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2017年7月4日

手書きや紙の持つユニークな価値について
心理科学・脳科学的アプローチで検証
~応用脳科学コンソーシアム 「アナログ価値研究会」~

株式会社NTTデータ経営研究所(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:川島 祐治)は、千葉工業大学知能メディア工学科山崎研究室(千葉県習志野市、山崎 和彦 教授)、東京大学大学院総合文化研究科酒井研究室(東京都目黒区、酒井 邦嘉 教授)、王子製紙株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役社長:青山 秀彦)、ゼブラ株式会社(本社:東京都新宿区、代表取締役社長:石川 真一)、DIC株式会社(本社:東京都中央区、代表取締役 社長執行役員:中西 義之)、株式会社日本能率協会マネジメントセンター(本社:東京都中央区、代表取締役社長:長谷川 隆)(以下株式会社略)と共同で、応用脳科学コンソーシアム※1内に「アナログ価値研究会(以下、本研究会)」を、2015年に組成しました。
 本研究会では、手帳・書籍・紙媒体・筆記具等の「アナログ」製品に関するユニークではあるが、デジタル化が進む時代において見落とされがちな「アナログ価値」を科学的に示し、その価値を再認識するとともにアナログとデジタルを融合した製品やサービスの開発につなげることを目的としています。
 これまで実施した実験で「手書き」によるコミュニケーションは、「タイプされた文字」と比較して読み手に対して「思いが込められている」というポジティブな印象を与えうることがわかりました。手書きでも速記の場合は、そのような効果が弱くなることから、「手書き」文字が「心が込められている」と判断されるのには、書き手が「運動のコスト(時間)」をかけて文字を書く必要があることも示唆されました。一方で、タイピングによる活字でのコミュニケーションは、短時間で入力でき、かつ「読みやすく丁寧である」という印象を与えることがわかりました。
 本研究会では他にも、様々なバックグラウンドの参加者による「デザイン思考」ワークショップを通して出されたアイディアの中から、スケジュールの記憶と構造的理解のしやすさを「紙(と手書き)の価値」として着目し、紙の手帳とスマートフォンの手帳アプリを用いて、スケジュール記憶課題等の実験を行い、両群でタスクのパフォーマンスに違いが生じるかなどの検証も進める予定です。
 今後、上記の活動に賛同いただける民間企業の参画を募ると共に、更なるデジタル・アナログの価値に関する検証を進め、結果を学術界・社会へ情報発信していく予定です。

【背景・活動の経緯】

 スマートフォン等のデジタルデバイスの急速な普及に伴い、新聞、雑誌などの媒体や書籍の電子化が進み、ダイアリー、メモ帳などの機能が電子化されアプリケーションとして搭載されるようになってきています。
 それらのデジタルデバイスの便利さの一方で、「手で書いてコミュニケーションする」、「紙で本を読んで学習する」、「手帳で予定を管理して目的を達成する」などのアナログ製品を用いた行動には、デジタル製品を用いる場合と比較して、記憶が定着しやすいなどの認知的側面での利点があることを示唆する研究が世界的に報告されています※2。「アナログ価値研究会」は、デジタルとアナログの双方のユニークな価値を見極め、それぞれの良さを享受することでより豊かな生活を人々に送ってもらうことを目的として組成されました。  

アナログ価値研究会の概要

Figure 1 アナログ価値研究会の概要

【研究会で取り組んだアナログ価値の実証実験の概要】

実施テーマ:手書きの価値の実証実験  

目的:アナログ価値=「手書きの方が、印刷されたタイプ文章に比べ、書き手の想い(時間をかけてくれたなど)が相手に伝わる」という筆記のコミュニケーション上のユニークな価値を科学的に検証する。  

方法:
●書き手
書き手:4名(男女2名ずつ)
書き手への教示:「あなたの身近な友人が誕生日を迎えることを想像してください。その人に向けて誕生祝いのメッセージカードを書いていただきます。」
心を込める条件の教示:「ゆっくり時間をかけて心をこめて書いてください」(Figure 2a)
速記条件の教示:「自分の書ける最高のスピードでできるだけ素早く書いてください」(Figure 2b)
タイピング条件:「指定された文章をタイプしてください」(Figure 2c)
書き手の性格(自己申告)をTen Item Personality Inventory (TIPI-J)※3の質問10項目について7段階で評価  

●読み手
被験者:40人(男性20名、女性20名 20~24歳、平均年齢:22.33歳)
提示条件:心を込めた条件(4枚)/速記条件(4枚)/タイプ(印刷) それぞれの手紙を封筒から取り出し、読了後評価した。
読み手への教示:「今回、あなたの友人がサプライズであなたのための誕生パーティーを開いてくれました。友人知人を集めた盛大なもので、出席者は幹事が配ったカードにあなたの誕生日を祝うメッセージを寄せてくれました。出席者の中にはあなたの友達の知人やその友人もいるため、直接知らない人もいます。パーティーが終わった後あなたはそのカードを読んでいます。多くの人からメッセージをもらったので、同じ内容のものが多くありましたが、気にせずに読んでいます。」

読み手に対する取得指標:

  • 読むのにかかった時間
  • 手紙の印象(思いがこめられているか) ※VAS(visual analog scale)1-100で定量的に評価
  • 視覚的特徴(可読性、美しさ、丁寧さ) ※VASで評価
  • 手紙を書くのにかけた時間の推定(秒)
  • 書き手の性格推定(TIPI-J 10項目) ※7段階評価
 

実験に使用した手紙の例

Figure 2 実験に使用した手紙の例

結果:
以下の結果(一部)が得られた。

読み手による手書き文字に対する運動(コスト)情報の推定

  • 読み手は「心をこめて書いた条件」で、(速記条件と比べて)「時間がかかった」と推定した。(Figure 3b)

読み手による手書き文字に対する印象

  • 読み手は「心をこめて書いた条件」に対して、(速記条件と比べて)「思いが込められている」と感じた。(Figure 3c)
  • 読み手は「タイピング条件」に対して、(速記条件と比べて)「丁寧である」と感じた。(Figure 3d)

読み手による書き手の性格推定

  • 実際の書き手が報告した自身の性格尺度の得点と、読み手が推定した性格尺度の得点(10項目同士)の類似性を検証するために、得点間の相関係数を算出し、分散分析と多重比較により分析した。結果、心を込めた条件では他の条件と比較して高い相関係数であった(書き手の性格パターンをより正確に推定できた)。(Figure 4)

実験の結果① error bar=SE

Figure 3 実験の結果① error bar=SE

実験の結果② error bar=SE

Figure 4 実験の結果② error bar=SE

得られた示唆:
 手紙や履歴書、志望動機書など対人コミュニケーションにおいて漠然と「手書きが良い」と経験的に言われてきましたが、その実際の価値や理由については良くわかっていませんでした。今回実施した実験で示唆されたのは、単純に「手書き」であるという事実だけでなく、「時間と手間をかけてくれている」ということを読み手が感じることが書き手へのポジティブな印象や、書き手の人となりの理解につながっているということです。これは、時間をかけて丁寧に思いを込めて書く、すなわち時間・運動コストを掛ければ、そのコストに見合った情報が読み手に伝わるという考え方もできます。このように手書きによるコミュニケーションは「相手への思い」、あるいは「自分らしさ」を伝達できるという点で、電子媒体によるコミュニケーションにはないユニークさがあると考えられます。
 一方で、タイピングによる活字でのコミュニケーションは、短時間で入力でき、かつ「読みやすく丁寧である」という印象を与えるので、一定の伝達品質を有する「コストパフォーマンス」の良いコミュニケーション手段とも言えます。デジタル化が進む現代社会に生きる我々にとって、タイピングによる活字でのコミュニケーションは日常のビジネスシーンにおいて「コスパ」のいい手段であることには間違いありません。しかし、「ここぞ」というときに決められる「手書き」技術を有しておくことには価値があり、我々が日常生活で忘れかけている「情」を思い出させてくれることにもつながります。目的や状況に応じて、デジタル・アナログ両者の恩恵を上手に使い分けていくことが日々の社会生活をより豊かにしていくうえでも必要なのではないでしょうか。  

【今後について】

 今後、応用脳科学コンソーシアムのアナログ価値研究会では、「紙に印字された媒体」の価値の検証など、アナログに関わるユニークな価値に関する探求と実証実験を継続的に推進し、具体的な成果の学術的・社会的発信を行っていく予定です。また、アナログ価値に関心があり、本研究会の趣旨に賛同頂ける新たな民間企業の参加については継続的に募集する予定です。  

※1 応用脳科学コンソーシアム:NTTデータ経営研究所が日本神経科学学会の協力を得て設立した、オープンイノベーションモデルのコンソーシアムで、約50社の異業種の民間企業と異分野の研究者が一堂に会し、脳科学およびその関連領域の最新の研究知見を基盤に、「研究開発」「人材育成」「人材交流および啓発」に取り組み、複数のR&D研究会のもと幅広い研究活動を進めています。
応用脳科学コンソーシアムWebサイト:http://www.keieiken.co.jp/can/
※2 例えば、以下のような学習・記憶に関する手書きの優位性をタイピングに対して示した研究:Longcamp, M., & Boucard, C. (2008). Learning through hand-or typewriting influences visual recognition of new graphic shapes: Behavioral and functional imaging evidence. Journal of Cognitive Neuroscience.
Mueller, Pam A., and Daniel M. Oppenheimer. (2014) "The Pen Is Mightier Than the Keyboard Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking." Psychological science.
※3 TIPI-J:小塩真司(2012). 日本語版Ten Item Personality Inventory(TIPI-J)作成の試み
パーソナリティー研究 2012 第21巻 第1号 40-52


【本件に関するお問い合わせ先】

■ 報道関係のお問い合わせ先
株式会社NTTデータ経営研究所
コーポレート統括部 経営企画部 広報担当
Tel:03-5213-4016(代)
E-mail :

■ 研究会へのご参画や内容に関するお問い合わせ先
応用脳科学コンソーシアム事務局
(株式会社NTTデータ経営研究所 情報未来研究センター ニューロイノベーションユニット)
山﨑、茨木
Tel:03-5213-4160(代)
E-mail :

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