現在ご覧のページは当社の旧webサイトになります。トップページはこちら

日本と米国におけるHR-Techの潮流

情報戦略コンサルティングユニット
ビジネストランスフォーメーショングループ
シニアマネージャー 加藤 真由美
マネージャー 内田 壮

1.世界で注目度を増すHR-Tech

 近年、Fin-Techなど様々なX-Techの潮流が活発化する中、人材マネジメント領域も例外では無く、HR-Techと呼ばれる様々なサービス、取り組みも生まれつつある。従来、人事業務はあまりITの活用が進んでこなかった領域であるが、それゆえに、IT活用の余地は大きい。HR-Techにより人事、人材関連サービスの動向が大きく変化する可能性があり、今後の動向に注視が必要だろう。しかし、他のX-Techと同様、HR-Techに確たる定義が無く、様々なプレーヤーがばらばらに自らをHR-Techと主張するため、状況が非常に見えにくくなっている。そこで、本稿では、日本と米国におけるHR-Techの大きな潮流に絞って簡潔に取りまとめることとしたい。

2.日本におけるHR-Techの潮流

 日本におけるHR-Techの大きな潮流は、採用場面における「デジタル選考の普及」と社内人材マネジメントにおける「タレントマネジメントの普及・発展」である。(図1)
 人の手を介さない「デジタル選考」は、Webテストの普及という形で、2000年ごろ大きな変化があったものの、その後は大きな変化が見られなかった領域である。しかし、近年は、AI技術、分析技術の普及を活用した、「AIによるES(エントリーシート)選考」「AIによる面接」といったサービスが登場し、話題となっている(なお、ほとんど知られていないが、2000年頃からAIによるES選考は存在している)。
 実は、高いAI技術を有するアメリカにおいてすら、AIによる書類選考、面接はあまり例が無く、「精度の高い仕組みを作るには相当な投資が必要であり、まだまだ難しい」との認識が一般的である。
 日本がこうしたデジタル選考で先行していることの背景には、「新卒一括採用」という特殊な採用選考環境がある。日本の人気企業には一度に数万のエントリーシートが寄せられ、人事部門はこの中から短期間で数十名の内定者を選び出す必要がある。こうした環境下においては、「少ない人手で効率的に選考を行う」ということが極めて重要であり、これが「デジタル選考」普及の大きな要因となっている。
 「タレントマネジメント」は社内の様々なデータをデジタル化し、人材データの分析(ピープルアナリティクスとも言われる)を通じて、採用、配属、育成などの意思決定に役立つ示唆を得ようという取り組みである。この分野は、既に様々なサービスが登場し、多くの企業の人事部門が取り組みを開始している。人材データ活用の必要性は15年程前から言われていたことではあるが、近年のビッグデータ分析の普及に伴い、企業におけるデータ分析リテラシーが向上し、ようやく広範な広がりが始まっている。
 しかし、データ分析の世界で「Garbage in, garbage out(ゴミを入れてもゴミしか出ない)」と言われている通り、分析対象となる人材データがそもそも分析のためのものでは無いことから、一部では、取得データの内容へ課題意識が生まれつつある。その結果、一部の先駆的な企業は、分析対象データの収集に改めて着目し、システム、センサーなどを用いた様々なデータ取得の取り組みが始まりつつある。

図1 日本におけるHR-Techの取組事例一覧

図1 日本におけるHR-Techの取組事例一覧 各社Webページの情報よりNTTデータ経営研究所作成

3.アメリカにおけるHR-Techの潮流

  1. 3つのサービストレンド
     アメリカでは日本とは異なったタイプのHR-Techサービスが普及を見せている。アメリカにおけるHR-Techサービスの潮流は、採用領域における「人材ソーシングの普及」、社内人材マネジメントにおける「タレントマネジメントの普及・発展」「Personalized Learningの登場」の三種に大別することができる(図2)。以下に、この三種の潮流について簡単に記載する。
  2. 人材ソーシングの普及
     求人を行っている企業の希望条件に合わせて、Web上のあらゆる公開データ(求人サイト、SNS、Webページなど)から自社に合った人材情報を大量に収集する機能が人材ソーシングである。この機能を使うことで、人事担当者は従来のように、都度条件をつけて検索を行う、一つ一つの履歴書を見る、といった作業の必要なく、自動で大量の候補者データを収集することが可能となる。
     現在はまだ、収集した人材情報の精度が低いという課題が存在している。しかし、アメリカのATS(採用管理システム)事業者の多くはこの人材ソーシング機能の改善に競って注力している。加えて、ATS事業者のソーシング機能を支える、PDS(Private Data Store)事業者も登場しはじめている。PDS事業者は個人情報データの収集に特化し、公開データだけでなく提携先から取得したWeb上には非公開のデータも大量に収集しており、数億人規模の巨大な個人情報データベースを構築している。個別のATS事業者、求人企業が別々にWeb上を巡回してデータ収集を行うよりも、PDS事業者が一括してデータ収集を担った方がはるかに効率が良いため、いずれ人材ソーシング機能は少数のPDS事業者に集約されていくと予想される。
  3. タレントマネジメントの普及・発展
     アメリカにおいては日本よりも早いペースでタレントマネジメントの普及が進んでいる。日本企業によるタレントマネジメント導入の流れは、①海外子会社でのタレントマネジメント導入・成功、②グローバルでのタレントマネジメント導入、といった経緯を経るケースが多い。このため、タレントマネジメントの普及はアメリカの方が早い。
     アメリカにおけるタレントマネジメントの大きな傾向はUI(ユーザーインターフェース)とAIへの注力である。アメリカのタレントマネジメントシステム企業はUIを最重要事項と認識している。人事部のみが使用する旧来の人事システムと異なり、タレントマネジメントシステムは、経営陣、マネジャー、一般社員も触れる機会が多い。そのため、直感的な操作が可能なUIでないと運用上で混乱が生じてしまうのである。
     加えて、AIの活用として、一部のタレントマネジメントシステム企業は、蓄積された社内データを自動で分析し、退職者の予測やポジションの候補者推薦などを行う機能を備えており、人事担当者の知的業務を代替する動きも出てきている。
  4. Personalized Learningの登場
     教育・研修分野における新しいサービスが「Personalized Learning」である。Personalized Learningシステムは、「どの研修コンテンツ」を「誰に提供する」と「どの程度の効果」があるかのデータを蓄積・分析している。この分析結果を用いることで、Personalized Learningシステムは、個々の従業員に最適な(必要な能力を効率よく伸ばす)トレーニング(メンターの紹介なども含む)を自動で提示することができる。
     まだ、海外においても始まったばかりの段階のサービスではあるが、Personalized Learningシステムは、従来の「画一的で効果が曖昧」な教育・研修を、「個々人に最適化された、期待効果が明確」なものに大きく変化させる可能性を秘めているといえる。

    図2 アメリカにおけるHR-Techの取組事例一覧

    図2 アメリカにおけるHR-Techの取組事例一覧 各社Webページの情報よりNTTデータ経営研究所作成

4.日本市場におけるアメリカHR-Techサービスの普及可能性

  1. 人材ソーシング普及の可能性
     アメリカで普及が進む人材ソーシングではあるが、日本市場においては普及が困難と考えられる。理由は「オープンな個人の職歴データの不足」である。アメリカはLinkedinを代表として、個人が職歴データをWeb上に公開、PRを行うことが一般的であり、Web上の公開情報から大量の職歴データを収集することが可能である。一方で日本は職歴データをWeb上に公開、PRする文化は無い。「自分の履歴書をWeb上に公開して、職場の上司や人事部に見られたら出世に響いてしまう」というのが一般的な日本の職業人の感覚であろう。こうした認識がすぐに変化するとは考え難く、人材ソーシングが機能する環境は、日本においてはしばらく整わないと予想される(ただし、若者、エンジニアなど特性のセグメントに普及する可能性は十分に存在している)。
  2. Personalized Learning普及の可能性
     アメリカにおいても始まったばかりのPersonalized Learningの取り組みであるが、日本における普及の潜在的可能性は高いと考えられる。アメリカ同様に日本においても「教育・研修の効果を高めたい」「教育・研修の効果を明確にしたい」というのは人事担当者の強い願いであり、それに応えるPersonalized Learningへのニーズも存在すると考えられる。
     しかし、いざ実現するとなると困難が存在する。事業開始時点では、研修コンテンツの効果データが無いため、個々の従業員への最適なリコメンドを行うことが出来ず、ユーザー企業の獲得に困難が予想される。また、研修コンテンツの効果データ収集は多くの研修会社にとって脅威となる可能性があり、研修コンテンツが集まらない可能性も存在する。こうした困難が存在する、研修コンテンツの効果データ収集ステージをいかに乗り越えるかが、Personalized Learning実現における最大のポイントになると考えられる。

5.おわりに

 近年の働き方改革の機運、長期的な人口減少社会の到来を考慮すると、日本企業・社会におけるHR-Techの必要性は増していき、多様な事業機会が生まれることが想定される。しかし、本分野は海外とは前提となる環境が異なるため、海外の成功サービスを国内に持ち込むにあたっては、環境の相違を踏まえた上で事業性の見極め、日本の実情に合った展開シナリオの策定が必要であり、安易な海外サービスの模倣は失敗する可能性が高い。本稿をきっかけに一つでも多くのHR-Techサービスが生まれ、日本の生産性向上が実現すれば幸甚である。

Page Top