば、メーラーを使いこなしている人に使い方を教わることで日々の業務効率があがった、などはよくある話である。また、情報系システムの意義は、情報を見るだけでなく、アクションにつなげることである。よって、特定の要員が保有している情報分析・行動のノウハウを横展開することの効用は高い。某通信業者では、導入されたシステムの活用方法をユーザー同士が社内掲示板で積極的に情報交換するとともに、有用な情報をIT部門がシステム操作マニュアルに追記することで、システムの利用率を飛躍的に向上させている。これは『システム“操作”マニュアル』から『システム“活用”マニュアル』への昇華である。

おわりに

本稿では、IT活用力を強化するための6つのポイント、および短期的な改善効果が期待できるIT調達、IT運用における施策・事例の一部を紹介した。IT活用力は一朝一夕で強化されるものではない。IT投資対効果の最大化のために、まずは自社のシステムを目的に応じて分類した上で、現状のIT活用課題を整理してみることを推奨する。

 

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