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日本における動産担保融資の展望

マネージャー 安田 隆敏
シニアコンサルタント 三ツ井 淳
『情報未来』No.35より

 

リーマンショック以降、急悪化した景気指標が下げ止まりを示してきているが、これはあくまでも一部の大企業において在庫調整が大幅に進み、生産が持ち直しはじめたことに起因する。中小企業における厳しい経営状況は変わらず、窮している企業においては今を生きるための資金確保が急務の状況にある。そのような状況に対して政府も中小企業の資金繰り支援策として、2009年度2次補正予算案にて信用保証協会が債務弁済を全額補償する「緊急保証制度」を現在の30兆円から6兆円上積みするほか、日本政策金融公庫等の低金利貸付枠17兆円に4兆円追加する等の対策を講じており、これは短期的には一定の効果が期待されるが、それと並行して今後景気が好転しかけたときに売上回復に先行して発生する仕入れコスト等の増加運転資金等を確保可能とするための恒久的な資金調達スキームを整備していくことが求められる。

その一つとして、これまでの不動産担保や経営者の個人保証による信用補完が大半を占めていた旧来型の資金調達方法に変わり、事業収益資産に着目し、不動産価値の変動等の景気変動からの影響に大きく左右されず、企業の事業規模や収益性に応じて事業成長のための必要な資金調達を可能とするABL(Asset Based Lending:動産担保融資、以下ABL)が注目されている。

ABLの概要


図表1:ABL の仕組み
図表1:ABL の仕組み
出所:NTT データ経営研究所にて作成
図表2:金融機関の貸出金の担保内訳(2008年度)
図表2:金融機関の貸出金の担保内訳(2008年度)
出所:日本銀行 量的金融指標 貸出金の担保内訳
図表3:地域金融機関の動産担保融資への取組み状況
図表3:地域金融機関の動産担保融資への取組み状況
出所:金融庁 平成20 年度における地域密着型金融の取組み状況について
図表4:米国のABL の普及状況
出所:Annual Asset-Based Lending and Factoring Surveys, 2008(CFA)

ABLは在庫や機械設備等の事業収益を生み出す資産を担保とすることで、企業の信用リスクを補完する融資方法である。ABLという用語自体は、米国の金融機関では広く用いられている用語であるものの、実際は対象とする資産や範囲に明確な定義はないと言われている。広義にはリースやファクタリングを含めた融資を指すが、本稿では狭義のABLとされる売掛金や在庫を担保の対象としたABLについて議論を進めることとし、その中でも特に近年、日本国内でも活用され始めている在庫を担保の対象としたABLにフォーカスする。

ABLの基本的な仕組みは、企業が保有する在庫の価値に応じて金融機関が融資額を決定し、融資を行うものである。考え方としてはそれほど複雑なものではないが、企業の保有する在庫の種類は多種多様であり、かつその数量や価値は日々変動するものであるため、担保としての価値を常に正しく評価、管理することは非常に困難なものとなる。さらに、万が一、デフォルトが発生した場合に迅速に回収、処分することも重要な要素となる。つまり、ABLの提供においては、担保とする在庫や企業状況を的確に、適切なタイミングで把握し、管理する仕組みやノウハウが必要となるのである。ところが、これらの業務をすべて金融機関が担うことはその専門性の観点から困難であり、また効率性の観点からも課題が多い。そのため、ABLでは金融機関と第三者評価機関と言われる在庫の評価や回収、処分等を専門的に取り扱う企業、および融資を受ける企業の三者間でサービスが提供される形が一般的である(図表1)。

ABLを提供する上では、企業が保有する在庫が担保として金融機関に譲渡されている事実が第三者からは明確となっていないため、担保の譲渡を公示するための登記(動産譲渡登記)が融資の前提事項となる。従来、譲渡登記制度は指名債権の譲渡について、登記により第三者対抗要件を具備することを可能にする制度であったため、動産は対象とされていなかった。そのため、動産に関しては、「占有改定(※1)」という外形的な公示方法により対抗要件を認めていたが、法的安定性や実効性に欠けるという課題があった。この問題の解消を目的として動産譲渡登記に関する法制度が2004年10月に旧特例法(動産・債権譲渡特例法)を改正する形の特例法として2005年10月に施行され、債権に加えて動産も登記の対象となった。この制度改正により、ABLにおいて担保として譲渡された動産の所有権についての紛争リスクが小さくなったと言われている。

※1:占有改定(民法183条)とは、譲渡人が譲受人に対し、「以後その者は譲受人のために占有する」との意思表示を行うことをいう。

動産譲渡登記制度の設立をきっかけとして、日本国内でも徐々にABLに注目が集まってきている。日本における融資においては、現状は無担保の保証、信用が大半を占め、ABLが含まれる「その他担保」はまだ広く活用されていないが、地域金融機関を中心に金額、件数ともに拡大傾向にある。米国では、ABLは融資方法としてすでに定着しており、日本国内でも、今後ABLの活用がさらに広がっていくと見られる(図表2・3・4)。

ABLのメリットと実行上の課題

ABLは企業、金融機関双方にとってメリットがあると言われ、新たな資金調達方法または融資方法として注目されつつある一方で、実施に当たってはいくつかの問題点も指摘されている。本章では、ABLを活用するメリットとそれを実行する上での課題について記述する。

企業側の観点からは、従来の日本型の不動産に過度に依存した融資形態と比較して、事業収益資産に基づいて融資額を決定し、さらに必要に応じてその評価額を変動させる融資形態であるABLを活用することで、景気変動による影響を受けにくく、安定的な資金調達が可能となる。特に中小企業にとっては、事業から生み出されるキャッシュフローや事業自体の収益性を基にした資金調達が可能となり、信用力が低くとも資産に関する情報を提供することで信用リスクを補完して融資を受けることが可能である。一方、金融機関にとっては、不動産や個人保証等の融資に加えた新たなサービスとして有力である。さらに、ABLを通じて事業活動を詳細にモニタリングすることで企業の実態をより詳細に把握することができるようになり、種々のリスクへの事前の対処、コントロールも可能となる。

ABLには前記のようなメリットがある一方で、対処すべき課題もいくつか存在する。まず、第一に在庫評価が高コストとなる点が挙げられる。在庫の評価は通常、評価会社へ委託されるが、評価に要するコストは数百万円程度に上ると言われる。このため、規模の小さい案件では融資の魅力が失われる可能性がある。次に課題として挙げられるのは、常に数量、価値が変動する在庫の管理・モニタリング精度である。金融機関側としては、より詳細に把握することが可能となれば融資のリスクも低減することができるため理想的ではあるが、これらを常時、正確に把握することは困難、高コストである。現状はリスクをコントロールするために月次レベルの在庫状況の報告を基に、融資先の経営状況や管理状況を加味した割引率によって最終的な評価額が算出されている。また、在庫はデフォルト発生時の散逸リスクが高いことも問題となっている。担保権を行使したものの、企業側の認識不足や通知が末端従業員まで行き届かない等の理由で在庫の商品が移動または、販売されてしまうケースも存在している。現在の対処方法としては、即時に金融機関の担当者が現場に赴いて確保の措置を取る等の対応が取られているが、担保として譲渡された在庫とその他の在庫が混在している場合もあり、対応が難しいケースもあると言われている。

課題への対応方向性

そもそも企業にとっては、資金を調達することが目的であり、ABLはあくまでもその一つの手段であるため、いかに金融機関がABLを提供するにあたっての課題を解決するかが重要なポイントとなる。すなわち、在庫を継続的に管理・モニタリングし、万が一デフォルトが発生したときも確実に占有確保できる体制を構築することによって融資のリスクを低減し、またそれを低コストで実現することが求められる。

そのような体制を実現するにあたって、最近注目されているのが金融機関の融資機能と物流企業が持つ在庫管理機能とを結びつけた取り組みである。

物流企業は、企業から預かった在庫を現場で直接ハンドリングしているため、その実態を正確に把握している上、万が一デフォルトが発生したときも金融機関に代わってすぐに占有確保することが可能である。毀損等についても気を配っているため、担保として譲渡された在庫の実際の状況を最も把握している。さらに、物流企業は、企業および金融機関にとっては第三者に位置するため、金融機関にとっては、これまで企業からの在庫数量等の在庫状況の報告に不備があったとしてもそれを検知することがほぼ不可能であったのに対して、物流企業から在庫状況の報告を受けることによって信用度が高くかつ正確な在庫状況を把握することができ、リスクを低減することが可能となる。また、物流企業はICタグ等の情報通信技術等を活用しながら日々自社の物流業務の改善に取り組んでいるが、その効果をそのままABLにおける在庫の管理・モニタリング等に適用することによって、在庫管理精度が向上され、さらにリスクを低減できる可能性もある。金融機関は、物流企業の在庫管理機能を活用することで、融資のリスクを低減することが可能な体制を効率的に構築することが可能になると考える。

一方、物流企業にとっても金融機関の融資機能を活用することで、ABLのために大掛かりな業務を付加せず、これまで実施してきた在庫管理のオペレーションをそのまま継続するのみで、既存顧客の囲い込みや新規顧客の獲得のための有効な、新たな高付加価値サービスを提供することが可能になると考える。特に顧客の資金需要、キャッシュマネジメントへのニーズが高まっている昨今においては、新たなビジネス機会を得られる可能性は高いのではないか。

次に、在庫の評価にかかわるコスト負担をいかに低減できるかが重要である。在庫を評価するにあたっては、その在庫の換価価値のみならず、在庫管理の体制、仕組みやその精度等、その在庫にかかわる業務を広範囲に調査し、企業によって報告される在庫状況の信憑性やその企業の信用力を判断する必要があるため、その作業にコストがかかってしまうことは否めない。結局のところ、評価会社等の外部のみに機械的に頼るのではなく、金融機関が自社のナレッジを蓄積し、それを活用して、与信能力を効率的に向上していくことが重要となる。最近、リース大手の東京センチュリーリースにおいて、評価会社が蓄積した情報に基づき、在庫の評価を自動計算するようなシステムを開発したという取り組みがあるが、このようなナレッジマネジメントシステムの活用等の工夫も有効であろう。

おわりに

本稿ではABLが現状抱えている現実的な課題とその対応の概要について記述しているが、本来ABLはこれまで担保とされなかった在庫等の動産を担保とした資金調達方法または融資方法といった全く新しいものではない。企業と金融機関が、担保とした在庫の動静を把握することにより、企業が日々営む事業活動状況を可視化し、その状況を基に企業と金融機関が事業展開に必要な資金について相談していくという、いわゆる昔ながらの資金調達方法または融資方法である。

現状の実行上の課題が解決されるとともに、ABLが本来もつ意味合いが広く認知され、広範囲に普及することにより、格付けや担保だけではなく、より企業の実態に合った資金調達および融資が可能となる。これまで不動産等の資産を持たないために担保力が低く十分な融資が受けられなかった本業に強みを持つ企業、さらには産業資金拡大への有効な手段として期待される。



参考文献:

  • アセット・ベースト・レンディング入門(トゥルーバ グループ ホールディングス株式会社編, 2005)
  • アセット・ベースト・レンディングの理論と実務(トゥルーバ グループ ホールディングス株式会社編, 2008)
  • 動産・債権担保融資(ABL)の普及・インフラ構築に関する調査研究(経済産業省, 2008)
  • 米国における動産・債権担保融資(Asset Based Lending:ABL)の機能と実態(日本政策金融公庫総合研究所, 2009)
  • 動産管理システムと担保権信託を活用した資産担保融資スキームの開発について(東京センチュリーリース, 2009/10/16)
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