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環境戦略 第1回

電力の情報化はどこまで進むか ~スマートグリッドの可能性~

パートナー 村岡 元司
【第1回】 電力の情報化はどこまで進むか ~スマートグリッドの可能性~
【第2回】 生物多様性への対応に環境経営の真価が問われる
【第3回】 電力システム改革への対応が企業競争力を左右する
『情報未来』No.35より

注目される環境産業

グリーンビジネスに大きな期待が寄せられている。

米国オバマ大統領の就任前後から急速に注目されたグリーンニューディール政策は、瞬く間に世界各国に広がり、わが国でも日本版グリーンニューディール政策が打ち出された。国ごとにその内容には違いがあるが、環境産業を次世代の有望産業の一つとして位置付け、地球温暖化をはじめとする環境問題の解決、グリーン雇用の創出、産業創出による経済活性化を目指すという方向性は共通している。

具体的な産業として、太陽光発電や風力発電・地熱利用等の再生可能エネルギー産業、ハイブリッド自動車や電気自動車等のグリーン自動車産業、そして、最近では、再生可能エネルギーや電気自動車を電力ネットワークで結び、集中型の大規模発電所からの電力と分散型電力の流通を可能とする電力網の高度化・情報化(=スマートグリッド)関連産業への期待が高まっている。

これらの産業へは、政策的な投資(公的投資)が行われているのみならず、民間投資も活発化しており、技術開発・実証・ビジネスモデルの創出等の活動が世界各国で盛んに行われている。

本稿では、期待される環境産業の中でも、特に、昨今注目を集めているスマートグリッドの概要を紹介することとしたい。

スマートグリッド導入の背景

スマートグリッドを直訳すると「賢い電力網」となる。家庭やオフィス等の末端の電力消費場所から発電所に至るまでの電力網に、ITをふんだんに取り入れ、従来以上に効率的に電力の需給バランスを実現する。電力輸送時等のロス率を最小化することで無駄なCO2の排出は抑制され、ピーク時にあわせて建設されるため設備稼働率を高めることが難しかった大規模発電所の稼働率は向上し、太陽光発電や風力発電等の分散型発電も電力網にネットワークされ安定的な電力供給や電力融通が実現される。さらに、これからの普及が期待されるプラグインハイブリッド自動車や電気自動車に搭載される蓄電池は、ドライブのためのエネルギー供給源として利用されるだけでなく、家庭におけるバッテリーとして夜間電力や太陽光発電電力を蓄え、必要な時に放電するなど、柔軟な運用が可能になる。スマートグリッドにより達成される未来図は、ざっとこんな具合である。

最近では、新聞・雑誌・ネット記事等において、スマートグリッドという言葉を目にしない日はないぐらいで、一種のブームの様相を呈している。このブームを創り出したのも、米国のオバマ大統領だ。米国再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act)において、110億ドルにも上る巨額の予算を投入するとともに、電力網の高度化に向けた活動を積極化させることを大統領が宣言して以来、スマートグリッドは世界的に注目されるようになった。ただ、スマートグリッドのコンセプトそのものは、もっと以前から米国エネルギー省等では検討されていた。

図表1:米国における経済成長と電力販売量の推移
出所:U.S.Department of Energy Transmission Reliability Multi-year Program Plan

もともと、経済の成長と電力の消費量は正の関係にある。すなわち、GDP(国内総生産)が増大すれば、エネルギー消費量も増加し、さらにエネルギー消費に占める電力比率も大きくなる(図表1)。こうして、米国では、経済成長に伴って電力消費が拡大し、それに伴って発電所も建設されてきた。ところが、米国では、発電量が増加しているにもかかわらず、送電施設への投資が十分に行われないという事態が生じていた。結果として、需要地まで電力を届ける送配電網は渋滞し、送配電ロス率も1970年には約5%であったものが、2001年には約9・5%にまで上昇するなど、送電網の劣化が進んでいた。劣化した送配電網は、当然、刷新されなくてはならない。こうして電力網の高度化の必要性が高まってきた。これが、スマートグリッド推進の第一の理由であるが、そのほかにも次に示すとおり、5つほどの理由がある。

(1)電力自由化の影響:電力自由化が進展したことにより、電力取引が大幅に増加し、送配電網への負荷が増大した。この結果、電力網の高度化が必要となった

(2)分散型エネルギーの普及・プラグインハイブリッド電気自動車の影響:風力発電や太陽光発電などの分散型エネルギーは天候等の影響により出力が大きく変動する。地球温暖化への対応として、こうした出力変動の大きい電源が普及し、電力網に連結されると、電力系統の周波数調整力が不足したり、負荷調整のための電力系統の予備力が低下する。加えて、今後、プラグインハイブリッド電気自動車等が普及すると、電力網につながれた蓄電池への充電に際しては電力需要が増大し、また、充電済みの電池から電力が放出されると発電効果を持つことになる。このように電力網につながる再生可能エネルギーや蓄電池の増大による影響を吸収可能な電力網の高度化が必要となった

(3)エネルギー安全保障の影響:わが国では注目されることが少ないが、米国ではテロや自然災害による電力供給停止を避けるために、政策的な配慮がなされており、セキュリティの観点から見れば、大規模集中型の発電所は小規模分散型の発電所より脆弱性が大きい。一定規模の分散型発電所は必要であり、(2)に記載した分散型発電の影響を緩和するために電力網の高度化が必要となった

(4)地球温暖化対策:電力網の効率を5%改善することで、その省エネ効果は5,300万台の車から排出されるCO2削減に相当するとされており、地球温暖化防止のためにも電力網の効率向上が必要となった

(5)技術の成熟:電力網の高度化を実現するためには、IT(情報技術)、蓄電技術、高温超伝導技術、パワーエレクトロニクス技術等が必要である。技術開発が進み、これらの技術の実用化が進んできたことから、電力網の高度化が可能となった

以上の背景のもと、米国では電力網の高度化の必要性とともにその実現可能性が認識され、スマートグリッド推進に向けて政策が大きく動き出したのである。

スマートグリッドのコンセプトと現状


図表2:スマートグリッドのイメージ
出所:Vision and Strategy for Europe’s Electricity Networks of Future

では、スマートグリッドとは具体的にどのようなものをいうのであろうか? 現在のところ、スマートグリッドに関する一般的に普及した定義は存在していない。ただ、その意味しているところは概ね、共通しており、次のような特徴を有する電力ネットワークがスマートグリッドの姿である(図表2)。

(1)従来型の大規模集中型の発電所のほか、変動幅の大きい太陽光や風力等の分散型発電、蓄電池・燃料電池等がネットワークされ、パワーエレクトロニクスや超伝導等の先端技術を活用し、高度なIT制御により、効率的なエネルギー融通やエネルギー供給を実現

(2)電力ネットワークにおける不具合等を迅速に検知し、提供電力の品質を向上

(3)高度制御を実現するため、電気の流れのリアルタイムな把握を可能とするスマートメータや同メータから得られる情報を集約・処理するための情報ネットワークを実現

(4)家庭やオフィス等の需要データのリアルタイムな把握を行い、電力消費状況に応じた電力料金の設定など市場原理も取り入れた柔軟な需要制御を実現することにより、電力消費を平準化

(5)双方向性の電力情報の流通を実現し、新しい市場、新しい消費者を創出

もちろん、その実現は容易ではない。例えば、米国のバテルグループの推計によると、スマートグリッド実現のために必要な投資額は、2010年から2030年までの間で1・5兆ドルとされており、この巨額な投資を果たして誰が担うのかが大きな課題であると指摘する声は多い。

では、現状、スマートグリッドはどこまで実現されているのだろうか。

図表3:スマートグリッドを構成する要素の普及状況と今後の傾向
出所:米国エネルギー省「スマートグリッド報告書」

2009年7月、米国エネルギー省(DOE)は、「Smart Grid System Report」を公表した。同報告書は、米国におけるスマートグリッド導入に向けた活動の現状とこれからの見通しを20の視点から整理したものだ。図表3にその概要を示す。現時点で、一定程度の普及が実現されているのは、リアルタイムベースでの電力消費データ等の共有、分散型電源の系統電力ネットワークへの接続、送配電網の自動化であることがわかる。そして、今後、かなりの伸びが見込まれているのは、リアルタイムベースでのデータ収集結果に基づく変動料金制、スマートメータと呼ばれる高機能メータの設置と高機能なシステム計測、そしてベンチャーキャピタルとされている。

巨額投資の実現可能性に疑問の目が向けられる一方で、米国では、既にベンチャーキャピタルが活発化しつつあることには注目する必要がある。2007年には1億9,410万ドルの投資が行われており、例えば、IBMグローバルファイナンシングは、20億ドルを準備し、スマートグリッドやその他のグリーン技術を保有する企業のうち、活動初期段階にあるものに投資する計画を発表している。米国では、官の刺激に民が応える形で、資金も動き始めているのである。

もう一つ注目すべきことは、現実に実現されつつあるのがスマートメータの設置と同メータから得られるデータの処理システムの整備であることだ。スマートメータは、われわれの自宅にもある電力計をデジタル化し、場合によっては家庭内の電力消費機器の消費データを集約することができる機能を有する計測器である。この計測器で得られる電力消費データは、少なくとも家庭の数だけ存在し、一定時間ごと(15分や1時間など)に電力消費データを蓄積する。蓄積されたデータは、コレクター等と呼称される中継器に集約され、最終的に電力会社に集められ、電力会社内で各種のデータ処理に利用される。スマートメータとコレクター間は電力線通信(PLC)、無線等の方法でデータのやり取りが行われる。スマートメータは、家庭内の各種電力消費機器(冷蔵庫・洗濯機・空調等の家電、テレビ等のAV機器、PC・ルータ等のIT機器等)の電力消費データを集約する機能を有しているものも多く、将来的には、家庭内のどの機器がどの程度の電力を消費しているかを把握することも視野に入っている。また、電力供給側から電力消費状況に応じて、スマートメータ経由で供給電力の制御を行うことも視野に入っている。

このように、スマートメータは、単なる一つの計測器として捉えるのではなく、家庭と電力網をつなぐ結節点としてスマートグリッド実現のための重要な役割を担った存在と捉えるべきものである。今、米国ではこのスマートメータの設置が活発化しており、2020年までに5,200万台のスマートメータが設置される可能性があるとされる。そして、このスマートメータと関連システムだけで270億ドルの投資が必要との推計値もある。ちなみに、欧州ではスマートメータの設置が義務付けられており、既にかなりの数が導入されている。

進むグローバル化と標準化

巨額の投資が必要ということは、実現された場合のビジネス規模も非常に大きいと誰もが考える。こうした期待感もあり、欧米では、GE・シーメンスといったメーカー系、IBM・シスコといったIT系の巨大企業が着々と実績を積み上げている。そして、米国らしく、ベンチャーも生まれ、活発な活動が展開されている。

電力そのものは世界共通の商品であり、スマートグリッドの市場は米国だけに限定されるものではない。もともと2003年に米国DOEが発表した報告書「スマート2030」には、米国のみならず、メキシコ、カナダを含めた北米全体の電力網の未来が描かれている。当初から、米国の頭の中には北米全体が視野に入っていたのだ。そして、現在のスマートグリッド・ブームは、もちろん、北米だけに留まるものではない。欧州は当然として、オーストラリア、中国、韓国、シンガポールなど、アジアにおいてもスマートグリッドへの注目は高まっている。米国は、中国や韓国と協定を締結し、着々と米国発の技術・商品・ビジネスモデルの世界への普及を進めようとしている。

例えば、韓国。同国の知識経済部は、2030年までに国家単位でスマートグリッドを構築する方針を決定し、2009年9月には済州島にスマートグリッドの実証を行う検証団地の建設に着手した。検証団地では、スマートメータ等の計測器の日常的な使用、時間別の電力料金の設定、電気自動車の運行のための電気充電所やバッテリー交換所の設置、風力発電や太陽光発電と既存電力網との連携等の実証が行われる予定という。そして、2009年6月には、韓国スマートグリッド協会と米国の業界団体、グリッドワイズアライアンスが「米韓スマートグリッド投資フォーラム」を開催し、協力に向けた覚書(MOU)を交わしている。さらに、韓国・知識経済部と米国エネルギー省はエネルギーに関する協力意向書(SOI)に署名することも発表されている。

中国にも類似の動きがある。2008年11月の段階で、JUCCCE(Joint US-China Cooperation on Clean Energy)がスマートグリッドに関するイニシアチブ “JUCCE China Smart Grid Cooperative” を組成済である。

このように、スマートグリッドについては、その大きなビジネスポテンシャルに期待して、既にグローバルな動きが活発化している。この激しい動きの中で、わが国政府・企業の活動は、やや低調なレベルに留まっている。今後、どのように巻き返していくのか。まさに戦略が問われるところである。

図表4:NIST が選定した優先16 標準
出所:“NIST Framework and Roadmap for Smart Grid Interoperability Standards Release 1.0 (Draft)” (U. S. Department of Commerce)

大きなビジネスポテンシャルへの戦略という点で、注意しなくてはならないのが標準化の動向だ。欧米は標準化の重要性を十分に認識しており、技術開発と平行して標準化検討を戦略的に進めている。例えば、米国では、NIST(The National Institute of Standards and Technology)を中心に官民一体となって標準化の検討が進められている。既に、図表4に示すとおり、相互運用性を確保するための優先16標準の案が示されている。

蓄電池、パワーエレクトロニクス、超伝導など、わが国企業が有する技術はスマートグリッド実現のためにも有用なものが多い。そこには大きなビジネスチャンスが潜んでいる。ITを含め、このチャンスをどのように生かしていくのか、欧米企業だけでなくサムスン電子など韓国企業を含めアジア企業との競争が激しくなる中、わが国政府と産業のビジョンと戦略が問われている。

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