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金融危機後のベンチャー企業の資金調達に関する新しい潮流

アソシエイトパートナー 武藤 健
『情報未来』No.35より

米国の金融市場混乱をきっかけに世界中に広がった世界不況の情勢下、国内の金融機関は資本体力を著しく低下させた。また、上場した新興企業の不祥事が後を絶たないのに加え、深刻な相場低迷も相まって、新興市場の投資家離れを起こしており、IPOという出口が狭まり不振を極めている状況は、上場後の売却で収益を築いてきたベンチャーキャピタルの資金流入を細め、ベンチャー企業への主たる資金調達インフラとしての機能が著しく低下しつつある。

こういった厳しい状況下の中で、有望な技術やノウハウを持つベンチャー企業の生きる道はどこにあるのか? ベンチャー企業の生き残りをかけた資金調達に関する新しい潮流をレポートする。

ベンチャー企業とは何か?

「ベンチャー企業」、「ベンチャービジネス」という言葉が一般に使われるようになって久しいが、その言葉の意味については意外とあいまいなまま使われていることが多いのではないだろうか?

「ベンチャービジネス」というと、シリコンバレーのイメージが強く、米国で当たり前のように使われている言葉だと思われている人も多いと思うが、実は「ベンチャービジネス」という言葉は、日本ベンチャー学会特別顧問の清成忠男氏(元法政大学総長)らによって創り出された和製英語である。

ベンチャービジネスの歴史は、およそ40年前、素材産業中心の産業構造から組立加工型産業(自動車・電機)中心の産業構造への転換期に、自動車・電機メーカーの周辺に研究開発型の新興企業が数多く誕生したところから始まるとされている。

当時はベンチャー企業を支援するための法制度体系や、資金調達のためのインフラも未整備で、当時誕生したハイテクベンチャーは今ではほとんど残っていないが、その後80年代・90年代にベンチャーキャピタルのような資金調達のインフラや、法制度体系、市場環境の整備が進み、今に至っている。

ベンチャー企業の業種形態は、大きくハイテク製造やバイオを中心とする「研究開発型」、ITを中心とする「技術企画型」、流通・サービス分野を中心とする「流通サービス企画型」の3つに分類される。

米国が、インテル(半導体)やアムジェン(バイオ)、マイクロソフトやオラクル(ともにIT)のような「研究開発型」や「技術企画型」のベンチャー企業が数多く誕生し大きく成長しているのに対し、日本においては佐川急便(物流サービス)等の「流通サービス企画型」が中心となっているのが特徴的である。

ベンチャー企業に関する課題

ベンチャー企業というと、米国のGoogleのように「短期で急成長を遂げ、あっという間に大企業の仲間入りをする」といったイメージが一般的には強いが、国内のベンチャー企業の実情を見ると、そういったイメージとは大きく異なる。

図表1:新興市場上場企業(設立25 年以内の非製造475 社)の状況
出所:各市場データより作成
図表2:企業の立ち上げから現在に至るまでの資金調達(複数回答)
出所:2008 年度ベンチャー企業調査結果(VEC)
図表3:対象企業成長ステージ別の自己資本比率
出所:2008 年度ベンチャー企業調査結果(VEC)

新興市場上場企業(設立25年以内の非製造業475社)の状況(図表1)を見ると、1000億円以上の事業規模を獲得した企業は2.5%、100%以上の急成長を維持している企業は8.4%にとどまっている。その一方で売上高50億円に満たない企業が全体の半数近くを占める状況である。前述したベンチャー企業調査対象の状況と照らし合わせると、わが国におけるベンチャー企業は、急成長して市場を席巻するような企業は少ない。

これは、国内におけるベンチャー企業成長のための資金調達インフラが未整備であることが大きな一因になっている。

わが国における資金調達インフラの状況は、3F(家族・友人など)、銀行、VCといったプレーヤーが中心であるといわれる。ベンチャー企業調査結果(図表2)でも直接金融による資金の出し手はVCや3Fを除くと民間企業がやや目立つ(回答率:37.9%(39件))程度で、公的機関や個人投資家などの存在感は薄い。一方で間接金融による資金の出し手である銀行は回答の約4分の3(回答率:73.8%(76件))を占めている状況である。

また、ベンチャー企業調査の対象企業の成長ステージ(昨年度調査回答に基づく)別に自己資本比率の内訳(図表3)を見ていくと、一般的に望ましい水準とされる自己資本比率50%以上の企業が占める割合は、ベンチャー企業の急成長期にあたる「エクスパンション期」の企業において、約19%と低い割合となっている。また、経営において危険水域とされる自己資本比率10%以下の企業も「エクスパンション期」の企業では14%と多い。ベンチャーにとって最も資金需要が発生する時期に、本来ハイリスクを許容するはずの直接金融によって調達しきれておらず、銀行からの借り入れなど間接金融によって補っている・・・というのが国内ベンチャー企業の実情である。

転換期を迎えたベンチャー投資

サブプライム問題の直接的な影響こそ回避できたかに見えたわが国の金融機関であるが、世界的な金融危機が日本の株式市場に押し寄せ、株価の急落を招き、これが銀行の自己資本を毀損しつつある。

図表4:地銀・第二地銀の自己資本比率シミュレーション 図表4:地銀・第二地銀の自己資本比率シミュレーション
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出所:週刊ダイヤモンド2009.7.4号

図表4は、昨年、週刊ダイヤモンドにて掲載された、地銀・第二地銀に対する自己資本比率と含み損の試算結果である。これは2008年3月期決算を基に、日経平均が8000円と7000円との2つのケースを示したもので、一般的な健全性の目安といわれるのが8%とされている(国際的な自己資本率規制は、国際業務を行う銀行で8%、国内業務の場合で4%が必須とされる)。試算では、日経平均8000円で29行、7000円だと32行が8%割れという結果が出ており、株安により金融機関の資本力の低下が伺える。

こうした銀行を取り巻く環境の悪化から、ベンチャー企業を始めとした資本体力のない企業への貸し渋りが深刻となってきている。こういった状況を踏まえて、先ごろ「中小企業金融円滑化法」が可決・施行されたが、金融機関に強制力がないうえ、肝心の銀行の資本力が低下している現状では、こういった事態が抜本的に改善することは考えにくい。

また、ベンチャー企業の国内における資金調達インフラである新興市場の機能低下も著しい。

2008年の新規株式公開(IPO)は、16年ぶりの低い水準であった。

また、2008年に入ってから、上場銘柄の初値が公募価格を下回る企業が6割近く発生している。上場初値の対公募価格騰落率(図表5)を業種別に見ると、総じて2005年をピークに下落傾向が続いており、今年に入ってからは不動産・製造業種についてはマイナスに転じている。加えて、相場低迷で解散価値を下回る上場企業が続出し、公募価格ですら解散価値を割り込むケースも出てきている。こうして上場時の資金調達が減るのに対し、金融商品取引法に基づく内部統制報告制度(J-SOX)や四半期開示で上場維持費は増加し、IPOそのもののバリューが下がってきている。

図表5:IPO 企業上場初値の対公募価格騰落率
出所:各市場情報より集計

この背景としては、景気後退の影響のみならず、業績が低迷していても退場する企業が出て来ないために、新興市場自体の魅力が損なわれてきているという構造的な問題もある。厳しい上場廃止ルールを課す米ナスダック市場に対し、強制権が無いわが国の新興市場には経営破たんや有価証券報告書提出遅延など、明確な廃止基準に抵触しない限り退場させるのは難しい。その結果として、投資基準に見合わないと判断された機関投資家などが入ってこない状況にある。

こういったIPO環境の中で、ベンチャーキャピタル等、ベンチャー企業の資金の出し手となるプレーヤーは、2007年頃から負の状況が続いている。IPO案件の激減に加え、相場低迷で利回りが急激に悪化しており、ベンチャーキャピタルにおいても、バイアウト投資に資金を振り向ける等、戦略の見直しを迫られており、国内のベンチャー企業の資金調達環境はもはや風前の灯となっている。

ベンチャー投資に関する新しい動き

こういった状況の中で、特に技術開発・研究開発型ベンチャーにおいて、「事業会社が主体的に投資するケース」や、「事業会社とベンチャーキャピタルが協調投資をするケース」が、ベンチャー企業投資のこれからの1つのあり方として注目されている。

例えば、国内バイオベンチャーにおいては、国内外の大手製薬企業との業務提携を核としたアライアンス戦略に乗り出し、とくに海外企業との提携で大きな成果を挙げている企業も現れている。とくに薬の材料となる抗体の開発競争が世界的に激化し、ベンチャーから技術を求める欧米の動きは際立っており、昨年度「イーベック」がドイツのメガファーマと1抗体に5500万ユーロの高額で独占使用権を与える契約の調印は、その事例のひとつである。

また、他業界においても「コーポレート・ベンチャーキャピタル」の設立等、事業会社においてベンチャー企業投資を活発化する動きもある。

NTTは2008年2月に、コーポレート・ベンチャーキャピタル、「NTTインベストメントパートナーズ」を設立した。情報通信分野で先進的な技術やノウハウを持つ国内外のベンチャー企業への出資を目的としている。第一弾として、5月、次世代ネットワーク(NGN)を活用した3次元仮想空間の技術とサービスを狙い、ngi groupの株式を取得、9月にはコールセンター事業における在宅電話オペレータ環境を実現するためのプラットフォームサービスの提供を計画しているメディア・クルーズ・ソリューション(東京・渋谷、中岡聡社長)に出資している。

また、旭化成も欧米の有望なベンチャー企業に投資するためにコーポレートベンチャーキャピタルを設立した。資金規模は10億円で、電子材料や医療機器分野で技術力のあるベンチャー企業が対象だ。米ニューヨークに設置した投資運用会社「旭化成イノベーション・パートナーズ」が運営する。米国の金融不安でベンチャー企業向けの投資活動が停滞する可能性があるため、有望企業発掘の好機とみているという。

ベンチャー企業にとって、事業会社との資本提携は、成長のための資金が得られるだけでなく、大手の販路等の面で協力が得られることもあり、大きなメリットもある。

また、事業会社側から見ても、自らの事業展開に必要となる、先進的な技術やノウハウを提携により短期間で得られることは大きなメリットであり、実際、上場事業会社の経営陣から、こうした有望な技術を持つベンチャーとのアライアンスに対する興味は強いとの声も聞く。

こういったベンチャー企業投資のスキームは、「ベンチー企業」および、その資金の出し手となりうる「上場企業」双方にとってメリットがあると考えられるが、こういったスキームを活発化していくためには、上場企業側の「目利き」能力 、すなわち、有望ベンチャー企業の発掘能力の向上が課題となる。

特に国内の大手事業会社においては、これまで新規の事業を立ち上げる際に、一般的には自前のリソースを使って行ってきたため、有望な外部ベンチャー企業を発掘するリソースもノウハウも持ち合わせていない。

本業を持つ中で、こういったリソースを一定以上確保し、ノウハウを蓄積していくことは非常に大きな課題であろう。

米国エンジェル投資モデルに見るこれからのベンチャー投資の在り方


図表6:Band of Angels に見る「ネットワーク‐ファンド並行モデル」
出所:NTT データ経営研究所にて作成

これらの課題を解決するための1つのヒントとなりうるのが、米国のエンジェル集団「Band of Angels」等が実施している「ネットワーク―ファンド並行モデル」である(図表6)。

「Band of Angels」とは、米国で最も有名なエンジェル(ベンチャー企業投資家)集団の1つで、所属する投資家は、HPやGoogle等のハイテク企業を創設した起業家集団により構成されている。




彼らの投資であるが、

(1):企業発掘―スクリーニング・ブラッシュアップ

(2):起業家のプレゼン開催―エンジェル投資家の審査

(3):Angels Networkによるデューデリ

(4):エンジェルによる投資の実施

という形で進められる。

ここで1つポイントとなるのは、一部のエンジェル集団において、大きなロードと専門的な金融知識が必要となる(1)と(3)のステップに関して、金融の専門知識を持つ要員で構成する「事務局マネージャー」が行っていることだ。

この機能に関して、例えば日本国内ではベンチャーキャピタル等が得意とする領域である。

事業会社が先進技術を持つ有望ベンチャー企業への投資を活発にさせる1つの方法として、この米国の「ネットワーク―ファンド並行モデル」に倣い上記の(2)、(4)を事業会社が担い、(1)、(3)はベンチャーキャピタル等と提携する協調投資モデルが考えられるのではないだろうか?

事業会社においては、大きなロードと専門的な金融知識が必要となる「企業発掘」や「デューデリ」の部分を専門家である金融機関に担ってもらうことで、自らのリソースを使わずとも有望な投資案件を見つけることができる。

ベンチャーキャピタル等においても、自社が投資した企業のバックに大手の事業会社がつくことで、IPO等のExitの確率が高まることは大きなメリットとなるはずである。

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