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スマート農業の推進による日本農業の再興

社会・環境戦略コンサルティングユニット
シニアコンサルタント 齊藤 三希子

 日本のスマート農業の市場規模は、2020年度に300億円になると予想されている。我が国は、「攻めの農林水産業」を実現し農業の再興を図るため、オランダ型のスマート農業を推進している。本稿では、日本とオランダの農業を比較し、日本はオランダのようなスマート農業へ転換するだけで、果たして日本の農業再興へとつながるのか、スマート農業の推進による農業再興に関して考察する。

1.日本の農業の現状
  • 我が国の農山漁村を取り巻く状況は年々厳しさを増しており、農業生産額は1984年から2010年までで30%減少している。2014年には、基幹的農業従事者は168万人(平均年齢66歳)となり、耕作放棄地面積は、1980年からの30年間で3.2倍となり、ほぼ滋賀県の面積に相当する40万haに達した(H17年度は埼玉県と同規模であった)(図表1、2)。

    我が国全体の農業所得(農業純生産)は減少の一途を辿っており、2011年度には1990年度と比較して約半分の3兆2千億円となっており、農業所得は20年間で半減となっている(図表3)。新規参入者数は平成24年以降大きく増加し、2010年以降、新規就農者数は5万人台で推移しているが、新規就農者の3割は、生活が不安定であることから5年以内に離農してしまうのが現状である(図表4)。

    このように、農林水産業では、高齢化や新規就業者の不足などにより、担い手の減少が深刻な問題となっているほか、安価な輸入農産物との競争にさらされており、さらなるコスト削減や高付加価値化が求められている。

    厳しい局面に立たされている日本の農業の課題を解決し、成長産業化させるための戦略として推進されているのが、日本の先進技術を活用した“スマート農業”である。農林水産省は、平成 25 年 12 月に「農林水産業・地域の活力創造プラン」を策定し、スマート農業による効率的な農業経営の推進や高度な栽培技術の形式知化など、『農林水産業・地域の活力創造』に向けた政策改革に取り組み始めた。

    また、安倍内閣は「日本再興戦略」(平成26年)において、農業を新たな“成長エンジン”と位置付け、『攻めの農林水産業』として、規制緩和による農業経営の大規模化や機械化による効率化で国際競争力を強化し、輸出額の増加を目標に掲げている。

    図表1 基幹的農業従事者の年齢構成

    図表1 基幹的農業従事者の年齢構成/(出典)農林水産省「農林業センサス」

    (出典)農林水産省「農林業センサス」

    図表2 耕作放棄地の推移

    図表2 耕作放棄地の推移

    (出典)農林水産省「農林業センサス」

    図表3 農業生産額と農業所得(農業純生産)の推移

    図表3 農業生産額と農業所得(農業純生産)の推移/

    (出典)農林水産省「農業・食料関連産業の経済計算」 注:「中間投入等」は、中間投入(生産に要した財(資材等)やサービスの費用)、固定資本減耗及び間接税の額の合計。

    図表4 新規就農者数の推移

    図表4 新規就農者数の推移/

    (出典)農林水産省「平成25年新規就農者調査」

2.日本のスマート農業の現状
  • スマート農業とは、従来の農業技術に他業種の技術・知見(ロボット技術、ICT等)を活用することにより、更なる生産性の向上や農産物の高付加価値化を目指すものである。矢野経済研究所の市場調査によると、スマート農業の市場規模は2020年度に300億円になると予想されており、「2014~2016年度にかけて、農業クラウドや複合環境制御装置、畜産向け生産支援ソリューションなどの支援ソリューションが市場を牽引する」、としている。

    我が国は、衰退の一途をたどる農業の現状を食い止め、農業を地域経済再生の柱とするべく、オランダ型スマート農業に向かって大きく舵を切った。我が国の野菜・果実栽培は、露地栽培が中心となっており、施設園芸面積は約5万haで、全畑・樹園地の約3%ほどである。

    そこで、農水省は、ロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する“スマート農業”の実現をめざし、2013年11月に「スマート農業の実現に向けた研究会」を立ち上げた。検討結果の中間報告では、スマート農業の推進によりもたらされる新たな農業の姿として、以下の5つが示されている。

    1. (1) 超省力・高効率化農業の実現(労働力不足の解消、生産コストの削減)
    2. (2) きつい作業、危険な作業からの解放
    3. (3) 誰もが参入しやすい農業の実現、
    4. (4) 熟練農業者の『匠の技』をデータの形で継承
    5. (5) 生産の安定化・高品質化

    「農林水産業・地域の活力創造プラン(平成26年6月24日改訂)」においては、具体的施策のひとつとして、“ロボット技術やICTを活用し超省力・高品質生産を実現するスマート農業の推進”を位置付け、「次世代施設園芸導入加速化支援事業(平成27年度予算:約20億円)」や「先端ロボットなど革新的技術の開発・普及(平成27年度予算:約50億円)」等を展開している。

    “次世代施設園芸の全国展開(~攻めの農業の旗艦~)”
    http://www.jgha.com/files/houkokusho/26/jisedai_1406.pdf

3.高い競争力を有するオランダの施設園芸
  • 米国の200分の1という狭い国土面積(九州とほぼ同じ)にもかかわらず、最先端の農業技術を活かし、高い国際競争力を有するオランダ農業が注目を集めている。農用地面積は日本の4割ほどでありながら、農産物輸出額は米国に次ぐ世界第2位(約770億米ドル)という、世界有数の農産物輸出国である。

    オランダ農業の強みとしては、主に以下の3つが挙げられる。

    1. (1) 選択と集中(上位3品目「トマト、パプリカ、キュウリ」への集中、施設園芸栽培面積の8割)
    2. (2) ITによる栽培管理・制御(制御技術による安定・高品質化、ICTによるコスト低減化)
    3. (3) 農業者支援(サポート体制の充実)

    オランダ施設園芸は、「ICTを活用した低コスト化」と「最適な栽培環境をコントロールする制御技術」を駆使することにより、高い競争力を誇っている(図表5)。さらなる農業の発展を目指し、世界最大の食品産業クラスター「フードバレー」を形成し、異業種間連携、産学官連携による技術開発を推進している。「フードバレー」には、ネスレ、ダノン、ユニリーバなど世界各国から1,500 を超える食品関連企業や化学企業などの民間企業が集積しており、食品の研究開発のため、日本企業(キッコーマン、ニッスイ、富士フイルム等)も参加している。

    また、ドイツやフランスという購買力の高い市場が近隣に位置する恵まれた立地条件にあり、世界第9位という天然ガス産出国であるため、エネルギー価格が安価である点もオランダ農業の強みとなっている。

    図表5 オランダの施設園芸

    図表5 オランダの施設園芸/

    (出典)Gebr.Duijvestijn tomatenkwekerijにて筆者撮影

4.オランダの農業と日本の農業の違い
  • 「強い農業」を実現するため、農産物の輸出量を拡大すべくオランダ型のスマート農業を目指している我が国であるが、スマート農業の推進が農業再興に繋がるのか、オランダの農業と我が国の農業の違いをみることより、考察する。オランダの農業と我が国の農業の違いを図表6に示す。

    オランダの施設園芸面積は日本の1/5ほどであるが、施設園芸平均作付面積は我が国の6倍、面積当たりの収量は我が国の7倍となっており、非常に高い生産性を誇っている。また、豊富な天然ガスを使用できるため、エネルギーコストが非常に安いのが特徴である。

    我が国は、生産性や効率性ではオランダに劣るものの、食文化の豊かさ、多様性に富む点が強みとなっている。多種多様な農業文化が存在することにより、我が国の消費者は、季節に応じて産地や味が異なる多様な農産物から、料理や自分の好みに合った食材を選択することができる。

    多様な日本の自然で育った農作物を利用した「和食」は、平成25年12月にユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の食文化が国際的な評価を得ることとなった。非効率な農業経営、競争力の弱さばかりが取り沙汰される日本の農業ではあるが、多様性に富んだ農作物、消費者ニーズは、世界における競争力となると考えられる。

図表6 オランダの農業と日本の農業の違い

図表6 オランダの農業と日本の農業の違い/

(出典)九州における植物工場等ハイテク農業の成長産業化に向けた課題と展望,2014年3月,日本政策投資銀行,総合科学技術会議 ICT共通基盤技術検討ワーキンググループ第4回資料, 平成24年6月28日,経済産業省, オランダ農業の競争力強化戦略を踏まえた日本農業の活性化策,2014年,三輪泰史,より作成

5.日本の農業再興のために
  • 我が国の農業競争力を強化するためには、大規模化による効率化、低コスト化は、非常に重要である。しかし、我が国の国土は南北に長く、多様な気候・文化を有しており、その土地の気候に応じた栽培方法、農作物、消費者ニーズがあるため、オランダのように選択と集中を図ることは難しい。また、島国であるため、オランダのような大規模な輸出先を確保することも困難である。

    今後、我が国の農業を持続的なものとし、強い農業を実現するためには、国際的な評価を得た我が国の食文化をグローバル市場における競争力とするのが有効であると考えられる。そのためには、全国一律にオランダを模倣し安易に大規模化するのではなく、地域の強み・特色を踏まえ、地域性を考慮した農作物の多様性を維持することが重要である。作業の効率化、低コスト化の技術、農業経営ノウハウ等に関してはオランダから学んだ上で、オランダとは異なる強い農業を目指すことが重要であると思われる。

    現在のオランダ型スマート農業化を見据えた生産振興策だけでは、農作物の多様性を維持することは難しいため、今後は、大規模農家だけではなく、小規模農家のスマート農業化を支援する取組も必要である。日本においてスマート農業を推進させ、農業を再興させるためには、小規模農家の価値・役割を見直し、小規模生産者に力を与えるための仕組みづくりが求められているのではないだろうか。

    今後、我が国において、農作物の多様性を維持しつつ、最適なスマート農業化が図られることより、高品質で付加価値の高い農産物が生産・加工され、地方の基幹産業である農業の再興や地域活性化につながることが期待される。

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