現在ご覧のページは当社の旧webサイトになります。トップページはこちら

「組織マネジメント 3つの提言」
~「IT人材のプロフェッショナル意識調査2009」より~

シニアマネージャー 桃原 謙

1.はじめに

2009年11月、株式会社NTTデータ経営研究所は「IT人材のプロフェッショナル意識調査2009」を実施した。その結果、昨年度調査とほぼ同様、「6割を超えるIT人材が、将来の能力発揮が難しいと感じ、5割を超えるIT人材が、現在企業が行っている能力開発が十分役立っていない」との結果が判明している。

IT業界各社は、人材が競争優位の源泉との基本的な考えの下、ITSS(ITスキル標準)をベースにした人材育成への取り組みを促進させており、社内認定や研修体系の整備等、他業界に遜色(そんしょく)のない水準にて導入している。しかし、なぜ人材育成・活用において、IT人材の意識に改善が認められないのであろうか。

本稿では、これら問題意識に基づき、人材育成・活用の要諦(ようてい)である「組織マネジメント」の視点から、調査結果の洞察、および解決の方向性を探っていきたい。

2.調査結果の洞察


【図表1】将来の能力発揮
出所:NTT データ経営研究所にて作成
【図表2】現在の能力開発
出所:NTT データ経営研究所にて作成

本調査にて、IT人材の能力発揮度を調査したところ、「現在、持っている能力を最大限発揮できていないと感じる人材が4割近く(39.0%)」存在している。
さらに「将来、更なる能力を今の職場・仕事にて発揮するのは難しいと感じている人材は6割以上(60.3%)」に達している。【図表1】
昨年調査と比較すると、2.3ポイント減少している。

一方、能力開発の現状を調査したところ、「現在、企業が行っている能力開発が役立っていないと感じている人材が半数以上(52.4%)」を占めている。【図表2】
昨年調査と比較すると、5.9ポイント増加している。

なぜ、6割を超えるIT人材が、将来の能力発揮が難しいと感じ、5割を超えるIT人材が、現在企業が行っている能力開発が十分役立っていないと感じているのだろうか。

人材育成・活用の要諦である組織マネジメントに焦点を当て、組織マネジメントを担う「人材」と、管理職が活躍する「組織形態」の視点から、洞察していきたい。

(1)組織マネジメントを担う「人材」

管理職は、組織目標を達成すべく、組織の業務テーマ(目標達成に向けてどのような業務を行うか)を設定して、実行・管理する行う立場にある。特に課長クラスは、一般社員と直接日々協働して第一線で活躍する立場にある。
  ただし現状では、課長クラスの「プレーヤー化」が進んでいると考えられる。与えられたことはきちんと実行することはできる、つまり、いかに実行するか(How)は得意だが、組織として何を行うべきか(what)を設定することは得意ではない人材、または実行する必要性を感じない人材が増加しているのではないか。

IT人材の自律性を調査したところ、「課長クラスで、自組織の仕事のテーマを決めていない人材は3割を超え(31.4%)であり、係長・主任クラスとほぼ変わらない(31.1%)」との結果が出ている。さらに、その内、テーマを自ら決める必要性を感じていない課長クラスが3割近く(26.0%)を占めている。
  つまり、自ら組織テーマを決めることなく、上位管理職から指示されたテーマを実行に移す課長クラスが3割存在し、しかも係長・主任クラスと同じ比率で存在しているのである。

現在の課長クラス(35歳-45歳)は、バブル期に新規採用された世代であり、バブル崩壊後の「失われた10年」の多くの企業での採用抑制により、後輩の面倒を見る機会に恵まれなかった。自身のマネジメント経験が不足する中で、企業も成果主義導入と併せてプレーイングマネージャー化を推奨してきたこともあり(その頃、「担当課長」との肩書が生まれた)、管理職になった今でも、部下に任せずに、自ら実行するスタイルを身につけている。

「課長のプレーヤー化」によって、あまり組織目標達成に必要な仕事を創造せず、自らは与えられた仕事をこなしてきた。部下には大きな仕事に挑戦する機会を与えることができず、部下はいつまで経(た)っても細分化された、身の丈を超えることのない仕事に取り組まざるを得なくなるケースが多い。まさに部下の人材育成が促進されない要因の一つとして考えられる。

(2)管理職が活躍する「組織形態」

組織においても、意思決定の迅速化を目的に組織のフラット化を行い、課を廃止して最小組織単位を部に格上した結果、課長クラスはプロジェクト・マネージャーが主な役割となってきている。その結果、課長クラスは、お客さまとのプロジェクトにおける短期成果を優先せざるを得なくなり、プロジェクトを越えた中長期視点での組織マネジメントが後回しになっているのではないか。

IT人材の連帯感を調査したところ、「プロジェクト以外のメンバーとコミュニケーションが取れている人材は47.1%しかなく、プロジェクトメンバーの78.7%と比較しても、コミュニケーションが十分でない」との結果が出ている。
 しかも、「プロジェクト以外のメンバーとのコミュニケーションの必要性を感じる人材は83.4%」に達しており、必要性を認識しているにも関わらず、プロジェクトの壁がある現状を浮き彫りにしている。

「課長クラスのプロジェクト・マネージャー化」で、組織マネジメントがプロジェクト内に閉じてしまい、プロジェクトを超えたコミュニケーションを取ることができず、成功事例や失敗事例の共有がままならない。人材育成にしても、プロジェクト成功に必要なスキル習得は促進するものの、本人主体のキャリア開発や、現プロジェクトの先を見据えた人事異動やプロジェクトへのアサインが後回しになっている。
 つまり、プロジェクト主体となり、短期成果を追求した結果、組織マネジメントの人を活かす中長期の視点が欠落してしまっている。

最小組織単位の組織長である部長が、組織マネジメントを果たすべきだが、スパン・オブ・コントロールが大きく、管理対象者も多く、日々の社員の活動から離れがちのため、十分にその機能を果たしきれていないのが、現状ではないだろうか。

以上から、「課長クラスのプレーヤー化」、「課長クラスのプロジェクト・マネージャー化」、つまりは「組織マネジメントの不在」が、人材の育成・活用に悪影響を及ぼしていることが考えられる。

3.解決の方向性

P・F・ドラッカーは、著書「断絶の時代」において、「知識労働者の動機付けに必要なものは、成果である」と喝破している。つまり、生計の資の仕事だけでは満足できず、知識をもって何事か成し遂げることを欲することを示している。また、知識労働では、有能なだけの仕事と卓越した仕事の差は顕著に表れるのだとも語っている。卓越した仕事をするためには、「仕事の目的の明確化」が肝要であることを示している。

ドラッカーが語る通り、知識労働者であるIT人材を動機付けるために、いかにして成果を出させるか。
 部下一人ひとりの仕事の目的を明確にして、いかに成果を出させるのか。
 人材の育成・活用に向けて、部下を取り巻く仕事環境である「組織マネジメント」を、見直す時期に来ているのではないだろうか。

一般的に、「組織マネジメント」とは、(1)組織目標を設定し、(2)組織構造やメンバーを決め、(3)業務設計やアサインを行い、(4)部下の育成・活用を図り、(5)進捗(しんちょく)管理を通じて成果を評価することを意味する。組織マネジメントにより、組織内シナジーを高めることで、部下の成果の総和より大きな成果を導き出すことを目的とする。
 さらに、持続的な組織の成長を果たすために、短期的成果だけでなく、人材育成や新ビジネス開拓といった中長期的施策との両立を図るか、つまり両者の矛盾をどのように克服するかがカギとなる。

その「組織マネジメント」のあり方が今問われているのである。

それでは、その実現に向けて、今具体的に何に取り組むのか、3つの提言を行いたい。

(1)「管理職役割の明文化」

そもそも、管理職が果たすべき役割定義は明文化され、管理職に十分浸透しているだろうか。管理職の役割があいまいなまま、新任管理職向け評価者研修だけでお茶を濁している企業もよく見かける。具体的な役割定義を明確に示していないため、一般社員から管理職への任用時に、十分な役割のシフトチェンジができていない原因にもなる。
  一般的な組織マネジメントの定義に加えて、経営・事業戦略に必要な専門性や、企業固有の価値観(企業理念・ビジョン・行動)の体現も明文化する必要があるだろう。
  つまり、各企業固有の言葉で管理職の役割を明快に定義することが極めて重要である。

(2)「組織マネジメントの役割分担」

役割分担についても、課長クラスに組織マネジメントをどこまで担わすのか。同時に、部長クラスが一般社員を直接管理するのか、管理職を通した間接管理に留(とど)めるのかを検討する必要がある。最近では、プロジェクト担当課長の負担を考慮して、マネジメント力の強化を目的に、マネジメント専門課長の設置を検討するケースも見受けられるようになっている。
  役割分担は、当然業界一律ではなく、各社の事業形態、管理職のマネジメント力、一般社員の自律性等に応じて、単なる理想論ではなく、実行可能な役割分担を決めていく必要がある。

(3)「組織形態の見直し」

現行の組織形態で、管理職の役割や組織マネジメントの役割分担は実現できるだろうか。

【図表3】能力開発が役立っていない理由
出所:NTT データ経営研究所にて作成

組織形態を考える視点として、事業ミッションの達成は不可欠な視点だが、組織マネジメント上の課題、例えば、配置転換や人材育成を促進する視点も考慮する必要があるのはないか。
  社員一人ひとりの成長を見据えた人材育成を実現するために、誰が責任を持って人材育成を行うのか。専門性向上やキャリア形成を支援するために、社員の志向や特性にも配慮したプロジェクトアサインをいかに実現するのか、またそのための組織形態とはどういうものか。
  各社事業特性に応じて、固定組織やプロジェクト組織のあり方を整理していく必要がある。

コンサルティングの現場でも、人材開発の主なテーマは、認定制度や研修体系の整備ではなく、配置異動やプロジェクトアサインを通じた経験の蓄積に、もはや移っている。

本調査にて、能力開発を調査したところ、能力開発が役立っていない第1の理由として、「約4割(40.5%)は社内の異動が活発ではなく、必要な経験が積めないため」と回答している。【図表3】
  さらに異動場所を調査したところ、「企業内に更なる能力を発揮できる職場・仕事があると感じている人材は約8割近く(77.4%)」を占め、社外に転職しなくても、自組織を含めた社内で活躍できると感じているとの結果が出ている。

4.結びに

政府のGDP成長予想は、2010年度名目1.3%が想定され、本年後半から緩やかながらも新興国の外需を中心にした景気回復が見込まれている。ただし、内需も含めた力強い経済成長には、まだ時間が必要との意見も聞かれる。このマクロ経済環境の中で、IT業界も業績回復と共に、3-5年後を見据えた中期的な成長戦略を描く時期に来ているのではないだろうか。

足元の人材を見ると、3-5年後管理職として主力になる層である主任・係長クラス(32歳-37歳)は、就職氷河期に採用された層であり、各社とも採用数を厳選した結果、人員構成上、不足している企業が多い。さらに、先述の組織マネジメント不在による人材育成・活用の不足によって、人材の質の劣化が懸念される。
第一線で活躍すべき管理職層の数・質の低下は、中期的な成長戦略を描く上で、大きな制約条件となりかねず、大きな禍根を残す恐れがあり、非常に懸念される。

今まさに、中長期的な成長に向けた人材力・組織力の強化、その基礎となる「組織マネジメントの強化」に着手していく必要があるのではないか。

以上

Page Top