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パーソナルデータの利活用に関する欧州の最新動向(上)

金融政策コンサルティングユニット
マネージャー 前田 幸枝
シニアコンサルタント 大橋  慶
コンサルタント 大木 孝修、土橋 直久

はじめに

 これまでSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)運営会社や大手ポイントカード会社などは、顧客の情報を用いた顧客ターゲティング広告といったビジネスを通して、企業が個人情報よりもさらに広い範囲の情報(個人の趣味、嗜好等)を含む“パーソナルデータ”を収集し、保有し、活用してきた。
 ところが、当社とNTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社で実施した一般消費者の意識調査※1によれば、企業がパーソナルデータを収集し、マーケティング活動や広告ビジネスなどに利用していることへの印象について、「知っており、不快である」及び「知らなかったので、不快である」の合計が回答者の70.0%以上にのぼるなど、多くの消費者が自分自身に関するデータを企業が利用することに対して、不快に感じていることがわかった。
 わが国では、こうした個人情報の取り扱いにおける一般消費者の不安の増加や、企業が個人情報を取り扱うことへの躊躇を背景に、個人情報の保護を図りつつ、パーソナルデータの利活用を促進することによる国民の安心・安全の向上の実現と、新産業・新サービスの創出を目的とし、個人情報保護法が改正(2017年5月全面施行)されることとなっている。また、パーソナルデータを安心・安全に流通・利活用できる環境整備に必要な措置の検討を行う内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室が事務局を務める「データ流通環境整備検討会 AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ」において「情報銀行※2」「PDS※3」といったテーマについて2016年の9月から2017年の3月まで議論された。その他、2016年12月7日には、「官民データ活用推進基本法」が成立し、これにより国や自治体、民間企業が保有するデータの利活用による新事業の創出が促進される見込みだ。
 上記の国内の動きがある一方で、欧州では、「企業が顧客を管理する」というこれまでの考え方から、「消費者が自身のパーソナルデータを企業から取り戻し、必要に応じて企業に情報提供し最適なサービスを得る」といった、消費者自らが企業との関係を管理する考え方へと転換がなされようとしている。実際、2016年には、フィンランドにおいて世界で初のパーソナルデータの利活用に関するカンファレンス「Mydata2016」が開催されるなど、関心が高まりつつある。
 本稿では、主に欧州におけるパーソナルデータに関する考え方や潮流を紹介しつつ、欧州におけるパーソナルデータの利活用に関する各国の政策や取り組み、企業等の事例、Mydata2016の開催模様を中心に2回にわたって解説する。

  • ※1 http://www.keieiken.co.jp/aboutus/newsrelease/161122/index.html
  • ※2 個人とのデータ活用に関する契約等に基づき、PDS等のシステムを活用して個人のデータを管理するとともに、個人の指示又は予め指定した条件に基づき個人に代わり妥当性を判断の上、データを第三者(他の事業者)に提供する事業。(第9回データ流通検討会 AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ資料「中間とりまとめ(案)」より)
  • ※3 他社保有データの集約を含め、個人が自らのデータを蓄積・管理するための仕組み(システム)であって、第三者への提供に係る制御機能(移管を含む)を有するもの。(第9回データ流通検討会 AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ資料「中間とりまとめ(案)」より)

欧州各国の政策動向

 欧州では、「EU一般データ保護規則」(GDPR: General Data Protection Regulation)が2018年5月25日から施行開始となり、欧州各国においてこれに対応した各国法が施行される。GDPRの趣旨は、個人情報の保護に対する権利(基本的人権の保護)であり、個人情報第三国移転の厳格な規制やセンシティブデータの処理規制、罰則(事業者責任)の強化を定めている。
 欧州各国のパーソナルデータに関する取り組み状況については図表1にて示している。本稿ではパーソナルデータの利活用促進に積極的に取り組んでいる四カ国(イギリス、フランス、フィンランド、エストニア)の状況について解説する。

図表 1 欧州各国のパーソナルデータに関する取り組み状況

図表 1 欧州各国のパーソナルデータに関する取り組み状況 出所:Mydata2016における欧州各国の参加者の発言を元にNTTデータ経営研究所が作成
  1. <イギリス>

     イギリスでは、政府主導で消費者に関するデータを保持している企業に、ポータブルで再利用が可能かつ電子的な形式で、そのデータ(midata)を本人に公開し直すことを促進する「midata施策」が進められている。この政策はエネルギー、銀行、クレジットカード、通信キャリア等の主要な企業が協賛しており、民間企業によってmidataは活用されている。この政策によって、個人は企業の保有する自身のmidataを電子形式で取得可能になり、取得したmidataを第三者に提供することで、アドバイス等が受けられる。
     個人が受けられる具体的なサービスとしては、Gocompare.comという会社が提供する金融機関、保険商品、水道、ガス等の価格比較サービスが挙げられる。ここでは、個人が自らの金融機関における取引履歴をサイト上で読み込ませることで、取引状況に応じてより適切な金融機関の紹介を受けられるといったサービスが提供されている(図表2)。

    図表 2 イギリスにおけるパーソナルデータの活用事例(Gocompare.comの例)

    図表 2 イギリスにおけるパーソナルデータの活用事例(Gocompare.comの例) 出所:Gocompare社のホームページを元にNTTデータ経営研究所が作成

     一方、midata政策を通して、新しいサービスを生み出すために2013年にはイギリス政府のDepartment for Business, Innovation & Skills (BIS)によって、midata Innovation Labが設立された。midataによって個人のもとに渡ったデータを用いて、個人に便利なサービスをもたらすアプリケーションを開発することを目的としていたが、現在では、当該プロジェクトは活動を終了している。数年前まで、イギリスではパーソナルデータを共有するシステムの構想があったが、新聞やメディアから批判的な対応があったことや、Brexit等の影響により、プロジェクトは難航しているようである。

  2. <フランス>

     フランスでは、民間の研究機関であるFing(Foundation Internet Nouvelle Generation)が、パーソナルデータの利活用を検討するプロジェクトを推進している。Fingは2000年にフランスの通信会社のOrange等数社からの出資をもとに設立され、政府、民間セクター問わず、中立的な立場でイノベーションを推進している機関で、フランス・パリを拠点に約260名で活動している。大小さまざまなプロジェクトの企画・運営を通してスタートアップ企業から大企業まで、幅広くサポートしている。
     Fingが運営するパーソナルデータに関する具体的なプロジェクトとして、「MesInfo Experiment」がある。MesInfosは、パーソナルデータの動向によって今後大きな影響を受けることが想定される大企業や起業家が参加しており、将来ビジョンを共有するため、2012年から開始しているプロジェクトである。
     2013~2014年の活動では、200人超の顧客とMesInfosに参加する大企業、プラットフォーム企業(図表3)によって実証実験を実施した。

    図表 3 MesInfos Experiment 参加企業(一部抜粋)

    図表 3 MesInfos Experiment 参加企業(一部抜粋) 出所:MesInfosのWebサイト<http://mesinfos.fing.org/>を元にNTTデータ経営研究所が作成

     2015年の活動では、フランス政府がヘルスケアデータを個人に取り戻させるべく、「ブルー・ボタン」の創設を発表したのに伴い、MesInfosはヘルスケアデータの利活用に関する初期調査と、消費者が使いたくなるようなアプリケーションのモデルケースを示している。さらに2016年以降、MesInfosはさらに規模を大きくした実証実験を計画するとともに、都市を巻き込んだ形でパーソナルデータに関する研究を推し進めている。

    図表 4 2016年以降のMesInfosの活動

    図表 4 2016年以降のMesInfosの活動 出所:MesInfosのWebサイト<http://mesinfos.fing.org/>を元にNTTデータ経営研究所が作成
  3. <フィンランド>

     フィンランドでは、「個人は自らのパーソナルデータを管理すべき」という信念に基づき、2015年からMyData施策を提唱している(図表5)。個人の日常生活に係る医療、エネルギー、金融機関などのさまざまなパーソナルデータの透明性、管理手段を提供し、アプリやサービスによる消費者エンパワーメントを実現することを目標に掲げている。また、企業に対してはパーソナルデータの保管を通し、コアサービスの品質向上を促進している。現在は特にヘルスケア分野に注力しており、個人がウェアラブル端末によってパーソナルデータを収集し、個人の日常生活のデータを医者に提供することを推奨している。個人の詳細なデータが医者に渡ることから、個人は自らの生活に合わせたよりよい診察が受けられる。医者にとっても、従来は得られなかった情報が手に入ることから、薬の相性等の判断が容易となる。しかし、個人が収集するパーソナルデータが必ずしも適切に収集されたと限らないため、診療の際の判断材料としての有効性が課題となっている。
     フィンランド政府は、MyData施策を進めることで、パーソナルデータを保管・流通できるプラットフォームを構築し、多数の個人向けサービスによって個人の利用を喚起することで、広く国民がパーソナルデータを利用する世界の実現を目指している。最終的に、パーソナルデータにもとづいた最適な消費行動が促進されることにより、経済全体の成長を促進する。
     2016年に開催されたMydata2016はフィンランドで開催され、フィンランド政府もメインパートナーとして参加した。フィンランド政府の運輸通信大臣がセッションの発表をしていたことからも、フィンランド政府の高い関心がうかがい知れ、「運送業界に変革を起こすうえで欠かせないツールである」との話があった。

    図表 5 フィンランドのMyData施策の概要図

    図表 5 フィンランドのMyData施策の概要図 出所:MydataのWebサイトより転載
  4. <エストニア>

     エストニアでは、国民IDカードを用いることで自身のパーソナルデータ(銀行口座情報、医療機関受診履歴など)を確認することができる等、利活用が進んでいる。エストニアは人口が130万人程度でありながら国全体に国民が分散しているため、独立当初からインターネットを活用した行政に特化しており、国民IDカードが広く普及している。エストニアでは、国民IDカードを用いて専用サイトにログインすることで、各種情報を見ることができ、欧州の近隣諸国がエストニアと同様のサービス導入を目指している。税申告、選挙、会社登記などの業務を始め、市民生活の多くをインターネットで実施できるようになっている。

    図表 6 eEstoniaのWebサイトイメージ

    図表 6 eEstoniaのWebサイトイメージ 出所:e-EstoniaのWebサイト<http://mesinfos.fing.org/>を元にNTTデータ経営研究所が作成

終わりに

 本稿では、欧州の中でパーソナルデータの利活用に取り組む各国の政策や動向について解説した。欧州は、GDPRによりパーソナルデータの保護に対する権利がより厳格化される一方で、個人が自らのデータを管理し、メリットを享受できるような取り組みを国と企業等が連携して進めている。こうした取り組みにより、今後、個人による自身のパーソナルデータの取扱いについての意識が醸成され、パーソナルデータの利活用へと進むことが期待される。
 続く次稿「パーソナルデータの利活用に関する欧州の最新動向(下)」では、2016年8月31日(水)~9月2日(金)に行われたMydata2016カンファレンスで議論されていたパーソナルデータの活用モデルの検討状況や活用にあたっての課題等について解説する。

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