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事業継続について思うこと
~大震災後の記憶とその後~

アソシエイトパートナー 早乙女 真
『情報未来』No.37より

はじめに

近年、BCP(事業継続計画)や緊急時の対応マニュアルなどを整備し策定するお手伝いをいくつか手掛けてきました。したがって、災害発生時に事業や仕事を継続するために行うべきことについては、一般の方々よりは、少々詳しいと思います。そんななかで私が大震災に際して感じたことは、「被害想定」なるものがなかなか想定どおりにはならないということです。

大震災時の私の記録

私は、平素は東京で仕事をしておりますので、今回の震災時に実際に経験した震度は恐らく5弱程度だったと思われます。津波には遭いませんでした。特に影響を受けたと感じたのは、「交通網」と「通信網」でした。

交通網については、地震発生時に地下鉄に乗っていたのですが、今思えば、運転士さんが地震後に最寄りの駅までの徐行運転を敢行してくれたからいいようなものの、あのまま駅間に電車が止まっていたら、いったい何時間閉じ込められたかと思うと、ぞっとするような状況でした。幸いに停車した駅からは会社まで徒歩で移動可能であったので、事なきを得ましたが、道には多くの人が出て、一種異様な状況になっていました。こんなときはどうすればいいのでしょうか? ビルの中と外、どちらが安全でしょうか? それぞれの会社ではどんな指示が出ていたのでしょうか?

しばらく歩いて、自社の入っているビルにたどり着きました。このビルでは避難指示は出なかったようです。中層階にある事務所には、まだ人が大勢いました。これでよかったのでしょうか? 幸いにして電気は止まらず、パソコンやテレビも動きました。ニュースや新聞会社のWebサイトで、いろいろな情報を確認することができました。今日、Webサイトからは、実にいろいろな情報を得ることができます。地震の規模や発生状況、交通網の状況、震源に近い地域でのさまざまなニュースや、とても現実とは思えない、いろいろな被害映像も流れていました。それらの情報に私はどう反応すればよかったのでしょうか? 何をすればよかったのでしょうか?

電車は、ほとんど止まっていたようです。車は、バスもタクシーも自家用車もそれぞれけっこう走っているようでした。タクシーなどはなかなか捕まらなかったらしいのですが、少し離れた出先からタクシーに乗って何とか事務所まで帰ってきた人たちもいました。ビルの外はというと、かなり多くの人が道を歩いています。自宅まで歩いて帰ろうというのでしょうか? それは、相当な数に達していたと思います。この人たちと一緒に行くべきでしょうか? それとも安全そうに見えるこの場所で様子を見るべきでしょうか?

事務所のビルは、倒壊等はなかったですが、壁の崩れなどは何カ所かあったようです。そして、エレベーターは停止していました。だんだん外が暗くなって、帰ることができるならば、帰りたいという思いが募ってきました。歩けると思う人は、帰り始めたようです。私は歩くには家が遠いのと、家族と連絡が取れないことが気になって、まだ事務所にとどまる構えでした。そうなると、お腹が減ります。非常用食料の乾パンが配られていたことは、このときは思い出せませんでした。エレベーターは動かないので歩いて階下におり、外のコンビニエンスストアに行って、買い物をしました。すぐに食べられそうなパンとおにぎりと飲み物を買って戻りました。この後に起こったことを思えば、こういった軽食品が買えたのは幸運だったと思えます。買い占めておけばよかったでしょうか?

さて、通信網にも影響を受けたと書きました。もっともショッキングだったのは携帯電話です。地震直後に3人の家族あてに電話をしましたが、これはつながらず、携帯メールを送っておきました。待てど暮らせど、返事は来ません。何度か再送しましたが、それでも何の応答もありません。どうしたのでしょう? 大変不安になりました。携帯メールも不公平なもので、同じ携帯会社のものを使っていても連絡が取れる人もいたようです。私の家族は、なかなか連絡が取れなかったほうだと思います。不運だったということでしょうか?

ようやく、妻から返信があったのは、もう夜中に近い頃でした。私はすでに自宅に帰るのをあきらめていました。妻は無事で、程なく子供からも返信が届きました。みな無事でした。幸運でした。ですが、みなそれぞれに出掛けていて、家に帰る足がなく、友人の家やら出掛けた先にお世話になるとのことでした。この日、私の家族は誰も自宅に帰りつきませんでした。

さて、夜中を事務所で過ごし、少々うつらうつらとしたもののよくは眠れないなか、朝方、インターネットを見ると、一部の電車が復旧していることが表示されていました。私は考えました。一部が復旧すれば、全体もそのうち復旧するだろう。これは込まないうちに帰ったほうがいいのでは。そして、動いた電車に乗って移動を始めました。これが甘かったのです。途中の駅まで行ったらその先はまだ動きません。さらに乗換駅が混雑で、一度外に出たら入ることもできません。そんなことを何度も繰り返して、ようやく家に着いたのはお昼をかなり回った頃でした。実は妻は私より遠くにいたのですが、拠点の駅を避けて遠くの駅に行き、最後は数時間歩いて、私より早く家に着いていました。家内の行動力がすごいのでしょうか? 私の判断が悪いのでしょうか?

子供たちも帰ってきて、やっと家族がそろいました。これで、平安に戻っていくのかとも思いましたが、そんな簡単なことではなかったことは皆さんがご存じのとおりです。

体験から気づいたこと

「被害想定」が想定どおりにならないと書きましたが、私が気づいたのはこんなことです。つまり、私など、東北など被災地の方々に比べたら他愛もない影響なのですが、それでも思ったとおりでなかったことがたくさん起こり、ああしたらこうしたらという判断ポイントがいくつもあったということなのです。事業継続計画や災害対策マニュアルといったものは、こうした場合に備えて「計画」をたて、「手順」を整理しておこうというものですが、本当にそのようなものはうまく整理できるのでしょうか?

私の体験のなかで実際に起こったことは、個々には他愛のない、いつ起こっても不思議のないことだったと思います。ですが、それらが組み合わさったときに局面局面で何をすべきだったか? これらをいちいちあらかじめ決めて、行うべきことを書き留めておくのは、大変難しいように思います。よしんば、もし書けたとしても、そのようなときにそれを読んで行動できるでしょうか? 正直、ちょっと難しいなと思いました。では、どうすればよいのでしょうか?

私は、ここに書いたように起こったことのお話を整理して、そのお話のなかの時間を追いかけながら、少しずつ何が起こったのか起こり得るのかを眺め、時に少しお話を変えてみながら、その時々でどうしたらいいか考えてみる。そんなことが大事な気がしました。どうしたらいいかという手順もすべて書くのはとても無理なので、お話のなかで間違ったらいけないもの、例えば、間違ったことで危険が大きくなることや、間違うと後でショックの大きいことなどを書き出しておくことが重要なのではないでしょうか?

私は、そのようなことを実感し、そしてできれば、こんな思いを事業継続計画や災害時対応マニュアルに活かせないか?と思った次第です。

継続や対応の考え方

事業継続計画や関連する資料の策定に携わってきたものとしての大いなる反省は、本当に役立つ計画や手順を作成できていたのか?という疑問です。作成のときにはいろいろ考えて議論して、何が起こるか、どうしたらいいかなど、頭をひねったものなのですが、事業継続計画のような資料の怖いところは、平常時にはなかなか内容を検討する、否、想像する頭が働きにくいということなのです。それでも緊急事態は訪れます。いったいどうしたらいいのでしょうか?

私は、重要なことは、臨場感を持ったシミュレーションだと思っています。それを何回か繰り返すことで、しなければいけないことの全体像が見えてきます。先ほど、こうしたらと述べたのは、このあたりのやり方について少しお話ししたのです。こうして全体像が見えてきたら、できればそれを書き留めておけばいいのだと思います。でも、お分かりと思いますが、書き留めることに価値があるのではなく、何度か繰り返してシミュレーションすることに価値があるのだと思っています。そうすることで、細かくは違っても似たようなことが起こったときの対処や判断がスムーズになるのです。このことが大事だと思います。

このようなシミュレーションをいつやればいいのでしょうか? それは今です。シミュレーションは効果のある方法だと思いますが、その効果を最大限に引き出すには臨場感を持つことがとても大事です。百聞は一見に如かずといいますが、シミュレーションやリスクの検討において経験の力は極めて大きいのです。東日本大震災の傷跡がある今だからこそ、反芻することは大きな効果を生みます。災害はまた来るかもしれません。そんなとき、なるべく被害を最小にとどめ、必ず立ち直る力をつける。そのためにシミュレーションを行い非常時に各自が考え判断する力を養うこと、それが大事だと思うのです。

ドキュメントの作り方

先ほど、細かいマニュアルを書いても、非常時に本当に使うのかという意味のことを書きました。その思いは強くあります。こういう場合のドキュメントの作り方はどうしたらいいのでしょうか?

ひとつの答えは、ちょっと難しいのですが、ドキュメントの体系的な整理だと思っています。例えば、先ほど述べた、間違うと影響の大きい事象、これを思いつくだけ挙げて、対応のバリエーションに番号をつけます。いくつかの事象についてこれを行い、できた番号を組み合わせてコード番号を作ります。それぞれのコードにその場合にすべき行動を一気に羅列します。考えなければならないことが現れたら、それを書き留め、書くのはそこまでにします。こうやって作ったドキュメントは、パターンに応じて、一気にすることが分かるので、実行するまでの無駄な時間が短縮できます。これをうまく育てるこつは、新たに間違ったら、困ることが起こったら、コードを加え、ひとつの行動パターンを複雑にしないことです。これは、例えば飛行機のパイロットが使うエマージェンシーマニュアルというものに似たものを作る発想です。緊急時の備えにはこういった考え方も必要になる気がしています。

求められる実効性

ここまで述べてきたのは、事業継続計画や緊急時対応マニュアルにおいて実効性を高める考え方です。実効性とは、本当に効果的に使えるということを指しますが、そのためのポイントは、やはりシミュレーションを繰り返すことが大事だということではないでしょうか? これは通常は訓練と言われるものです。ここでは、あえて訓練のなかでも実地訓練よりも机上訓練の大事さを強調します。訓練は、防災訓練と合わせて行われることが多く、内容は被災による人の避難行動を中心に行われることが多いと思います。実地に行ったとしても移動の演習にポイントが置かれるので、次に何が起こるのかを考える判断の演習になっていないことが多いのではないでしょうか? 私は、あまり道具を使わずに討議中心で行う机上演習が、判断を養う訓練にはいいのではないかと思っています。自由な発想と自由な対応を思いつくまま挙げて、議論すること、この方法で想像力が刺激され対応の実効性が高まると思うのです。

おわりに

大規模災害は、起こる確率が低いと思われますが、確率は発生順番を規定するものではないので、実はいつまた来るかが分かりません。次に起こる災害やトラブルに備え、実効性のある対応姿勢やドキュメントを広めていくことも、大災害の経験を役立たせるひとつの道だと思います。

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