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ビジネスホテル業の中長期的な競争優位性の構築
~2020年東京オリンピック後の生き残りに向けて~

情報戦略コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 川戸 温志
2020年は一過性のブームに過ぎない

 近年、東京や大阪など大都市部を中心にホテル不足が叫ばれている。主な要因は訪日外国人の増加である。円安や訪日ビザの緩和などの後押しにより、2014年は過去最多となる約1,341万人の外国人が日本を訪れた。観光庁の調査によれば2014年の外国人延べ宿泊者数は4,482万人。2011年(1,840万人)と比較すると2.4倍にも急増したため、ホテル客室の供給が逼迫したものと見られている。客室不足は高級ホテルのみならず、安価なビジネスホテルも同様である。外国人旅行者にとって、日本のビジネスホテルは安全で清潔との評価が高いためである。

 日本の観光産業を潤わせる“特需”である2020年の東京オリンピックに向け、ホテル業界では外国人旅行者を呼び込むための動きが活発化している。しかしながら、”特需”はあくまでも”特需”であり一過性のものである。果たして、オリンピック後の需要はどうなるであろうか。魚の目を持つ優秀な経営者の方々は、こうした一過性のブームに惑わされず中長期的な競争優位性の構築を考えていることであろう。

2020年以降の脅威:民泊・スマートロックによる新たな宿泊業

 世界ではAirbnbに代表される民泊が人気だ。Airbnbとは、旅行先で現地の家を借りられる世界で大注目のサービスである。190以上の国、34,000都市、登録物件80万件、宿泊客は2015年だけで2,000万人以上と、海外では既に人気である。日本では文化や習慣の違いからまだ大きな盛り上がりには至ってないが、2015年12月に国内初となる民泊条例が大田区で議決されるなど法整備も整いつつあり、将来的に盛り上がる可能性を秘めている。
 更に、民泊サービスの起爆剤となるのがスマートロックである。スマートロックは、自分のスマホで鍵を開けるのはもちろん、LINEなどを使って一時的に他人のスマホに合鍵を渡すことができる。Airbnbのような民泊サービスにスマートロックを導入することにより、対面で物理的な鍵をやり取りする必要が無く、貸し手・借り手双方の利便性が高まる。消費者個人宅の部屋への広がりは時間を要するかも知れないが、空き家・別荘・企業が保有する社宅の空室などホテルの代替となり得る宿泊施設が増える可能性は高いだろう。

 本稿では、2020年の東京オリンピック後に待ち受ける過当競争を見据え、ビジネスホテル業の業界動向を踏まえた中長期的な競争優位性を構築するための1つの方策を提案したい。

ビジネスホテル業界の競争環境

 大都市圏のホテルは、「リゾートホテル・旅館」を除くと「シティホテル」「ビジネスホテル」「エコノミーホテル」の3つに大別される。シティホテルは、プリンスホテル・東急ホテル・帝国ホテル・ホテルオークラ・ニューオータニなど客室単価が2万円前後でレストランや宴会場などを併設する。ビジネスホテルは、ワシントンホテル・東急インなど客室単価が1万円前後で都市部の駅周辺に立地し、レストランなど施設はシティホテルよりも簡素である。エコノミーホテルは、東横イン、ルートインなど客室単価が5千円前後で宿泊機能に特化し設備やサービスを極力簡素化することでコストを圧縮している。本稿におけるビジネスホテル業界は、ここで言う「ビジネスホテル」を中心に論じている。

 図表 1のように、ビジネスホテル業界における近年のトレンドの1つが、高品質・高サービスかつ低価格の動きである。従来水準の価格のままで競合他社よりも良い設備・良いサービスを追求する方向性は、シティホテルと競合しつつある。また、従来水準の設備・サービスのままで競合他社よりも低価格で提供する方向性は、エコノミーホテルと競合しつつある。例えば、エコノミーホテルに分類されるスーパーホテルは、高品質・高サービスを低価格で実現することでビジネスマンを中心に高い人気を得て近年急激に成長している。このように、ビジネスホテル業界の競争はますます激化し、新たな投資・更なるコスト削減が求められるなど各社、薄氷の戦いが続いている。

図表 1 ビジネスホテルの競争環境

図表 1 ビジネスホテルの競争環境

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

ビジネスホテル業界における持続的な成功のメカニズム

 新規出店のチェーン展開を行うことで事業成長を図るビジネスホテルの経営において、持続的に成功していくための要諦とは何であろうか。その答えの1つはファイナンス力である。近年は、長期プライムレートの低金利化、大都市圏の地価の上昇トレンド、大都市圏の賃料UP、空室率の減少など、資金調達及び不動産投資には絶好の環境にある。こうした絶好の外部環境と既存事業の好業績を背景に、[1]レバレッジを大きく効かせることで調達レートをDOWN、[2]調達した資金で大都市圏を中心に優良物件を取得、[3]取得物件において、高い客室稼働率・平均客室単価により安定的なフリーキャッシュフローを創出、[4]金融機関に対して確実な収益弁済、優良な土地・建物の担保により自社の与信力UP。このように[4]→[1]→[2]→[3]…と事業のグッドサイクルを回していくことが成功のメカニズムであると推察する。(図表 2参照)
 厳密には、物件オーナーとホテル運営が同一企業体の場合と別の場合があるが、大勢としてメカニズムは同様であろう。

 しかし、このメカニズムにもアキレス腱が存在する。それは客室稼働率である。万が一、客室稼働率の低下を招いた場合、成功の源泉であるファイナンス力の足元を揺るがしかねない。また、客室稼働率が繁忙期と閑散期とで大きく上下することも不安要素である。客室稼働率の上下によりキャッシュフローが安定せずばらつくことは、安定収益を好む金融機関にとってはリスクと捉えられるためである。従って、安定した客室稼働率(加えて、平均客室単価)の向上・維持が理想である。ここで、安定的な客室稼働率を実現するためには、リピーターを育成し増やしていくことが重要となってくるのは言うまでもないだろう。

図表 2 ビジネスホテルにおける持続的な”成功”のメカニズム(仮説)

図表 2 ビジネスホテルにおける持続的な”成功”のメカニズム(仮説)

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

リピーター増に向けた取り組み

 ビジネスホテル各社は、レベニューマネジメント(イールドマネジメントとも呼ぶ。「いつ、誰に対して、いくらで売れば、自社の収益と顧客の購買機会が最大化するか」という分析に基づき価格の最適解を追及する手法)の導入をはじめとして、これまで客室稼働率を上げるための様々な施策を取り組んできた。ビジネスホテルやエコノミーホテルの代表的な従来施策が、「時間帯や利用者を限定した割引キャンペーン」や「QUOカードや商品券付き宿泊プラン」などの価格訴求施策、「設備や食事メニューの充実」などの設備・サービスの充実施策などである。しかし、このような“マス”に向けた単なる割引や特典、設備・サービスの充実などの多くの施策自体が既にコモディティ化しており、十分に顧客ロイヤリティを高めるに至っていないと思われる。(図表 3参照)

図表 3 ビジネスホテルの従来施策

図表 3 ビジネスホテルの従来施策

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

 顧客ロイヤリティは、顧客満足度が上がるような体験の繰り返しによってのみ高まっていく。従って、図表 3のような施策では、もはや顧客満足度が向上しないのである。その理由は、「顧客満足のピラミッド」で説明すると一目瞭然であろう。「顧客満足のピラミッド」とは、「サービスの表層機能を強化することで顧客満足度は上がる一方、本質機能が欠けると不満を引き起こすが強化しても満足度は上がらない」というモデルである。つまり、ひと昔前までは図表 3のような設備や食事メニューの充実化・特典プランなどの施策は、表層機能として顧客満足度向上に寄与していたが、近年はどのビジネスホテルでも当たり前となり、もはや顧客満足度向上に寄与しなくなってきている段階にあると推察される。(図表 4参照)

図表 4 顧客満足のピラミッドにおけるビジネスホテルの提供サービスの変化

図表 4 顧客満足のピラミッドにおけるビジネスホテルの提供サービスの変化

出所:「顧客満足型マーケティングの構図」有斐閣 嶋口充輝著

ターゲット顧客を絞り込むことの効果効用とメカニズム

 近年、アパホテルはミズノと提携し、健康志向の高いお客様へ向けてランニングシューズやウェアの貸し出しサービスを実施している。また、リッチモンドホテルは、朝食を食べないお客様へのフルーツケーキの進呈や、お客様の誕生日に小さなサプライズを実施している。また、図表 5のようにターゲット顧客を絞った形で、異業種からの新規参入も現れてきている。
 ターゲット顧客を明確にすることで、「マーケティングしやすい」「プロモーション効率が上がる」といった効果効用があるのは一般的に知られていることであろう。加えて、“顧客満足“の側面において顧客を絞り込むべき理由は、変動性(ボラティリティ。即ち“ぶれ”)を抑える意味で有効であり、変動性を抑えることによって大きく3つのメリットが手にすることができる。

 1つ目は、顧客の事前期待値の“ぶれ”をコントロールしやすい点にある。顧客満足とは、顧客の事前期待値を超えた価値を提供して初めて高まるものである。言い換えると、どれほど高水準のサービスを提供しても、顧客の事前期待値が最初から高ければ、顧客満足は上がらない。つまり、顧客の事前期待値のコントロールは非常に重要となってくるのである。例えば、日本人・外国人&老若男女といった様々な顧客を対象とするよりも、ある程度顧客が絞り込まれているほうが、事前期待値がコントロールしやすいのは自明であろう。

 2つ目は、顧客ニーズの“ぶれ”への対応が抑えられる点にある。星野リゾートはリゾートのコンセプトを明確にして、そのコンセプトを求める顧客だけに絞ってサービスを提供している。前述の例のように日本人・外国人&老若男女といった様々な顧客を対象にしてしまうと、それぞれ求めるニーズが異なるため、結果として追加される機能はピントがぼやけるものや充足性に欠けるものとなってしまう。

 3つ目は、顧客の“質・気質”がサービスの“質・気質”に影響する点にある。数々の伝説的な接客エピソードで有名なリッツ・カールトンは、自社のビジネスをホテル業ではなく“紳士淑女へのホスピタリティ業”と捉えると同時に、従業員を“紳士淑女”として扱う企業文化を大変重視している。これは、紳士淑女をターゲット顧客として絞り込むことで、紳士淑女の堂々とした立ち振る舞いや豊かな感性、教養、精神的な成熟による“おもてなし”への共通理解と共鳴の“場”、品位品格の高い“場”を作り出している。
 サービスが提供する“場”の空気を作り出すのは顧客であり、どういった顧客をターゲットとするかということは、どういった“場”の空気、雰囲気を作り出すかを決めることでもある。加えて、これらはクレーム等の発生頻度や対処にも大きく関連してくるため軽視してはならないものである。

図表 5 ターゲット顧客を縛った異業種からの新規参入

図表 5 ターゲット顧客を縛った異業種からの新規参入

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

ロイヤリティ向上施策の実施とPDCA

 では、ターゲットセグメントを明確にした後は、どうすれば良いだろうか。顧客ロイヤリティを高めていくためには、まずは顧客セグメントごとの顧客属性・行動特性をしっかりと捉え、顧客ロイヤリティに応じたランクごとの優遇施策を適切に設定することが肝要である。
 例えば、図表 6のように「ビジネスマン / ビジネスマン以外」の軸と「利用頻度」&「定期 / 不定期」の軸よりセグメンテーションしたとしよう。その上で、それぞれのセグメントに対して顧客ロイヤリティのランクを定め、ランク(顧客ロイヤリティの高さ)に応じた優遇施策を用意することによって、各セグメントの顧客の特別感・満足感を満たし、長期継続利用を促す仕組みを構築していくのである。

 しかしながら最も重要なのは、ターゲットセグメントの定義やそれに対する優遇施策の実施ではなく、より利益貢献の高いターゲットセグメントや施策を見出すための継続的なPDCAの実施である。顧客セグメントごとのロイヤリティ向上施策を一過性の取り組みとせず、各セグメントに対する施策の実施効果を定期的に測定・分析し、これを継続的に見直すことで、持続的な顧客ロイヤリティ向上の仕組みへ収斂していくことができる。

 PDCAを回す際のポイントとして、Check段階における検証がある。検証は施策効果を出来るだけ利益貢献度合いの定量評価を行いたい。本稿に限らず一般論として経営の問題に対する打ち手の評価は定性的な顧客の声などに終始してしまい、業績に対してどの程度インパクトがあったのか定量評価を十分に行わないことが多いため留意してもらいたい。

図表 6 ターゲットセグメントに基づく施策のPDCA、及び「Do」の施策例

図表 6 ターゲットセグメントに基づく施策のPDCA、及び「Do」の施策例

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

近い将来、セグメンテーションへの機械学習の適用も

 近年、機械学習(特にディープラーニング)の発達は目覚ましく、ビジネスへの適用も急速に広がっている。顧客のセグメンテーションには、クラスタリング(異なる特徴を持っているデータの集合において、特徴の類似性が高いデータをグループ化すること)の手法がよく利用されるが、セグメンテーションを行う場合、顧客のどの属性をセグメンテーションの軸(変数)として使うのが良いかは、分析する人間が分析の目的に合わせて選別する必要がある。「軸(変数)として何を選択するのか?」「軸(変数)の閾値をどうするのか?」などが肝となってくるが、従来は人間が行っていた軸(変数)の選別を、最近では人工知能がデータを解析し、機械学習した結果に基づいて自動でセグメンテーションを行うITソリューションが出てきている。
 前述した通り、図表 6のようなPDCAサイクルを継続的に回すことで、持続的な顧客ロイヤリティ向上の仕組みを収斂させていくことが重要である。この時、「PDCAサイクルを最適な期間だけ実行し、正確に分析して、改善する」という従来人間が担ってきた役割を人工知能(機械学習)に任せることで、競合他社よりも正確かつ短期間でPDCAを回し改善していく仕組みを構築することが可能となるであろう。

おわりに

 ホテル業はサービス産業の代表格である。サービス産業は、ともすれば現場の声が強くなりがちなため、経営自体も現場経験に基づいたものになってしまう場合がある。確かに、経営に現場の声・現場経験は必要不可欠であろう。現場を知らずにサービス業の経営はできない。しかしながら、「顧客満足のピラミッド」や「ターゲット顧客を絞り込むことの効果効用とメカニズム」のように、所謂、定石やセオリー、成功のメカニズムを知っている人と何も知らない人とでは、どちらの人が正しい判断のできる確率が高いかは言うまでも無い。それは必ず、事業の成否・長期的な業績に直結する。
 読者が有する“現場の定石・セオリー”と、当社が有する“サービス業の定石・セオリー”が組み合わされば、まさに鬼に金棒であろう。

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