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組織内部の力で人材を育て、変革を実現する

シニアコンサルタント 金井 恭太郎

1.はじめに

人材育成を重点課題に掲げる企業は多い。日本生産性本部が実施した「2009年度人事部門が抱える課題とその取り組みに関するアンケート調査」によると、「最も重要な人事課題」は1位に「次世代幹部候補の育成」、2位に「従業員の能力開発・キャリア開発」と人材育成に関する項目が挙がっている。筆者も多くの現場で下記のような悩みを耳にしてきた。

  • 制度と絡めて能力開発のガイドラインは作成したが、形骸化しており業務ではほとんど使われていない。育つ、育てるという文化が組織に根付かない。
  • 研修メニューは揃えた。各研修の終了後のアンケート結果では評価も高い。しかし、学んだことが実業務で活かされていない。
  • 組織の横断的なコミュニケーションの加速と人材育成を目的に、組織横断的なプロジェクトワークを立ち上げた。しかし、参加したメンバーの意欲が逆に減退している。

多くの場合、人材育成は下記のプロセスで個別施策に落とし込まれる。

(1)育成テーマを定める

経営環境、戦略・ビジョン、組織文化・風土を踏まえ、自社固有の文脈で育成する人材像を定める。

(2)制度・仕組みを整備する

育成テーマで定めた方向性で人が能力を開発し業務を進めるよう、評価などの制度・仕組みを整備する。

(3)育成施策を策定する

育成テーマに応じて、人材育成体系を構築し、個別の育成施策に落とし込む。

多くの企業において、(1)(2)のプロセスは十分に検討が進んでいるのに対し、(3)は多種多様な施策の中から、効果の高い打ち手を選択するのに苦心している傾向がある。本レポートは(3)にフォーカスする。育成テーマの特性に応じた育成施策を検討するためのポートフォリオと新たな手法を組織に導入し定着させる上でのステップを紹介したい。

2. 育成テーマの特徴を明確にする

【図表1】効果の高い施策の特徴
出所:NTT データ経営研究所にて作成

育成施策は育成テーマの特徴に応じて向き、不向きがある。そのため、育成テーマの特徴を正しく押さえた上で、施策の検討に入る必要がある。育成テーマの特徴は2つの軸で考えることができる。1つ目は、自社にない新たな手法の導入(変革)と社内の手法の強化・伝承(定着)の軸である。2つ目は、将来のビジネスにおける業務で求められる要素(将来)と既存のビジネスにおける業務で必要な要素(現在)の軸である。【図表1】

「変革」の要素が大きい場合は、社外の力の活用を軸とした施策が望ましい。社外の力を使い既存の手法をカスタマイズすることで、自社にない手法を迅速に輸入することができるからだ。自社で一から作り上げるとなると、環境変化のスピードが速まる中、完成する頃には陳腐化している危険性がある。逆に、「定着」の要素が大きい場合は社内の力を軸にすることが効果を高める。本当の意味で社内の手法にするためには、育てるという要素を内部に取り込み、実業務との接合を深める必要があるからだ。

「将来」の要素が大きい場合は、現業務から離れる施策が望ましい。業務上の立場や制約条件を取り払うことが、将来求められる要素を磨く上では効果を高めるからだ。逆に「現在」の要素が大きい場合は、現業務と距離がより近い施策が望ましい。学習内容と現業務との接合をより効率的に行えるからだ。

2つの軸のイメージを持っていただくために、簡単な例を紹介したい。

例1:提案営業力強化

1990年代にコンピューターメーカーがハード重視からSI重視にビジネスモデルを転換した際に、提案型営業(ソリューション営業)の手法を導入したのは「変革」「将来」の要素が大きい。当時コンピューターメーカーが社内に保有しなかった手法の導入であり、今後のビジネスにおける業務で活用する目的が大きいからだ。

例2:新入社員教育

メーカーが自社の仕事の進め方を、新入社員から徹底して教育するのは「定着」「現在」の要素が大きい。自社の手法を伝承させるための取り組みであり、既存のビジネスにおける業務で活用する目的が大きいからだ。

例1であれば、「社外の力」を軸に「現業務から離れた」施策を実施すると良い。逆に、例2であれば「社内の力」を軸とした「現業務と近い」施策が効果的だ。

3.育成テーマの特徴に応じた育成施策を検討する

育成テーマの特徴を2軸で正しく押えれば、最適な育成施策が見えてくる。ポートフォリオの4つの象限に応じて、代表的な施策を整理した。【図表2】

【図表2】代表的な施策
出所:NTT データ経営研究所にて作成

(1)「変革」「将来」の要素が大きい場合

社外の力を軸に、現業務から離れた形で行うことが望ましい。代表的な施策に、外部教育機関への派遣、外部ベンダーによる研修(以下、外部研修)を挙げることができる。社外の新しい手法を学習する上では効果が高いが、実業務での活用とは距離のある施策である。

(2)「定着」「現在」の要素が大きい場合

社内の力を軸に、現業務から近い形で行うことが望ましい。代表的な施策に業務を通じた訓練(以下、OJT)を挙げることができる。実業務での活用の観点からは効果が高いが、中長期的に立った育成を行うことが難しい。

(3)「変革」「現在」の要素が大きい場合

社外の力を軸に、現業務から近い形で行うことが望ましい。代表的な施策に外部ファシリテーターを入れ、自社の課題に取り組むプロジェクトワーク(以下、プロジェクト型トレーニング)を挙げることができる。外部研修とOJTの中間的な特徴を持つが、育成効果を高める設計・運用が難しい。

(4)「定着」「将来」の要素が大きい場合

社内の力を軸に、現業務から離れた形で行うことが望ましい。代表的な施策に社内の上司・先輩による研修(内製研修)を挙げることができる。外部研修とOJTの中間的な特徴を持つが、講師供給、コンテンツのメンテナンスにかかるコストが大きい。なお、講師は間接部門が行うよりは、対象層の指導にあたる先輩層が行うことでOJTとの連動はより容易になる。また、ローテーションや出向(以下、配置)も「定着」「将来」の要素が大きい場合に高い効果が期待できる。

育成テーマの特徴に対して適切ではない施策を実施すると、効果が上がらないばかりでなく、問題が発生する可能性がある。1つ事例を紹介したい。

事例1:プロジェクト型トレーニングを行った結果、対象者のモチベーションが下がってしまった

IT関連企業A社は組織横断的にメンバーを集め、プロジェクト型トレーニングを行っていたが、対象者がモチベーションを下げてしまう状況にあった。「忙しい中多くの時間を割いて課題解決を行ったが、何かが変わったという実感を持てない(成果が出ない)」ということが主な理由だ。これは育成テーマが「将来」の要素が強すぎる場合、「定着」の要素が強すぎる場合に起こる。「将来」の要素が大きすぎる場合は、将来求められる高いレベルの課題を検討することになるため、アウトプットが具体化されず、問題意識を述べるレベルにとどまるケースが多い。また、定着の要素が大きすぎる場合、組織横断的に集められた異なる立場の者がそれぞれの立場を強く意識しすぎるため、結論が出ずに諦めムードになるケースが多い。

プロジェクト型トレーニングは「変革」「現在」の要素が強い場合、すなわち対象者が新しい手法を身につけ、現在求められている課題解決で活用する場合に効果が高い施策である。身につけた手法が実業務で活用されるためには、小さくても成果を出すことで対象者を動機付ける必要がある。「変革」「現在」の要素が強い場合に、外部の力を活用しながら支援することでそれが可能になる

育成テーマの特徴を考慮せずに、外部研修やプロジェクト型トレーニングが実施されていることを目にする機会がある。育成施策検討ポートフォリオを活用すれば、最適な施策が見えてくる。

4.新たな手法の導入から定着のステップを描く

新しい手法を導入し、実務で活用されている状態を実現するには、スナップショットで育成施策を検討することに加え、時間軸の観点を持つことが重要である。外部研修などを活用して導入した新しい手法は、最終的にはOJTを軸に磨かれることが望ましい。しかしながら、両者を一足飛びに繋げることは難しく、ステップを踏む必要がある。ステップに応じて育成テーマの特徴は変わるため、それに応じて軸となる施策を変えることが重要である。

新たな手法の導入から定着を実現する、育成施策検討ポートフォリオに基づいた4つのステップを紹介したい。【図表3】

【図表3】4つのステップ
出所:NTT データ経営研究所にて作成

ステップ1 手法の導入

新たな手法の必要性が認識され、起点となる集団(選抜された小集団、特定階層の社員など)がそれを学習する。このステップでは「変革」「将来」の要素が強い。

ステップ2 手法の活用の促進

起点となる集団が、手法を活用して成果を出し(多くの場合、小さな成果となる)、その成功体験が社内で共有される。業務に近い課題解決で成果を出すため、「現在」の要素が強くなる。

ステップ3 手法の伝承の促進

起点となる集団がそれを部下・後輩に教えることを通じて、手法が社内に伝播する。このステップでは、外部の力を内部に取り込むため「定着」の要素が強くなる。

ステップ4 手法の定着の促進

起点となった集団に限らず組織内で手法が実業務で活用され、先輩が後輩に指導する中で磨かれる。このステップでは「定着」「現在」の要素が強い。

ステップを意識せずに同じ施策を実施し続けても効果が上がらない場合が多い。1つ事例を紹介したい。

事例2:外部研修を長年続けているが、実業務で活用されない

製造業B社は論理思考研修を長年外部ベンダーに委託し、研修と実業務を繋げる工夫を多く行っているにも関わらず、「社内で目にする資料は変わらない」という状況にあった。研修内容自体の評価は高いのだが、ポートフォリオの右上(変革・将来)と左下(定着・現在)を直接繋げることを個人任せにしていた。その負担が大きく、手法は個人レベルで活用されたとしても周囲に波及せず、組織全体としての仕事の進め方は変わらなかった。

このような場合、研修を内製化するステップに移行することが効果的である。先輩が教えるために手法を整理し、コンテンツを自社向けにアレンジするプロセスを通じて、社外にあった手法が社内のものになっていく。組織的に教えるための準備をすることが、組織にとって大きな学習となる。

論理思考など仕事の進め方の基本となるスキルの習得を外部研修で行うが、効果が出ないという理由で研修ベンダーが3年程度の周期で入れ替わる状況を目にする機会がある。そのような場合は、ステップ2やステップ3の施策を実施すると良い。

5.終わりに

外部環境が目まぐるしく変化する中、スピーディに戦略を変え、戦略に応じて人材の能力を変化させる必要性は高まっている。新たな手法を導入し、組織に定着させるというサイクルを回すことが組織の競争力を左右する。人材と人材が保有するスキルは変化しにくい性質を持つが、最適な育成施策を打ち続けることで変化を起こすことは可能である。そのために重要なポイントは下記の2つである。

  • 「育成施策検討ポートフォリオ」を活用し、育成テーマに応じた育成施策を打つ
  • 新たな手法の導入から定着を4つのステップで計画する

この2つのポイントを押え続けることで、組織の人材を育成する力は高まり、組織の変革が可能になる。

以上

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