デジタルコグニティブサイエンスセンター

 デジタルコグニティブサイエンスセンター

人間情報データベースにおけるディープデータ開発について

株式会社NTTデータ経営研究所
情報未来イノベーション本部
デジタルコグニティブサイエンスセンター
シニアコンサルタント 中村 友昭

■人間情報データベースとディープデータ

人間情報データベース(https://www.nttdata-strategy.com/dcs/about/index.html)はDCS(デジタルコグニティブサイエンスセンター)で2016年から開発している人間に関わる様々な種類のデータを扱ったデータベースである。人間情報データベースの取り組みは、人の行動・振る舞い・意思決定を把握することを試み、研究機関と連携しながら、独自のデータ取得法を開発し、データを収集しているところに特色がある。

我々はこれらのデータ取得法により得られたデータ群を、(データの質自体にはさほど拘らず)サンプルサイズを巨大化させ、データを多種多様化させる「ビッグデータ」の特徴と対比して「ディープデータ」と呼んでいる。ディープデータは外部から見えない意思決定までの内部過程に寄与しうるという性質を有する。我々がディープデータと呼ぶデータ項目は大きく分けて二種類ある。

■ディープデータを構成する「性格・価値観データ」と「認知バイアスデータ」

一つ目が、人の性格や価値観に関わるデータ項目群で(性格)心理学的専門性の高いデータ項目である。外見的特徴では一見分からない人間の内面的特徴(例えば、利己性やストレス耐性など)を把握することを目的としている。心理学的な一連の手続きによって作成された尺度に基づき、質問紙を用い主観的に回答されたデータを取得し、その回答傾向を決められた規則で計算処理することで性格や価値観などの内面的な特徴を定量化している。

もう一つが、行動経済学や認知/社会心理学に関わる認知バイアスである。認知バイアスは、人の思考や意思決定にみられる非合理的な“くせ”を表し、一般的に合理的な意思決定を阻害する人間の認知的特性とされる。この人の非合理的な“くせ”である認知バイアスは、意思決定の合理性を追求する人間にとってはコントロールの対象となるため、その特性をできる限り深く理解する必要があるだろう。

昨今、社会的にもこの認知バイアスが注目されており、特にナッジに関連してマーケティングや公共政策等に利用されている。ナッジとは、人に対し報酬を極端に変更したり、選択肢を制限することなく、目的の行動を選択するよう仕向ける手法のことである。認知バイアスを理解し、適切な選択アーキテクチャ1を構成すれば、強制ではなく誘導的に目的の選択を行う確率が高まる、ということである。しかしながら、その操作性・誘導性からナッジの実施には官民問わず、目的の正当性、実施者の倫理感が高く要求されることに注意を払いたい。

1 選択アーキテクチャ:選択者の自由意志に影響を与えずに選択を制御、提案する仕組み

■人間情報データベースで開発・取得したディープデータ

さて、これまで人間情報データベースでは、様々なディープデータを取得してきた。ここでは、これまで取得した認知バイアスの一部を紹介する。

まず「フレーミング効果」について説明すると、フレーミング効果とは全体的事実は変化させず、その事実を伝える表現を変化させる2ことで意思決定が変わってしまう現象を指す。また、「損失忌避」という認知バイアスは、同じ量の獲得と損失があった場合(例えば10,000円を手に入れる場合と10,000円を失う場合など)に損失を過大に評価する認知バイアスである。

2021年度の人間情報データベースでは、「ハロー効果」「アンカリング効果」などの認知バイアスを新たに追加・改良し取得した。「ハロー効果」は後光効果とも呼ばれ、ある人物・物事を評価する際に、目立った特徴に影響を受けて他の特徴が評価されてしまう現象を指す。例えば、ある人物の料理人としての腕を予想してもらう際に、由緒正しい生まれであることや、華々しい学歴を持つことが分かったとすると、その情報が料理人の腕の評価に影響するといったものである。この時、生まれや学歴は料理人としての腕には本来関係のないはずであるが、輝かしいプロフィールが後光として働き、料理人としての腕の評価に影響する場合がある。このような現象を「ハロー効果」と呼んでいる。一方、「アンカリング効果」は最初に与えられた(通常は判断に対し関連のない)情報がアンカー、つまり船の錨となり、その後にそのアンカーを参照点として、判断を行ってしまう現象を指す。例えば、ある服の値段を見積もってもらう際に、「①この服は3万円より高いと思いますか?と質問してから、その服の値段を予想してもらう場合」と「②この服は5千円より高いと思いますか?と質問してから、その服の値段を予想してもらう場合」において、初めに提示された3万円、5千円という情報がアンカーとなり、①と②も値段の予想平均はそれぞれ3万円、5千円に近づく。この時、3万円と5千円は根拠なく無関係に提示した情報であるが、価格予想の際に切り離して評価することが難しい。このようなヒューリスティック3な認知特性を「アンカリング効果」と呼んでいる。

DCSではその他にも多くの認知バイアスの取得を実施しているが、最新の項目一覧についてはコラム人間情報データベースの最新データ(2021年度)のご紹介(https://www.nttdata-strategy.com/dcs/column/column_2202.html)を参照されたい。

2 一般的には前景化された情報と後景化されていた情報をひっくり返す。例えば、損得を表現したメッセージがあった時に“得”を強調し、“損を”控えめに記述した表現から“損”を強調し、“得”を控えめに記述した表現に変化させる

3 ヒューリスティック: 情報をできるだけ集め、時間をかけ論理的に意思決定するのではなく、限られた情報の中で直観的・発見的に素早く判断すること

■今後の開発について

人間情報データベースは、ディープデータを反映したペルソナの作成、意思決定や行動の予測、ナッジのための仕掛け作りへの利用が増えている。今後は、既存のディープデータ項目の研究と精度を高める取得法の開発をさらに推進していく予定である。