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海外で頻発するテロ攻撃 我が国が成すべきこととは何か

社会システムデザインユニット エグゼクティブスペシャリスト 三笠 武則
日本大学危機管理学部教授、当社アドバイザー 河本 志朗
当社アドバイザー 安田 裕介

 最近3ヶ月間に、海外でテロ攻撃が続発した。それも、特に5月下旬以降のラマダンに集中している。

  • 6月7日:イラン議会・ホメイニ廟銃撃・自爆テロ事件
  • 6月3日:ロンドン橋、バラ・マーケット付近で発生した自動車暴走・刃物刺傷事件
  • 5月31日:カブール爆破テロ事件(自動車爆弾による攻撃)
  • 5月22日:マンチェスター・アリーナで発生した自爆テロ事件
  • 3月22日:ロンドンのウェストミンスター橋・宮殿で発生した自動車暴走・警官刺殺事件

 以前から、英国はテロ脅威レベルを5段階のうち上から2番めのまま維持し、高い脅威の存在を常に意識してきたのだが、それでもテロの発生を防げなかった。そもそも、自動車突入テロや自爆テロは防ぐことが非常に困難な攻撃手段であり、テロリストがターゲットにひとたび到達してしまうと、防ぐことは容易ではない。このため、テロを実行する前の段階で治安機関による諜報活動や監視などによりテロ容疑者をあぶり出しアジトを摘発する等の対策の効果が大きいと言える。一方で、プライバシーなど人権の尊重との適切なバランスが強く求められていることは言うまでもない。
 また、英国で攻撃手段として銃器が使用されていないことは注目に値する。同じ欧州でも大陸側と異なり、英国では銃器の取締が厳しいため入手が困難であり、これが功を奏しているものと推察できる。

 今回、仏、独、ベルギー等の欧州大陸側において顕著なテロ事件は発生していないが、これは「幸運」とも言うべきレベルのものであり、この地域のテロ脅威レベルは相変わらず非常に高いままである。つまり、いつテロ事件が発生しても驚かないというのが現実である。

 それでは、我が国が今、成すべきことは何であろうか。

 まず、我が国でもテロの脅威が高まっており、直ぐにでも欧州のようなテロが発生するかというと必ずしもその可能性は高いとはいえないだろう。もちろん100%ありえないとまで言いきることはできないが、現時点では我が国のテロ脅威レベルは依然として高くないと考えるのが妥当である。元警察官である英国人コンサルタントの一人は、以前、英国のテロ脅威レベルでいうと、日本の現状は一番下か下から2番目程度だと話していた。

 それよりも筆者は、どうして我が国には「国家としての統一的なテロ脅威レベル」が設定されていないのかの方が気になっている。もちろん、我が国においても一部では「テロ脅威レベル」が設定され、運用もされている。しかし、それは国家として統一されたものではなく、一部の業種で業界横断的に採用している例も見られるものの、基本的には業種業態毎に個別に定義されて運用されているのが実態である。これだと、業種を越えて横断的に対応が必要な状況、例えば東京オリンピック・パラリンピックのような国を挙げてのイベントの際などオールジャパンでの対応が求められる場合であっても、業種業態毎に現状の脅威レベル解釈に食い違いを生じ、業種業態を超えたシームレスな連携を阻害する恐れがあるのではないかと危惧している。今、国民のテロ意識が高まっているタイミングを捉え、政府において是非とも踏み込んだ検討をしていただきたいと期待している。

 次に、自動車突入テロ攻撃について触れてみたい。
 我が国においては未だ自爆テロを行うような狂信的人物の活動は表面化しておらず、強力な殺傷力を持つ自動火器の入手も非常に困難である。従って、内部不正でもない限り、銃撃や自爆というテロ攻撃手段の実行は容易ではないだろう。
 しかし、自動車突入テロ攻撃は、我が国でも容易に実現できる。例えば、多国籍の人々で賑わう週末の歩行者天国に大型車両で侵入し、暴走することはそれほど難しいことではない。それは2008年に発生した秋葉原連続通り魔事件が示している。当然こうした脅威を放置しておくことはできないが、かといって対抗策は多くない。ボラード(車両止め)という選択肢はあるのだが、日本中をボラードで埋め尽くす訳にはいかない。むしろ、歩道に突入しようとした場合に、車自身が判断して運転するテロリストの意図に反して、勝手に止まってしまうというような技術的なアプローチの方が現実的かも知れない。いずれにしても我が国でも、脅威が顕在化していない今のうちから、何らかのブレイクスルーにチャレンジしておく必要がありそうである。

 もう1つ、ソフトターゲットテロについて少し触れておきたい。
ソフトターゲットテロ対策においては、セキュリティチェックなどの個別の対策もそれぞれに重要であるが、まずその前に、そもそもテロリストに対して抑止力が働くような空間であるか、個別の対策が効果を発揮しやすい空間になっているかということが重要であると考えている。このような空間設計の方法論は「防犯環境設計」と呼ばれている。例えば、人が滞留し混雑せざるを得ないような空間はソフトターゲットテロに脆弱である。逆に、広々としていて人が適度にばらついている空間では、一度に多くの人を攻撃することが難しいため、およそ現在の我が国では攻撃手段が手に入らないために実行が困難な自動火器の乱射や自動車爆弾のような手口でなければ効果が上がらない。今後は人が集まる空間を新たに設計する際には、防犯環境設計のような考え方が徹底され、常に意識されるような環境づくりを行うことが求められるだろう。
また、サイバー攻撃との連動について警鐘を鳴らしておきたい。テロリストがサイバー攻撃で人の流れを意図的に阻害し、人が大量に滞留したところでソフトターゲットテロを敢行するという攻撃シナリオを危惧している。例えば、空港にサイバー攻撃を仕掛けて窓口のチェックイン機能を停止させ、手続きができない利用客が旅客ターミナルビルに溢れたときに、爆弾を爆発させたら……。考えるだけでも恐ろしい事態である。

 本稿の前半で、日本のテロ脅威レベルは決して高くないと指摘した。しかし、東京オリンピック・パラリンピック開催中はそうではない。前出の英国人コンサルタントによると、この期間に限って言えば、日本のテロ脅威は、英国のテロ脅威レベルでいうと5段階中下から3番目以上に上がるだろうとの見立てである。近年英国はずっと上から2番目を維持してきている。つまりは、東京オリンピック・パラリンピック開催中の1ヶ月間に限って言えば、我が国も現在の英国並みのテロ脅威に晒される恐れがあるということである。これから3年の間に、我々は着実にこれに備える必要がある。一方で、1ヶ月という限定された期間に対し、後に多大な負担を残すような過剰なハード/ソフト投資をすることは、やはり非現実的と言わざるを得ない。

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